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東金事件判決例

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東金ビラ撒き国家賠償請求事件

昭和62年(ワ)第1254号

平成3年1月28日千葉地方裁判所判決◇確定

【判示事項】歩道上でビラ配りをした者を道交法違反で現行犯逮捕・留置し、弁護士との接見を約二二時間許さなかったことが違法とされた事例

【法令条文】国家賠償法1−1、道路交通法77−1、千葉県道路交通法施行細則11、刑事訴訟法39

【裁 判 官】春日通良,石原寿記,並木茂

【出  典】判例時報1381号89頁

【参考文献】判タ755号145頁、判地自88号90頁

【判例評釈】松井幸夫・法セ36巻10号118頁

【判旨】

 一 原告が昭和六二年一月一五日に本件現場において約一五名の者と共に千葉県東金市中央公民館で行われた成人式に参加した青年らを対象にしてビラ配布と署名活動をしていたことについては、当事者間に争いがなく、右の約一五名の者が民青同盟員であったこと、右の配布したビラが民青同盟同県東部地区委員会発行の「成人式おめでとう−−あなたも署名を−−」と題したものであり、右の署名活動が核兵器廃絶であったことについては、被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。そして、〈証拠〉によれば、原告は、当時、同委員会委員長をしていたこと、原告らが本件現場においてビラ配布と署名活動を開始した時刻は、同日午前一一時二○分ごろであったことを認めることができる。

 二

 1 東金署巡査甲野及び巡査部長乙川が同日午前一一時三五分ごろにパトロールカーで本件現場に到着し、原告らに対して道路使用許可を取っているか質問し、許可を取っていなければ、道路交通法違反である旨警告したこと、原告らが、右公民館敷地に通ずる三か所の出入口付近でビラの配布と署名活動をしていたこと、原告らが甲野及び乙川に対してビラ配布や署名活動には許可を要しない旨反論したこと、甲野及び乙川が許可を事前に取得しなければ道路交通法違反となる旨警告すると共に責任者を明らかにするよう求めたこと、甲野が原告の右上腕付近のジャンバーを軽くつかんで立ち去り掛けた原告を引き止め、名前を言うよう求めたこと、原告が歩道上を東方(東北方向)に立ち去ってしまったことについては、当事者間に争いがない。そして〈証拠〉を総合すると、以下の事実を認めることができる。
 本件現場は、JR東日本東金線東金駅東口から駅前の広場を通って東南方に一直線に伸びる同市のメインストリートを東南方向に向かって二百数十メートル進み、それとほぼ直角に交差する幅員約二○メートルの歩車道の区別のある道路を東北方向に左折して右道路の北西側の歩道上の交差点から約一五メートルの地点を起点として東北方に約六○メートルの区間である。したがって、本件現場は、同駅から直線距離で約二八○メートルの至便な所であるが、メインストリートから外れており、右歩道沿いには健康センター、右公民館、山武郡広域行政組合等の公共的な建物が建ち並んでいて商店舗がない等のことから、右歩道の普段の人等の通行量は多いという程ではない。
 同日に同公民館で行われた成人式の出席者は、新成人二七○名、来賓・講師三○名及び主催者側職員四二名の合計三四二名であり、右出席者は、式が終了して同日午前一一時二五分ごろから退場を始めた。原告らは、本件現場約六○メートルの間に、同公民館敷地に通ずる三か所の出入口の南西側の出入口の両脇付近及び南西脇の車道寄り付近と真ん中の出入口の両脇付近と北東側の出入口の北東脇付近に二、三名ずつに分かれ、うち約半数が縦四五センチメートル、横六○センチメートルの画板を持って主として署名活動をし、残りの者が主としてビラの配布をしていた。
 同公民館には、その敷地から直接に又は隣接する同市役所等の敷地を通って間接に公道に通ずる出入口が一二か所あるが、成人式が行われた同公民館二階講堂の出入口の構造や位置、それを出てから一見して目に入る同市内の繁華街や同駅方面への公道との距離等からすると、右出席者のうち、徒歩の者の多くは右の南西側の出入口を利用するものとみられる。しかし、右出席者のうちには自動車で来た者も少なくなく、また、同公民館二階講堂から右の南西側の出入口近くと真ん中の出入口近くに降り口の分かれる階段までの間の相当に広い通路や右階段等で立ち止まって談笑している者も多くいて、退場が始まってから一○分ほど経過した同日午前一一時三五分ごろでも本件現場に出てくる者はそれほど多くなく、その後も本件現場に出てくる者が一時に急激に増えるような兆候はなかった。
 乙川及び甲野は、東金署外勤課パトカー係として、同日午前九時三○分ころからパトロールカーに乗務して同署管内における交通指導・取締り、防犯活動等の警ら活動に当たっていて、本件現場付近を通りかかり、原告らが本件現場において成人式を終えて本件現場に出てきた新成人らに対しビラ配布及び署名活動をしていることを現認した。乙川及び甲野は、当時、ビラ配り等は極めて例外的な場合を除いて所轄警察署長の道路の使用許可が必要であると考えていた。乙川及び甲野と原告らとの間で本件現場の右の南西側の出入口付近においてビラの配布や署名活動に所轄警察署長の許可が必要か否か等をめぐってしばらく言い争いが続いたが、原告らは、そのような状況ではビラ配布及び署名活動を中止して引き上げた方がよいと判断し、乙川及び甲野に対し、口々に「止めて帰ります。」と言いながら、本件現場を東北方向に一○メートルほど移動した。
 以上の事実を認めることができ、右認定に反する〈証拠〉はいずれも採用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

