[和歌山]

県球界の聖地、紀三井寺運動公園。球場には陸上競技場が隣接。手前のモニュメントは意味不明。

 野球が盛んでない都道府県はない。気候が野球向きでない寒冷地でさえ、野球が盛んであるか否かと問われれば、間違いなく盛んである。
 その日本において、更にレベルの高い自治体はよく「野球王国」などと形容される。同じ自治体でも階級(少年〜プロ)によって、全国での相対的な実力は異なるため、一言にレベルと言っても、ナニ野球のレベルなのか補足する必要がありそうなものだが、なぜか「高校野球のレベル」という暗黙の了解がある。
 和歌山県がよく「王国」と言われるのがその証左ではないかと思う。選手権の本大会が甲子園球場で行われる以前から、県勢の優勝回数はなんと7回、準優勝も5回という強さである。リヒテンシュタインとかモナコとか、いわゆる小国には何か突出した売りがあったりするが、王国と呼ばれる自治体が決して人口や経済力の面で強くない事を考えると、何となく共通するものを感じるのと同時に、「本場に来た」という気分が盛り上がったりする。


メディア関係者も環境は一般と同じ。

 和歌山から紀勢本線で一つ目、紀三井寺駅から民家の間や遊歩道を30分くらいかけて歩く。遊歩道に入るともう運動公園のエリアになる。セミの声が凄い。狭い道が並木で覆われているので、「無数のセミの声がごく間近で」聴こえ、圧倒される。「夏」のスケールが違う。この大音量に抵抗するのに無意識に体力を消耗するので、気分がスポーツのそれに近くなってくる。丁度そんなタイミングで紀三井寺球場に到着。選手権和歌山大会の全試合が行われる、県野球界の中心。だから尚更その質素さに拍子抜けするのだが、なまじ豪華ななんとかスタジアムではないところが、年季というか風格というか...そんな風に好意的に解釈してみる。
 向陽は夏の甲子園出場3回の強豪。王国らしいチームの登場で来たかいがある、と言いたいところだが最後に甲子園に出場したのが何と1974年。エース星野仙一を擁する中日ドラゴンズが優勝した年である。したがって過去の強豪というわけだが、それだけに対戦相手が絶妙。
  国際海洋二(以下「国際」)は夏の甲子園出場はないが、県では昨年初の決勝進出。つまりこの対戦は、伝統 VS. 新興。例えば智弁和歌山と新興が当たれば、僕は後者を応援する傾向があるが、こうゆうパターンでは「過去の強豪」に肩入れしてしまう。


何となく鄙びている紀三井寺球場。

 王国で、夏で、高校野球。「日本の野球」の原風景の中で、二回戦は静かに始まった。
 ...が、その前に。青森大会ではあの深浦高校が同大会初勝利を挙げた。断片的に入ってくる各地のニュースの中で最も刺激的な、スポーツ好きの原始的な本能のようなものをくすぐられるニュースである。
 この試合に同じ刺激を求めるとしたら、どちらに肩入れするべきだろうか。
 どちらも深浦高校的な立場ではまったくないが、今、勝って痛快な感じがするのは「過去の強豪」である向陽なのではないかと思う。プロ野球にも、過去に黄金時代があったが長期低迷していたチームというものが結構あり、そういうチームがイザ優勝争いとなると周辺が色めきたつ。どのスポーツにもそれに近い構図はあるもので、目の前の対決に自分の好きなシチュエーションを無理矢理当てはめるというのも楽しみ方の一つである。
 その向陽の先発・右の中山は背番号3を付けているのでエースではないのだろう。テークバックが極端に小さい変則フォーム。高校野球のエースとは、オーソドックスなフォームから速い球を投げるものだというイメージが僕にはあるので、何となく納得しながら観る。「変則フォームの投手は打たせて捕るタイプ」という根拠は何もないが、一回裏の攻撃をやはりゴロ、ライナー、ゴロと、打たせて捕る。


