カリフォルニアのターンテーブリスト、DJシャドウが1996年にリリースしたデビュー・アルバム≪Endtroducing......≫(Mo' Wax)は、ヒップホップの無限のエネルギーを内側に裏返して、とどろくドラム・サムプルとゴシック・テクスチュアを組み合わせ、スロウモーションのテンションとリリースが真夜中の都市の鼓動を思わせる大傑作で、個人的にはヒップホップのみならずあらゆるポップ音楽のなかで90年代No.1のアルバムと思う出来だった。
ベイエリア郊外出身のシャドウは、マントロニクスやダブル・ディー&スタインスキといったパイオニアとなるプロデューサーたちのカット&ペースト・ヒップホップ・トラックを崇拝して育ち、10年後同じテクニックを再活用した自身のミックステープのインタルードを発展させ、スロウピッチのヒップホップ・ループを夢遊病のブルーファンクに仕立てた一連の驚くべきソールサイズやモーワックスのシングル群を発表した。市場の需要に縛られず、この白人のBボーイは、音の実験、真摯な内省といったおのれの霊感に忠実にふるまい、彼の英雄たちが成し遂げられなかった場所にヒップホップを導いた。気怠いサウンドトラックのサムプルをヒップホップの語彙に加えたシャドウのシネマティックなスタイルは、ヒップホップのデータベースを根本的に変化させるとともに、何でもヒップホップたりうる、という本来の原則に立ち戻るものでもあった。なかでも、シングル"In Flux"(93年)は、その後UKを中心に展開するトリップ・ホップの最初の作品と目されている。過去のプロデューサーたちをインスパイアしてきた70年代ジャズファンクのサムプルを越えて探し当てた無名のサムプルを映画のようなスロウモーションで展開する叙事詩へと巧みにアレンジした≪Endtroducing......≫収録のトラックは、ヴォーカル無しだが、表現の深みには欠けていない。轟くドラムズ、変化するテクスチュア、亡霊のような声は、まるでヒップホップの実存の危機のように響く。
あれから6年間というのはメインストリーム・ポップでも十分に長い時間だが、ヒップホップでは永遠に近い。その間、モーワックスのボス、ジェイムズ・ラヴェルと組んで、トム・ヨーク、マイク・D、リチャート・アシュクロフトらをゲストに迎えたコラボレーション、アンクル・プロジェクトのアルバム≪Psyence Fiction≫(Mo' Wax)(98年)は、全くの期待外れに終わった。この失敗のせいで、シャドウはメインストリームで人気を得ることやロックスターと親しく交際するのを恐れるようになる。アンダグラウンド・ヒップホップ・シーンに戻ったシャドウは、気心の知れた昔の仲間であるソールサイズ/カナム・クルーとコムピレーション・アルバムを2枚作り、ダン・ナカムラ、プリンス・ポールとコラボレートし(ハンサム・モデリング・スクール)、カット・ケミストと汲んでレア・ファンク・シングルのミックスCD≪Brainfreeze≫(99年)、≪Product Placement≫(2000年)をリリースする。
シャドウがレコードおたくかつBボーイという彼の原点に立ち戻っている間に、ポップ・ミュージック・シーンは彼のサウンドとコンセプトに寄生しはじめていた。アーティストとしてのコレクター、楽器としてのサムプラーというアイデアは、シャドウの隠遁中に、モビー、ファットボーイ・スリム、ケミカル・ブラザーズといった連中を通じてチャートに爆発した。加えて、数えきれないほどのチルアウト/ブランテッド/トリップホップ/アシッドジャズのコムピレーションが、シャドウのヘッドフォン・ヒップホップを、カクテル・バーやブティック用のBGMに変えた。埃っぽいファンク・ループ、ぼんやりした効果音、秘密めかしたヴォーカル・サムプルといった、かつてシャドウの独創だったアイデアは、たちまちすり切れた紋切型となった。
