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Mos Def≪The Ecstatic≫(Downtown)

 ヒップホップのベスト・アルバムの次点はこれ。
 ただのゲフィン・レコーズとの契約上の義務履行にすぎなかったにもかかわらず、誤解を招くようないつわりのあるタイトルの≪True Magic≫以来3年前ぶりのソロ4作目は、ソロ・デビュー作≪Black On Both Sides≫以来の秀逸な出来になった。生きのいい16曲のコレクションは、まるでワンテイクで収録されたようなのびのびと開放的な空気に包まれている。あまりにもくつろいでいるために、その場のノリで作られたミックステープでも聴いているような錯覚を覚える瞬間もなくはないが、ラッピングとシンギングを自然に切り替え、声色や語り口を絶えず変化させるDefのヴォーカル、Stones Throw出身のOh No、Madlib、J Dilla、 Georgia Ann Muldrowがアルバムの半分を手がける多層的なテクスチュアのプロダクションの共振ぶり、リリックもサウンドも非西欧世界に目配りしたグローバルな姿勢がたくみにアルバムをひとつにまとめている。
 アルバムは、Oh Noが自身の≪Dr. No's Oxperiment≫から再利用したロックンロール・ギター・リフとトルコの歌姫Selda Bagcanのサムプルがサイケデリックに衝突する"Supermagic"で激しく幕を開ける。チューバが咆哮するChad Hugo制作の"Twilight Speedball"では、Def十八番の自動記述的なラップを披露。Madlibが自身の≪Beat Konducta In India≫に収録した"Movie Finale"を回収した"Auditorium"では、ゲストのSlick Rickがイラクの米兵になりきる。サムバのリズムにハンドクラップを重ねた"Quiet Dog Bite Hard"では"Rapper's Delight"を引用。昔の相方Talib Kweliとライムを交歓する"History"では、J Dillaならではのループの切り分け方が冴え渡る。各トラックは意外に短いが、どうやら4曲ひとつのテーマ構成による、4楽章からなるソング・サイクルという趣向のようだ。

 続きは次回。いつになることやら。(Feb.1.10)

▼今回は趣向を変えて、定点観測を試みてみよう。

 はたして今のR&Bは、ただのマーケティング・コンセプトにとどまらず、ジャンルとして固有の領土を有する概念なのだろうか。もちろん、当サイトではブラック・ポップの謂としてR&Bというタームを使用してきたわけだけれども、それでもなお少し前まではR&Bというジャンルならではの独自性をもたらすだけの、サウンド及びヴォーカル・プロダクションの個性みたいなものがあった。しかし、今はどうだろう。09年の「R&B」のサウンド・プロダクションの流行は、ユーロ・ポップ、テクノ/エレクトロニカ、エモ・ロックであり、ヴォーカル・プロダクションはあからさまに加工修正するのが当たり前なので、どちらにしてもメインストリーム・ポップと何ら変わりない。ただ、パフォーマーが人種的に黒人である、というにすぎなくなっている。
 これはもちろん、30年代のビックバンドでも、50年代のロックンロールでも、60年代のモータウンでも、70年代のディスコでもおきなかったかつてない現象である。今列記した例がそうであるように、黒人ポップ独特のリズムやサウンドがメインストリームに同化吸収される、ということは歴史上繰り返されてきた。00年代ならヒップホップ・ビートがそうで、これはもはやブラック・ポップの固有性を示す指標にはならない。それでも、今までならそのリズムやサウンドは黒人音楽に起源を持つ、ということがはっきりしていた。では、今の「R&B」トラックを支配するところのユーロ、テクノ、エモはどうか、と言えば、黒人音楽にルーツがあるとは言い難い。たとえあるにしても、それは間接的かつ遠隔的な関与でしかない。

 いやいや、R&Bの核心はヴォーカルにあるはず、という古くからの固定観念を持ち出す向きもあるかもしれないが、Mariah CareyやMary J.Blige、Alicia Keysさえもが素人同然にオートチューンで声を加工修正している今となってもなお有効な判断基準とはとても言えまい。もちろん、彼女たちのようなシンガーにそんなギミックが必要なのか、という美学的な疑問は有効ではある。しかし、逆の疑問も成り立つことを忘れてはならない。つまり、現在の「R&B」を支配するユーロ、テクノ、エモのサウンドに、以前の彼女たちのようなゴスペル・ルーツのメリスマ唱法は果たしてうまくはまるのか、ということだ。むしろ、それにふさわしいヴォーカル・スタイルに変えようとするほうが自然だし必然だろう。その答がオートチューンなのかどうかは疑わしいけれど。

