パラサイト関の翻訳ミステリ・アワー



■このコーナーは、ページ制作者(ストラングル・成田)の後輩にして、
ヤキのまわったミステリ・ファン、関氏(米国サンノゼ在住)のメールを基に
構成したものです。苦情等は、本人に転送いたします。
色違いは、成田氏のチャチャ入れ。


NDEXへ   HOMEへ

4月21日 Great Detectives
 間が空いてしまったが、パロアルトのスタンフォード・シアターで特集している古典ミステリ映画の紹介をば。
After The Thin Man (1936)
Song of The Thin Man (1947)
True Confession (1937)
Think Fast Mr. Moto (1937)
Charlie Chan at the Opera (1936)
Another Thin Man (1939)
The Penguin Pool Murder (1932)
Charlie Chan at Treasure Island (1939)
Charlie Chan at the Race Track (1936)
The Saint Strikes Back (1939)
The Gay Falcon (1941)
The Thin Man (1934)
さらにご興味の向きは、www.stanfordtheatre.org

『殺人を選んだ七人』 ロイ・ヴィガーズ ☆☆☆
 迷宮課シリーズ。久し振りに読んでみて、こんな味わいだったかと最初は当惑。本格倒叙と言うより、複雑な犯罪心理を克明に追っている。収録七編、どれも一筋縄では行かない犯人達の屈折心理に重きがあり、事件解明の糸口は意外に淡白だ。「老嬢の証言」「あわれなガートルード」に描かれるオールドミスの哀切極まりなさ。巻末の「招かれぬ女」は船上での犯人探しもの。(早川書房HPB)

『名探偵登場C』 早川書房編 ☆☆☆
 豪華な顔ぶれのラインナップではあるが、そこはそれ、決してどれも最上作が採られている訳ではなく、翻訳の古さと相俟って、割り切って読まねば行けない。意外やメグレとスペードの二編は物語的楽しさで、そこそこ楽しめた。ストリブリング「チン・リーの復活」、フランシス・クレイン「青い帽子」が及第。後者の村崎訳はひどいけどね。(早川書房HPB)

『半身』 サラ・ウォールターズ ☆☆☆☆
 このミス一位、サマセット・モーム賞他受賞。十九世紀末ロンドンの監獄が舞台で、霊媒師のヒロインの不思議な力に眩惑されている内に、思いきりの背負い投げを食らわせられる。物語そのものが大技になっているあの高木彬光「帝国の死角」に通低する味わいだが、鵜の目鷹の目で読んでも絶対に裏をかかれる事は請け合う。しかし、殺人が有る訳ではなく、欺しのテクニックだけで本作をミステリとして括っていいものかどうか。オールドミスのヒロイン(と言っても未だ29歳なのに)と獄中の女霊媒師の日記で綴られる内容の大半は、深窓の令嬢的苦悩や自己陶酔が満載でややもすると鬱陶しい。必然性は認めるものの、こういうのの好き嫌いで本作の全体評価が揺れると思う。女性読者向けかなあ。(創元推理文庫) 余談だけど、この「半身」のヒロイン令嬢が30歳間近独身で、世間から「老嬢」と呼ばれるのは、十九世紀末の貴族社会の話しで仕方ないのかと思っていたら、ヴィガーズの短編に登場の59年当時の英国に措いても、30歳独身は「老嬢」なのだ。

映画ラインナップ、影なき男シリーズに、ミスター・モト、セイント…か。わうわう、後で調べてみまっす。


4月14日 相棒
 水谷豊、寺脇康文主演のTV番組「相棒」の第一シーズンを最近までTVジャパンで放映していて、新聞評でも再三取りあげられていたのだが、まあまあの刑事ものであった。ところが、日本で昨秋から放映した第二シーズン(最近では珍しい2クール放映)を、レンタルビデオ屋で何気なく借り出したら、前作とはうって変わって本格テイストが濃厚でハマッてしまう。第二話は閉ざされた山の中のレストランで起きる意外な凶器の殺人で、ミステリ者にはレストランで意外な凶器と言えば、直ぐに察しがつくだろうけど、実は主眼は意外な動機にあり、伏線バシバシのこの巧まざる構成には☆四つあげたい。続く第三話は、消える弾丸を扱った本格もので、早々にカーの「プレーグコート」のトリックに言及しつつ、それを否定。これまた意外な弾丸を創案している。と、ここまで観てはふはふと思っていたら、第四話はまんまカーの「爬虫館」のトリックで、ここまで堂々とぱくって良いのか?と言うあからさまなものであった。その後は、トリッキーな作品が減り、元の刑事ものに立ち返ってしまったが、それでもダールやチェスタトンのトリックや作品への言及があったり(「見えない人」のトリックを ばらしている)、そこはかとなくミステリこころをくすぐる番組です。

『ウサギの乱』 霞流一 ☆☆☆☆
 嬉や駄柄善悟もの第二弾。四件の殺人の内、二件目のミステリ史に新機軸を加えた密室殺人と三件目とのカップリングの必然性に陶酔すら憶える。圧巻はラスト番外の謎解きで、ケレン味たっぷりの演出、連環する見立てと狂気の悪夢にしばし呆然。今回も、散りばめられたピースが悉くはまり込む快感に心底酔う。小出しの小気味良いジョークに、はひはひ笑う。(光文社)

『レベル7』 宮部みゆき ☆☆☆☆
 文庫で650頁超の分厚本だが、何とぐいぐい読まされる事か。正に一寸先はどうなるか予測を許さぬサスペンスで、キングばりの筆力が途中下車を全く許さない、この至福の読書時間。細かな描写にうなり、登場人物たちの圧倒的リアリティに陶然とすること、請け合い。事件の真相(犯人達の企み)がもう一段巧緻であったなら、ラストさらに圧巻であったであろうが。(新潮文庫)

『返事はいらない』 宮部みゆき ☆☆☆★
 六篇収録の短編集。犯罪未満の中間推理短編とでも言おうか、仁木悦子や天藤真ファンには応えられない同種の味わい。但し、長編で既にお馴染みの描写の巧さや活き活き登場人物たちは健在で、どの作品も及第以上。女性が巧いのは当たり前として、男子中学生(それも今時の)心理にも長けているのが凄い。茶木則雄推奨の「ドルネシアへようこそ」も捨てがたいが、「聞こえていますか」がマイベスト。(新潮文庫)

