騒ぎを聞きつけて隣室の先輩が部屋に来てくれた。後輩の方は寮監室で救急車を待ち受けてくれているようだ。先輩のお言葉に甘えて押入に入れてあった保険証やそこらに転がっている財布などを取ってもらう。
 そうこうしている内に救急車がのサイレンが遠くから段々近づいてきた。自分のために救急車が来たのかと思うと,ちょっと申し訳ないような気持ちになる(当然ながら寮中にサイレンは聞こえる訳で大事にしてしまった気恥ずかしさもある)。救急隊員が部屋に入ってきた。当たり前だが昨日からろくに身動きが取れなかった私に部屋の整理が出来るはずもなく,散らかり放題である。普段の私であれば赤の他人にこの部屋の状態を見られるのは非常に恥ずかしい。しかし痛みは羞恥心を奪う。激痛が治まっているときは比較的冷静でいられるので,全然恥ずかしくない訳でもなかったが,これで現在の状況が何とかなると思うと安心感の方が大きい。
 救急隊員の方が「意識清明……」などと無線で連絡しているのが聞こえる。規則通りの事なのだろうが,意識が清明な私が救急車を呼ぶのはやっぱり大げさだったのではないだろうか?と言う気がしてくる。しかしどうやって運んでくれるのだろうか?と思っていたら,救急隊員の方はテントみたいな素材のシート状のものを持ってきてくれた。部屋は3Fだが斜面に立っているので救急車は2Fに止まっている。これで1階分の階段を降ろしてくれるようだ。救急隊員の方は取りあえず私の横にシートを置いてくれた。「そこから転がって移動できるか?」と言われた。俯せの私に転がって仰向けにシートの上に寝るようにと言う指示である。しかし背中が痛くて寝返りを打つのも辛い。かといって自分で動かないと手足を持って持ち上げられることになるか,無理矢理転がされる事になるだろうから,そっちの方が余計に腰が痛くなると思われる。「無理をしないように」と言う隊員の方の声を聞きながら,少しずつ数回に分けて半回転してなんとかシートの上に仰向けに寝転ぶことに成功した。
 そして隊員の方だけでなく先輩・後輩にも手伝っていただいて私を持ち上げてくれた。しかしシートの上で仰向けになっている私を持ち上げたので腰が下に落ちて「く」の字に腰が曲がった。その途端,腰背部につるような激痛が走って思わず声が出る。私の様子を見てシートが降ろされる。どうやら私は身体を前に曲げる姿勢は取れないようだ。痛みが治まった後,何とかシートの上で俯せになることに挑戦する。しかしシートの幅は狭いのでその場で身体の上下を入れ替えなければならない。寝返りを打つのが辛い私にこれは難しい。無理して寝返りを打てば激痛に襲われるかも知れない。だがこのまま持ち上げられてずっと激痛に襲われるよりは寝返りを打つ時だけ耐えた方がマシである。この辺良く覚えていないのだが,何とか数回に分けて何とかその場で俯せになることに成功した。
 再びみんなで私を持ち上げてくれる。今度は激痛は襲ってこない。狭い玄関や階段を苦労して運んで貰っている気配がする。なんだか遠くまで運ばれてしまったような気がしたが,最短距離の場所に停めてあった救急車の横で俯せのままシートごとストレッチャーに乗せられる。そしてストレッチャーからはそのまま水平移動で車内に運び込まれる。救急車としては当たり前の機能なのだろうが,動かなくてもそのまま車に乗り込める設備に感動する。(ここで乗り移る必要があった場合,失敗したら地面の上に落ちてしまう)
救急車に乗ると指先にクリップ様なものを挟まれる。同時にピッ,ピッと鼓動に対応した電子音が流れ始める。ドラマなんかでは見たことがあるが,自分の脈でこの音がしている事になんか感動を覚える。そしてドラマでこの音がする場合,大抵その後にピーッと鳴ったきり音がしなくなるのがパターンだ。この音を聞いていると自分の音も止まりそうな気がしてくる。と埒もないことを考えながら,こんな事が考えられるんだから自分は結構冷静になってきたなと思う。
 なお,救急車には先輩が同乗して下さることになった。非常に申し訳ない。救急隊員の方から「トヨタの方なのでトヨタ記念病院に行きますが,宜しいですか?」と訊かれる。救急車を呼んだ場合,どこの病院に行くのかは隊員の方が判断するものであり患者の意見はきいてもらえないものと思っていたのでちょっとビックリする。ところで全く知らない土地であり病院の善し悪しを知るはずもないので,トヨタ記念病院でOKと返事をしてトヨタの従業員でないことは説明する。
 「10分くらいでつきますからね」と言われる。トヨタ記念病院がどこにあるのか全く分からないのだが,そんなに遠いところにはないのだと思う。サイレンを鳴らして走っているのだから80km/h位で走っていると思われるのだが,思っていたよりも揺れない。俯せになっているので外の景色は全く見えず,いったいどの様な場所に行くのだろうかと思ってしまう。
 救急車が停まった。到着したようである。ストレッチャーごと降ろされ処置室(?)へ運ばれる。ここで救急車のストレッチャーから病院のストレッチャーへの移動を指示される。またこれが難題である。しかし何とか腹這いのまま移動することに成功する(転がって仰向けになると,また激痛が襲ってきそうで怖くて出来なかった)。