 実際、Alicia Keysの新作≪The Element of Freedom≫(J)は、声と音のマッチングがあまりうまくいっているようには思えない。もっとも、得意のはずのピアノがあまり目立たないとか、バックが生楽器主体じゃなくなったとかは、とりあえずどうでもいいことだ。Keysは、Erykah BaduやJill Scottとちがって、あくまでデビュー時のマーケティング・アプローチとして「ネオ・ソウル」風であることを(老獪なClive Davisに?)選択させられた、というだけで、時代が移り変われば衣裳を変えていくのはわかりきっていたことだからね。日本にもいるでしょ、自分で曲も作るから「アーティスト」です、っていう実質アイドルの女の子とか。なにより、ポップの表現の核は、クラシックとちがって、コムポジションではなくパフォーマンスなんだから、自分で曲を作るかどうか、なんて印税収入を別にすれば、些末的なことなんだけどね。そこをわかってないヤツが多すぎる。ということはさておき、Keysの本質はそういうアイドルと同じってこと。彼女の歌うリリックの稚拙さときたらねぇ、なんか女子学生のポエムみたいなんだよなぁ……タイトルからして"Love Is Blind"、"Like The Sea"、"Love Is My Disease"ですから。さしずめ、この国ならば携帯小説がピッタリきそう。
 この4作目の面白いところは、だから、曲調やサウンド・プロダクションが、彼女の年齢を考えればずっと自然な80年代後半風になっているところだろう。U2"With Or Without You"をRichard Marxが作り直したような"Doesn't Mean Anything"とか、Bon Joviの新曲と言っても通用しそうな"Love Is My Disease"とかね。Kanye West≪808s & Heartbreak≫にかかわったJeff Bhaskerを共同制作に起用したせいなのかどうか、金属質のドラム・ループとスペイシーなシンセ・ラインが展開するアルバム・プロダクションは、なんだかOneRepublicそっくり。"That's How Strong My Love Is"は、もちろんO.V. Wrightのソウル・クラシックではなく、オリジナル。
 でも、Keysのヴォーカルの歌い回しは、加工しようがしまいが、お仕着せのはずの70年代風の音のほうにピッタリきてしまうんだなぁ。この音にこのフレージングじゃ、くどすぎるんだよね。いつものように楽曲そのものだけでなく、声と音の関係までもがなんだか木で鼻をくくったようになってしまっているため、アルバムそのものはあまり良いとは思わないけれども、80年代のPrinceがCherのために作った、と言われたら信じてしまいそうな失意のテクノ・ファンク"Try Sleeping With A Broken Heart"は好きです。09年のベスト・シングルのひとつ。こんな曲がひとつあればまぁいいか、と思ってしまう今日この頃。

 逆に、これは歌いっぷりと今風の音が合っているなぁ、と感心したのがTrey Songzの3作目≪Ready≫(Atlantic)に収められた"Black Roses"。ダンス・ロックっぽいエレクトロニックなプロダクションと、エモっぽくヌメっとしたヴィブラートをかけて痙攣するが、しかし十分ソウルフルなヴォーカルが見事な相乗作用をおこしている。実際、現在25歳のSongzは、シンガーとしてはその世代でずばぬけた力量の持ち主なのだが、問題はアルバムにその技量にふさわしいだけの楽曲を揃えられないところにある。
 Songzはデビュー以来一貫してR. Kellyを参照し続けているが、フォロワーにありがちなことに、御本尊のようにセックスの快楽を宗教的な恍惚にまで昇華することができず、詳細でなんだかアホらしいセックス笑劇という表面の模倣にとどまってしまうのだ。"I Invented Sex"とか。それでも、隣人が自分の名前を知っているのは、彼女がベッドで大声で叫ぶから、という"Neighbors Hear My Name"のバカバカしさには爆笑してしまった(El DeBargeばりの突き抜けるようなファルセット!!)。
 だから、期待の新星Bei Maejorと共作したくだんの"Black Roses"をはじめ、フォーキーな先行シングル"I Need A Girl"、それこそOneRepublicのRyan Tedderが作りそうなユーロポップ・ソング"Be Where You Are"、レゲエ風に処理されたバラッド"Holla If You Need Me"、Prince"Purple Rain"を彷彿させるパワー・バラッド"Yo Side Of the Bed"と、R. Kellyの公式から逸脱した楽曲になると、Songzの柔軟性があって表情豊かなヴォーカリストとしての才能は今にも溢れんばかりに輝き出す。とにかく、5曲目から10曲目までが要らん。これらさえなければ、09年最高のR&Bアルバムのひとつだったのに。できるならば、次回こそKellyフォロワーであることからの完全な訣別を望みたい。(Jan.18.10)