6年も待たされたこの2作目は、いきなり歴史に残る金字塔のフォローアップは難しいこともあるし、それ以上に前作のテクニカル・コンセプトがありふれたものになってしまったために、≪Endtroducing...≫パート2にならぬよう四苦八苦した跡がうかがえる。残念ながら、ファースト・アルバムほど画期的な作品ではないが、それでも十分にゴージャスで楽しめるアルバムに仕上がっている。
シャドウは、ファンク・ブレイク、サウンド・イフェクト、マシーンのブンブンうなる音、ロボット・ノイズのシムフォニックなパターンのパスティーシュを、57分にわたるきびきびした濃密なエレクトロニック・ミュージックにプログラムし、テクスチュアからテクスチュアへと気まぐれにシフトしていく。ゆっくりと遠くにこだまするムーグ・ベースの鼓動、抑制の効いた牧歌的なギター継続音、細かく砕けるドラム・ループをつなぎ合わせたムードピース(2)は、インダストリアルなラヴ・アンリミッテッド・オーケストラのようでもあり、まるでアウトバーンを走るクラウトロック・グルーヴに乗ってジャムするジョン・マクラフリンのようでもある。続いて、熱く燃える(4)でテムポが上がる。巧みなターンテーブル・スキルでオールドスクール・ラップのサムプルをスライスするこのドラム・ジャムは、シャドウの比類なきドラム・サムプリングのショウケースだ。ドラム・ブレイクをひとつひとつエディットし、ハイハットがスナップし、シムバルがクラッシュし、力強くスティックが打ち下ろされる。シャドウのカット&ペーストの至芸をあますところのなくとらえている。"Disco Duck"から、スタートレックのミスタ・スポックまで多様なサムプルをつなぎあわせた(9)もまた、シャドウのドラミング・アレンジメ ントが、単にテムポをキープするだけではなく、それだけで十分主役をはれることを証明している。
なんでもソースにするシャドウの考古学の対象は、今回も意表を突いており、お得意の自主制作でごく少数出回っただけの得体の知れないファンクはもとより、誰も知らないような超マイナーなサイケデリック・ロックやアート・ロック、エレクトロ、ニューウェイヴ・ポップを漁りまくったあげく、40年代から60年代にかけてアメリカでちょっとしたブームになった”音の手紙”(コインを入れてブースに向かってメッセージを吹き込んだレコード。今回のアルバム・タイトルの由来)までソースにしている。きらめくピアノ・キー、サイケデリックなクレシェンド、ブリティッシュ・サイケロック・ヴォーカルのサムプルを縫合した(6)は、中性的なロック・オペラ・クルーンの繊細なヴァースに合うようハンドドラムとブラシがシャッフルする。ギター継続音が空中で旋回し、チェロが後景でうめき、ドラムが振動する(5)は、サムプルを層に積み上げ、濃密なリズムの雪化粧をほどこす。2小節のループを用いた(10)は珍しくエレクトロニカに接近したトラックで、単純なダブ・レゲエ・グルーヴをインダストリアルなフィードバック・ノイズでひしゃげたように分割し、プログラミング・スキルの妙を披露するあたりは、エイフェックス・トゥインを連想させる。7分間にわたる(13)は、こみいったパーカッシヴなグルーヴにロッカフェラ・スカンク・ギターをぶつけ、まるでニューオーダーがスカを演奏しているかのようだ。今回唯一生吹き込みのヴォーカル・トラックである(11)では、減速するサーフロック・ビートを狂ったドライヴァーが乗り回すようにレティーフがラップする。このレティーフの声以外は全てサムプルであるために、まるでこのアルバムは過去の亡霊との対話という雰囲気に覆われている。ターンテーブリズムと言うと、何かと未来派と結びつけられがちだが、シャドウは架空のサイエンスフィクション映画のサウンドトラックを作るわけでもなければ、自分のターンテーブル・スキルをひけらかすこともしない。過去の断片と戯れるばかりのシャドウは、ひたすらアナクロニスティックにふるまおうとしているようにも思える。(2003.1.11) A MINUS