『人質カノン』 宮部みゆき ☆☆☆☆
 同じく六篇収録の短編集。前記作品集もそうだが、この本も地元を熟知した者による優れた「東京小説」にもなっている。幅広い年代の男女の描写がここでも圧巻。極上のエンタテインメントに酔える。相変わらず巧い男子中学生もの「八月の雪」、OLと中学生の交流もの「人質カノン」「生者の特権」が読ませる。(文春文庫)

『地下街の雨』 宮部みゆき ☆☆☆★
 七編収録の短編集。もう、安心して読みにかかれる。外れと思わないのは中毒症状か。かつて、筒井康隆短編をむさぼるように読んだ高校時代を思い出す。ホラー怪談めいた二編で、作風の広がりに感心していたら、意図的配置ではないだろうが、巻末の「さようなら、キリハラさん」で作者の術中にハメられた。表題は、全OL感涙必定の感動作。(集英社文庫)ちょっと宮部みゆきはひと休みしよう。骨までしゃぶられそうだ。



2004.4.10 単身暮らし
 家内と長女を日本に残しての単身アメリカ暮しも今日で二週間か。去る19日に成田からの帰米の際は、JAL便をマイレージでアップグレードして、久々でビジネスクラスに乗ったのだった。平日便だったから、前後左右ガラガラで、ワイドなシートの二階席を一人占め状態。スチュワーデスもお客が少ないせいか、「関様」、「関様」と甲斐甲斐しい。福岡空港で買った霞流一の新刊を読みながら、ビデオで映画「半落ち」を観たり。さすがの心労疲労で本は完読出来ず、半落ち(笑)。今、続きを読んでます。

『魔術はささやく』 宮部みゆき ☆☆☆☆
 この同年同月同日生まれ(他に綾辻行人も)の作者の本を、読むのは始めてなのだ。北上次郎の解説も納得の何と言う小説功者。展開と言い、描写と言い、至福の内にグイグイ読まされる。終盤、畳み掛ける挿話の泣かせ所はトマス・クック並み。特にラスト、この洒落たキーワードの鮮やかなセンスには脱帽脱毛だ。この一言に全てが収斂される圧倒的迫力。今まで、未読ですみません。反省して、これからしばらく宮部漬けだ。(新潮文庫)

『チョコレートゲーム』 岡嶋二人 ☆☆☆☆
 協会賞受賞作、「タイトルマッチ」にはがっくり来たけど、これにはマイッタ。別人のようにうまい。どうしたの?と言うほど淀みない展開と、興味を引き継ぐ謎の設定の巧さで、終始読ませる。何にマイッタって、作品全体に仕掛けられたこの大きなトリックは、乱歩の「陰獣」のアレではないですか。いや、すっかり嵌められた。さらに、クリスティ−辺りが好きそうなトリックまであり、これで超意外な犯人とかだったら満点だった。でも、充分この作者の実力を見直したぞ。それにしても、文庫解説の権田萬治。的外れな書評は斜め読みしたとしか思えない。(講談社文庫)

 アップが1週間以上遅れて、日付が変なことになって、相すまぬ。




2004.4.2 喪に服す春
 去る12日、義父が急逝し、取るものも取り敢えず、幼い長女を抱えて緊急帰国する。家内の実家が佐賀に変わり、12日昼の便でサンフランシスコを発ち、同日成田乗り換えで福岡空港経由で家に着いたのは13日深夜。突然の事で、実感も湧かぬまま葬儀に参列。初孫を見せられなかった事が悔やんでも悔やみきれませぬ。合掌。休暇の都合で、自分だけ初七日後19日の便で帰米するが、家内と長女は四拾九日まで日本に残すことにする。間も無く六ヶ月の長女は、顔や足首に湿疹が発症し(良くあることらしいが)心配のまま、ひとり寂しく帰宅する。帰米後、電話で寝返りが打てるようになったと報告有り。娘の成長だけが心の拠所の喪中の春です。
 一人で過ごす日々は、思いの他空虚で、意気が上がらぬ。先週の土曜日パジャマのまま、新聞とコーヒーを持って庭に出て、うっかりベランダの窓を外から閉めてしまった。ベランダの窓は、閉めると自動的に旋錠されるのだ。パジャマのままなので、玄関の鍵もない!家の中には誰もいない!朝から、パジャマ姿で完全に締め出しを食ってしまった!しばし、呆然自失。カリフォルニアの青い空が無情に高い。恥を偲んで、縋り付く思いでお隣へ。"I was rocked out !" 親切なお隣のJudyお婆さん(この人もパジャマのままだった)から電話を借り、大家さんに電話をしたり、不在なので合鍵屋を探したり。土曜日朝でなかなか見つからなかったが、ようやく見つけて一安心。件の鍵屋が来るまで、コーヒーをご馳走になりながら、お婆ちゃんと話し込む。それから、約30分後にものの5分でドアは開いたが、$110も取られちった。すっかり、意気消沈してうだつの上がらぬ週末を過ごしたのは言うまでも無い。
 思う所あって、ガレージセールとかで安く買っていた未読の文庫本をこの際片っ端から読んで、不要な物は捨てて行こうと決める。多くは一冊¢50で買ったもの。増え過ぎの蔵書整理に、惜しくはない。
『ガラスの麒麟』 加納朋子 ☆☆☆
 協会賞受賞の表題作を含む六篇から成る連作。仁木悦子テイストのいじらしさに、往年の俺なら狂喜したろうが、齢40を過ぎて意外に冷淡。日常の謎を、時にチェスタトン風の逆説で解き明かす保健室の神野先生は良い。連作完結編の最終話が、説明的過ぎて興醒め。他五編の端整な仕上がりと、ささやかなサプライズには好感。私的ベストは「三月の兎」(講談社文庫)
『紳士同盟ふたたび』 小林信彦 ☆☆★
 お得意の芸能界や映画界を舞台にしたコン・ゲーム。二本目の欠落がある名作映画の完全版フィルムをモチーフにしたネタなぞ、作者の元ネタ知識自慢が見え見えで辟易。ツルツルと読めはして、楽しめたけど。(新潮文庫)
『タイトルマッチ』 岡嶋二人 ☆☆
 茶木則雄のアツイ解説以前にも、本書が岡嶋本の中でも傑作との話しは頭にあり、期待して読み出したのだけど。ボクサーの子供が誘拐され、チャンピオンにノックアウト勝ちしろ、と言う犯人の意表を突く要求で、滑り出しは悪くない。本番に向けて、予想外のアクシデントに右往左往するボクサー側の戸惑いと、タイムリミットのある捜査陣の焦燥が交互に描かれ、中盤はまあまあ。どういう結末を着けるのかと、期待していたら予想内の真相で、しかも動機の割りに殺人の必然性も弱い。犯人像がてんで駄目なのだ。いくら試合の描写に迫力があっても、そこがメインではないでしょう。(講談社文庫) 

