[伊勢崎]

球場を擁する華蔵寺(けぞうじ)公園は手近なレジャースポットとして知られる。
て言うか鳥居と観覧車が同じフレームに入る貴重なスポット。

 北信越BCリーグは信越という、ちょうど関東を半分覆うような地域に設立された。そして関東の中央部である首都圏はNPBが最も盛んな地域で、独立リーグの創設者はそんな首都圏でやろうとはあまり考えないらしい。しかしかって首都圏で独立リーグをとぶち上げた企業経営者もおり、常に何らかの意識をされているエリアである事には違いない。
 BCリーグが北信越で興ったのは創設者がその地域にあったからで、首都圏に近い事は単なる偶然なのだろうが、結構面白い距離感(物理的な)だと思う。
 なぜかと言うと、首都圏にはイースタンリーグというものがあり、お互い何かしら意識せざるを得ない距離感だからだ。具体的にはチーム数が奇数になっているイースタンリーグには、適当な交流相手があると面白いし、BCリーグにとってNPBのチームとの試合はこれ以上ない研修だという事。


伊勢崎市野球場。郷土の出身で野球殿堂の人、鈴木惣太郎記念球場という別名を持つ。

 しかし両者にはもうひとつ、物理的な隔たりがある。北関東というエリアがそれで、BCリーグがこのエリアまで広がってきたらどんな「化学反応」を起こすだろうか。そんな事に前から興味を持っていたのだが、リーグ2年目にしてそれが実現してしまった。新チームの本拠地は群馬県。チーム名を「群馬ダイヤモンドペガサス」という。関東のチーム参入を機にリーグの名前から北信越の冠はなくなった。
 「ダイヤモンド」は野球場のダイヤモンド、「ペガサス」は群馬の「馬」が由来。初代監督は秦真司。スワローズで正捕手に「なりかけていた」事が印象に残っており、ファイターズにいた事もあるので身近には感じている。更にコーチに河野博文。独立リーグにはなぜかファイターズ系の人が多い。
 関東初の独立リーグ球団という事がクローズアップされたが、その事自体にニュースバリューはないと思う。あくまで群馬県民の支持を得られるかが重要。スポンサーは上毛新聞、高崎ハム、銀だこetc...と結構付いたようだ。
 地域の支持を得るという点において大事なのが、特に地方のチームの場合、地元出身の選手が中心になる事が挙げられる。BCリーグはこの点、トライアウトで合格した選手を、各人の出身地に近いチームに振り分けるというスタイルらしく、その辺は徹底している。


スタンドは満員。この球場が外野席まで解放されるのは稀では?

 となると、野球のレベルは高い群馬のファンの「群馬のレベルを見せてやれ」的心理には合致する。が選手29人のうち、県出身者は10人。「県関連選手」を入れると14人。さすがに大半を固めるのは無理だったが、県レベルにまで条件を狭め、これだけ地元出身者を集められるのは独立リーグ故だろう。
 群馬以外にも福井ミラクルエレファンツが加入し6チームとなったのを機に、今季からリーグを上信越と北陸の2地区に分けプレーオフなどと小洒落た事をやるようになった。で、1年目のダイヤモンドペガサス(以下「ペガサス」)はどうだったかと言うと、群馬のレベルを示した。つまり強かった。上信越地区の前期は3チーム中の2位、後期は首位を行く。リーグ戦は総当たりだが同一地区のチームとは9試合、別の地区のチームとは6試合という変則的なシステムとなっている。6チームなら地区を分けるほどでもない気がするが、少しでも遠征の負担を減らそうという考えだろうか。
 今日の相手富山サンダーバーズは北陸地区の首位。驚いたのが伊勢崎市野球場のメインスタンド3,200席を優に上回る3,562人の観客が集まった事。僕は4月に敷島球場で行われたペガサス初陣となる開幕戦にも行っていたのだがその時は公称5,671人だった(そんなにいなかったように見えたが)。群馬初の「プロ野球チーム」に対する期待感だろうか。


