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023  「2001年宇宙の旅」で南無阿弥陀仏にであった
2001年05月

「2001年宇宙の旅」で
南無阿弥陀仏にであった
by 白川 淳敬

  現在、東京銀座の「ホテル西洋銀座」の3階の「テアトル銀座」で「2001年宇宙の旅」が新世紀特別版としてリバイバル上映されてます。

 この映画の公開された1968年当時、私はまだ小学生位でしたが、銀座の「テアトル東京」に見に行きました。その後リバイバル上映されるたびに見に行きましたが、とても難解な映画でした。

 原作のアーサー・C・クラークは「もしこの映画が一回で観客に理解されたら我々の意図は失敗したことになる」と語り、また監督のスタンリー・キューブリックも「私はどんな記者にも、観客にたいしても自分の映画をやさしくかみ砕いて説明するつもりはない」と述べているほどなので難解なのはしょうがありません。

 何回かリバイバル上映を見ていて、どうしても忽然と現れる「モノリス」という巨大な黒石板の意味が難解でした。最初に現れたのはサルの群の中にでした。一匹のサルがそのモノリスにふれると、死骸の骨を道具として、武器として使うことを覚えるシーンでした。そして場面は宇宙空間に一転しました。その後このモノリスは、大きな力、人知を越えた場面にたびたび出てきます。実に難解でした。

 その後、浄土真宗の教えにふれるようになってから、映画の中に再三出てくる、「モノリス」に「南無阿弥陀仏」の名号が書かれていると思って映画を見ると、難解な部分が解決できました。素晴らしい感激でした。人間は宇宙というものを一生懸命説明しようとしますが、モノリスは宇宙の存在を司っているものの象徴として現れるのではないかと思いました。なにか南無阿弥陀仏に共通する部分があるように思えてなりませんでした。

 また、(財)日本宇宙フォーラムの渡辺勝巳さんがこの映画のホームページに書かれた、「映画『2001年宇宙の旅』は、「21世紀は“人間の世紀”」として人間のあり方、考え方そして生き方、つまりは広大な宇宙の一部を構成する人類のあるべき姿を示唆しているような気がしてならない」という文章も納得のいくものでした。

 多くの浄土真宗の門信徒の方々に見ていただき、語っていただきたい映画です。



1968年アメリカ映画、上映時間 2時間29分、
配給 ワーナー・ブラザース映画






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