A: 浄土真宗のみ教えは、阿弥陀さまの本願力を信じ報恩感謝の思いで日々を過ごさせていただくことと聞いているのに、ご本山が、阿弥陀さまよりご開山親鸞聖人の方を信仰の対象として重んじているのではないかとの疑問です。
なるほど…。一般のお寺の本堂では、阿弥陀さまが中心で親鸞聖人は右脇壇にいらっしゃいます。しかし、本山だけは逆転しているように感じられます。とても鋭いご指摘です。
歴史を振り返ってみましょう。
本願寺はもともと親鸞聖人のお墓所でありました。大谷家は聖人の直系の親族であると共に墓守という立場でもあったのです。本願寺は、一教団の本山というより、当時、親鸞聖人のみ教えを信奉する複数の教団やその信徒に支えられていたのです。
現在のような大教団が築かれたのは8代目の蓮如上人の時代です。本願寺が本山としての機能を果たすようになったのも蓮如上人以降ということになります。そして、本山自体も歴史の荒波の中で点々と移動をしなければならない時代もありました。しかし、浄土真宗のみ教えと共に宗祖親鸞聖人の尊像も守り続けてきたのです。
現在の御影堂が築かれたのは、今からおよそ370年前の寛永13年(1636)のことです。当時どのような理由で本堂である阿弥陀堂より、いわゆる開山堂である御影堂の方を大きくしたのかはわかりません。
私たち真宗門徒は代々、御影堂にまつられている親鸞聖人のお像を、ご真影さまと讃えて参拝してきました。親鸞聖人は、お念仏の信をいただく人は皆、阿弥陀さまの前ではご自身も含めて平等のお同行であるとの観点から「弟子一人ももたず」との立場を生涯貫かれました。そのような親鸞聖人のお人柄を慕う人々が本山を訪れご真影に参拝することにより、お念仏の信を深めてきた歴史があるのです。
御影堂が大きくなった理由は、ご本山に参拝する人々の意識に、親鸞聖人のお膝元に参拝するのだという思いが非常に強かったというところに、規模を大きくしなければならない必然性があったのだと想像するしかありません。
阿弥陀さまを軽んじているということでは決してないのです。
|
|