富山サンダーバーズは緑のユニホーム。

 「ユカ」という歌手による『君が代』。結構富山のファンも来ている。応援団の誰かが「群馬の皆さんに"こきりこパワー"を見せつけてやりましょう〜」みたいな事を言っていた。たぶんどこの試合にも熱心に遠征している人達だろう。カープファンを思い出させる。サンダーバーズという名前は富山の「雷鳥」に由来している。同じく雷鳥を意味するbjリーグの「富山グラウジーズ」の方が英語的には正しいが、サンダーバーズの方が断然語感が良いし親しみやすい。
 三回まで少しは走者が出るも静かに進行する試合。熱気とは裏腹に。熱気の根拠は何かと言うと「満員」だ。
 2万人収容の敷島球場に5,671人集まるのとこの伊勢崎市野球場に3,562人集まるのとでは、観客の密度が違う。熱気は一人ひとりが発するそれの相乗効果で大きくなるものだから、同じ人数でも互いの距離が近い方が高まりやすい。難点は観客に多少窮屈な思いを強いる事だけど、人は熱気のある所に集まるもので、熱気はそこから連鎖的に広がっていくものだから、主催者にとってはその方が良い。そういう様子が定着すると、試合を観たい人が「早く行かないと良い席取られる」という心理になる。それが大事だ。


普段から熱心な事が伺える富山応援団。

 そういう意味では独立リーグというものにこの野球場は良くフィットしている。僕は群馬側(一塁側)が一杯なので三塁側に回って観ているのだが、富山の先取点で湧き立つファンの中に身を置いていると、NPBだったら記録的不入りであろう3,562人という観衆が凄いもののように思えてくる。
 小さい球場でも満員なのは良い事だ。今の独立リーグのレベルというものを相対的に見ると、社会人のクラブチームの強豪とか地方の大学くらい、と良く言われる。そのカテゴリで球場が満員になる事は今まではなかった。しかし「それだけの価値のないプレー」をやってしまえば、それを正に満員の観衆が見てしまう事になる。群馬はそんなプレーで四回に先取点を与える。
 一死一、二塁。六番草島のファーストゴロ。これを一塁手が腰を落として捕ろうとせず、タイムリーとなった。中央の大学や企業チームの強豪レベルではあまり見られない気の抜けたプレー。リーグやチームのこれからを思うと、ちょっと嫌な予感がした。そういう野球を強引に「プロ野球」に仕立て、今のところその新鮮さや期待感で観客は来ているのだが...。
 そんな中にも本当に「プロ」だった選手もいる。一番ショート山田憲は04年までファイターズの選手だった。今日は5打数1安打も、五回は器用にすくい上げるバッティングで技ありのセンター前。今のところ、こうした選手が引っ張っているBCリーグだ。


出店。この光景がないと淋しい。

 終盤1点差に追い上げたペガサスだが、その後突き放され3-7で敗戦。湧いたのは六回、BCリーグ初代打点王井野口祐介と清水清隆のダブルスチールの後エラーで1点を返したところだろうか。打点王と言っても必ず誰かがなる。リーグが球界の中でそのポジションを獲得するには、NPBに選手を輩出する事。高校生や大学生が実業団より「BCリーグを選ぶようになる事」だと思う。育成でない本ドラフトで選手が指名されるのはこの1年後。井野口祐介は2012年アメリカの独立リーグに渡った。
 ペガサスは上信越地区優勝も、リーグチャンピオンシップでは北陸地区優勝の富山にまた敗れた。観客動員は独立リーグ最多の58,946人。今日の試合は後期最多だった。リーグ全体での観客動員は前年度から25%のダウン。ただし有料チケット率は上がっているので成果は出ていると言える。
 独立リーグ最多と言うと一見凄そうではあるが、やはり必ずどこかが1位になるわけで、決して自慢にはならない。プロだから客を呼ばなければいけない反面、満員の観衆が分不相応になってしまう危惧も感じた。リーグ戦の価値そのものを、つまりレベルを上げながら営業的価値も上げなければならない。ゼロからのスタート。草創期の職業野球が辿ったのと同じような道を行く独立リーグ。それを見守るファンも球史上稀有な体験をしている。(2008.9)

戻る