 義父さまの逝去、驚きました。謹んでご冥福をお祈りします。


2004.3.13 NHK的なあまりにNHK的な
 更新も季刊ペースに落ち込み、ジャーロ状態。先日、サンノゼ紀伊国屋で売れ残り本のセールがあり、ジャーロの昨年秋号を$2で購入。律儀に毎号入荷されるのであるが、昨年冬号も今年の春号も、しっかりと新刊棚で売れ残っております。去る一月末に、日本へ出張し、慌しく本買いに走るが、目当ての本が入手出来なかったりで、収穫薄。八重洲書房で、「アマチャ・ズルチャ」はありますか?と聞いたら、すごい不信な顔をされた。これじゃ、小心者は皆インターネット購入に走るわ。

 一昨年10月に一時帰国した際に、札幌の実家では何があったのかTVはNHKしか見ないと、チャンネルを固定していた。最近、我が家も番組内容が90%NHKのTVジャパンを見つづけているので、家内までNHK贔屓に洗脳されつつある。曰く、「経済最前線」「クローズアップ現代」はためになるからとか。ところでNHKの最近の番組作りに共通なのは、民放を強烈に意識した視聴者ウケ狙いの局アナたちだが、「お元気ですか 日本列島」の日替わり司会アナ連が、お堅いイメージを払拭すべく、くだけた事をすればするほどにお茶の間に吹く寒い風はどうだ。目下売り出し中らしい若手(?)の松本和也アナは、見た目が岩井大兄そっくりで、番組内では浮きまくりだ。一度、確認下さい。

 母屋では、すっかり宗旨替えしたかの如くに連日映画のことしか書いていないが、そんな映画漬けの成田さんにここスタンフォードにあるレトロ映画館で今月特集上映の 30〜50年代のミステリ映画から話題を提供しましょう。詳細続報は、今度パンフレットを見ながら、またご報告しますが、スチュアート・パーマー原作の「ペンギンは知っていた」が上映されています。乳児のいる我が家では、見に行けませぬが、こういうマニアックな映画までは、さすがにDVDでも無いのでは?

『自宅にて急逝』 クリスチアナ・ブランド ☆☆☆★
 ケントの鬼こと、コックリル警部が挑む正統派密室モノ(足跡の無い離れの殺人)。イカレたアプレ風の従兄弟達の毒舌トークが、中弛みを防ぎ終始引き込ませる。限定された容疑者の中から繰り出される、後年のデクスターばりの推理のアクロバットが痛烈。文字通り、最後の最後で明かされる真犯人とトリックの正体は、強烈な伏線ゆえに一瞬で全てが氷解する。名作トリック故、読後の衝撃がやや薄れたが。(早川書房HPB)

・元気そうでなにより。松本和也アナ、これはチェックしなければ。確かにNHKのアナの似合わないフランクぶりは痛々しいことがあるな。
・今年になって映画ばっかり観てるので、こんなことに。
 >今月特集上映の 30〜50年代のミステリ映画
 これは是非、詳細教えてほしい。





12/31 暮れなずむ2003年
 あっ、と言う間に暮れる2003年。しかし、時代は変われど世の中の本質は、そうそう変わらないのですね。殿山泰司『三文役者のニッポン日記』(ちくま文庫)収録の昭和40年前後の世相って、驚くほどに現代とシンクロしている。ベトナム戦争批判に対するイラク戦争とか、凶悪化する犯罪とか、相変わらずの政治不信とか。縦横無尽な殿山節は、たけしの毒舌巷談の先駆と言うより、未だに古びない孤高の存在だ。『三文役者の待ち時間』(仝)は、嬉しい単行本未収録の最期のミステリ日記も収録されており、これがハヒハヒと面白い。ミステリ評のスタイルとして、断然支持する。
 TVジャパンで、NHKのアンコールドラマ「男たちの旅路」を視聴。76年製作。懐かしさより、記憶の一部が歴史の一部に吸収されつつあることに、背筋が寒くなる。ここに登場する70年代風俗は確実に自分が生きていた時代であり、同時期に視聴した小津安二郎の「秋刀魚の味」「東京物語」の背景の記憶に無い風俗に感じる郷愁とは、確実に一線を画する。しかも、70年代は未だ直近の記憶世界との認識が強かっただけに、全てが急速に古びて風化されつつある現実に、感慨無量。ファッションのださださ振りやあるある的言い回しに、気恥ずかしさで悶絶寸前の場も。
 故郷札幌への郷愁から、昭和20年代が舞台の三浦綾子『ひつじが丘』(講談社文庫)を読むが、期待したほどに当時の風俗が描かれていない。狸小路がデートスポットとして出てくる程度。両親の青春時代の雰囲気が仄かに掴めたと言う所か。
 お取寄せのポケミス復刊本の内、『美の秘密』が届く。乱歩の解説で、「フランチャイズ事件」を平凡な作と切り捨てておいて、気を取り直し収録したとある。後世に宮部みゆきが絶賛したり、評価の揺れる一作だ。また、グラント警部初登場作は「ロウソク〜」以前に別名義で存在することを知る。テイ名義では「ロウソク〜」が第一作であるが、HMM掲載時の解説には言及されていたかな? 「このミス2003」を紀伊国屋で入手。知らない本ばかりなのも呆れるが(笑)、傑出した作品とも思えぬラインナップで、いつもの興奮がない。来年の隠し玉を見るに、アントニー・バークリーが益々紹介著しい。個人的には来年はバークリーの年として、買い逃し本を完備し、全冊早期読破を目標にしたい。また、サンフランシスコを舞台にしたミステリや映画も特集してみたい。該当作品をリストアップする手っ取り早い方法はないですかね?では、良いお年を。