 2 道交法七七条第一項は、所轄警察署長の許可を受けなければならない行為を一号ないし四号に定めるが、四号は、「前各号に掲げるもののほか、道路において祭礼行事をし、又はロケーションをする等一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で、公安委員会が、その土地の道路又は交通の状況により、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要と認めて定めたものをしようとするもの」と規定する。そして、施行細則一一条は、「法七七条一項四号の規定により公安委員会が署長の許可を受けなければならないものとして定める行為は次の各号に掲げるものとする。」としてその各号が道交法七七条一項四号の授権に基づく規定であることを明らかにした上、九号で「交通のひんぱんな道路において広告又は宣伝のため、文書、図画、その他の物を通行する者に交付すること。」と定める。したがって、千葉県において文書、図画、その他の物を通行する者に交付しようとする者があらかじめ所轄警察署長の許可を受けなければならないのは、

 (1) 一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為で、交通のひんぱんな道路において広告又は宣伝のためにする場合か、

 (2) 道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で、交通のひんぱんな道路において広告又は宣伝のためにする場合か

 であると解すべきである。そうとすると、同県においては、普段は人等の通行量が多いという程でなく、かつ、特定の状況下においても人等が一時に急激に増えて人等がひっきりなしに行き交うというような兆候のない相応の幅員の歩道上で人等の通行が大きく阻害されるようなおそれのない間隔である程度の人数の者が通常の方法で行うビラ配布行為は、道交法七七条一項四号、施行細則一一条九号に該当しないことが明らかであるから、原告らの前記ビラ配布行為は、道交法七七条一項四号、施行細則一一条九号に該当せず、したがって、右ビラ配布をするに当たって東金署長の許可を必要としなかったものである。

 3 歩道上を一旦は東方(東北方向)に立ち去った原告が本件現場に戻ってきたこと、甲野が原告の腕に手を触れて引き止め、氏名を明らかにするように求めたこと、原告が後ずさりをし、花壇に座り込む形になったこと、乙川及び甲野がその場で「道路交通法違反で逮捕する。」と告げて原告を逮捕したこと、手錠をかけたまま原告をパトロールカーまで連行し、乗車させたこと、逮捕及び連行の過程で、原告が右前膊伸側に軽度の擦過傷を負ったことについては当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、甲野及び乙川は、原告が本件現場を一旦立ち去った後も、原告と一緒にビラ配布等をしていた者のうちのその場に残っていた者に対し、更に、強く責任者の名前等を明らかにするように要求し、甲野が落としたノートを右の残っていた者の一人並木幹男が拾い上げたことからその返還をめぐってトラブルが起こった。そのような状況を見兼ねた原告がその場に戻ると、甲野は、原告に対し、再び、名前・住所等を明らかにするように求め、名前と住所を言わないのであれば道路交通法違反で逮捕することになる旨告げた。
 原告と一緒にビラの配布等をしていた者の中には、そのころ、通行人や同公民館の階段等にいる新成人らに対し、大きな声で繰り返し警察官が暴力を振るっているとか、パトカーを取り囲もうとか呼び掛けて乙川及び甲野に対する抵抗を扇動するような言辞をろうする者がいた。原告が名前・住所等を言うことを拒んで、本件現場を東北方向に後ずさるようにして移動し、前記公民館の敷地の南西側の出入口と真ん中の出入口との間の歩道の北西側との境に沿うように設けられている花壇の縁石の真ん中の出入口寄りに腰掛けるような姿勢になったので、甲野及び乙川は、それを追うようにして原告に近づき、原告がさらに花壇の中に後退して座り込んで逮捕されまいとして手足を激しく動かして抵抗するのを花壇内に上がりこんだ甲野が前から、同じく乙川が原告の後方に回って、二人掛かりで原告の右手に手錠を掛けて逮捕した。そして、甲野及び乙川は、連行されまいとして足を突っ張ったりする原告の両腕を両側からつかむようにして原告を前記パトロールカーまで連行しようとしたが、原告と一緒にビラの配布等をしていた者数名が甲野や乙川の前に立ちふさがったりその腕や原告の腕を引っ張ったりして右の連行を妨害したりしたので、甲野が右の妨害をしている者に対して「これ以上やると、公務執行妨害で逮捕するぞ。」と警告した。原告がその後もガードレールにしがみついたりして連行されまいとしたので、無線で駆け付けた警察官二名の応援を得て原告を右パトロールカーの後部座席に押し込んだ。原告が右逮捕及び連行の過程で負った前膊伸側擦過傷の程度は全治八日を要するものであったことを認めることができ、右認定に反する〈証拠〉はいずれも採用することができないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

