[厚 木]

長方形のフィールドを二面使用する及川球技場。

 以前、安城が「ソフトボールのまち」なのを羨ましいとこの場で書いた事があった。そもそもソフトボールは野球場で間に合うので、専用球場があるからにはそれだけソフトボールが重要視されていると言えるからだ。
 ただ、それを関東という立場で言ったのは迂闊だったかもしれない。関東には「厚木」がある。
 まず厚木自身が「ソフトボールのまち」をアピールしているのと、やはり全国レベルの強豪である厚木商業の存在だろうか。ただ「〜のまち」をアピールするには「人材」「チーム」「施設」が揃っていないといけない、と漠然と思っているのだが、現地に着いて即「施設」の条件はクリアーされた。
 日本リーグの二部リーグは通常、長方形のグラウンドを二面使用する事で一度に2試合を行っている。だからこの及川球技場もサッカーなどがメインの球技場を無理やりソフト仕様にして使っているのだろう、と思っていた。しかし砂入り人工芝にマウンドとベースの周りだけアンツーカーになっているのを見て驚く。そして長方形の角にあたる部分、つまりソフトボール場で言うネット裏と一、三塁ベースのあたりまでがちゃんとした観客席になっているという、長方形の球技場なのにソフトボール優先仕様。ソフトボールのまち云々という以前にそのユニークさに驚く。正直、安城に対して「勝った」という心境だ。


人工芝で二面使用の及川球技場。

 そして地元のチームを応援するサポーターは、どこかで見たようなユニホームを着てちょっと他のチームと違うサッカー風の応援をしている。実質実業団の日本リーグで異彩を放つのが「湘南ベルマーレ」のソフトボールチームだ。
 株式会社であるサッカーの湘南ベルマーレが設立、運営するNPO法人のソフトボール部門という位置付けで、厳密にはサッカーとは別の組織になる。それだけに衰退ばかりが目立つ実業団において、新しいチーム形態として注目されている。その存在で「チーム」の条件もクリアーだ。
 サポーターが「べるーまーれーちゃっちゃっちゃちゃちゃ」と拍子を取ると選手もそれに合わせて「ちゃっちゃっちゃちゃちゃ」とやる。日本リーグに何か「別の文化」が入ってきたようで、それはそれで面白い。今日のベルマーレは第一試合の大和電機戦に4-3で勝っている。日程の調整上、1日に2試合行うチームがあるらしい。
 松下電工津は昨年17チーム中14位。対してベルマーレは6位。一部リーグに上がって来れない事もないと期待させるポジションにいる。


ソフトボール版ベルマーレのサポーター。

 しかし初回にいきなり2点を失う。先発は新人の佐藤真澄。三番荻原千佳子に右中間をちょこんと抜かれるとランニング2ランホームランになってしまった(記録はわからない)。狭い規格のソフトでもこんな事がある。二回は速いゴロもパッと捌き、ボールを打たせ、三振も奪い、こなれた感じになる。
 早目に反撃したいベルマーレだが、津の先発小長井美希を打てない。二部リーグともなると知っている選手もいないし、試合がダレてしまうと本当に面白くなくなるのだが、「六番ショート、安藤美佐子」。
 え、あの安藤?そう、シドニー五輪代表、野球で言えば宮本慎也のような存在である名ショート、安藤だ。実はその安藤がベルマーレに、いや二部リーグにいる事を今日まで僕は知らなかった。そしてデンソーの看板選手だった彼女がここに来るまでの葛藤みたいなものが容易に想像できたので、妙に感動的だった。安藤美佐子がいるチームというだけで何だか凄い。「人材」の条件もクリアーではないか。