Raekwon≪Only Built 4 Cuban Linx ... Pt II≫(IceH2O/EMI)

 ヒップホップのベスト・アルバムはこれかなぁ、ちょっと迷うけど。
 御年40歳のRaekwonがついうっかりと作ってしまった09年のベスト・ヒップホップ・リイシュー。といっても、アルバムではなくサウンドの「再発」だが。14年前のアルバムの続編が14年前の作品に聞こえる、という90年代のヒップホップを愛する者にとっては決して涙無しには聴けない(?)アルバムなのだ。じめじめと陰気に鬱ぎ込んでけばだっているが不思議なくらいメロディアスなビート、衒いのない精緻な非対称のライム、ドラッグ取引を詳細に淡々と物語るフロウ、今にも噛みつきそうな勢い、と彼とウータン・クランの仲間たちが破砕状の架空のヒップホップ暗黒映画を創造していた当時が蘇生する。Raekwonはまるでこの間ずっと休息し、物思いに耽っていたかのようだ。
 もっとも、前編を手がけていたRZAの担当はわずか2曲だけで、冴え渡る故J Dillaをはじめ、Pete Rock、Marley Marl、Erick Sermon、Alchemist、Dr. Dreらがプロダクションを分担しているが、おかげで≪8 Diagrams≫のプログレシッヴ・ロックまがいのサウンド・テクスチュアとの差異がはっきりした。
 とりわけ、冷血なRaekwonと血気盛んなGhostface Killahのまるで電流が走るような化学反応ぶりは素晴らしく、Ghostfaceが顔を出すトラックはどれも耳を惹くし、そればかりか、Beanie Sigel("Have Mercy")、JadakissやStyles P("Broken Safety")といったウータンに属さぬゲストたちも、予め用意されていないライムを踏む機会を有り難がるかのようにつねならず切れ味が鋭い。"Baggin Crack"は、多くのウータン・ナムバー同様、まるで曲の途中からはじまるようだ。
 おおげさに言えば、これは芸術におけるスタイルの進化というもっともらしいお題目に対する見事な反論なのだ。(Jan.17.10)

Maxwell≪BLACKsummers'night≫(Columbia)

