[刈 谷]

選手名のノボリはソフトボール定番の光景。

 ソフトボール日本代表が2008北京五輪でついに金メダルを獲得した。その瞬間を観ていたが、既に代表監督を退き解説をしていた宇津木妙子氏の騒々しいまでの喜びっぷりがその悲願の強さを物語っていた。
 その直後「星野JAPAN」が終焉。あれだけの戦力を与えられながらメダル無しに終わった星野仙一は以後2011年楽天イーグルスの監督に就任するまで表舞台から姿を消す事になる。
 最初から何か覇気のない戦いぶりが気になってはいた。ファンからの非難の声にはやはり「ソフトボールを見習え」という文言が目立った。最初はその文言が紋切り型のように思えたが、ソフトボールにとっては正にオリンピックがモチベーションなんだな、という事の裏付けでもあった。
 普段「スポーツニュースの範囲外」であったソフトボールが一挙にスポーツ紙の一面扱いに浮上したのは当然の事だった。元々4年に一度、オリンピックで活躍しては注目度が上がるというサイクルが定着していたが、今回は別格。上野由岐子が登板した高崎での試合はチケットが売り切れる盛況。翌年のシーズン開幕戦が西武ドームで行われるほどソフトボールのステータスは高まった。


良く入っているが、決してメダル効果だけではない。

 ここ刈谷ではトヨタ自動車と豊田自動織機(以下「織機」)で3人の代表選手が凱旋していた。スタンドをほぼ埋める観衆が集まっていたが、「高崎の余波」というよりは、織機の地元である事の安定感の方を強く感じさせた。つまり一過性の熱気ではなく、という事だ。
 織機から代表入りしたのは江本奈穂と狩野亜由美。江本はあまり出番がなかったが狩野は33打数8安打の成績を残した。今日は一番センターで出場。トヨタ自動車からは伊藤幸子。北京では8打数1安打、今日は四番ファーストで出場。3人には市のソフトボール連盟から表彰があった。
 織機の先発ミッシェル・スミスは言わずと知れたソフト界の重鎮(?)。ただ北京には行かず、この年限りで引退となる。全盛期は「国鉄の金田ってこういう存在だったんだろうな」と思わせるほど日本の打者を寄せ付けなかったが、最近はそうでもないな、という感はあった。
 実は代表選手やスミス以上に僕が注目していたのがトヨタ自動車の先発・露久保望美。何が凄いのかと言うと現在日本リーグの防御率1位。ふ〜ん、そう、と言われそうだが考えてみて欲しい。今日本リーグで1位という事は「上野より上」という事だ。もし彼女が代表に選ばれていたら、伝説として語り継がれるであろう力投を演じた上野の負担はもう少し軽くなっていたのではないかと、素人目には見える。


刈谷球場。かっては球技場も兼ねたユニークな形状だったが、今はご覧の通り普通の野球場。

 一番狩野をいきなり三振に。露久保の凄さは遠目にもわかる必殺のチェンジアップ。日本のエース上野が満員の観衆を集めているそばで次代のエースが台頭するソフト界の何気な充実ぶり。ルックスは愛嬌のある女性芸人風(?)。代表入りして活躍したら人気が出そうだ。セットから両腕を一回転させてからモーションに入る、野球だったら違反じゃないかと一見思わされる説明しにくい投球フォーム。シリアスな個性の上野の後日本のエースの座を彼女が継いだらギャップ的に面白かったところだが、2012ロンドン五輪でソフトボールは除外される事が決まっている。
 スミスにも色々思うところがあるだろうが、淡々としたもの。しかし日本の打者を寄せ付けなかった以前の面影は薄れ、初回いきなり2安打1四球。四球は伊藤に与えたもの。二回も1安打2四球。全盛期を知る人にはモノ足りない内容だが、それでも四回までゼロに抑えるのはさすが。
 五輪からソフトがなくなってしまう事が日本代表を駆り立てたという面はあったかもしれない。しかし何時ソフトが復活できるかわからない状況でこれからの選手たちはいかにモチベーションを保つのだろう。新しい才能が出てくるとかえって不憫に思えてしまう。
 原則投高打低のソフトで打の新星に着目する事はあまりないが、両チームが得点した五回の攻防を見てみる。


