(満点:星5つ。ただし、辛口のつもり。★は星半分)
6.21
好調らしい井上雅彦監修の書き下ろしホラーアンソロジー・シリーズの第4巻。ホラーってよく知らないけど、今回は、マッド・サイエンティスト物ということで手にとった。井上雅彦は、編者序文で変革探偵小説の時代について触れ、「SFとホラーとミステリとの混沌しとした蜜月時代/実は、「異形コレクション」が目指しているのは、この混沌の時代なブリミティブな面白さでもあるのです」と書いている。うれしいじゃないか。各作品に、豊富な読書と知識に裏付けられたルーブリックが付けられていて、編者はこの人をおいて他にいないという感じ。
作品の方は、ひどくつまらない作品もないけど、飛び抜けた作品もあんまりない。22人の作品を5段階に分けると、こんな風。
A 牧野修、岡崎弘明
B 井上雅彦、霜島ケイ、芦辺拓 菊地秀行
C 山田正紀 我孫子武丸 大庭惑 岡本賢一 森岡弘之 斉藤肇 田中啓文 ラジカル鈴木 友成 純一 安土萌 梶尾真治 堀晃
D 篠田真由美 小中千昭 横田順彌 田中文雄
E なし
初顔の作家は、これで判断されてしまうから怖い。
牧野修「非−知工場」は、「発明品」のイメージが強烈で、張り巡らされたオブジェも非常に怖い。
岡崎弘明「空想科学博士」は、あまりに珍妙な作品で、ラストまで笑いが止まらない。井上雅彦「死の舞踏」は、マッド・サイエンティスト物を踏まえた新たな展開、霧島ケイ「雪鬼」は、古俗ら材をとった現代的な怪談、芦辺拓「F男爵とE博士のための晩餐会」は、F男爵とE博士を接合させた力技、菊地秀行「断頭台?」は、意味論的ホラー?。ただ、本書にも散見される政府機関の陰謀というモチーフ(ツリー状の恐怖)は、決定的に古いと思うのだが。
本書は、80年代サイバーパンクムーブメントの立役者の一人である著者の日本版「スリップストリーム」論。とりあげられる作家は、村上春樹、久間十義、村上龍、島田雅彦、笙野頼子、筒井康隆。その前身としては、小松左京、寺山修司、山田風太郎がとりあげられている。20世紀末に顕在化した境界領域文学は、世界的な同時多発現象であると著者はとらえ、特に日米の相互影響・侵犯的視座から繰り出される論考は刺激に満ちている。本書のあちこちに登場する「被虐的想像力」「混成主体」「エキゾティシズム」といった概念装置も戦後日本の事象を分析する上で極めて有効性をもちそうだ。(さしあたり「歌謡曲」分析などに)
にもかかわらず、著者の「スリップストリーム」全肯定ともいえる態度に、一種の落ち着きの悪さを感じてしまう。93年の「メタフィクションの謀略」(筑摩書房)において、「メタフィクションさえ文学制度と化した現実においては、アンチ・リアリズムという一様式自体が後期資本主義イデオロギーの一表象にほかならない」と喝破した姿勢との相関が不明なのだ。
いずれにしろ、久間十義と笙野頼子は、読んでみよう、っと。
6.15
96年、ノベルス刊の改題文庫化。
同じタイプの美人ばかり3人が山手線駅構内のトイレで絞殺。「被害者学」の成果を取り入れて新設された警視庁科学捜査研究所「特別被害者部」が送り込んだ美貌の囮捜査官北見志穂に犯人の魔手が迫る・・。一部で傑作シリーズと絶賛された「女囮物」の第一巻。枠組みは、風太郎「おんな牢秘抄」プラス「羊たちの沈黙」。かなり魅力的な設定だ。次々と入れ替わる容疑者ラッシュがもう少し続いてくれればなあ。第1巻としては、快調なすべりだし。解説法月綸太郎の、山田風太郎→連城三紀彦→山田正紀説に注目。
首都高速で救急車の乗った救急隊員と女の足首が消失/北見志穂
第2作は、首都高速バラバラ事件。シリーズ最高作の呼び声もあるが、期待は半分満たされ、半分満たされなかった。古くは「神狩り」や「チョウたちの時間」もそうだったが、山田正紀は、「もう少し書き込んでくれれば傑作になったのに」感がつきまとう。