 ドラマ何かだと救急患者が運び込まれると一斉に人が集まって治療が開始される。私もそのような事態を想像していたのだが,しばらくそのまま放っておかれる。仰向けになれる?と訊かれるので,ちょっと難しいと応えると左腕に筋肉注射を打たれる。筋肉注射は痛いと聞いていたので,「頑張って上向いて見ます」と抵抗を見せるが無理をしても良くないと言われて打たれてしまった。結構痛いが,耐えられないほどではないな。と言うのが感想であった。注射されたところをもみたかったが,身体を持ち上げて右手を左腕の所に持っていくことはできないので諦める。注射が効いてきたのか,最後の激痛から時間が経ったせいか痛みが落ち着いてきた。すると今度は筋肉注射を打たれたところが疼いてきた。つーか,注射の場所の方が腰よりよっぽど痛く感じる。
ところでシートに移される時点で眼鏡を外していたので何も見えていない。付き添ってくれた先輩に眼鏡を預けていたのでその事を看護婦さんに伝えると,先輩が入ってきてくれて眼鏡をすることができた。ちょっと人心地が付く。
 この状態で結構放っておかれる。実は長い時間ではなかったのかも知れないが,注射と腰の痛みに耐えている身には長かった。
 何で放っておかれるのかと思っていたら,次はレントゲンを撮るとのこと。時間待ちをしていたようである。準備ができストレッチャーでレントゲン室に運ばれたのだが,ここで 機械の上に移動するように言われる。これは何とかなった。この体勢で一枚撮影し,次に横を向いて寝ろ言われる。俯せから仰向けになる一瞬ですら横を向くのが怖いのに横を向いた姿勢で止まれるのか?と思うが,横を向かないと背骨を横から撮影できないらしい。「どの方向からでも撮れる機械にしてくれよ〜」と思うが,思ってもどうにもならんので恐々と手伝ってもらいながら(力を入れるとつりそうで怖い)何とか横を向くことに成功する。が,激痛は来ないまでも痛い。表情と声から私の状態を分かっていただいているようで,素早く撮影をしてもらえる。ありがたい。そしてもう一度ストレッチャーへ移動。仕方がないような気もするが,ストレッチャーに乗ったまま各種の検査が出来るようにならないものかと思う。
 ストレッチャーで移動して最初とは違う部屋に連れて行かれる。診察室みたいな雰囲気である。そのまま待たされる。何故か説明もなく待たされる事が多くて不安になってくる。待っていると医者が来た。今日初めての医者の登場である(処置室でも現れていたのかもしれないが,俯せだったので分からない)。二十代半ばくらいで流行りの小さい眼鏡を掛けた今時の若者風である。そーいえば,現場にいるときにトヨタ記念病院には名大を出たての若い医者が多いと言う話を聞いた。経験がなさそうだけど,大丈夫かな?とちょっと不安になる。
 レントゲンの写真を見せられる。レントゲンなので椎間板は写っていないが,背骨そのものに変形はなく,背骨と背骨の間(要するに椎間板がある位置)の間隔も乱れておらず,斜めになっている事もない。椎間板そのものが撮影できないレントゲン写真だけでは断言はできないがヘルニアではなく,筋肉や筋の問題による腰痛である可能性が高いと言われ,現時点での診断は「急性腰痛症」であると告げられる(まぁ腰が痛けりゃ何でも腰痛症だから,あんまり意味のある病名ではない)。経過が悪ければMR(磁気共鳴法)での検査も必要だが,このレントゲンの感じでは大抵ヘルニアではない,筋肉や筋の問題の場合は筋肉注射だけですぐに良くなって出て行く人もいる。あと筋肉注射を打ってから3時間くらいまで,つまりあと1時間程度様子を見ると告げられる。
 話の途中で足が上がりますか?と言って仰向けになって寝ている私の左足をいきなり20cmくらい持ち上げる。救急車に乗るとき以来のつるような激痛が背中を走る。思わずうめき声と脂汗が出る。いきなり持ち上げるヤツがあるか!徐々に持ち上げんかい!と思ったのは痛みが治まった後(激痛の最中は耐えるのに精一杯で考える余裕はない),やっぱり,こいつは新米だ。こんなヤツで大丈夫かと思えてくる。しかし医者も当然焦ったと思われるが,表情と態度は平静さを保っていた。医者は失敗しても態度に表してはいけないそうだから,その点では合格だなと考える。
 それでそのまま1時間様子を見るとして放っておかれる。途中,現場応援中の上司が来てくれてもう一度病状についての説明を受ける。実はこの時の説明も含めて上述の内容がだいたい分かった。1時間後やっぱりダメだという事で隣の部屋の救急用の病室と思われる所に移される。そして入院と言うことにしますと告げられる。自分としては救急車を呼んだ時点から入院しないとダメだろうなと思っていたので,やっと私の状態が理解されたのだなと安心する。
 この時点で2時過ぎくらいであり,実はずっと先輩には付き添ってもらっていた。さすがにこれ以上付き合っていただくのは悪いと思って,もう帰っていただいてもいいですよ伝えると,親切な先輩は「一旦寮へ帰って入院に必要そうなものを取ってくる」と言っていたけた。恐縮ではあるが,大変ありがたいので最終的にお言葉に甘えることにする。そして先輩が帰られた後,入院生活を過ごす病室へと移された。

戻る