地方公務員月報428号(1999年3月)巻頭論文(2〜9頁)
地方分権時代の職員研修−政策形成能力と法務能力の向上−
自治大学校部長教授 山谷成夫
一.地方分権と職員研修
1.人材育成基本指針
地方分権推進委員会は、その第二次勧告(平成9年7月)において「地方公共団体は、政策形成能力の向上等を図るため、職員の資質向上と優秀な人材を確保する観点から、共同研修の開催等による研修機会の多様化や研修レベルの向上、研修内容の充実に努める」ように勧告している。
平成9年11月、自治省は、地方分権推進委員会の勧告を踏まえ、「地方自治・新時代に対応した地方公共団体の行政改革推進のための指針」を策定し、全国の自治体に対してより一層の行政改革の推進に努めるよう強く要請している。
この指針では、「人材育成の推進」について、
@職員の能力開発を効果的に推進するため、人材育成の目的、方策等を明確にした人材育成に関する基本方針を策定すること。
A職場における実務研修、職員研修所等における研修、自己啓発等を適切に組み合わせ、人材育成の観点に立った人事管理、職場風土や仕事の推進プロセスの改善等を行うことにより、総合的な人材育成に努めること。
B人材育成に当たっては、地方分権の推進に伴い必要とされる政策形成能力や創造的能力、法務能力等の向上が図られるように留意し、多様な研修機会の提供や研修レベルの向上、研修内容の充実に努めること。
C高度・専門的な研修等については、都道府県単位、広域市町村圏単位等での広域共同研修の活用や仕組みづくりに努め、自治大学校その他の全国的な研修機関を有効に活用すること。
等を要請している。
さらに、自治省は、平成9年11月、上記@の基本方針策定に係る指針として「地方自治・新時代における人材育成基本方針策定指針」を作成し、全国の自治体に通知している。
2.研修所等における研修
職員研修は、@職員自身が自治体職員としての自覚に根ざして取り組む自発的努力(自己啓発)、A職場において上司・先輩等が日常業務を通して行う職場研修(OJT)、B日常の職場を離れた所で専門的な研修担当部門等が計画的・組織的に行う職場外研修(Off-JT)に大別されている。
本稿では、地方分権の推進に伴い、研修所等においてより一層の充実が求められている政策形成能力あるいは法務能力の向上を目的とする研修について、述べることとしたい。
職員にとって研修は、地方公務員法第三九条第一項に規定されているとおり、権利として保障されている面もあると言えよう。
しかし、従来、研修を受ける職員は権利としてよりも職務命令による義務感の方が強く、また研修を実施する側にも同様に受け止める意識が強かった。その結果、研修内容が行政実務には役立たない、画一的で抽象的なものとなり、また受講者の主体的な参加意欲を生起させるものではなかった。あるいは、「講師の話が面白かった、話のし方がうまかった」「多くの職員が参加した、受講者に楽しく満足してもらった」等という評価で、受講者も研修スタッフも満足して終わる研修が決して少なくなかった。
しかしながら近時、研修所等における研修は飛躍的に充実しつつある。施設・スタッフの拡充はもちろんのこと、市町村職員について広域的な共同研修体制の整備が進んでいる。また、研修内容についても政策形成能力研修を中心に積極的な取組が行われている。
一方、自治体職員の研修意欲の高まりが見られる。これは自主研究活動の隆盛はもとより、自主研究活動の地域を越えた交流、公開講座への参加の高まり等となって現われている。さらに、大学関係者や研究者サイドにおいても、自治体の政策形成を研究の対象としたり、社会人大学院のように自治体職員の教育に積極的に関わっていこうとする動きが拡大している。
このような職員の研修意欲の高まりをうまく活用したり、研究者等と連携したりすることが、研修所等の研修内容をさらに充実していくうえで、効果的であろう。
また、研修所等における研修は、短期間に多数の受講者を対象として行わなければならないという制約から自ずと限界がある。このため、職場研修、自己啓発との連携を重視し、知識・技能の付与よりもむしろ、職員の行動変容や自己啓発を促すための動機付けに重点を置くべきである。
