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026  「明るい方へ」〜詩人金子みすゞさんの生涯〜
2001年10月

TBS開局記念番組
「明るい方へ」
〜詩人金子みすゞさんの生涯〜
by 酒井 淳


  TBS開局記念番組として詩人金子みすゞさんの生涯を取り上げた「明るい方へ」が8月27日放映されました。金子みすゞさんの詩は詩人である矢崎節夫さんによって発掘出版され、現在は小学校の国語の教科書にも取り上げられています。私の娘も昨年みすゞさんの詩を授業で習ってきました。ドラマの中ではみすゞさんの故郷山口県の情景に重ねて幾つかの詩が写し出されました。みすゞさんの詩には現代に忘れかけられているあたたかさ、悲しみに共感するいのちのひろがりがあります。歌人の俵万智さんがかつて対談の中で、「詩を書く人間の仕事は特別な人生とか特殊な体験を言葉にするのではなく、だれでもが心の中である瞬間に感じていながら、言葉にできなかったものを具体的な言葉にしてつかまえていくことだと思っています」と語っていました。みすゞさんの詩の世界も、かつて多くの日本人が共有していた、自然やまわりの出来事に対する感性を詠ったものなのかもしれません。その感性の形成には仏教文化の影響がありました。みすゞさんの祖母は篤信な浄土真宗のご門徒であり、みすゞさんもそのお婆さんに連れられて、よくお寺にお参りされたそうです。みすゞさんの作品の中に「さびしいとき」という詩があります。「わたしがさびしいときに よその人は知らないの わたしがさびしいときに お友達は笑うの わたしがさびしいときに お母さんはやさしいの わたしがさびしいときに 佛さまはさびしいの」この詩から私たちはみすゞさんの心の中にお寺で聴いた衆生(いきとしいけるもの)の悲しみを我が悲しみとする佛さまの慈悲の心が灯火として彼女のこころの中に灯りつづけていたことを知ることができます。

  このみすゞさんの詩のあたたかさとはまさにコントラストを描くように、今回のドラマで紹介されたみすゞさんの人生は、決して恵まれたものではありませんでした。夫の浮気、事業の失敗、重ねて夫からの性病の感染、離婚、そのうえ子供の養育の問題で夫から脅されていたとも聞きます。その中で自然のやさしさを感じ続け作品を作り続けたことに驚きを禁じえません。

  みすゞさんが生きた時代の封建的家制度がいかに人々を縛り、そのことが一人の女性を苦しめ、しかも命さえも奪っていったという事実をこのドラマは描いています。現代を見ますと、男女が対等な社会の構成員として参画する社会の形成をめざす「男女共同参画社会基本法」が制定されるなど女性の地位は改善されつつあります。しかしいまだ女性の置かれた状況は男女同権という額面どおりにはいかない現実があります。これらの現実から出発した女性解放運動の中から提唱された「ジェンダーフリー」という概念は単に女性の解放という視点だけではなく、男性も女らしさ男らしさという意識から自由になるという視点を提示しています。この世界はまさに金子みすゞさんが「私と小鳥と鈴と」という作品で描いた「いのち」をそのままに認め合う世界のように感じます。

  「私が両手をひろげても お空はちっとも飛べないが 飛べる小鳥は私のように 地面を速く走れない 私がからだをゆすっても きれいな音はでないけど あの鳴る鈴は私のように たくさんな唄は知らないよ 鈴と小鳥とそれから私 みんなちがって みんないい」





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