本作も、首都高という舞台設定、メインのバラバラにまつわるトリック、犯人と目される男が死体で登場するという展開の意外性、現代的狂気の描出等に優れているのに、消失トリックのちゃちさ、メイン・トリックの書込み不足、犯人像の御都合主義、「特被部」という設定が生きていない(女囮捜査官が情報を聞き出すためにホステスになってしまうんじゃ山村美紗である)といった辺りが減殺要因になっている。「神曲法廷」は、この弱点をまぬがれているのだろうか。
6.10
最近、「世界探偵小説全集」の新刊を見ていないような気がするが、気のせいか。積読多数のため、まだいいけど。で、これは、クイーンばりの「読者への挑戦状」をはさみこんだ「幻の英国本格派」ペニイの代表作。全寮制のプレップ・スクールで、青酸とチョコレートの盗難事件が発生。内密に捜査を依頼されたビール主任警部は、学園を訪れるが、クリケット・ゲームのさなか、盗難されたチョコレートは、次々とあちこちから現れて・・。
舞台がパブリック・スクールでなく、その予備軍の通う小学校というのが異色。多少シニカルでいながら、小学生との交情で暖かみを出すビール主任警部のキャラクターは、かなり魅力的だ。登場人物を突き放したような作者の視線、物語の最後の方で殺人が起きるのに飽かせないテクニックなど、見所も多い。事件は、クイーンばりの論理操作で解かれるのだが、登場人物が少なく、犯人の見当がつきやすいのが、欠点か。ワトスン役のバードンは、騒々しいだけで、艶消しの感あり。
巻末解説によると必ずしもこれが最高作でもないようで、他の作品も訳してほしいものだ。
荒俣宏コレクション2期がこれで完結。副題は、「奇人は世界を制す」。和は南方熊楠、牧野富太郎、宮部外骨・・洋は、ウィリアム・ブレイク、ホーキング博士、ニコラ・テスラ等等。いろいろ興味深いところも多いが、過去の関連ありそうな雑文(古くは80年代初期)からの文章を並べただけという散漫な印象。「バッド・テイスト」は、結構、全体の構成にも力が入っていたのだが。水木しげる先生のコレクターぶり、フィールド・ワークが一等面白かった。
6.9
密室の死/−/
パソコンのネット上で募集した小説の中に殺人予告が含まれている・・。最近、ありがちなネット上の殺人ものかと思ったのだが、一読大いに感心。ベッドが恋人の無気力四十女がふとしたことから、ある身体障害の少年の殺人衝動を知り、事前に殺人を防止しようと、事件に巻き込まれていく。事件は、パソコン通信上の小説、受賞作審査、電子データ化された少年の日記を交えて、5分の4を過ぎたあたりで起きるのだが、この後、立派な本格ミステリになる。
「密室」が閉塞感なり、ディスコミュニケーションの暗喩として描かれるのは、ポール・オースターを引くまでもなく、現代小説においては、ごく常識的な戦略である。だから、この作品においても、こうした記号としての密室の役割自体は、感心するほどのものでもないとはいえる。作者の優れているところは、その「密室」を現代的なネット環境の下で、コミニュケーションが閉ざされた登場人物たちの間の幻想として、何重ものイメージの重なりの中で描いている点にある。本格ミステリの構成がその邪魔にならないどころか、「密室」イメージの増幅機として機能していく構成も鮮やかである。ここで差し出される「密室」は、あらかじめ解体された密室、想像力で補完される密室であり、謎解きそのものが、一つの幻想であるともいえるのだから。
作中、登場人物がディックの小説について言及するが、多分ディックの「火星のタイムスリップ」当たりを意識したと思われる、個人の幻想が現実を解体させ、飲み込んでいく手法が現代のネット環境を背景に本格ミステリに仕立てられている点は、相当な驚きである。「密室」が「虚無」の第4の密室にも似たところがあるせいか、ちょっと、PKD経由後の「虚無」の正嫡、などと呼んでみたい誘惑にかられる。
密室に残された首・巨大な人蟹の消失・・/紅門福助
言ったもん勝ちとは、よく言ったもんで、今回、著者に付けられたリングネームは、バカミスキング。
