KONTAさんのナレーションから始まりました。この時朗読した詩は、ブレヒトが20代の時書いた詩で、「喜びにもいろいろあるが・・・」で始まる「オルゲの希望リスト」です。「家庭用説教集」の中の詩です。
1.マック・ザ・ナイフ
「三文オペラ」の最初に歌われる、主人公マック(メッキー)についての説明の歌
KONTAさんのは、途中台詞が入ってLoveDynamights ぽくって良いです。
盗賊マックって、こんなにすごい悪い奴なんだ、みんなマックの仕業なんだって歌ってます。
2.バルバラ・ソング
「三文オペラ」で、マックに誘惑されて結婚してしまう、乞食達の親分ピーチャムの未成年の娘ポリーが歌います。
マックの魅力?女心の不思議さ?
どんなにお金持ちで素敵な紳士が現れても私は抱かれたりしない。いつも答えはノーよ。ずっとそう思ってきたのに、突然現れたお金もない礼儀知らずの男にはノーと言えなかったって歌います。
3.ビルバオ・ソング
ビルの酒場はビルバオ、ビルバオ、ビルバオ、そりゃ素敵な店だった・・・・
ビルバオは、ギャングのビルが経営するダンスバーでギャングの溜まり場。
この「ビルバオ・ソング」はミルバのアルバムで知り、すごく気に入ってしまいました。
「ハッピーエンド」は、ギャングを更生させようとした救世軍のリリアンがギャング団のナンバー2のビルを愛してしまい・・・どんでんがえしがあってハッピーエンド。
瀬間千恵さんの歌ってらっしゃるのには、「歌詞わすれちゃったわ」って歌詞があるんですけどKONTAさんのは所々変更されていて、この歌詞はなかったですね。
4.海賊ジェニー
「三文オペラ」でマックの愛人の娼婦ジェニーが歌います。
この曲の訳詞とアレンジがとても気に入っちゃいました。
宿の女中って、みんな私をこき使うけど、誰も私の正体を知らないわ。ある日海賊が港にやってくれば、みんな捕らえられるのよ。海賊は私に聞くわ「どいつをばらしやしょう?」私は言うわ「みんなよ」。首が次々落ちるわ。そして私は海賊と一緒に港から去るのよ。という内容の歌。
5.ソロモン・ソング
マリアンヌ・フェイスフルのアルバムに収録されているのですが、英語なので良く分からなかったのです。
KONTAさんの歌うの聴いて、好きになりました。
「可哀想なブレヒトさん・・・」が気に入ってます。
サックスも聴けるしね。
6.風が吹くままに
サックスで聴く事が出来てうれしい。
KONTAさんの訳詞も良いです。
若者は女性を通して、政治家は世界を通して風が吹く方向を知る。詩人は冷静な醒めた目でそれらを見つめているのでしょうか。
7.大砲ソング
「三文オペラ」で馬小屋でのポリーとマックの結婚式の時の歌。
兵隊仲間だった警視総監ブラウンと盗賊マックがインドで共に過ごした時代を思い出して歌います。戦争は面白い。軍隊に入って、出会った奴らをぶっ殺せ。という歌。
8.商人の歌
KONTAさんが、この歌だけ、最初に「商人の歌」って言うから、「商人の歌」なんだなって思った。
その後ブレヒトの詩集の中に、この詩を見つけました。米とは何だ、木綿とは何だ、人間とはホンライ何なんだろうか、と問いかけながらそんなもの知らないけど値段だけは知っているという歌です。
9.ハリウッド・エレジー
ブレヒトがアメリカに亡命中に作った歌との事で、英語で歌いましたね。
英語だめなので、須山公美子さんのアルバムを参照させて頂きましたが・・・
ハリウッド・エレジーの曲集より「沼」のようです。内容は、好きだった友達が近所の沼でおぼれて沈んだ。この沼では沢山の人が沈んだようだ。彼は今、沼の中で青ざめた微笑みを浮かべる。で、良いのかな?
10.スラバヤ・ジョニー
「ハッピーエンド」でギャングのビルに救世軍のリリアンが歌います。
男にだまされた16才の少女が、国を捨てインドに流れ着いた。インドではその男は海賊のスラバヤ・ジョニーといわれ有名だった。ジョニーなんか死んでしまえばいいのにと思いながらも帰って来て欲しいと思い、ひどい奴だけど、あんたが好きだと歌う。
11.兵士の妻のバラード
亡命時代の作品。「第二次大戦のシュベイク」は、チェコの作家ハシェクの小説の主人公シュベイクを第二次大戦のチェコに登場させた話。シュベイクは、無邪気でどんな逆境もきりぬけてしまう饒舌家。
兵士の妻の元に、戦地を移動する度に夫から送り届けられる皆がうらやむ贈り物。プラハから高いかかとの靴。オスロから毛皮のストール。アムステルダムから帽子。ブリュッセルからレースの織物。パリからシルクのガウン。ブカレストから刺繍のブラウス。そしてロシアから届いたのは、お葬式のベール。彼女は死者を思い、嘆き悲しむ。
12.難儀の歌
「兵士の妻のバラード」と曲順が逆になってたのかな?
この曲知らないので・・・
13.水死した娘について
「パール」は、ブレヒトの処女作。
彼女が、おぼれて死んで川へながされてゆく。浮き草が絡みつき、彼女は重くなってゆく。けれど、彼女のためにまだ朝があり夕がある。そして彼女は朽ち果てていく。
この歌は、主人公の詩人パールが彼の犠牲になった女たちによせる歌。
14.マリー・Aの想い出
九月のスモモの木の下での彼女の思い出・・・
ブレヒトにとってスモモの樹は、青春のシンボルだったらしい。
あの日から月日が経って、顔も浮かんでこない。覚えているのはキスだけ・・・
スモモは今でも花をつけてるだろうか?彼女は7人の子供を持っているだろうか?