 70年代と現代か−。判りすぎていて、あんまり振り返りたくない気がする。むしろ80年代、90年代というのは、よく分からない。結局、自分が若かった時代ということか−と、思わず引き込まれてしまいました。サンフランシスコ舞台の小説、ヒュービンの書誌CDが、小説の舞台まで入っているので、協力できのすぜ。CD読み込み装置が直ったら。
 今年は、関一家にとって良い年だったね。良いお年をお迎えください。



12/16 フセイン忠臣蔵
 時あたかも、日本時間で12月14日に炭小屋ならぬ農家の地下から発見されたフセインに、忠臣蔵の因果を思う。そう言えば、戦争の大儀に世論の湧く所も似て非なり?これで、ブッシュが大統領選で詰め腹切らされたら、とんだ忠臣蔵であるぞよ。
 都筑道夫が74歳で逝く。ホックより一歳年長なだけではないか。「辛味亭事苑」「読ホリディ」の追悼緊急出版を強く望む。
『闇に問いかける男』 トマス・H・クック ☆☆☆★
 記憶シリーズ及び前作までの黄金パターンを離れ、各章の冒頭に時計のイラストを配したタイムリミット・サスペンス。物語に、より緊迫のドライブが掛かり、容疑者の心の闇との底知れぬ闘争が絶望感をいや増す。錯綜する幾多の挫折と悲哀が織り成す絶望の彼方に、浮かんで来た予想外の真犯人。因果の果てに見るこのどんでん返しの衝撃は、テクニカルな意匠が強くて、前作や極上の記憶モノにはやや及ばぬが、それでも充分魅力的である。北上次郎が父子ものに無条件に弱くなるように、本作は娘を持つ全ての父につらい。(文春文庫)

  デンバー空港で、これを読み上げて、直ぐに次のブランド「自宅にて急逝」に取り掛かったが、動揺隠せずなかなか集中出来ず。それでも、機内で読み進むにつれ、読み応えに大満足。砂利道に足跡の無い密室殺人に加え、奔放な従兄弟たちの会話が古い訳文にも係わらず、活き活きとして、間違いなく傑作の予感。半分まで読み終えました。

 あの、雪隠詰めの様子は、まさに吉良上野介!ブッシュが詰め腹きらされたら、庶民のヒーローとなってしまうではないか。「辛味亭事苑」「読ホリディ」は、相当な厚さになりそうだが、是非。
 




12月11日(木) 読書のご報告
 ここ、最近読んでいてご報告していなかった読書のご報告を。
『ビッグ・バッド・シティ』 エド・マクベイン ☆☆
 87分署49作ということは、寅さんの記録に並んだ作品だ。豊胸手術をしていた修道女の殺人他三つの事件のモジュラーで、毎度緊迫した展開部は良いのだけど、どれも収束は尻すぼまり、スティーヴを付け狙う悪党の始末の付け方も?何かシリーズ大団円的なタイトルの割りに中身は至って平凡であった。湾岸戦争に絡まる科白が期せずしてブッシュ親子に対する作者の辛辣な批判になっていたな。(早川書房HPB)
『青い虚空』 ジェフリー・ディーヴァー ☆☆
 舞台が何と俺の住んでいるシリコン・ヴァレーとあって、ご近所の通りの名前が出る度に興奮する。これ以上、タイムリーなご当地ミステリはない。にも係わらず、出来には興奮しないのがつらい。三打席連続ホームランのあと、二塁打の「エンプティ・チェア」に続きこれまた凡打で、黄金のパターンやお約束を踏襲しながら、小技が大技が悉く決まらない。さすがに息切れか、「石の猿」に再度期待。(文春文庫)
『日本庭園の秘密』 エラリイ・クイーン ☆☆★
 国名シリーズで、未読だったもの。密室トリックや屋根裏に棲む老母のエピソードは横溝正史か。真価は最初期のマニュピレート・テーマである、という点。この評価がポイント。作中の恋愛エピソードが気恥ずかしく、カーの方がよっぽど巧い。実生活の経験の差か。翻訳と霞流一の解説は良し。(早川文庫HM)
『「新青年」の頃』 乾信一郎 
 買い逃し本で、何とか入手出来ないかと歯軋りしていたら、会社の人妻社員の実家が神田古書店街の顔効きで、飲み会の席でおねだりしたら、いとも容易く入手してくれた。いやあ、言ってみるものです。彼女曰く「何でも言って下さい」とのこと。で、巻末の初出一覧を紐解くと、本書はHMMに連載されたものだったのですね。全っ然、忘れていた。だから、初刊の時に敢えて買わなかったのか・・。全く、初読の感覚で読む。大発見のエピソードはないが、慎ましい作者らしい慎ましい戦前の日常と、博文館の舞台裏が微笑ましくも楽しい。(早川書房)
 アマゾンに頼んでいたお取寄せの50周年ポケミスは、一端注文を受けておきながら、その大半をキャンセルして来やがった。BK1にて改めて注文し直す。尚、届いた本の内、ポケミス総目録は何度眺めても、ニヤニヤしてしまう好事家泣かせの好著で、次回はポケミスの思い出に絡めて、思い入れのある作家とか、あの人は今?みたいな切り口で、ちょっと書いてみたいな。
 妊娠・出産・育児で、今年は自重していた出張であるが、明日は日帰りだけどデンバーに行って来る。朝三時半起き(泣き)だあ。お供は、今年のトマス・クック本と、ブランドの「自宅にて急逝」。長い空港の待ち時間も苦じゃないのだ。


