[桐 生]

改装なった桐生球場。炎天下、試合開始を待つ。

 プロ野球界がかってないほど揺れている。オリックスと大阪近鉄の合併構想に端を発した激震。その揺れの中で、足元のふらつく中で各球団はこれからのあり方を、それぞれに模索する事になる。
 そんな中、7月のオーナー会議で堤オーナーが「もうひと組の合併」が進行中である事を明かした。合併する球団については西武の可能性もあるという。
 その西武ライオンズは、ファームチームのネーミングライツを売却する方針を公表。そういう事には本当に関心のない球団だと思っていただけに僕は驚いた。いやそれ以前に、来年チームが消滅するのならあり得ない話だ。一体来年はどうなるのか。当該チームのファンは皆、残りのシーズンを不安を抱えて過ごす事になる。
 殿様商売ができる球団のファン以外は、そんな漠然とした不安を抱いた。この時期の野球場に集まるファンには、無言の連帯があった。僕も、こういう時こそ「いつものファンのいつもの姿」を見たくて、野球場に行った。


内野にネットが無い。この開放感。

 行くといつものように子供が「ミスターマクレーン、ボールプリーズ!」。台詞が英語なのがいつもと違うが、妙に説得力がある。内野にネットがない。だから選手が近い。僕もこんな球場ははじめてだ。臨場感が違う(ネットがない事を無条件に称える事はできないが、その利点は小さくはない)。芝生がきれいで、ホースで水を撒いていたりする。漠然と憧れていたマイナーのボールパークを想像させる光景だ。いっ時、不安を忘れた。
 桐生市長が挨拶をする。桐生第一が甲子園に出場する事に触れ、球場のスコアボードが改修された事を話した。プロ野球に今起こっている事には触れなかった。今日のイースタンリーグには「桐生市スポーツフェア」という冠が付いているらしい。
 地方開催で地元の選手が登場するのは慣例だ。群馬出身、ルーキーの左腕山崎敏がライオンズの先発。僕は去年、この山崎を見るために平成国際大の野球場に三度ほど足を運んだが、一度も見れなかった。だから今日はじめて見る事になる。


自由枠ルーキー、山崎敏。

 ライオンズは栗山、高山。スワローズは青木、米野と、後に一軍で主力として活躍する選手がスタメンで登場。
 山崎はライオンズが早くから目をつけていたので、僕も早い時期から関心を持っていた。特にライオンズは「松坂が何時抜けるか」というのが最近のファンの関心にもなっているので、山崎に限らず即戦力投手の情報とか動向には僕は敏感だった。ドラフト前の評価では「きれいなフォーム」をしきりにほめられていたので、その辺にも興味があった。もっとも、ドラフト前に見たかったのだが、当時の平成国際大は投手がやたら揃っていて、ついに山崎の出番に出くわす事ができなかったのだ。
 もともと面構えが良いと思っていたが、評判通りフォームも良いし、投手らしいというか、直接的な表現を僕は好まないが、カッコ良い。
 一番野口に対し、速球を見送らせストライク。初球が見送りのストライクの場合はそこそこ良い投球をする、と僕は漠然と判断している。2球目はスローボールを振らせ2-0。3球目は高目を空振り。上々の滑り出し。更に後々考えると凄い事だが、青木も初球セカンドゴロに打ち取る。