想い出は、ほんのひととき・・・
15.後の世代の人々へ
これも知らなかったです。
「・・・僕に与えられた時は過ぎた」
その後「スヴェンボルの詩」の中のこの詩を読みました。詩の一部が歌になっています。
僕はこの暗い時代の中力いっぱい戦ったが目的地は遠かった。僕に与えられた地上の時は去っていくが、いつの日か人と人とが手を差し伸べあう時、僕達の事を思って欲しい。
16.人間の努力のいたらなさについて
「三文オペラ」で、乞食達の親分ピーチャムなど、皆で歌います。
偉くなりたきゃ頭を使え。使わないとシラミに食われちまう。人間はもっと利口にならなきゃ、こんな嘘の世界で生きていけない・・・。
佐藤信氏の訳詞は「・・・この世は複雑怪奇」とかで、かなり軽快な曲になってて良いですね。
17.全てか無か
ブレヒトの劇団「ベルリーナー・アンサンブル」の旗揚げ公演の為に書かれていた「コミューンの日々」は、ドイツ情勢変化の為上演されなかった。結局ブレヒトが亡くなった後上演された。世界最初の労働者国家パリ・コミューンの話。
「死か生きるか、全てか無」ってKONTAの訳詞で迫力があります。途中サックスも入ってます。ドイツ語もね。
18.モルダウ河の歌
これも、「全てか無か」に続いて迫力ありましたね。
須山公美子さんのアルバムに収録されているのですが、聴く事ができませんでした。曲だけは、黒田京子さんの「機械じかけのブレヒト」で聴いていましたが、かなりのアレンジ。これは、これで良いのですけどね。KONTAさんの歌聴いて、とても好きになりました。
(1999.2.1追加)昨日ライブ終わっちゃったのですが、今日になって須山さんのアルバム聴きました。このアルバムは須山さん自身が訳されているので詞は違います。内容は、モルダウ河に石が流れプラハには3人の皇帝が眠る。時代は変わる。力あるものの時もやがて終わり、朝が来る。
19.アラバマ・ソング
ドアーズが歌っているのを聴いていたので、ドアーズっぽいイメージが出来上がっていました。でもマリアンヌ・フェイスフルなどで違うイメージができて・・・今回KONTAさんので、これが最高って思っちゃいました。
一番近いウィスキー・バーまでの道を教えてちょうだい。理由なんてきかないで。見つけられなかったら、私達死んでしまう。アラバマの月よ、さよならをいう時がきてしまった・・・
一番近くで小銭を稼げる場所を教えてちょうだい。・・・・
20.マック・ザ・ナイフ
(再登場でメンバー紹介)
音楽を担当した映画は、
1993年−きっと来るさ
1996年−トキワ荘の青春
1997年−東京夜曲
ずっとKilling Timeのアルバムを探してたのですが見つからず(探し方が悪い?)再結成の情報を知ったのが昨年12月24日当日。行く事が出来ずに残念な思いをしました。
今回ピアノが聴けて、とてもうれしかった。
吉田 誠:ベース
菅原道昭:ドラム
KONTA:ボーカル・サックス
−参考−
【ブレヒトとワイルとアイスラー】
クルト・ワイル(Kurt Weill)は、1900年にユダヤ人の教会聖歌隊指揮者の息子として東ドイツのデッサウに生まれた。ベルリン高等音楽院で学び歌劇の指揮者となる。1920年代をベルリンで過ごし、プゾーニの弟子となる。1920年代半ばから音楽劇に興味を持つようになり革新的作曲家として認められるようになる。ドイツは歴史的に、第一次大戦敗北後の1919年からヒットラー政権が始まる1933年までの間をワイマール共和国と呼ばれる。その時代、政治は不安定であったが文化は活発だった。クルト・ワイルは、そのワイマール共和国時代の代表的作曲家。
ブレヒトとワイルの出会いは、1927年、音楽祭で一幕オペラを依頼されたワイルがブレヒトの連詩「小マハゴニー」を使用したことから始まり、1928年「三文オペラ」で成功。資本主義を批判したり、政治を風刺したオペラはドイツの人々の支持を受けた。
1933年ヒットラーが首相になりナチス政権が成立すると、ナチス政権に都合の悪い思想を持つ芸術家であるブレヒトとワイルは祖国より亡命せざるを得なくなる。
ブレヒトは、ヨーロッパ、ソ連、アメリカを転々とし、東ドイツ帰国後8年目の1956年、「ガリレオ」演出中に亡くなる。
ワイルとの共同作業は、1933年のバレエ・オペラ「七つの大罪」が最後。
ワイルは、アメリカに亡命後市民権を得て永住。ブロードウェーの人気作曲家となった。オペレッタ「ニッカボッカ・ホリディ」、オペラ「街路の風景」、映画音楽、交響曲などを作曲。1950年ニューヨークで亡くなった。
ハンス・アイスラー(Hanns Eisler)は1898年に生まれた。1920年代末からベルリンでブレヒトと仕事を始める。政治的には生粋の共産主義者。ワイルやブレヒトと同じくアメリカに亡命。戦後はブレヒトと東ドイツで活躍。社会主義ドイツの為に数多くの作品を残している。アイスラーの作曲したものは政治的思想的なものが多い。1962年に亡くなった。
【ブレヒトとワイルの曲が聴ける作品】
など
【ブレヒトとアイスラーの曲が聴ける作品】
など
など。