12月7日 エドワード・ホック 73歳現役
 NHKで年末に山田太一「男たちの旅路」第一部を放映するけど、76年ってもう27年前の製作なのですね。じゃあ、俺が高校生だったのも、もう27年も前のことに?恐ろしいなあ。それよりも、もっと前からもう40年近くしこしこと不可能興味に彩られた短編を800本以上書き続けているエドワード・ホックと言う人は、何とパワフルな老人であることか。彼の名探偵たち、キャリアは既にしてサザエさん的風格すらある。
 ホックの作品、発端の飛切り不可能な設定とそれを支えるトリックもさることながら、毎度感心するのは常に意想外の犯人を創出していること。短編ゆえに登場人物は限定されており、鵜の目鷹の目で見れば、今回の最も意外な犯人はこいつだ!と、往年の「600こちら情報部」帯淳子風に察しを付けられない事もないけど、物語に乗って読んで行くと、いつも嫌疑の外に巧妙に置かれた奴が犯人で、毎回溜息をつかされるのであるよ。そして、その意外な犯人を納得させるのが、これまた周到な伏線の妙と言うやつで、いやはやどの何気ないエピソードがその伏線になっていたことか。
 今回は少し前のHMM特集から、ホックの四篇を。
「体重計を盗め」−快盗ニック・ヴェルヴェット ☆☆★
体重計を盗ませるホワイダニットと、盗難中に巻き込まれた殺人のフーダニット。及第作。
「もっと悪いことが起こるかも」 −私立探偵アル・ダーラン ☆☆☆意外な切り裂き魔の正体。伏線が良く効いていて、意外な犯人にも納得。
「塔で消えた女」−秘密諜報員ジェフリー・ランド ☆☆☆★
衆人監視の塔内で忽然と消えた女。トリック、伏線共に良く、これまた意外な犯人に脱帽。
「巨大ノスリの謎」−田舎医師サム・ホーソーン ☆☆☆
足跡の無い雪原で馬上から消えた女。トリックは凡手だが、動機と犯人特定の伏線の張りが妙。
 いったい、この人一人でどれだけの密室、不可能トリックを創出して来たことか。密室系は何か勲章をあげてください。

 密室系グランドマスター賞、ホックは受け取ってくれるかしらん。ホック特集クロス・レビウといたしました。



2003.11.26 有栖川宮アンソロジー
『有栖川有栖の本格ミステリ・ライブラリー』 有栖川有栖編 ☆☆★
 やんごとなき御方とかやんごとなき詐欺師とは無関係な、北村薫編著とカップリングの一冊です。  収録十編中、ミステリ研の二作は小技が効いている秀作とは思うけど、「あっ」と驚くものでもない。稀少品と言うだけで、収録作の価値が測られ過ぎてやしないか?稀少品自慢にしては、内容が弱い。スイスを舞台にした台湾人作家の鉄道ミステリも、国鉄作家の同短編も、珍品価値とか重箱の隅を突ついたような長所とかで、収録されても、読む方のこちらは困惑するだけ。両作とも、凡作の割りに長いのも困ったチャンである。
 つのだじろうの漫画と、海渡英祐の「わたくしは犯人・・・」は、かろうじて稀少度と読み応え度が及第。
 ロバート・アーサー「五十一番目の密室」と、ハイデンフェルト「<引立て役倶楽部>の不快な事件」は、期せずしてユーモアな味とひとを食った密室トリックが奇妙にシンクロし、この二作の配置は絶妙。作品としては、後者が上か。悠々たる筆致、巧まざる諧謔味、絶品です。余談だが、「五十一番目」の中で、北村薫編収録のブロックマン「やぶへび」の真価に触れる箇所があり、何だあんな所が売りだったのか、と失望す。てっきり、動機に新機軸?かと、誤読してました。プロンジーニ「アローモント監獄の謎」、スラデック「見えざる手によって」の二作は、初見だが両作とも短い紙数の中で、思い切りの発端の謎(どちらも衆人監視の密室)と、これまた思いっきりのトリックで堪能させてくれた。収穫はこの二作と、稀少品のアーサー、ハイデンフェルトの再録か。バランス的には、北村本に軍配。(角川文庫) 


2003.10.25 時の娘その後
時の娘こと、望奈実のオリジンを堪能すべく、ポアロの初期作を読む。以前に、サンマテオの古本市で買ったポケミスで積読だったもの。ポアロは全巻読破していたつもりだったが、本作及び「ゴルフ場殺人事件」「青列車の謎」の初期凡作群は、意図的に未読だったのだ。
『ビッグ4』 アガサ・クリスティー ☆☆☆
 巨大犯罪組織を率いる謎の四巨頭との抜きつ抜かれつの戦いは、江戸川乱歩の通俗長編にあるスピード感と、ジェフリー・ディーヴァーのサスペンス感を併せ持つくらいの意外な展開で、ケッコー楽しめた。ラストがもうちょっと一捻りあれば、★もう一つだったのに。でも細かい伏線の芸と、判り易い人物描写に、クリスティーの筆達者振りを満喫した次第。(早川書房HPB)

 案の定、初期作故にポアロが会話中でモナミを連発。ただ、良く考えると「モナミ」と呼ばれるヘイスティングスって、どうしようもない馬鹿者なんだよね。直情型で、行き当たりばったり。皆に迷惑を掛けるわ、ポアロの足を引っ張るわで、将来娘から「これが私?」とか、怒られそう。今は未だ喋れない(生後三週間)ので、鼻息を頻繁に発するのみ。ミドル・ネームは、クリスチアナにしようとしたが、却下される。と言う訳で、ミドル・ネームは細君が名付け親になり、エマとなった次第。日米両国籍所有で、22歳までに選択する。

 おお、やはり日米両国籍所有ですか。英語ネイティブにもなれるかも。エマといえば、杉本エマ。いやさ、エマ・レイサン。合作者二人ともハーヴァート大卒だ(「海外ミステリ事典」より)。ますます、将来が楽しみだ。



2003.10.11 ポケ娘長女誕生
 去る9月30日に、無事長女誕生。先週は病院に五連泊(ソファベッド!)で、退院後も夜通しの授乳で言わずもがなの睡眠不足状態。名前は、望奈実(もなみ)に決定。ミステリ者には、ポアロの口癖で馴染み深いでしょう。フランス語のmon amie、私の友達の意。漢字が違うが、東野圭吾「秘密」のヒロインも同じ名前であったこと、後から知る。出産の翌日から、お世話になっている小児科の吉田先生と言うのが、北大出身であった。じゃあ、君は後輩かと言う話しから、何故水産学部がIT産業を?とお定まりの話題に。昭和27年卒業のおじいさん先生であるが、異国の地での巡り合いに奇縁を感じる。今月から、さらに56年卒の先生も着任とか。復刊ポケミスは、アマゾンとかでも買えるのかな? 娘の写真です。

