[大 津]

朝の琵琶湖。釣り人と旅人の朝は早い

 夜行バスなので朝早く大津に着いた。やっぱり眠れなかったので頭が冴えない。冴えないなりに琵琶湖岸の公園をラジオを聴きながら歩く。地方へ行くと地元の放送を聴くのがひとつの楽しみなのだが、NHKの「純邦楽」番組しか聴こえなかった。ボーっと湖を眺めながら新内流しみたいな歌を聴いていたら、音と、琵琶湖の眺めと、朝の適度に張り詰めた空気がすべてしっくりとハマるので何となく冴えてきた。
 そのまま街がいよいよ活動をはじめるのに合わせ、気分も乗っていく。いつもならば。
 しかしあまり人と会わないし、そう言えば朝食が摂れそうな店がない。あって然るべき場所はノンバンク金融の看板で溢れている。浜大津にも行ってみるが、ひっそりしている。琵琶湖ほどの資源があって、その畔に拓けた街があれば決して京都の影に隠れないと思うが、「県都好き」としては出鼻を挫かれた気分だ。
 どこに活気を求めるか。もちろん「野球場」なわけだが、ただ野球というだけでは駄目で、関西球界の伝統というかブランドというか、根付いたものを感じたい。そこで大学球界の雄である「関西学生リーグ」がどうしても外せない。


改装なった皇子山球場。

 言わずと知れた「西の六大学リーグ」である関西学生リーグだが、「関西六大学」とはまた別物であるのがややこしい。NPBに有力選手を輩出する近大は法政や明治のようだし、「同立戦」はまあ早慶戦のようなもので、京大の存在はまんま東大だ。今年は後にホークスで活躍する近大の大隣憲司がノーヒットノーランを達成したりでちょっと熱い。
 皇子山球場は全面改修をほぼ終えた。すっかりキレイになったスタンドやコンコース。だがいかにも公共施設という「抑えた感じ」だけは頑として変わらない。学生野球というものの立ち位置がそういうストイックな部分にハマっている感じ。
 関西学院大は東京六大学で言うと立教みたいなポジションだろうか。普段は「関学」と略記される。後のドラフトでタイガースから4巡目で指名される清水誉捕手がいる。
 同志社大は優勝こそ少ないが早稲田みたいな存在。このカードは現在同大の1勝。同大を早稲田に見立てるとどうしても同大の方が強そうに見えてしまう。ちなみにこの後はドラフトの目玉と言われる投手を擁する近大と立命大の試合があるのだが、なぜこの第1試合を取り上げているかと言うと、その目玉である大隣(近大)と金刃(立命大)が昨日投げてしまっているのと、雲行きが怪しく、第2試合が中止になるかもしれなかったからだ。


応援団もいて賑やかなのを想像していたが...。

 関学の先発・道下は先の京大戦でわずか79球完投勝利という、記録的な投球をした(リーグに記録か残ってないので新記録かどうかわからないらしい。この辺はリーグが複雑な変遷を辿っている事を物語っている気がする)。同大の左腕佐々木はパンフには背番号もない二年生。左という事でベンチ入りできたのだろうか。こういうのを見ると応援したくなるが。
 投手に興味が沸くと試合への気持の入り方が違う。ようやく本当の意味で目が覚めてきた。一死一、三塁で関学は清水が遊ゴロゲッツーでチャンスを潰す。目玉選手が足を引っ張るところが結構見れたりする。ドラフトの特集番組だと選手の活躍シーンばかり編集して放送するので、こういうシーンに遭遇するとリーグの「普段の顔」が観れたようで少し得をした気がしないでもない。この攻撃は四球とゴロだけ。何となく佐々木投手のタイプが見えてくる。
 道下は得意の省エネ投球を見せてくれるだろうか。しかし初回は1点取られた上に18球を費やす。まあそんなものかもしれない。佐々木も同じくらい球数を投げるがニ回は2三振を奪う。その裏には無死二、三塁で打ったゴロが雨でコンディションが悪いせいかショートの前でパタリと止まるタイムリー。この試合で何か強運を発揮しそうな雰囲気だが...。