非常にユニークながらソフトボール優先仕様。

 走者がいるわけでもないのに、ファール以外はハッキリとわかるボール球で四球。何か最初から勝負を避けられたような感じだが、代表に選ばれる選手とそうでない選手の実力差がさほど大きくない野球とは違い、ソフトの世界では「元代表」というネームバリューはやたら大きく見えるのだろうか。続く打者にはちゃんとストライクを放れたのを見ると、安藤は鹿島アントラーズにいた頃のジーコのように畏怖される存在なのだろうかと思わされる。
 しかし「二部リーグなりの雰囲気」にすっかり溶け込んでいるのがいかにもソフトボール、というか女子のスポーツというか。選手としては雲の上的な存在なのかもしれないが、チームメイトとしては馴染んでいるというか「染まって」いるような。
 女子スポらしさと言えば、投げる時に声を出す投手が野球よりも多い気がする。ベルマーレの投手は四回から同じく新人の小林茜。右肩を下げてうずくまるような独特のセットから投げるとハッキリと聴き取れる「ッシャー!」。多彩な球種を持つ変化球投手、と名鑑にはある。確かに二死までは調子よく打たせて取るが、あっさり三連打で1点を失う。そう言えばあまり景気良く声を出す投手がすんなり抑えるのを見た事がない。いつの間にか0-4と引き離されるベルマーレ。


結構いる観客。入場無料。

 ベルマーレ目線では一向に盛り上がらない試合だが、津目線ではどうか。色々良いところは見せてくれているが、何せこの試合における僕の中でのウェイトがベルマーレに偏りすぎている上、津に注目してみようかなと思った途端、津打線が沈黙をはじめてしまったのだった。その沈黙をさせたのが六回途中から登板の志村明壽香なのだが、出てくるとサポーターから「あすか〜あすか〜」と定番っぽいコールが。
 スポーツのチームには、大体「そのチームのファンに人気のある選手」がいて、その選手は全国区のスター選手でないケースが多かったりする。たぶん「俺たちの○○」的なモノを無意識に求めるファン心理が根っこにあるのだと思うが、この志村投手がソフト版ベルマーレサポーターにとってのソレなのかもしれない。
 状況は一死一、二塁。しかもビハインドで投げる投手がファンから特に熱い支持を受けるというケースは、少なくとも野球ではあまりないが、「女の戦いを男が応援」という構図が無意識に鷹揚な空気を作っているのだろうか。内容はと言うと、山なりのスローボールで見送り三振、同じくスローボールで空振り三振という、ビハインドで投げさすには勿体ない程の見事なリリーフだった。バイザーが似合い、立ち姿もソフトの投手っぽい雰囲気がある。
 試合のオチを言ってしまうと、ベルマーレはこのまま零封負け。まったく良いところがないが、サポーターの志村明壽香への若干熱い声援とその力投ぶりを見ていると、それなりに「地元のモノ」を見れたようで何となく満足する。志村明壽香をまったく知らないだけに余計にそう感じるのだった。


犬も可。

 ソフトでは速球派投手ばかりもてはやされる傾向があるので、スローボールを駆使して打ち取る投球には結構見入ってしまう。そのスローをゾーンギリギリに投げ込めるのも凄い。簡単に二死を取った後連打でピンチ。内野、今更集まるも気合を入れるだけ。最後の打者、高目を2つ見送らせていきなり低目に。これを思惑(?)通りすくい上げセンターフライ。最後の打者と言ってもベルマーレの負けなのだが。
 ソフトでは珍しく配球にいちいち共感できるところがあり、最後に良いモノが見れたような。「あすか〜あすか〜それ行け湘南〜」と、勝ったように盛り上がるサポーター。これが「ソフトボールの二部リーグ」での光景と思うと、目立たないところで時代が少し変わって来ているな、と思う。ソフトというと五輪に関する動きばかりがクローズアップされるが、「ソフトボールのまち」にベルマーレのようなチームがあって、更に一部リーグに上がってくれば、日本リーグの雰囲気が変わってきそうで面白い。こういう形態のチームがリーグを引っ張っていく方が、プロ化の話につながりやすいだろうからだ。(2007.4)

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