二.政策形成能力向上のための研修
1.政策形成能力
政策形成能力については、論者により様々の定義がなされているが、「地方自治の現場において、問題を発見し、解決策を構築し、最終的には条例、予算等の具体的な措置を通じて政策を実行し、さらにその成果を評価するという、実践的な能力」であると言えよう。
したがって、政策形成能力は、仕事に関する知識・技術、対人能力、課題発見・解決能力、制度立案能力等の総合力として発揮されるものである。
また、政策形成能力は、本庁において企画立案・計画策定や予算編成等を担当する一部の職員のみに必要とされるものではなく、すべての職員がその業務・職務に応じて身に付けなければならない能力であると言える。すなわち、担当業務について自ら、問題点を発見し、解決策を考え、実施していく能力であり、単に職員個人としてばかりでなく、組織としても必要とされる能力である。
2.政策形成プロセス
政策形成能力研修は、現実に政策が形成されるプロセス(図参照)の一部を疑似体験し、必要な能力を修得させることが目的である。政策形成能力研修と言うと、政策形成プロセスの「現状・問題分析」から「政策案の作成」までの過程のみを対象とするものであると誤解されがちであるが、決してそうではない。
ところで、政策形成の方式は、トップリーダーの強力な指導で行われるトップダウン方式と、担当者からの積み上げによるボトムアップ方式に二分される。しかし、現実の政策形成プロセスはより複雑であり、議会審議での提案、住民からの要求、国・県の動向、他の自治体の取組み等が大きな影響を与えている。色々な問題とその解決案とが乱雑に無秩序に入れられたゴミ箱の中で選択されるという、ゴミ箱モデルに近いかも知れない。
このような現実のプロセスを念頭に置きながら、それを疑似体験できるような研修カリキュラムを組立てなければならない。
3.政策形成能力研修
「政策の決定」において庁内での検討、議会での議案・予算の審議を経たり、また「政策の実施」において住民に対する協力や利害関係者の同意を求めたり、国や県に対して働きかけてその支援を得たりすることが、現実のプロセスで行われている。このようなことを研修として体験するため、ロール・プレイング、ディベート討論、ワークショップ等を取り入れたりすることによって、説得や合意形成のための技術を身に付けることができる。
政策形成能力研修では、受講者がチームを組んで共同作業を行う手法が多く採り入れられている。この共同作業が「政策の調整」の体験であると言える。まず各人が自分の意見や見識を持ったうえで意見の対立点を明確にしつつ討議をし、お互いに合意形成をしながら、政策案を構築・実施していくという過程を経ることが、個人で行うのと大きく異なる点である。この過程は研修ではかなり時間を要する部分であるが、大事にすべきポイントである。
「政策の評価」については、まず「現状・問題分析」において既定施策について実施状況、効果の有無とその原因等を、きちんと評価することが大切である。「現状・問題分析」と言うと、社会現象の分析や住民意識の把握だけに終わってしまいがちである。
一連の政策形成プロセスの中でそれぞれの過程において、どのような能力や技術が各階層の職員に求められるかを考慮し、職員の実務経験や各階層の役割分担に見合った研修内容を決めなければならない。そのうえで合理的な研修技法、例えば課題解決型討議方法、KJ法、特性要因図、PERT等の討議手法・分析技法を用いることも検討する必要がある。
現実の政策形成は、当該団体のみで完結できるものではない。県又は市町村との連携・分担が必要であり、住民の参画が不可欠になっている。こうした観点から、県職員と市町村職員の合同研修、民間企業(団体)等の職員の参加、さらには住民との討論会、ワークショップの実施等、様々な試みがなされている。
三.法務能力向上のための研修
1.自治体職員に必要とされる法的素養