暑い中、地元のテレビも懸命に映す。

 国際は背番号1を背負う村上が先発。向陽の四番田村を空振り三振に取るテクニックが面白い。速球−遅球−速球−遅球の繰り返し。そういう配球をふざけ半分に考えてみた事はあるが、やってみると上手くいってしまうものだと感心する。これはちょっと面白い対決だったが、両投手とも基本的には緩急を使ったピッチングで手堅くやっている。「王国」だから凄い投手がいて...というわけではないが、決して凄くはない二人がピッチングのイロハのようなものは知っている...という「王国」らしさか。
 新興・国際の攻撃にはハッキリした傾向みたいなものは感じられないが、各打者が粘ったり、初球から打ちにいったり、思い思いにやっているところを見ると、まだ作戦らしい事をやる段階ではないのだろうが、過去の強豪に対して精神的優位に立っているそぶりを見せているようにも見える。六番佐伯が初球を躊躇なく叩き打球はセンターを越え、国際は二回裏に先制。
 国際は去年準優勝、向陽は往年の強豪。考えてみればどっちが負けても気の毒な気がするので、点が入ると何の義理もないのに焦る。どちらかが負けるのだろうが、せめて最後まで競って欲しいところ、向陽はすぐに二番佐木のタイムリーで追いつく。外角を見送り2-0と追い込まれた。一球外し、ここは外の際どいところを突くか?というところで内に入った球を打った。捕手は外に構えていたから、失投というやつだろう。これで面白い試合になる、という感触はあった。まだ二回戦も特に粗のない、引き締まった試合。さすが和歌山(?)。


こういうのも募集していた。高校野球はアートの絶好の題材でもある。

 今気付いたが、向陽の応援はブラスバンドが上手い。応援のブラスバンドが常にその学校のブラスバンドとは限らないが、伝統あるチームならばディティールの部分にもそれなりの型というか伝統があるものなので、改めて老舗の姿というものに触れている事に気付く。五回表、勝ち越し。
 八番井戸がライト前ヒットも、この試合ではエラーが得点につながり、ヒットはつながらない傾向があるのでマユツバして見る。それでも九番奥野手堅く送る。後でどうするかはともかく送る。そこで一番永井が右中間越え二塁打を放った。
 で、六回裏に国際が追いつくのだが、どう追いついたかというと、二番田島がレフト前ヒット。この試合ではエラーが得点につながり、ヒットはつながらない傾向があるのでマユツバして見る。それでも三番戸松手堅く送る。後でどうするかはともかく送る。四番佐野ショートフライの後、五番松木が中越え二塁打を放った。同じ攻撃パターンでしのぎを削る「伝統と新興」。やる事は同じというところが面白い。
 七回、向陽は二死一、三塁で二番佐木ジャストミートもセンター正面。国際は七番西尾、ショートゴロも出たヘッドスライディング。八番投手の村上振り逃げもアウト。


スコアボードは電光式で、見やすい。

 八回、向陽は二死二塁で六番田中ショートゴロ。国際は二死一、二塁で五番松木セカンドゴロ。
 九回、両校三者凡退。凄い選手はいないが、試合は文句なしに面白いし、伝統 VS. 新興という構図も面白い。延長十回表、王国のもてなしは、ここからクライマックス。
 一番永井のゴロ、ファースト佐野捕れず、カバーのセカンド塩浦もはじく。二番佐木手堅く送る。後でどうするかはともかく送る。はじめて集まる内野。三番、好投を続ける中山粘って四球。四番田村、今日は4の1。ここでライト交代も、田村の打球はレフト前ヒットで満塁。五番小林ショートフライ。五番田中1-3から真ん中に反応せず一塁に行こうとする。しかしストライク。打者の狙いが歩く事なら真ん中直球勝負で良かったと思うのだが、次をインハイに外し、押し出し!
 今度は国際に同情的になる。去年決勝まで行ったのに...。
 ランナー一塁も二死。三番戸松インハイを強振!
 ...しかしファースト小林の長身に阻まれた。ジャンプされたら終わり。ヘルメットを叩きつけて悔しがる。
 何となくいたたまれず、早目に球場を出てしまう。たぶん、敗れたチームの多くがそうであるように、みんなで泣いているのかもしれない。新興だろうが伝統だろうが、そんな姿は素の球児だ。それが王国であろうとなかろうと。(2004.7)

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