「関西学生野球六大学」と書いてある。

 ところで佐々木が打席に入ったように関西学生リーグは指名打者制がない。これもやはり東京六大学を意識している気がする。片や「関西六大学」には指名打者制がある。それで関西学生はパンフの表紙に「関西学生野球六大学」などと微妙に「六大学」を主張したげな表記をしている。
 老舗の「六大学」っぽさをどこに求めるかというと、やはり学生による熱心な応援だろうか。特に大学選手権で見た立命大の応援は「ブラスバンドが上手い」のが印象的だった。そこではじめて「西の六大学リーグ」という存在感というか個性が自分の中で明確になり、また興味も持った。
 しかし応援団はいない。球場に売店もない。球場が改修されてキレイなのもかえってモノ足りなさを助長していた。なぜかと言うと、神宮球場に六大学の文化とか歴史とか伝統が「染み込んでいる」のと同じ感じを求めていたからだ。
 こうなると地方の大学リーグと雰囲気的にはあまり変わらない(別にそれが悪いわけではないが)。しかも雨も強くなり、色々と「六大学野球」のイメージが壊れていく中、選手の声はよく響くようになり、別のイメージが鮮明になってきた。静かな雨中の熱戦、という感じの。


靄が似合う北近畿の風景。

 ぼちぼち雨の影響か、暴投で走者を三塁に進め八番宮崎の雨の中、絵になるスクイズ。関学が1点返した五回表。道下はすでにマウンドを降り、3番手の尾堂がいきなり四球とバントでピンチを招くと四番安井のセンター前ヒットでクロスプレー。タイミングはアウトも空タッチか。同大が4-1と突き放した五回裏。雨の中のクロスプレーというのが映画のように詩的に映る。
 六回裏、尾堂が初のストライクを投げるもピンチを招き4番手池田に交代。この回もっていれば結果的に勝利投手だったのが、運がない。そう、関学の逆転劇がはじまるのだ。
 四番清水、2-2から外ギリギリを見逃し三振。ドラフト指名選手なのに良いところがない。しかしこのギリギリのストレートは佐々木にとってラッキーで、実は「ぼちぼち限界」のサインだったみたいだ。続く富山の足にぶつけ、増田を歩かせる。四球のうち2つはかなり大きく外れた。松野はストレートの四球。ついに2番手佐川に後を譲る。
 なかなか速い佐川。さすが大阪桐蔭と言うか。初球は外、狙ったところにズバリ。しかし調子が良すぎたのか、高目にいって代打門田強振。右中間を抜ける間に靄を切り裂く走者。3人目は返したくない同大。五回裏同様、タイミングはアウトだが、やり返された。同点。


「野球少年の像」は健在。

 代打攻勢。千蔵のセンターフライで門田いよいよ三塁へ。二死三塁。同大としてはまだ満塁の方が良かったところだろう。萩野にワンバウンドのボール、捕手磯部は逸らさない。オーッという声は同大からも関学からも聞こえるが、同じ「オーッ」でもそれぞれ意味が違う。磯部が外野に何か指示を出す。
 もちろんバックホームに関わる指示ではあるが、萩野の打球はサードゴロ。普通にアウトにしたいところだが、少なくとも観ている僕は意表を突かれた。関学としては二死だったのが吉か。躊躇なく本塁に突っ込む様を見てセーフになりそうな気がした。で、セーフだった。
 流れとはこういうものか、関学が逆転すると正に「空気が変わった」ようで、後は左の宮西がほぼ危なげなかった。10月はじめも、降られると結構冷える。しかし熱いゲームにはこれが心地良い。眠れずに頭がボーッとしたままひっそりとした県都に拍子抜けし、野球場に行けば「六大学野球」のイメージは空振りに終わる上雨まで降り出し...色々裏切られつつ、今はこの靄の中、盛り上がる関西学院大ナインが、何の演出も必要としない「活気」そのものの姿を見せ、最後は劇的な逆転劇とそれを引き立てる雨にもてなされている事に気付く。ともあれこれで1勝1敗となった。(2006.10)

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