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 07.12.01 


「ミシュランガイド東京」発売に思う



 先日発売になったミシュランガイド東京が、物議を醸しています。星が付いた店、付かなかった店。その星の数や選び方に対する不満。「そもそもフランス人に日本の味が分かるのか」という声まで…。
 食。人が生きる上で、大きな喜びをもたらすもの。そして食べなければ生きていけない、とても大切なものです。だからこそこれほどこだわりがあるのでしょう。
 ところが、地鶏やブランド牛や黒豚の産地偽装で顕わになったことは、誰も嘘を見抜けなかったと言うことです。味が分かるつもりでも、分かっていなかったと言うことです。味覚とは所詮その程度のもの。
 そもそも味覚は、舌で感じた味を電気信号に変換し、神経を伝わり脳が受信し、その無味乾燥の電気情報に過去の経験や知識、その他様々な状況が彩りを添え、「美味しい」「不味い」との判断を下します。つまりその結論は条件によって変わるものであり、相対的なもの、諸行無常なものに過ぎません。決して変わることのない普遍的なものではないのです。
 仲間でワイワイ食べれば、評判の店ならば、お腹が空いていれば、随分待たされれば、好きな風味ならば、お袋の味ならば“美味しい”し、嫌な相手と食べれば、お腹が一杯ならば、嫌いな風味ならば“不味い”。
 さて私、人の評判も参考にしつつ、自分が美味しいと思う店で十分です。星が付いていようがいまいが。そもそも混雑が大嫌いなので、私にとってはゆっくり食べられることも大切な美味しい条件。流行に踊らされることが大嫌いなのです。そして一番美味しいのは、3星の店でもなく、妻の食事でもなく(?)、お袋の味。これに敵うものはありません。世界一の味。「いただきまーす。今日は味薄ねぇ」←親なのでつい文句を言ってしまうのですが、いつも感謝しています。   

合掌

菅原 智之