「ART OF LIFE」第二章 -4-
1995年2月20日発行


第二章
完成 -4-

TOSHI(大島暁美)

『ART OF LIFE』に込めた想い
ヴォーカリストとしての葛藤…
そこで得た深くそして大きな手応え

---それで,大変だったレコーディングが終わって,ミックス・ダウンをするために,メンバー全員がロスに集合したんだよね?

TOSHI:
そう.レコーディングが終わってから,HIDEやPATAやHEATHに会ったら,またすごく嬉しかった.彼らの顔を見たとたん,あの大変だったレコーディングの思い出なんてことは,一気に吹き飛んじゃって,ただただ嬉しかった.こんなに充実した気持ちを味わったのは初めてかもしれない.終わって,これだけ気分が良いっていうのはね.いつもは,終わるとすぐにツアーだったり,すぐにリハーサルだったり,”良かった”って感じる暇もなくブッ倒れちゃったりしてたからさ(笑).前だったら”ああ,良かった.やっと地獄から抜けられた”っていう感覚だったんだけど,今回はその”良かった”が,全然違ったんだよね.口ではうまく説明できないんだけど….

---でも,それだけ大変だったんじゃ,すべてのTDが終わった瞬間には,ものすごく感動したんじゃない?

TOSHI:
そうだね〜.いちばん嬉しかったのは,ミックス・ダウンが終わった時,久々にメンバー全員で飲んだんだ.それで,スタジオを思い切りぶっ壊したんだけど,あの時は本当に楽しかったな.

---あ,その噂は聞いたよ(笑).

TOSHI:
でしょ.あの時は,楽しかった.5人で暴れたのって,HEATHが入ってから初めてなんだけど,久々にXを見たっていう気がした.「あ〜,Xなんだなぁ」って,みんなが酔っ払って物を壊しているのを見ながら,俺は嬉しくなっちゃったよ.全然ネガティヴさがないからさ.もちろん,物を壊すっていうことはネガティヴなのかもしれないけど,あの時のメンバーの心の中にはそういうものがまったくなかった.

---はしゃいでいるうちに始まったの?

TOSHI:
ちょっとした問題も,あるにはあったんだけど,メンバー間はまとまってた.メンバーはポジティヴだったんだ.俺も長い間お酒を飲んでなかったし,『ART OF LIFE』用の生活をしてたじゃない.だから,みんなと会えて酒を飲んで暴れるのが,すごく楽しかった.そういうの,すごい久しぶりたったからさ.東京ドーム(92年1月)が終わった時もなんやかんやで飲めなかったし,大阪城ホール(90年5月・ROSE & BLOOD TOUR最終日)が終わって以来,久々にみんなと飲んだっていう感じだった.大阪城って,もう4年近くも前のことだよね.つまり,『ART OF LIFE』が出来るまでの3年間は,それを感じることが出来なかったってことだと思う.いろいろと壊して,スタジオさんには迷惑をかけたけど,楽しい思い出だな.前からYOSHIKIと「スタジオで暴れてみたいね」って話してたんだ.その時のスタジオはYOSHIKIのスタジオだったから,「ここは壊せるんだ,俺のスタジオだから」って(笑).それが,その言葉の通りになっちゃった.

---外人のスタッフが,高い機材のある部屋には鍵をかけて,メンバーを入れないようにしてたと聞いたけど(笑)?

TOSHI:
そうだったの?俺も酔っ払ってて,よく憶えてないんだけど(笑).とにかく,ラウンジはグチャグチャになった.キッチンや(ビリヤードの)プール台,ガラス,みんなメチャクチャ.でも良かったよ.なんかビッグな気分になれた(笑).だってさ,スタジオなんて滅多に壊せないじゃん.でも,あの時は,「だって,YOSHIKIのスタジオだもんな〜」って(笑).だけど,スタジオを持てるって,いいよね.俺もアーティストだから,スタジオを持つってことが夢のひとつだな.そこで美酒に酔いながら,スタジオをぶっ壊せるなんて,ロック・ミュージシャン冥利に尽きるよ.ホント,気持ち良かった.いろいろ感動することはあったけど,その瞬間がいちばん気持ち良かったな.まぁ,こうは話していても,もちろんイイことばかりじゃなく,やっぱり,毎日は大変だったんだけど,でも,最後のほうは本当に集中してたからね.

---得るものが大きいレコーディングだったんだね?

TOSHI:
そうだね.だから,一番のポイントは,自分で自分のイヤな部分を問い詰めた時に,今までは逃げてきたんだけど,今回は逃げないで立ち向かっていけたということ.それがある程度クリアになってきたら,自分自身も楽になってきた.それが『ART OF LIFE』中の個人的な心の動きの中では,最大の勝因だったと思う.多分,YOSHIKI自身もこの一年間に,いろんなことがあったと思うよ.それで,彼もいろいろなことに勝ってきたんだと思う.きっとまたこれから先もいろんなことがあるんだろうけど,やるんだろうな…っていう感じだよ(笑).

---ヨーロッパでリリースされる分は別として,日本で出す『ART OF LIFE』は,日本語で歌いたいとは思わなかった?

TOSHI:
それは全然思わなかった.それはYOSHIKIの意図だったんだけど,俺も,英語でも充分に伝わると思うしね.多分,英語で歌うことが必要だったんだと思う.そのことについては,YOSHIKIのほうが明確な答えを出すことが出来ると思う.もちろん海外でリリースするっていうこともあったけど…でも…もう一度日本語で歌い直せなんていわれたって,いやだよ!(笑).「もう一度歌え」なんて言われたって歌えないよ.一年前に戻れって言われたってキツすぎる.でも,詞も…痛いんだよ.アルバムには日本語訳もつくと思うけど,その日本語訳を見ながら聴いてもらえば,”痛い”っていう気持ちが解かってもらえるんじゃないかと思う.もちろん日本語訳は,英語の詞とはちょっとニュアンスが違うかもしれないけど,でも,なんでこの長さが必要で,なんでこういうソロがここに入っていて,なんでこういうオーケストラがここに入っているか,なんでピアノ・ソロがああなのか.そういうことが,みんな解かるんじゃないかと思う.だてに長ければいいんじゃなくて,30分全部にちゃんと意味があるっていうのが,詞を見ながら聴いてもらえば,解かるんじゃないかな.『ART OF LIFE』の全体像とか,「ああ,ここはこんなことを言いたいんだな」っていうことが,誰にでも解かるんじゃないかと思うよ,ちゃんと聴いてくれれば.だから,さっきも言ったけど,ピアノ・ソロがすごいっていう意味も,あのソロの最後に救いがあったでしょ.インプロのぐちゃぐちゃのまま終わっちゃったら,YOSHIKIはそのままのような気がしたんだけど,最後に希望が見えたから,すごく嬉しかった.昔だったらそのままだったかもしれないけど,このピアノ・ソロにはちゃんと未来がある.だから,嬉しかったよね.そういうことも,詞を読みながら聴いてもらえば,若い子たちにも解かると思う.

---若い子たち(笑)?

TOSHI:
イヤ,別に自分が年寄りだっていう意味じゃないんだけど(笑).でも,ああ…早く会いたいよ,若い子たちに.