 R&Bのベスト・アルバムはダントツでこれかなぁ、やっぱり。
 実に8年ぶりの4作目は、全て同じタイトルで大文字強調部分が異なるという三部作構想の第一編というふれこみ。SadeのStuartMatthewmanはクレジットから消え、ギタリストのHod Davidと組んだアルバムは、Robert Glasperの個人的にはガッカリな新作≪Double Booked≫に参加していたドラムズのChris "Daddy" DaveとベースのDerrick Hodgeをはじめとする10人編成の生バンドがジャズ・ミュージシャンの演奏感覚をもちこんだおかげで、全体にスタジオ生セッションのような空気があり、Maxwellの口ずさむメロディも即興的にヴァースごとに変化していく。なかでも、Daveのドラミングは終始冴え渡っている。サックス、トラムペット、トロムボーンの三管編成のホーン・セクションをこれほど効果的に使うポップ・ミュージシャンは今や稀だろう。バンドのみのインストゥルメンタル"Phoenix Rise"は、まるでデトロイト・テクノのようなテクスチュアのスペース・ファンクだ。"Help Somebody"や"Love You"は、ソウルというよりロックといったほうが適切なトラックなのも、Maxwellらしい。そればかりでなく、内容的にも、これまで作り上げてきたセルフ・イメージを大胆に更新している。
 鈍感な連中には穏健な伝統主義者にすぎないと誤解されるMaxwellだが、メロディとコード進行を束にしただけのソングライターではなく、楽曲形式そのものを大胆に転覆し、拡張するコムポーザーであって、なにかに取り憑かれたように細部にこだわり、ほんのちょっとした仕掛けを施し、思いもかけぬ展開へと導く。それは注意深く聴かなければわからないから、彼のアルバムを聴くときはアムプのヴォリュームを大きくしなければならない。
 だから、その音楽は漸増するテンションとダイナミックスに貫かれている。多くの楽曲がキーボードないしギターの奏でる短い楽句を軸に構成されており、そのフレーズがまるでThelonious MonkやWayne Shorterのコムポジションのように何度も繰り返され、増幅される。こうした野心的な楽曲構造は、現在のR&Bをはじめとする主流ポップが依存するフックとは戦略的に全く異なり、一瞬で耳を奪うこともなければ、そこに最大限の輝きが集約されているわけでもない。ひとつのフレーズが退けば、別のフレーズがしばしの間君臨する。"Cold"では、Davidの短いブルーズ・モティーフがアフロ・ファンクのクロスリズムに膨らんでいくし、ガムランに導かれて瞑想的にはじまる"Pretty Wings"は、激しいシムバルの噴出で幕を閉じる。ホーン・ラインが突然吹き出し、ベースラインの発想をキック・ドラムが補う。
 Maxwellのヴォーカルはこれらの要素に呼応し、スペースを漂うように旋回しながら、しゃがれ声からファルセットまで自らを押し広げる。曲のほとんどは育んでいたはずなのに壊れてしまう恋愛関係をめぐるものだが、刻々と変化する音楽はその心を通わせた体験、気持ちの満ち引き、挫ける突然の転回を、感情の細やかなグラデーションととも緻密に描出する。Marvin Gaye(とりわけ≪Here, My Dear≫)のひそみに倣い、性の悦びと孤独がせめぎあい、別れた恋人に対する怒りが罪悪感や自己嫌悪と入り乱れる、複雑であまり穏やかではない情動を掘り下げた繊細なアルバムは、聴く者に深く静かに共鳴するはずだ。(Jan.16.10)

Nellie McKay≪Normal As Blueberry Pie: A Tribute To Doris Day≫(Verve)

 アルバムのサブタイトルとカヴァ・アートを見る限りでは、動物の権利擁護ババァDoris Day(御年87歳で健在)とその全盛期1950年代のファッションに関するキャムプなトリビュート・アルバム、という感じで聴く気もしないのだが、中身は素晴らしい。これはまぎれもなく最上級のアメリカン・スタンダードのデコンストラクションだ。Barbra Streisandのようにスタンダードを声と金のショウケースにするのとは全く対極にある。
 ピアノ、ウクレレ、オルガン、メロトロン、ベル、ティムパニなど複数の楽器を弾くMcKayのアレンジメントは、オルゴールをほのめかす冒頭の"The Very Thought Of You"から、"Meditation"のハープかと聞きまごうウクレレ、Benny Carter,Coleman Hawkins,Django Reinhardtの歴史的セッションを彷彿とさせる"Crazy Rhythm"の弾むようなスウィング、テナー・サックス、スティール・パン、オーボエ、ベースの牧歌的室内楽で素描される"Sentimental Journey"、"Send Me No Flowers"に顔を出すフレンチ・ホルン、霧笛に先導されるラストの"I Remember You"まで鋭く独創的だし、声のトーンは透き通るようで、Blossom Dearieのようなコケティッシュな色気がある。
 Day本人よりもずっとジャズっぽく感じられるが、過剰なビッグバンド・アレンジメント全盛時代にこんなすっきりとスウィングするテクスチュアをあてがわれることはなかった以上比較は無意味な気もする。もったいぶったところや鹿爪らしく気取ったところもなく、遊び心に溢れているが、決して安っぽいパロディに陥らないところもいい。McKayは今までの風変わりな曲を作るカルトなシンガー・ソングライター(これまでアルバム3枚)よりも、今回のようなインタープリターのほうがずっと輝いていると思う。(Jan.12.10)