 おめで父さん!ソファベッド5連泊とは、原因者の方も大変だったですね。モナミ、我が友、愛称モナちゃん。とても、いいかもしれない。写真の方は、うまく貼れないが、関つぁんにそっくりと思ったことは報告させていただきます。今後、このページは、関版「パパは神様じゃない」になるかも。




2003.9.20 あまんじゃく

 細君に命じて、お取寄せで復刊ポケミス八冊と、レジナルド・ヒルの新作及び総目録を手配準備中。
 アメリカ人は、とにかく痛いのが我慢できない人種のようで、出産も無痛分娩が当たり前なら、歯医者も徹底して麻酔治療。実は、奥歯の銀の被せ物が取れてしまい、実に二十年ぶり(!)に歯医者に行ったのだが、件の奥歯と、もう一本やはり被せものが取れて穴明き状態になっている逆側の奥歯共々抜いて(「ひぃぃ」)ブリッジしなければ行けないと、言われる。早くも半べそ状態。その前に歯茎が弱っているので、四回に分けて歯石を取る(ディープ・クリーニングという)ことに。日本で歯石取りした時も、ケッコー痛くて血は出るし、わわわ・・と怯んでいたら、麻酔をするから大丈夫、と言われる。でも、その麻酔注射が痛いジャン、と尚怯えていたのだが、麻酔注射が痛くないような予備麻酔薬を先ず施すのですね。注射自体、ごく軽く抓られる程度の痛みで、成る程三回の歯石取りを終えたが、ビクビクものの割りに終わってみれば毎回さして痛くなかったり。これは、無痛天国アメリカにいる内に、全ての歯を治しておこうかと一大決心をしたところっす。
 また、アメリカでは男児は出生時に割礼をするのだそうだ。病院ツアーの際にも、看護婦さんから当たり前のように言われた。女の子で良かったなあ。と言う訳で、HMM 連載の藤村いずみ「あまんじゃく」。第六回まで来たこの連作短編、実は作者は本作が本格デビュー作の由だが、それにしては初見の第三回「パターナリズム」の達者な構成には驚いた。御年41歳のこの遅咲きの才媛の登場に先ずは拍手を。元外科医の折壁嵩男が殺し屋となり、医療の闇に巣食う極悪人を葬る・・・。と、まあこう書くと現代版必殺仕置き人かハングマンかと言うことになるけど、現代医療が抱える問題を鋭く且つ周到に描き、毎度目を奪われる。最近やたら横行の医療ミスやら、その背後の医者のモラルの在り方など、このテーマは重いっす。でもって、いつも引き込まれるように読んでしまう。さて、第四回以降の三本だけど(第一回、二回は未だ未読)、
 「DOT」は、医療ミス隠蔽に絡まる口封じ殺人から、主人公折壁が殺し屋に転じた過去が明らかになる話し。前作(第三回)ほどには、脇役達が物語に連鎖反応せず、凡庸な仕上がり。☆☆
 「メディカル・アクシデント」は、陣痛誘発剤のリスクを取り上げ、今度は主人公のパートナーの弁護士が、悪の道に入った過去を描く。登場人物津々浦々に因果が作用する構成は、感心した「パターナリズム」に迫る出来だが、もう一歩及ばず。☆☆☆「プライベート・リベンジ」は、紙数の短いこともさることながら、箸休め的な小品。例外的に医療テーマと関係無く、スプラッターな復讐シーンの描写がトーンを害していやしないか。☆☆
 出来不出来の波があるようで、お笑いスター誕生の十週勝ち抜きのネタの荒廃を想起す。

 ヒルの新作と目録は、当地で昨日購入。ヒルは1900円だあ。「無痛天国アメリカ」というのは、面白いな。最近、こちらの歯医者も、以前に比べ麻酔を多用しているような感あり。おかげで、歯医者の椅子に坐るのがそれほど恐怖でもなくなった気がする。そうしや、治療中断してるんだよなあ。



2003.9.17 ご無沙汰更新
身辺色々慌しく、すっかりご無沙汰しております。殿山泰司の文庫をbkでまとめて買い、自分のミステリ感想の生きる道はこれだと得心したり、その他この間のお話しは読んだ本の感想も含めてこの場でおいおいご報告したいものです。
旧聞に属するが、2001年刊行の北村薫編アンソロジーを漸く読了した所です。
『北村薫の本格ミステリ・ライブラリー』北村薫編 ☆☆☆★
 相当にマニアックなセレクトの14編。16歳のレナード・トンプスンの二作は、早熟な才能余りある快作。変形ユダの窓アイデアと意外な弾丸トリックが、夫々ユニーク。名編集者クイーンとのやり取りが、推敲の跡を伺わせて楽しい。ロバート・アーサー「ガラスの橋」は雪の一軒家からの人物消失を、勇壮なトリックで古典に仕立てた一編。巻末の目玉C・ブランド「ジェミニー・クリケット事件」共々発端の強烈な謎の提示、怪奇な雰囲気とが、しばし擦れからしの中年読者をも陶酔させる。「ジェミニー」は、衝撃のラストを読んだ後に冒頭を再度紐解き直すと、狂気が二乗する。この二段三段重ねの密室トリックは、正に極上モノのワインの味わいだ。こう言う路線の延長上にラインナップされたと期待した他の作品は、しかし北村薫の趣味に淫したセレクトゆえか出来はかなり違う。ローレンス・G・ブロックマンの「やぶへび」など、正直面白さが判らない(動機が新機軸?)。最近一部で話題の西條八十の創作と翻訳三篇も、一読どうだと言う物でもない。都筑道夫、吉行淳之介、マヌエル・ベイロウの作品も狭義の本格アンソロジーに取り入れるべき作品であったか。ミステリ研所縁の二作も、 コメントに窮す。まあ、全てが最上級の作ばかりを集めるなんてことは、それ自体が不可能犯罪であったりする訳で、奇しくも今回収録の極上の二編が採られた元本「37の短編」が稀有のアンソロジーであったことを、改めて再認識させられた次第。(角川文庫)
 今年は阪神が優勝したり、個人的に目出度い年であるが、実は月末に娘が生まれます。ポケミス50周年の年に生まれるので、ポケミス英才教育を施し、末はモー娘。ならぬポケ娘。に育てようかと。
 