およそ自治体は憲法と地方自治法に基づく存在であり、その事務や事業は各種の法律、条例等の定めるところにより実施されている。したがって、法務能力は全ての自治体職員が身に付けておかなければならないものである。このような必須の法務能力は、業種・職種や階層・職務経験によって当然異なるが、次のような基礎的な法務能力(法的素養)が挙げられる。
@憲法で定める基本的人権の尊重、民主主義の原理、法治主義の原則等に関する基礎的知識
A地方自治の本旨や地方分権に対する正しい認識
B行政サービスや行政手続を法律・条例等に基づき公正・透明に執行する実務能力
C仕事や制度を法的な視点からとらえるセンス
このような法務能力を修得させる研修は、新規採用職員から管理職に至る階層別一般研修、担当職務に応じた専門研修等において、それぞれの階層や職務に即した内容を取り入れて行う必要がある。この場合、憲法、行政法、民法、地方自治法といった従来の縦割り型の法制研修課目にとらわれることなく、「自治体法」あるいは「自治体と法」といった融合型の研修科目とすることが望まれる。行政手続及び情報公開についても必須の内容である。
2.自治立法としての条例
自治体では、自治立法である条例を制定し、これに基づき政策を実施している事例が急速に増えており、今後さらに増大していくものと思われる。これには次のような背景がある。
@自治体はその地域の様々な行政課題に直面しているが、これらの解決は、法律の制定等国の対応を待っていては手遅れになってしまう事態が少なくない。このような事態に対処するため、自治体が条例を制定して解決していくことが求められている。
A従来自治体の政策は、執行機関の内部手続(決裁、要綱制定等)のみによって決定されていたことが多いが、政策決定過程において住民意思を反映し、自治体の意思として条例を制定することが要請されている。
B行政手続法・条例の制定に伴い、要綱等に基づき行ってきた行政指導の法的根拠を条例に規定し、行政手続の公正・透明を確保することが必要となっている。
C地方分権により、機関委任事務が廃止されて自治事務に区分されると、従来の政省令による基準等を条例で定めることとされ、自治体が地域の特性に対応できるよう、基準等の付加、緩和ができるようになる。
3.政策法務研修
前述のとおり、自治体では条例を制定して政策を実施する事例が増大していくことが予測される。このため、政策法務研修は条例立案を中心に据えて実施することが効果的である。
政策法務研修の研修目的は、受講者の法的政策形成能力の向上、すなわち「政策実現手段としての条例、規則等を立案する場合等に必要となる基礎的な能力の養成」に置くべきである。このような能力は必ずしも全ての自治体職員に必須となるものではない。一方、法制執務担当職員のみならず、まちづくり、環境等、行政の各分野における政策の企画・立案を担当する職員にも要求されるものである。
なお、政策法務研修は、内容が高度になるため、受講者の意欲と自己学習が不可欠である。このため、受講希望者を対象とすべきである。また、入門、基礎、応用等の段階的・体系的な実施も考慮する必要がある。
図 政策形成プロセス
| See | 現状・問題分析 |
| Plan | ↓ |
| 課題の設定 | |
| ↓ | |
| 政策案の作成 | |
| ↓ | |
| 政策の調整 | |
| Do | 政策の決定 |
| ↓ | |
| 政策の実施 | |
| ↓ | |
| See | 政策の評価 |
| ↓ |
以上、政策形成能力研修と法務能力研修について述べてきたが、これらの研修には定型というものは存在しない。研修スタッフが講師や受講者と共同して試行錯誤を重ねながら、研修内容を充実させていくという取組みの姿勢が最も大切である。また、そのことによって受講者の研修意欲が高まり研修効果も向上することになる。
なお、詳しくは、拙稿「政策研修の現状と課題−研修スタッフの立場から」月刊自治フォーラム449号(1997. 2)、「研修事業の評価をどのように行うか」月刊自治フォーラム467号(1998.8)、「政策法務研修をどのように行うか」月刊自治フォーラム473号(1999.2)を参照されたい。