しっかり中継あり。これもメダル効果だけではない。

 表のトヨタ自動車。二番前園バントヒット。いきなり投高打低傾向の象徴という気がする。三番クーパー左中間破り二、三塁。さあ四番伊藤。以前ならこんなピンチとは無縁のスミスだが、ここでスピードが出てきた。右方向に打ちたいが踏み込めない伊藤。フルカウントから観念したようにインコースを遊フライ。衰えてもさすがに力の入れどころを知っているスミス。
 一死なのでここでもっとも考えられるのはスクイズか。で五番藤崎普通にスクイズ。ソフトボールに不満な点はあまりにセオリー通りなところだろうか。三塁走者本塁突入、タイミングはアウトのようだが判定はセーフ。しかし態度は紳士なスミス。六番坂元もスクイズに徹すればと思うがヒッティング。今度はタッチアップの走者アウト。攻めきれないというか、こういうのを貫禄負けと言うのだろうか。「三塁ランナー代えろ!」と後ろのおじさんがさっき言っていたが、さすがソフトのまち刈谷。
 裏の織機。五番古田二塁へゴロも内野安打。代打桝本バント。七番酒井ライト前ヒット。ライト藤野の返球が良くてランナー本塁行けず。八番長澤の時に酒井が盗塁。結果的にこの盗塁が殊勲になったと言って良い。その後九番白井が2点タイムリーを放つが長澤が三ゴロだったからだ。こんな風に「あれがなかったらこれはなかった」というストーリー性、緻密さがスポーツの妙なのだが、唯一得点があったこの回の攻防も、凄い打者の活躍というものがなく、メダルを獲得しても決して打者が脚光を浴びないソフトボールの傾向を強く感じるのだった。


サインを欲しがるのはやはりソフトボール少女。

 そのまま2-1で織機の勝ち。スミスと露久保では露久保に勢いがあった。しかしピンチになった時の処し方というか、その辺が勝負を分けた。ピンチになると球数が増えテンポも悪くなる露久保に対し、スミスには「抑えどころ」がちゃんとわかっていた、というような印象だった。それはともかく代表メンバーには見せ場がなく、代表でなかった選手ばかりが目立つというのは面白い、と言うか心強い。
 観客の目は凱旋メダリストを見るというよりは、いつもの選手を見る目という感じ。日本のソフトボールの「強さ」は、実はそこにある。その土壌があるうちに、ソフトボール界はオリンピック以外のモチベーションを作らないといけないと思う。
 なぜかというとオリンピックに依存するあまり、隷属的になり、統括組織が腐敗してしまった競技もあるからだ。更に日本のソフトボールは海外での人気よりも国内のリーグ戦がそこそこ盛り上がっている事に扶持がある。実はソフトボールの日本リーグは、野球の世界で言うMLBのような存在になってしまっている。スミス以外にも非常に優秀な外国人選手がプレーしている事からもわかるように、レベル的にも、会社員として仕事しながらプレーできる環境的にも、世界のプレイヤーから憧れられている存在だったりするのだ。


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 だからソフトボールの未来をどうするかについて、日本はリーダーシップをとれる立場にあるし、やらないといけない筈なんである。健気にオリンピック復帰を懇願していく傍ら、オリンピックからの「自立」もしたたかに進めていかないといけないのだ。
 アメフトに「ディフェンスは勝利を呼び、オフェンスは客を呼ぶ」という格言がある。まず上野のようなエースをたびたび打てる、打つ方のスターを育てて欲しい。そしてバレーボールやサッカーがオリンピックから「自立」しているようにソフトボールの国際大会も注目されるようメディアに働きかけていくには、結局プロリーグの存在が必要で、別段チーム名に企業名が入っていても全然構わないから、「稼げる場」になり、強豪アメリカや中国からもたくさん選手が来て、正に日本リーグ自らがソフトボールの「W杯」のような存在になっていくしかない、と思う。逆に、それができなければJOCにもモノが言えないだろう。露久保は次の代表入りを待たずに引退してしまった。女子スポーツだから引退が早いのか?それだけではない筈だ。(2008.10)

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