 また5か月も、家を空けて、まったく寅さんみたいやっちゃなあ、と思って読み出したら、うがあ。そうでしたか。沈黙は金。おめ、おめでとうございます。米国籍もとれるのかな。復刊『美の秘密』にちなんで、ジョゼフィンとかつけちゃったりして。健やか生まれますことを祈念。



2003.4.20 
英国ミステリ最前線総括

 HMM特集総括の前に、前号の予告題名を見ると予定邦題が微妙に変わっているのが微笑ましい。マクダーミドの「変身」Metamorphosisが「変態」であったり(この方がストレートに内容を突いている)。で、英国最前線残り四編の内、件のアンソロジー(「タート・ノワール」)所集のマーティーナ・コール「もうたくさん」も、少しエロチック描写が過ぎる一編であったので、七編中過半の四篇が劣情的作品だった事になる。劣情大いに結構なのだけど、HMMという誌面ではどうにも違和感があって。
 その「もうたくさん」はカットバックで想起される夫の浮気と不誠実が、現在進行の恐るべきカタルシスとシンクロして行く様が秀逸な掌編であった。☆☆☆
 イアン・ランキン「サンタを捕まえろ」は、お馴染みリーバス警部登場のクリスマス短編だが、達者だった既紹介短編に比べるとツイストが凡庸で予定調和の域を出ない。☆☆
 そこへ行くと、ニコラス・ブリンコウ「傷だらけの天使」は、99年5月号(「母さんは銀行強盗〜」)で大笑いさせてくれた新鋭の第二弾だが、意想外な泥棒逃れのアイデアにまたもラストで微苦笑し、満足させられる。バカミス系の有望作。☆☆☆★
 マリアン・アーナット「マデリン」は19世紀舞台の恋人毒殺の嫌疑を掛けられた深窓の令嬢の心の奥に去来する殺意を達者な筆で活写した一編。恋人の男がどんどん馬鹿に、ヒロイン・マデリンがどんどん強く逞しくなって行く対比が圧巻。一種の悪女ノワールものか。☆☆
 全体を俯瞰すると、ミステリ的興趣は驚くほどに希薄で、編集後期に仕事抜きで傑作とあるけど、ブリンコウを除き大いに欲求不満で酸欠になりそうであった。で、先日買った山田風太郎の「風々院〜」を、ポツポツと読み次ぐ。これはウィスキーの如くに沁みる。


2003.4.16 紀伊国屋ふたたび

 新装拡張オープンした紀伊国屋書店サンノゼ店の初日朝に雨の中赴く。やあ、広い広い。ロスの旭屋には劣るが、充分札幌琴似駅前の書店には拮抗している。新装オープン記念の景品(紀伊国屋のロゴ入りトートバッグ)と10%オフクーポン券欲しさに、サンノゼ中の日本人が押し寄せていた?
 素早く、品揃えをチェックする。棚スペースの問題で倉庫に眠っていたと思しき、旧新刊在庫が総動員された感がある。山田風太郎単行本も最新の「十三階段」含めて四冊あり、「風々院〜」を記念に買う。早川ミステリ文庫の棚割りが削られた分、新たに創元推理文庫棚が設けられる。余す所無く日本書を置いて欲しいのに、棚六本分くらいは中国語訳や英語訳の日本書コミック本が占拠しており(以前は無かったのに)、「ちっ」ってな感じ(まあ、ある在庫は全て棚に並べられたのだろう)。これでサンノゼの日本文化度がまた向上だ。
 カリフォルニア内ではこのシリコンバレーエリアが最も日本文化華やかかと勝手に勘違いしていたが、ロス周辺の方が一枚も二枚も上なのですね。そのバロメーターが吉野家の数(おい)。この辺では二軒(最近一軒減った)なのに、かの地には三十軒近くもあるようなのだ。
 HMM所載の藤村いずみ連作短編第三回「パターナリズム」は、乳癌治療の犠牲者を巡る残酷で悲惨な人間連鎖の話。単なる復讐談ではなく、作者の緻密な計算に則っているラストの収斂が凄い。☆☆☆★乳癌ものではないが、豊胸手術を巡る悲劇という事で某鮎川哲也の長編を何となく思い出す。犠牲者の女性の何ともやるせない極限の女心と、相反する無自覚な男心が時を経て共感するのだ。

 もう、琴似の紀伊国屋は、消えちまって久しいが。



2003.4.11 They came to Baghdad

 題意はクリスティーの「バグダッドの秘密」の原題。意味深ですな。どうやら、戦争終結も間近のようで何はともあれ。ミステリマニアが今一番読まねばならない本がこれだ(嘘)。「本の雑誌で」紹介されていたクリスティー本のカバー図鑑ウェッヴサイトhttp://www.deliciousdeath.com/index.html確かに圧巻です。日本の戦前の書影まである程度網羅、懐かしの角川文庫版書影もコンプリート。こういうの良いなあ。成田さんも、金に物を言わせて山風カバー図鑑をオープンさせなさい。
 サンノゼ紀伊国屋書店が同じモール内で単独店舗に移動。売り場面積も二倍になり、オープン初日の来週土曜日は全商品10%オフに記念品(トートバッグ)プレゼント、クーポン券配布だとか。本は最近インターネット購入のお取り寄せばかりで、高い紀伊国屋ではあまり買わなくなったのだが、まあ行ってやるか。
 ところでHMM最新号「英国ミステリ最前線」は、三本読んだところでマイッタ。如何に前衛カルチャーのお国柄とは言え、ココマデあからさまなセックス小説が当世を代表する最前線ものなのか。クリスティーも墓場の影で思わず紫のパンティーを脱いじゃうぞ。CWA賞受賞のステラ・ダフィ「マーサ・グレイス」、ヴァル・マクダーミド「変身」(共にp.99で紹介のアンソロジー「タート・ノワール」に所集、この本の表紙は良い)の二本ともに全編濃厚なセックス描写ばかり。これはHMMだよな、フランス書院文庫じゃないよな、と頬を抓ること請け合い。ミステリ的趣向は希薄で、異常な性体験や性行為に走る人間心理にのみ焦点が合っているようで。ミッシェル・フェイバーの「レス・ザン・パーフェクト」も、スーパーの万引き専門の若き探偵の性衝動や妄想に眩惑される。最も、ラストで主人公に関するちょっとブラックなオチがつくのだけれど。残り四本は、真に英国ミステリの真髄を味わせてくれることを期待。山田正紀「N坂の殺人事件」(前編)は、未だ物語が動き出しておらず保留。