▼いや〜、当欄の更新は、実に一年ちょっとぶりで、もう誰も見ていないような気もする(笑)。
 御存知の向きもあるかと思うが、ちょうど一年前にぴあの『インヴィテーション』誌が廃刊となり、新譜を義務的に(?)聴く必要がなくなったので、こっちも更新しなくなってしまった、というのは理由になっていない気もするけれど、いやいやそれでも素晴らしい新譜があったら書こうかと思ってはいたのだけど、そう動機づけるほどの出来の新作なんてなかったのだ、ということにとりあえずしておこう。まぁ、今回は珍しくやる気になったから更新したんですが。

 実際、2009年はヒドかった。なんせ09年の音楽界最大の話題って、どう考えてもMichael Jackson死去でしょ?? Michaelといえば、同じ頃に亡くなったがこちらは全く話題にならなかった、モーダル・ジャズの理論的提唱者George Russellが誇りに思っていたことがある。Michaelのベストセラー・アルバム≪Thriller≫に収められた"Wanna Be Startin' Somethin'"がリディアン・モードで作られていたことだ。Michael追悼特集はいろんなメディアで催されたみたいだけど、こちらはひとつも目を通していないのでわからないが、そんなQuincy Jones制作のMichaelのアルバムに密やかに施されたポストモダン・ジャズ仕掛けの分析なんてひとつくらいあったのかなー。

 それはともかく、そもそも2000年代はあの悪名高き80年代以上に、なぁーんにもない、救いようのない十年だったんじゃないかな。00年代リヴァイヴァルなんて今後間違ってもおきないような気がする。と文句を言いつつ、00年代のベスト・アルバムを選んでみる……と、10枚ずつ選ぼうとしたら、R&Bとヒップホップはそれぞれ5枚しか選べなかった。

R&B
1. D'ANGELO:Voodoo(Cheeba Sound/Virgin,2000)
2. AALIYAH:Aaliyah(BlackGround,2001)
3. LEWIS TAYLOR:Lewis II(Island,2000)
4. SADE:Lovers Rock(Epic,2000)
5. R.KELLY:Chocolate Factory(Jive,2003)

Hip-Hop
1. OUTKAST:Stankonia(LaFace/Arista,2000)
2. JAY-Z:The Blueprint(Roc-A-Fella/Def Jam,2001)
3. MADVILLAIN:Madvillainy(Stones Throw,2004)
4. KANYE WEST:The College Dropout(Roc-A-Fella,2004)
5. DIZZEE RASCAL:Boy In Da Corner(Dirtee Stank/XL,2003)

 うーん、こうして選んでみると90年代の残り香のあった00年代前半に集中してしまうなぁ。個人的な偏り? あって当然でしょ、んなもん。
 本サイトではジャズはあまり取り上げてこなかったが、こちらは10枚選べた。

Jazz
1. JASON MORAN:Black Stars(Blue Note,2001)
2. WAYNE SHORTER QUARTET:Footprints Live!(Verve,2002)
3. ANDREW HILL:Time Lines(Blue Note 2006)
4. AHMAD JAMAL A L'Olympia(Dreyfus Jazz,2001)
5. BRAD MEHLDAU TRIO:Anything Goes(Warner Brothers,2004)
6. JOHN LEWIS:Evolution II(Atlantic,2001)
7. CASSANDRA WILSON:Loverly(Blue Note,2008)
8. CHARLIE HADEN:Nocturne(Verve,2001)
9. The ROY HAYNES Trio Featuring DANILO PEREZ & JOHN PATITUCCI(Verve,2000)
10.ROBERT GLASPER:In My Element(Blue Note,2007)

 Moranは≪Modernistic≫(02年)と、Jamalは≪In Search Of≫(03年)と、Mehldauは≪Day Is Done≫(05年)と迷ったがこちらを選択。後はそれ以外のジャンルで、

 BEBEL GILBERTO:Tanto Tempo(Ziriguiboom/Crammed Discs,2000)
 HERBERT:Bodily Functions(!K7,2001)
 M.I.A.:Arular(XL,2005)

 ってとこか。

 さて、この先は09年の良かったアルバムを少しずつ。あるんじゃないか(笑)。最初のは09年一番の愛聴盤。

Sam Yahel≪Hometown≫(Posi-Tone)

