本の評・紹介ページ


0035 本紹介

 もうちょっとだけ、ましに生きたい人のための三冊
『ためらいの倫理学〜戦争・性・物語』
内田 樹(冬弓舎)
 「知性を計量するとき、その人の「真剣さ」や「情報量」や「現場経験」などというものを勘定には入れない。そうではなくて、その人が自分の知っていることをどれくらい疑っているか、自分が見たものをどれくらい信じていないか、自分の善意に紛れ込んでいる欲望をどれくらい意識化できるか、を基準にして判断する」という著者は、物事を批判・評論する際には無自覚に自分を被害者の座に置いてしまうことを警戒します。このきわめて倫理的な態度は名づけて「とほほ主義」。この一見なんとも情けない視点がないところには、伝達しうる言葉はないような気がする昨今です。人前で何事かを話す機会のある人は必読。
『働くことがイヤな人のための本』
中島義道(日本経済新聞社)
 今、日本で一番本を売る哲学者(ちなみに二番目は大きく離れて池田晶子、三番目はさらに離れて永井均か)の最新刊。今さら紹介する必要もないベストセラーをここに挙げたのは、親鸞聖人の引用がたびたびあるからです。この本は単なる怠け者のための本ではなく、仕事に「生きがい」を見出せない社会的「引きこもり」に向けたもの。彼らが陥りがちな「結局人は死んでしまう」「才能の違いはしょうがない」といったごたくに安住する姿を「本願ぼこり」と警告し、「たとひ法然聖人にすかされまいらせても」という決意に理屈をこえた心情を重ね、会社組織の多重構造を「非僧非俗」になぞらえる。ホンネと言うより容赦ない言辞を重ねながら、理不尽な世の中に足を踏み入れる動機を読者から引き出していく手法。これは見事な芸です。
『神童(全4巻)』
さそうあきら(双葉社)
  三年前の手塚治虫文化賞優秀賞受賞作品。だからいつでも読めると思って後回しにしていたらいつのまにか新刊書店はもちろん、ブックオフでもお目にかからない。だからマンガは油断できません。天才少女ピアニスト成瀬うたが奏でる音。響きがある世界。どうぞ包まれてください。私、いまさらでもこの作品に出会えたことを感謝します。
松本 智量  






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