 4 以上の事実によれば、千葉県警察本部東金署外勤課に勤務する警察官である乙川及び甲野は、その職務である警ら活動に従事中、本件現場においてビラ配布をしている原告を現認し、同警察本部の警察官であれば原告の右ビラ配布行為が道交法七七条一項四号、施行細則一一条九号に該当しないことを知り得べきであったにもかかわらず不注意にもそれに該当し東金署長の許可を要するものと誤信し、違法に原告を道交法違反の被疑罪名で逮捕して原告に後記の損害を加えたといわなければならない。

 三

 1 乙川及び甲野が原告を逮捕した際に原告が掛けていた眼鏡が外れて落ちたことについては当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、地面に落ちた原告の眼鏡の片方のレンズが割れたことを認めることができる。原告の顔から眼鏡が外れたのが甲野の体が原告の掛けていた眼鏡に当たったことによるとの点については、原告本人の供述と証人乙川の供述が対立していて、それを確定することができないが、乙川及び甲野による原告の逮捕について国家賠償法一条一項に基づく責任が成立し、原告の顔から眼鏡が外れたのが甲野及び乙川による原告の身体に対する有形力の行使を伴う逮捕に起因する以上、甲野ないし乙川の体が原告の掛けていた眼鏡に接触したことによるか否かにかかわりなく、被告は、同条項に基づいてそれを賠償する責任があるといわなければならない。

 2 原告は、右眼鏡は小金井恵子が拾って乙川に渡したが、丙沢ら東金署員は現在に至るまで原告に対して右眼鏡を返還することを拒んでいる旨主張し、〈証拠〉にはそれに沿う記載部分があるが、右記載部分は〈証拠〉と対比して採用することができないし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
 したがって、原告の右主張は理由がない。

 四 原告が前記パトロールカーで東金署に連行されたことについては当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、乙川及び甲野は、逮捕した原告を東金署に連行して昭和六二年一月一五日午後零時五分ごろ同署において司法警察員に引致した。そして、原告の右手に掛けられていた手錠が壊れていて開錠しなかったため、同署員がこれをカッターで切断して外した上、原告の手首付近の傷の手当てをした。同署警部補月足某(以下「月足」という。)は、同日午後零時二○分ごろ、同署一階の取調室において、原告に対し、弁解録取を行った。原告は、その際、氏名、住所はもちろん被疑事実についても黙秘していた。月足は、引き続いて原告を取り調べたが、原告は、黙秘を続けていた。右の弁解録取等に立ち会った警察官は、原告を留置場に連行し、身体捜検等をした上で留置担当の警察官に対して原告を引き渡し、原告を留置する手続をした。そして、原告は丁海が原告を検察官に送致した同月一七日午後一時三○分ごろまで、同署に留置されていたことを認めることができる。
 現行犯で逮捕された被疑者の引致を受けた司法警察員は、被疑者に対して弁解の機会を与えた上、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放しなければならない(刑事訴訟法二一六条、二○三条一項)。そして、留置は逮捕状態を継続するものであるから、逮捕において被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があると認められることを要求されるのと同様に、留置においても被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があると認められることを要求されているというべきである。原告の引致を受けた司法警察員が月足か同署のその他の警察官かは必ずしも明らかではないが、千葉県警察本部東金署の当日におけるその職務を担当していた警察官であったことは明らかであるから、その司法警察員を具体的な地位、階級、氏名等をもって特定する必要はないと解されるところ、右の事実によれば、原告の引致を受けた同署の司法警察員は、原告が、氏名、住所、被疑事実等を黙秘していたことにかまけて、原告を逮捕した警察官である乙川又は甲野からそのときの事情を聴取する等によって前記二に判示したとおり原告に道交法七七条一項四号、施行細則一一条九号違反に該当する嫌疑がないことを知り得べきであるのにこれを怠り、違法に原告を道交法違反で留置したといわざるを得ない。