 今回のタイトルは、意表を突かれた。そう、彼等はバクダットにやってきた。
 クリスティーサイト、美しい。圧巻。アラビア語やキリル文字の書影のタイトルを知らせて下さいというコーナーも、凄いです。>金に物を言わせて 煙草銭にも四苦八苦してるつーの。でも、こういうのやってみたいよなあ。その前に本を蒐めなければなりません。最前線とは、そういうことか。




2003.4.9 戦時下の暮し
 21世紀早々、戦争当事国下で暮すことになろうとは。しかしながらテロ警戒グッズ購入の呼びかけが盛んな以外は、第二次大戦下のアメリカ本土もかくやという感じの平穏な日々です。非常食、飲料以外で目新しい奨励グッズがガムテープ。化学兵器テロ対策に家を目貼りするのだそうだ。カーやロースンじゃあるまいし、TVで識者もこれには怪訝顔だったぞ。空港のセキュリティは益々厳しくなり、国内線で3時間前チェックイン(!)で国際線だと4時間前だとか。ところが、馬鹿正直にその通り行くと、相次ぐキャンセルでガラガラゆえに異常に早くゲートに入れてしまうらしい。そこへ持ってきて謎の肺炎騒ぎ。こっちの方が深刻で、先日もサンノゼ空港に着陸した日本発の飛行機から患者が出たの出ないので隔離騒ぎがあったばかり。戦争が終結しても、肺炎騒動が鎮火するまで日本方面に怖くて出張出来ないっての。
 で、最近は(全然戦争にも肺炎にも関係ないのだが)、故郷北海道に凝っています。 http://www.sh.rim.or.jp/~akarin/dialect/ この、北海道方言辞典がなまら懐かしいべや。最近までケーブルのTVジャパンで放映していた「チョッちゃん」でも、北海道弁がやたらと飛び交っており、「なんも」とか「したら」とか訛り懐かしそのあまりでした。

 おお、戦時下レポート。前回から時間が空いたが、元気な様子。
 本格的戦時下でも、竹槍訓練も、防空壕もありませんか。今回の戦争、なぜ過半のアメリカ国民がブッシュを支持しているのか、わかりかねる。それにしても、ガムテープとは。ハイテク攻撃に対するなんたるローテク防御。
 SARS、我が国では現在までに発生報告はないってえの。
 このサイトなかなか面白いですな。「炊事遠足」って方言なのか。「ジンパ」(ジンギスカン・コンパ)なんて聞いたことないぞ、とか。したっけ、また戦時下レポートお待ちしています。





2003.1.7 年末年始歳時記
 大晦日に、活きロブスターを買い、生きたまま塩茹でにする。一番小さいのを選んだのに、パスタ鍋に入れるのに目一杯。これ以上デカイのを買う人は余程デカイ鍋も持っているということか。遅目の昼食にこのロブスターを食べる。タラバガニの如く身はスポンと外れ易い。美味。茹でる時、もっと断末魔の大暴れを想像していたが、観念していたのかえらく静かな最期であった。白ワインとチーズに洋ナシも。夜はTVジャパンで紅白をチラチラ見つつ、そばを食す日米ちゃんぽんの大晦日。合間に成田さんの玉稿掲載の「ジャーロ」収録短編をちびちび読み続く(レビューは別途)。
 HMM 2002.11のジェフリー・ディーヴァー特集。エディターズ・ノートにある如く三篇の特集短編はいずれも「”スリル”と”意外な結末”を、長編同様十二分に味わえる傑作」であったのには、ホント驚く。また長編全解題を読んで、人気に火が着いたのが「ボーン・コレクター」の前作「静寂の叫び」であった事など時系列的に理解し、せっかく育ててきた早川がおいしい所を全部文春に持って行かれたのが何ともはや。今更落穂拾い的に旧作を慌てて訳してもなあ、である。
 「ビューティフル」 ジェフリー・ディーヴァー ☆☆☆★美人モデル対執拗なストーカーとの息詰る確執。短い紙数の中で、醸成される憎悪とサスペンスフルな攻防を巧みに描いた上で、読む者の予想を覆す意想外な復讐のアイデアを見よ。ブラックなそのオチとハートウォームなラストの絶妙なコントラスト。
「被包含犯罪」 ジェフリー・ディーヴァー ☆☆☆☆
 これまた短編の中で迫力満点に描かれる法廷闘争。万全の布陣の検察側に対する有罪被告の巧みな弁論。絶体絶命の検察側が仕掛けるラストの起死回生のトリックを見よ。針の眼を突く盲点。サプライズとカタルシス。短編のお手本だ。
「見解」 ジェフリー・ディーヴァー ☆☆☆★
 これも長編で良く見受ける巧みな真犯人隠蔽のヴァリエーション。散りばめられた何気ないことどもが、ラストの反転で悉く覆される醍醐味を見よ。小味ながら、充分納得のどんでん返しの技。操る物と操られる物の悲喜劇。
  いったい、特集短編三篇ともがここまで水準以上なんてことが、通常あるか?まいった、ディーヴァー。来週のフィラデルフィアへの出張のお供は無条件でコイツの新作に決まりだ。
 NHKで鈴木京香主演のトマス・クック「緋色の記憶」が今週からドラマ化。TVジャパンで放映されるので、これは(やや出来が不安だが)見るのだ。

 今年もよろしく。おお、デッド・ロブスターならぬ、アライブ・ロブスター美味そうですな。こっちも、年末根室から取り寄せた大ぶりのタラバガニに、顔がほころんだ。手足が十分に動かなくなっている親父も、心なしか機敏に動いているようにみえました。日米甲殻自慢か。ディーヴァー、良さそうですな。