山の郵便配達

(原題:那山、那人、那狗)


pic





 監督:フォ・ジェンチイ (霍建起)

 出演:トン・ルゥジュン、リィウ・イェ、ジャオ・シィウリ、ゴォン・イエハン、チェン・ハオ




 なんのてらいも計算もない(と感じられる)淡々とした映像。
 そんな中で語られる父と息子の心のふれあい.....
 私は自分を振り返って心を打たれずにはいられなかった。


 各地のミニシアター系で公開され大ヒット中の「山の郵便配達」が本日(2001.6.09)公開されたので 私は早速、劇場に足を運んだ。
 そもそもこの映画の予告編を他の劇場で見た時から 激しく何かを感じずにはいられなかったことからこの映画に興味を持っていたが、敬愛する大林宣彦監督が「キネマ旬報」誌で大絶賛していた事と重なり 公開されるこの日を心待ちにしていた。
 ここ名古屋では 良質の映画を上映していることで有名な「ゴールド劇場」で公開されましたが 公開初日でも入りが6割程度というのはこの地方では仕方がないことなの?(苦笑)

 最初から非難めいてしまいましたが映画本編はそんな不満も吹き飛ばすほどで冒頭から中国は湖南省の緑が目に眩しい山々の映像が映し出され 日頃の疲れた心を癒してくれた。

 そんな癒し系(?)映画のストーリーはこんな感じです。


 1980年代初頭の中国湖南省の山岳地帯。
 この地域では、郵便配達人は3日間山を歩き、山間の村々に郵便物を配って歩くことになっていた。

 その仕事を長年勤めてきた男は、足を悪くしたことで仕事から身を引くことになった。彼は愛犬“次男坊”と一緒に、いつも重い郵便物を背負って歩いてきた。
 最愛の妻と出会ったのも、その郵便配達途中の山村でのことである。やがて二人は一緒になり息子も生まれた。
 その息子も今年で24歳になり、父親の代わりに郵便配達の仕事にこの度、就くこととなった。
 その息子が仕事をはじめる日がやってきた。息子は一人で出かけるつもりだったが、父親は気が気でない。
 愛犬“次男坊”が息子の後をついていかないこともあり結局は父親も同行することになる。決して仲は悪くないが子供の頃からいつも家を留守にしていた父親に対して息子はこの同行に困惑してしまうのだった。
 それゆえに彼は父親を「お父さん」と呼んだことがなく、父親の方も仕事を退かねばならないという現実を受け入れられないでいた。

 そして二人は山道を黙々と歩き、やがて郵便を待つ一つ目の村が見えてきた・・・。


 このように3日間の出来事を息子の視点で描いた”だけ”の映画です。それも 途中で郵便物が盗まれるとか、無くなるとかいうハプニングは一切起きない(厳密に言えば ほんの少しハラハラとするシーンはありますが..)。ほんと映画の中で3日間という時間がゆったりと過ぎていくだけです。でも、なぜか心震わされる。

 例えば 劇中こんなシーンがあります。
 村外れに住む盲目のおばあさんにこの親子は一通の封書を届けます。
 都会に住む孫から送られた封書には現金と一緒に手紙が入っているのだが 現金を老婆に渡し、手紙はいつものようにと言う感じで盲目の老婆に代わって手紙を読み始める父。
 そしてふいに父は「これから先はお前が読んでお上げ」と言って息子に手紙を渡す。
 だが その手紙を受けとった息子は驚かずにはいられなかった。
 それは手紙には何も書かれていなかったからだった。
 そう 父は老婆を悲しませない為にこの村を棄て出ていった孫から老婆を気遣うような手紙がいつも届いているようなフリをしていたのである。
 また ある村を訪れた父と息子はいつものように郵便の集配の後、村を発とうしていると、思いがけず村人総出で見送られるというシーンもある。
 今日が父の最後の集配であることを知った村人が感謝の気持ちを表したく、みなが集まってきたのだった。
 これらエピソードからも伺いしれるように、この父親は何十年もただ郵便を回収し、配っていただけではなくカッコイイ言い方をするならば郵便を通じて『心を届ける』『心を繋ぐ』ことをし続けたのではないかと思う。ゆえに山々に暮らす人々はこの郵便配達人の父を信頼し、尊敬しそして親しみを感じていたのだろう。息子もこのような父の知られざる面を目の当たりにして父への態度をあらため、今までのわだかまりが消えていく。


 親子断絶、父権失墜と言われて久しい現代、今こそ父親は子供に自分の(働いている)姿を見せ、その子供は父親の後姿に学ばなければいけないのではとこの映画で感じぜずにはいられなかった。





pic 88点








追記:

 現在、NHKで放送中の「プロジェクトX」という番組がサラリーマンに人気なのだそうだ。
 この番組は現代社会において欠かすことの出来ないシステム、原理、工業製品、電化製品などを発明、発見、確立した人々に焦点を当て当時の苦労などを邂逅するというものでそれらに関った人々がありがちな偉人達ではなく、会社の中のある課のグループとか市井の人であることが人気の秘密らしい。
 リストラが進み、将来の展望など望むべきもなくなりつつある現在の会社人にとって、また仕事の規模が大きくなればなる程、自分の存在位置や意義が朦朧としている会社システムにおいてモノづくりの基本に立ち返るような番組内容に世のサラリーマンは共感を覚えるようだ。
 「山の郵便配達」にも番組の視聴者が擁くような感慨を私は感じてしまった。
 例え過酷な郵便配達のような下積みの仕事でも責任感を強く持ち、誇りに感じている父親に「プロジェクトX」に登場する主人公たちと同じように光り輝いて眩しく見えたのである。





button