 Joshua RedmanやBill Frisellと共演してきた中堅ハモンド・オルガニストの5枚目のリーダー作は、初のピアノ・トリオ・アルバム。即興に対する好奇心と飢えをもって揮発する音楽が展開される。2007年にベースのMatt Penman、ドラムズのJochen Ruckertとスタジオ録音されたアルバムは、まるでクラブで普段着でライヴ演奏したようにさりげないのに、この先長く代表作に数えられるくらい見事な出来映えだし、アレンジメントもソロも三人のインタラクションも強力で、聴き手の注意を散漫にする瞬間がない。どんなジャズ・アルバムもこうあるべきだが、実際には稀だ。
 Yahelのソロで際立つのはそのはりつめたパワーで、テムポを逸脱したり歪ませたりしながら長尺のラインをバロック音楽風の論理とブルーズの感覚でまとめあげ、しかも型にはまったところがない。もちろん、どうやってフレーズをスウィングさせ、バンドのなかでダイナミックスを効果的に用いるかも心得てはいるが、それをひけらかそうとはしない。それはまぎれもなくこのアルバムの美点のひとつだ。何と言っても、激しく挑みかかるようなThelonious Monk"Think Of One"が最高の見本だが、その力強さはテムポを落としても失われることはなく、インダストリアルな感覚の"Moonlight In Vermont"など申し分ない。
 このピアノ・トリオのサウンドそのものは、Barry Harrisを思わせるところもあるが、それ以上にBrad Mehldauといくつかの共通点がある。ずんぐりむっくりの実験的なフレージング。Ahmad Jamalばりの明晰で、巧妙で、乾いた流線形のアレンジメント。John Lennon"Jealous Guy"や、Bebel Gilbertoのエレクトロニック・ボサノーヴァ"River Song"のようなポップ・ソングを素材にすることへの飽くことのない関心。Duke Ellington"Blue Pepper"は、まるで60年代のソウル・ジャズのようにバックビート処理されつつも、フリー・テムポの無重力状態を挿入し、加減速する。しかし、Yahelの本質はMehldauとはかなり違う。YahelはMehldauほど陰鬱ではなく、ずっと攻撃的だし、その狙いとするところはMehldauほど大げさではなく、ずっと気が効いている。いずれにしろ、これはきびきびして、地に足のついた、実に満足のいくアルバムだ。

Vijay Iyer Trio≪Historicity≫(Act Music + Vision)

 Steve Colemanのサイドマンからスタートした37歳のインド系アメリカ人ピアニスト初のトリオ・アルバム(いつものサックスのRudresh Mahanthappaがいない)。変拍子を多用し、ファンク、ヒップホップからインド、アフリカ、ラテン・アメリカに至る音楽的語彙をアクースティック・トリオの形式に吸収したテクスチュアはきわめて濃密だし、とんがった即興演奏は規格にはまらないが、かと言って規律や歴史的言及を避けているわけでもない。
 柔軟性があって、直観的かつ戦略的で、ひどく物悲しくもなく、無味乾燥でもなく、うんざりするようなジャム・セッションでもなく、Ahmad Jamal(和声進行を宙吊りにしてリズムを反復するヴァムプを基点とする方法論は、Iyerもこのアルバムで繰り返し応用している)からフリー・ジャズおよびそれ以後に至るまでの第二次大戦後のピアノ・トリオの課程を全て履修し、全てをこなすジャズ・トリオという、ありそうでなかった観念の具現化であり、Leonard Bernstein(≪West Side Story≫の"Somewhere"を11/8拍子にねじ曲げ、ペースを誇張し、未来を夢見るメロディを陰気な短調に移し替える)からAndrew Hill、Julius Hemphill、Ronnie Foster(A Tribe Called Quest"Electric Relaxation"の元ネタ"Mystic Brew")、Stevie WonderからM.I.A.("Galang"。ベースラインを弓弾きで、というのはちょっとしたアイデアの勝利)までレパートリーの開拓にもこのうえなく熱心な、21世紀にふさわしいピアノ・トリオ・アルバム。ドラムズのMarcus GilmoreとベースのStephan Crumpは、もちろん単なるサボート役にはとどまらない。どこがツボかをまるで本能的に心得た演奏ぶりだ。
 この半世紀の音楽史という文脈でジャズをとらえ直そうとする野心的な試みは、決して聴きやすくはないが、2009年のベスト・ジャズ・アルバム、とのあちらでの評価もうなずける。欠点があるとすれば、リズムは面白いがメロディやハーモニーはそれほどでもないこと、Iyerのソロがところどころ中途半端で個性のない動きに失速するところか。(Jan.10.10)


<続き>

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