〜 マダム的廃品利用によるアート 〜

〜 まだまだ使える、勿体ない! 〜

誰が言ったか、「必要は発明の母」。
されど世の中、必要なくとも、発明・創意工夫は行われるのである。

アートがまさにそうである。
だがしかしBUT! パトロンがいなければ創作活動はできないか?
その疑問に対して、マダムなら… 声を大にして「NON!」と言う。
生活の隅々をくまなく探してみるといい。
今まさに捨てられんとする物のなかに、
アート魂を鼓舞するものが!

1、魂を呼び覚ますものたち

台所の片隅で山積みにされているかまぼこ板たち。

かまぼこが消えた後のかまぼこ板は…
まるで、その身に背負っていた一切の責任と義務から
解放されたかのように、今、その自由を謳歌している。

さあ、はばたけ!かまぼこ板よ!
そして、その身を、芸術の女神へと捧げよ!

して、これはど〜でもいい余談だが…
編集長は、紀文のかまぼこが一番好きだ。
2、変身



こ、こ、これが紀文のかまぼこ板だったのか?
かのような驚愕は免れないであろう。ぬはははは。
芸術とは往々にして、我々の知を縛る「常識」
を欺くものなのだ。

そして、この作品のどこを探しても
「紀文」という焼き印文字は見当たらない。
いや、本当は存在しているのだが、この焦げ茶色の
水性エナメルの塗装の下に隠れているのだ。
これ即ち、カマボコ板におけるアウフヘーベンである。
芸術の高みへとそのものが変貌を遂げても、
その素材の本質はいまだ内包されているのだ!

えーっと… なにがいいたかったっていうとー
かまぼこ板も立派なゲージュツになるということなのだ。