 五

 1 原告が東金署警備課長丙沢に対して国民救援会か自由法曹団の弁護士に連絡するように要求したこと、丙沢が原告の要求に基づいて、千葉中央法律事務所に連絡したこと、石井が同月一五日午後一時三○分ごろ、石井と市川が同日午後二時四五分ごろ、それぞれ同署を訪れ、「逮捕された者に会わせろ。」と申し入れたこと、また、同日午後五時一五分ごろ、庁舎警備の警察官を通じて再度原告との接見申入れがあったこと、原告が同月一六日午前一一時から弁護士と接見したこと、それに先立って弁護士から接見の申入れがあったことについては、当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。
 原告が自由法曹団の弁護士に連絡するように要求したのは、弁解録取を受けた際であり、原告の右の弁護士に対する連絡の要求は、自由法曹団所属の弁護士を弁護人に選任することの意思を表示したものであった。月足が原告の弁解録取及び取調べに掛けた時間はおおむね一時間であり、同日午後一時三五分ごろに原告の留置手続を取った。本件の捜査主任官は当日が祝日であったことから当直主任の窪田であったが、窪田がそのころ発生した交通事故の処理に出動していたため、休暇を取って自宅にいたところ当直から身柄事件が発生した旨の電話連絡を受けてそのころ出署した丁海が捜査主任官を代行し、原告の取調べ、その身元確認、共犯者の割り出し、目撃者の確保と原告及び逮捕警察官の立会いによる実況見分を行う方針を立てた。
 なお、丙沢が原告の要求に基づいて千葉中央法律事務所に連絡したのは、丁海が出署してから間もなくである。他方、自由法曹団に所属する弁護士である石井は、日本共産党千葉県東部地区委員会から連絡を受け、同日午後一時一五分ごろに同署玄関前に行き、ドア越しに中仕切りの中にいる警察官に対して原告との接見を申し入れた。その警察官は、中に引っ込み、しばらくして戻って来て、今は会わせられないそうだと回答した。そのころから同署前には原告の逮捕に抗議する人達が集まり始め、抗議のシュプレヒコール等をするようになって騒がしくなり、それに対応して同署警察官による同署玄関前等の警備が厳重になっていった。石井はその後も断続的に数回にわたり右玄関前で警備に当たっていた警察官に対して原告との接見を申し入れたが、警察官は、それに取り合わなかったり、ただ、今は会わせられないとの返事を伝えるのみであった。石井が同日午後二時四○分ごろに何度目かの接見を申し入れたところ、同署警務課長藤崎は、取調べ中であるから会わせられない旨返答した。丁海は、部下の警察官に対し、原告及び逮捕警察官立会いの実況見分の実施を命じていたが、同署玄関前及び通用門付近に原告の逮捕等を抗議する人達がいて、原告を実況見分の立会いに連れ出すことによって同署前又は本件現場においてトラブルが発生することをおそれ、しばらく待機するように指示をしており、石井の接見の申入れに対しては、同署次長と協議をして右のように実況見分を実施することができないでいたことから取調べ中を理由にそれを断わることにしたものである。そのころになると、原告の逮捕等に対する抗議に二台の宣伝カーが加わり、うち一台が同署玄関前で通行人等に対して、他の一台が同署周辺の住宅街や商店街を回ってそれぞれ同署警察官による原告の不当逮捕と弁護士との接見妨害を訴えていた。
 千葉中央法律事務所の弁護士から連絡を受けた自由法曹団に所属する弁護士の市川が同署に到着し、石井と共に右玄関ドア前で警備に当たっていた警察官に対して原告との接見を申し入れたところ、中に取り次いだ警察官が取調べ中であることを理由に接見を拒む返事を持ち帰ってきた。石井及び市川が引き続き右玄関前の警察官に対して、責任者を明らかにすること、責任者と直接に話をさせること、接見の時間を明確にすること等を繰り返し要求していたところ、窪田と藤崎が右玄関前に出てきたが、窪田及び藤崎は、責任者は窪田であること、しかし、取調べ中であるから原告には会わせられないと述べるにとどまった。丁海は丙沢に命じて同日午後三時三○分ごろから約二○分間原告を取り調べさせたが、原告は、黙秘を続けたままであった。石井及び市川が同日午後五時半ごろに行った接見申入れに対し、藤崎は、自分が責任者であることを宣言すると共に、取調べ中のほか新たに執務時間外であることを理由にして当日の接見申入れを拒否する旨の最終回答をしたが、翌日の執務時間内であれば申入れがあり次第接見させることを約束した。窪田は、翌一六日午前八時三○分ごろから午前一○時四五分ごろまで原告を取り調べた。市川並びにその要請を受けた弁護士山田及び同梶原の同日午前九時ごろの同署警察官に対する原告との接見申入れは、取調べ中を理由に断られた。原告が同日午前一一時になってようやく接見することができた弁護士は、山田と梶原である。
 以上の事実を認めることができ、〈証拠〉はいずれも信用することができないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