広い外野芝生席。芝生の状態が良い。

 が、山崎はこのように瞬間的に良い投球を見せるだけ、という傾向が続く事になる。結果は自由枠ルーキーとしてファンが満足できるものではなかったが、「垣根」のない、「日本のボールパーク」を思わせるこの球場では、すべてに臨場感がある。後ろの子供が「生で観るといいね」と言った。「生で観るといい」というのは、大概は球場に来て欲しい側が使う常套句だが、それを観客の側の、しかも子供が言うというのは結構凄い事だ。
 ボールパークという単語は、アメリカで野球場全般に対して使われるものだが、僕はこの桐生球場のような、マイナーリーグに合ったサイズの野球場を指す単語というイメージを持っている。
 3万人収容のスタジアムを埋める観衆が、無数のグループや個人の集合体であるのに対し、マイナーのボールパークでは、スタンド全体がひとつのコミュニティになる。それが僕の考える「ボールパーク」のサイズであり、そこには「スタンドのどこからでも認識できる」ひとつのランドマークがよく発生する。
 彼はやたら目立つ。スキンヘッドで、山下大輔氏(05年楽天ヘッドコーチ)をちょっと怖くしたような風貌。むしろ『流体力学』(荒川区)の大将に近いかも。まあ、二人の中間という感じ。彼はたくさんの子供を連れている。たぶん少年野球チームの責任者で、子供達はそのメンバーだろう。そんな人物がヤジ将軍なので、間違いなくこのコミュニティのランドマークである。


桐生球場内観。

 子供達はよく彼になついている。彼が通路で子供にすれちがったりすると、決まって抱きついたりして、じゃれる。野球が、子供が好きなのだろう。そんな光景があってはじめて「ボールパーク」は完成する。しかし彼が「七回になったら"take me out to the ballgame"歌うぞ!」と言うと子供達が「はぁ?」。子供にとって「本場」は遠い世界らしい。
 コミュニティという点では、僕も今日は、僕の好きな某野球サイトの管理人さんに会えるかもしれなかった。が、スタンド全体がひとつのコミュニティなどと言いながらそれとわかる人物を見つけられず、もしかしたら?と思う人はいたが途中で見かけなくなってしまった。後に「スコアボードの陰で、地元のおっさんにつかまってまあ、いろいろ昔話やらなんやら聞かされているうちに試合の流れがまったくわかんなくなって、七回終了あたりに球場を後にしてしまったんですよね」というメールをもらった。なるほどそれも「コミュニティ」のよくある場面である。
 試合の流れと言えば、上々の立ち上がりを見せた山崎だったが、何時の間にか4点を失っていた。それでも6-4とリードし、勝利投手の権利を得るまであと一人、という所で青木、ユウイチに連打。渡辺コーチが来るが続投。確かに典型的な代えにくい場面だ。が、これが命取り。四番畠山の打球はスタンドへ一直線。「試合の流れ」がどうでも良くなる瞬間である。


改装後もレトロな文字はそのまま。

 ボールパークという単語は、マイナー(ファーム)の方がしっくりくるというのは先に述べた通り。ファームの試合で極端に勝敗にこだわる人はあまりいないし、球場のサイズがコミュニティと呼ぶに相応しい。子供がファールボールを追って右往左往したり、観客がお互い顔見知りだったりする。そんな鷹揚さが park の語源という気がする。今日は件の管理人さんの代わりに「ダラ球会」のむさしさんに久しぶりに会った。会ってもまったく不思議ではなく、お互い「ああ、やっぱり」という反応なのが面白い。
 むさしさんも、合併云々という話はしなかった。周りの観客からもそういう話は聞こえなかった。ライオンズは合併対象の候補という事になっている。この中にはファンもいる。まったく無関心という事はないだろう。だけど、こんな時でもファンは野球を楽しむ。試合の流れとはまったく関係なく唐突に、スキンヘッドのヤジ将軍が言った。「合併なんかしねーぞ!」
 僕は我に返った。そうだ。ライオンズ、ホークス、マリーンズ。どこのファンも合併など望んでいない。合併で喜ぶのは悪意だけだ。
 結局、新球団の参入が認められ、合併は行われなかった。後に堤オーナーの口から、合併の対象は「ダイエーとロッテ」であった事が明かされた。それまでの経緯についてはここでは割愛するが、ライオンズのファンとなったばかりに、僕も合併騒動の「当事者」になった。好きなチームがなくなるのか。「ボールパーク」を奪われるのか。「日本のボールパーク」で行われた今日のゲームも、目に焼き付けておかねばならない風景だった。プロ野球を愛するすべての人が忘れてはならない「2004年」の一断片である。(2004.8)

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