本の評・紹介ページ


0051 書籍の紹介 by 竹柴 俊徳


『ラッキーマン』

マイケル・J・フォックス著
ソフトバンク・パブリッシング株式会社
 定価1600円


  「バック・トゥー・ザ・フューチャー」の主演男優といえば、マイケル・J・フォックスですが、彼は、そのシリーズ三作目を取り終えた頃、重い病にかかってしまいます。いや正確に言えば、彼は、その数年前から、ゆっくりと、しかし確実にこの病に犯されていたのです。その病気の名は「パーキンソン病」。いわゆる、脳の神経伝達物質であるドーパミンを製造する細胞が壊死してしまう病気です。体を動かすための信号であるドーパミンが十分に送れなくなるということは、自分の意志どおりに体をコントロールできなくなるということです。彼は、その最初の自覚症状があらわれた場面を以下のように書いています。

“目が覚めるとぼくの左手にメッセージがあった。それはぼくを震え上がらせた。そのメッセージはファックスでも電報 でもメモでもなかった。心を乱すニュースはそういう形で伝えられたのではない。実際、ぼくの左手にはなにもなかった。震えそのものがメッセージだったのだ”

 彼はドクターから、役者生命は残り十年という宣告を受けます。その地位を築きつつあった彼にとってはあまりにも残酷な現実でした。

 パーキンソン病(マイケルのような年齢の場合は若年性という名前に代わり、それは大変珍しいものであった)は加齢とともに悪化するものでありましたが、幸いにも薬の服用をすれば、数時間は症状を抑えることができたので、それからの彼の役者としての人生は病気を隠すという役を演じながらのそれでした。彼は肉体的にも、精神的にも追い詰めれ、いつしか酒におぼれ、最愛の妻トレイシーとも心が離れていきます。彼は完全に殻を作ってしまい、そこに住みついてしまいました。しかも悪いことに、彼はそのことに気づくことができないままに。

 そんな時、ジョイスというカウンセラーとの出会いによって、彼はその殻の外に出ることのきっかけを掴むのです。彼の殻は、徐々に壊れていき、そしてついに彼に幸運をもたらすのです。

 本のタイトルの『ラッキーマン』とは、カナダの田舎で育った少年が、若くしてアメリカのテレビドラマで賞賛を受け、俳優としての成功が、自分の想像をはるかに越えたものとして転がり込んだというストーリーと、そこから「パーキンソン病」という病魔に犯され絶望の淵に落とされた彼が、この病気になることで、深く、豊かな気持ちを得たことを実感して語った、彼独特のユニークさがでているタイトルなのです。

 自分の思い描く未来予想図に不幸をわざわざ書き込む人はいないと思います。しかし、私たちは、人生を生きていく上で、多くの困難(病気であるとか、身近な人の死)に直面しなければならないことも事実です。大切なことは、その苦難を避けて生きることではなく、自分のものとして、それをしっかりと受け入れていくことではないでしょうか。「人間の成長」というのは、そういったところにこそあるのではないかと思います。

人間は
大きくなるだけでは
成長とはいえない
(東井義雄)
 
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