 2 捜査機関は、弁護人又は弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という)から被疑者との接見の申出があったときは、原則として何時でも接見の機会を与えなければならないのであり、現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時を指定し、被疑者が防御のため弁護人等と打ち合わせることのできるような措置をとるべきである(最高裁昭和四九年(オ)第一○八八号、昭和五三年七月一○日第一小法廷判決、民集三二巻五号八二○頁)。そして、刑事訴訟法三九条一項の「弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者」とは、同法三○条所定の弁護人選任権を有する者から当該被疑事件について弁護の依頼を受け、受任の意思を有しながら、いまだ選任手続としての弁護人選任届の作成、その捜査機関への提出又は口頭による届出等を行っていない者をいうと解される。

 3 本項1の事実によれば、石井が東金署に赴いた当初において本件被疑事件について原告の弁護人となろうとする者であったかには疑義がないとはいえないが、市川が本件被疑事件について原告の弁護人となろうとする者であったことは明らかであり、市川が同署に到着して石井に対して暗黙にでもせよ原告が千葉中央法律事務所の弁護士を通して自由法曹団に所属する弁護士を弁護人に選任する意思を表示している旨を伝えてからは、石井も本件被疑事件について原告の弁護人となろうとする者であったということができる。そして、同月一五日午後一時三五分ごろに原告の留置手続が取られた後は、同日午後三時三○分ごろまでの間は原告の取調べ自体は中断していた。確かに、丁海は、同日午後二時四○分ごろには部下の警察官に対して原告を立ち会わせて本件現場における実況見分を命じたが、同署玄関前及び通用門付近に原告の逮捕等を抗議する人達がいて、原告を実況見分の立会いに連れ出すことによって同署前又は本件現場においてトラブルが発生することをおそれ、しばらく待機するように指示をしている。そして、それが原告を立ち会わせての実況見分の準備段階であって、これを中断して接見を認めると改めてその準備をし直さなければならないといった事情すなわち「捜査の必要」があり、石井及び市川の接見の申出に直ちに応ずることができなかったこともやむを得なかったといえなくもない。しかし、そうだとしても、千葉県警察本部東金署交通課長であった丁海は、原告の依頼によりその弁護人となろうとする石井及び市川から原告との接見の申出があったのであるから、本件被疑事件の捜査主任官を代行する者として、石井及び市川と協議して−−場合によっては右の実況見分を早期に実施するために同署及び本件現場の周辺から抗議の人達を立ち退かせることについて石井及び市川の協力を求めるなどして、右の実況見分の実施のめどを立てた上−−できる限り速やかな接見のための日時(それは、以上の経緯に鑑みれば、遅くとも同日夕刻までとみるべきである。)を指定し、原告が防御のため石井ないし市川と打ち合わせることのできるような措置を取るべきであったにもかかわらずそれを怠り、違法にも取調べ中の口実を構えて石井及び市川の原告との接見のための日時を指定して原告が防御のため石井ないし市川と打ち合わせることのできるような措置をとらなかったといわなければならない。
(以下略)