監督/脚本:原 恵一
原作:臼井儀人
声の出演: 矢島晶子、ならはしみき、藤原啓治、こおろぎさとみ、 屋良有作、小林 愛、羽佐間道夫、大塚周夫、山路和弘、他
先の「パトレイバー」や昨年公開の「カウボーイ・ビバップ」を例に挙げるまでもなく最近はオトナの鑑賞にも堪えうるアニメーションが多くてヤマト/ガンダム世代の映画ファンは嬉しいことばかり。
ただ 子供向けフォーマットを借りながら 実のところオトナ向けアニメーションである場合は非常に始末は悪い(親子連ればかりの劇場へ 足は向けにくいしね)
「クレヨンしんちゃんシリーズ」はその最たる例であるが、今回の「クレヨンしんちゃん アッパレ 嵐を呼ぶ 戦国大合戦」は 前作「オトナ帝国の逆襲」よりもその傾向が強くなってきている。
正直に白状してしまうと実は 私も「クレヨンしんちゃん」には 今まであまり良い印象を持ってはいなかった。
多分、それはマスコミから伝えられる「下品」「下らない」という型どおりのイメージに支配されていた為であったが それが「映画秘宝」というカルト系映画雑誌の評価で一変してしまった。
この雑誌では 毎年、恒例のベストテンを発表しているのだが昨年(2001年)度のベストワンに並み居る強豪を抑え なんと「オトナ帝国の逆襲」が選ばれてしまったのだ。(「キネ旬」では 考えられないッス。)
映画「オトナ帝国の逆襲」は ケンとチャコという男女二人組(明らかにジョン・レノン&オノ・ヨーコがモデル)が中心の秘密結社「イエスタデイ ワンスモア」が 70年代からもういちど何もかもやり直し、夢のあった21世紀を再構築する為、大人達を洗脳するというお話なのだが 冒頭から大阪万博(1970)のようなテーマパークが登場し30代以上の大人にしか判らないようなネタ、ギャグが満載、終始ノスタルジームードが漂った作品であった。
詳しくは この「オトナ帝国の逆襲」を実際に見ていただくとして、私はこの映画のテーマに潜む「家族の大切さ」と共に原恵一監督の描くスターでも有名人でもない”普通の人”が一生懸命に生きる姿に非常に感動してしまったのだった。
さて 本題の「アッパレ 嵐を呼ぶ 戦国大合戦」であるが これもまた予想を裏切る大傑作だった。
前作があれほどまでのクオリティで 「大人のアニメ」を描いただけに、今度は子供にもっと分かりやすい、言うなれば従来の「クレしん」作品に戻るのかと思いきや 今回はなんとマニアックな時代劇をテーマに選び、姫と家臣の禁断の恋というラブストーリーを絡めながら見事な程、本作も「大人のアニメ」になっていた。
あらすじ
ある晩、しんのすけは着物姿の美しいおねいさんが池の畔に佇んでいる夢を見た。
その翌日、飼い犬のシロが取り憑かれたように庭に大きな穴を掘り、しんのすけはそこで「天正二年にいる」という自分で書いた手紙を見つける。
気がつくとしんのすけは夢で見た池の畔に立っており、その向こうでは合戦の最中であった。
しんのすけは偶然、井尻又兵衛という侍の命を助け、彼に連れられて春日城にやって来る。
未来からやってきたというしんのすけの話に興味を持った城主・康綱に命じられ、又兵衛はしんのすけの面倒を見ることになった。
やがて しんのすけの手紙を見たひろし、みさえ、ひまわりもタイムスリップして合流。
ひろしから現代の平和な様子を聞いた康綱は戦国時代ゆえの勢力争いに空しさを感じ、娘・廉姫と大蔵井家との縁談を断ることにした。
しかし、これに怒った大蔵井の将、高虎は春日城に大軍を差し向け、戦となるがこれをなんとか退けることに成功。だが、依然城の周りは大蔵井の軍勢に取り囲まれて劣勢は続く。
その為、翌朝、又兵衛は隊を率いて決死の覚悟で高虎に攻め入り、その間を縫ってしんのすけらは城を脱出することになった。お互いに密かに想いを寄せながら 主従の関係により その想いを伝えられない又兵衛と廉姫。想いを伝えることなく戦場で別れ別れになっていく二人に 果たして恋が成就する日は来るのだろうか.....。
このようにテーマとしてSFの王道である「タイムスリップ」を扱っているものの それほどこのテーマには固執していない。
それは なぜ しんのすけが戦国時代に遡るのか、なぜ 家の庭を掘るとそこがタイムトンネルになっているのか(このあたりの唐突性は一連のクレしん映画の特徴ではあるが)また、戦に介入することで歴史が変わってしまうのでは?というタイムパラドックスへの謎や疑問などに一切、答えを用意していない事でも明かである。
それに しんのすけやひろしの話に耳を傾け、現代の日本の事を何の疑いもなく信じる春日城主・康綱というのも 普通ではにわかに信じがたい。
しかし、これら疑問点でさえどうでもよくなるほど その他−特に合戦シーン−で異常に情報量が多くこれだけでも驚くべきことだった。
もうその凄さと言ったら 晩年の黒澤作品を越える程の出来で「隠し砦の三悪人」のセリフ「裏切り御免」を劇中に何気なく登場させるほど黒澤映画等の時代劇へのオマージュと研究心はアニメーション、それも子供向けと思われがちな「クレヨンしんちゃん」において尋常ではなかった。
そこにクレしん映画一連のテーマである「家族の大切さ」や禁断の恋をめぐる 「せつなさ」をキーワードに衝撃のラスト!まで一気に見せる。
また9.11の同時多発テロやその後の報復戦争の影響もあってか戦争の愚かさ、無意味さを、そして最近、世間を騒がす、世間的に”偉い人”と言われている政治家や官僚による犯罪を痛烈に、かつ判りやすく(しんのすけの言葉によって)批判している姿には 誰もが共感せずにはいられないだろう。
大上段に構える事無く、これほど我々観客にメッセージを投げかけた映画も近年でも珍しいのではないだろうか。
然もそれが あの「クレヨンしんちゃん」でというのが驚くべき事であったのだ。
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90点
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