この路線があったKか。帯の西上心太は、「クイーンのロジック、カーのファルス、カーター・ブラウンのギャグ」をカクテルしたような、といっているが、カーター・ブラウンというよりは、ヨコジュンでしょう。だじゃれギャグの応酬を楽しめるかどうかが一つのポイントだが、こっちの方は、私、あんまり派。ただ、内容は、ブラウンの軽ハードボイルドならぬ、トリック・ギミックてんこ盛りの重本格で、この辺、筋金入りのミステリ・マニア魂が窺え、実に楽しい。「本陣」を大がかりにしたよう密室トリックにも脱帽。「蟹」「昭和」「コレクター」「都市伝説」「猟奇殺人」と、横糸部分が多すぎる気もするが、これも著者の意気込みの現れか。「都市伝説」は、もう一度チャレンジしてほしいものだ。(このテーマの先駆は、竹本健治「将棋殺人事件」)
5.28
双葉文庫版の再刊。初読。戦前の「探偵小説」が主体のアンソロジーだが、次々とびっくり箱を開けていくような楽しさがある。荒削りながら迫真的なカニバリズム譚村山槐太「悪魔の舌」、妙に印象に残る幽霊譚松浦美寿一「B墓地事件」、上品な綺譚妹尾アキ夫「恋人を食う」、タイポグラフテックな死体幻想にびっくり岡戸武平「五体の積木」、不可視の都市を描いた秀作橋本五郎「地図にない街」、未完なのがなんとも魅力的な平林初之輔「謎の女」、端正な英米風怪奇譚「骸骨」、・・あー面白かった。それにしても、こう並べると、乱歩の文章がめちゃめちゃうまいのがよくわかる。
久方ぶりの円紫さんと私シリーズ。読む前には、結構予断があったのだが。「空飛ぶ馬」を中心にミステリとしては下がりっぱなし。主人公にリアリティゼロ。大学を卒業したこの辺がやめどき・・。でも、やっぱりさすが。事件と落語と本、「私」の日常がそれぞれ呼応しあい、うねりとなっていく物語づくりのうまさは、もはや「芸」そのものである。「山眠る」のラストなんかは、ブルッときたもんな。年1本でもいいから、いつまでも続けていただきたい。
東大の学長業務に専念するので執筆休止宣言をしたはずの蓮實先生の久々の新刊。歴史学の山内教授とのリレー形式のエッセイである。このリレー形式が実に魅力的で、山内の提示した現代の人種主義の問題が、蓮實のいう二十世紀の「首都」ロサンジェルスを召還し、ロサンゼルスが十世紀のコルドバを呼び寄せ、思考の運動性を保ちながら、「エルシド」、赤狩り、エリア・カザン、オナシス、陸奥宗光・・と転がっていく。21世紀のベンヤミンを仮構した冒頭から、いつもながらのハスミ節は圧倒的に魅力的なのだが、山内は素材の面白さで対抗。後半は、山内の繰り出す素材の面白さにハスミ先生もたじたじの印象さえ受けた。対談とも往復書簡とも違って、共感、驚き、連想、無視といった要素が微妙に入り交じりながら、進んでいくスリリングな思考の連歌ともいうこの形式、また味わってみたいものだ。
5.2
イギリスの作家には、今世紀に限っても、チェスタートンをはじめとした幻視者の系譜というものがあると思うが、ディキンスンは、間違いなくこの系譜に連なる人だ。とにかく、世界がふっとんでいる。砂漠にそびえ立つ逆ピラミッドの宮殿。宮殿内の動物園。人語を解する猿。後景には、特殊な言語体系と習俗に生きる沼地の民。「バットマン」の漫画で王子に英語を教える主人公。西洋と中東、現代と古代の混淆の中へ、ハイジャック犯のイギリス女が登場し君主の愛人となってから、物語は、静かに動き出す。宮廷内の謎の殺人、「闇の奥」ばりの冒険を経て、物語は、「言葉」という人類始まって以来の「毒」の告発に向け、恐るべき完成度を見せ、収束していく。唯一の欠点を挙げるなら、異世界の創造も、表現も、人物も、このテーマに向け、練り上げられすぎているということではないだろうか。ミステリ?ああ、本書は、謎解きミステリである。しかし、密室物としては、凡庸なトリックですら、小説全体の完成度にひれ伏すしかないのである。砂漠に落ちた飛行機が日々、原住民の略奪によって、侵食されてゆくイメージも強烈。読んでいる間中バラードの植民地小説を思い出していた。
第2次大戦時英国の戦意昂揚省という架空の省を舞台にした重厚な謎解き小説。衆人環視の部屋での毒殺という謎一本にこだわりながら、ここまでスリリングな展開を見せるのは、ブレイク一世一代のはなれわざ。特に、ラストの推理の競演の華麗さ、心理闘争の凄まじさは、まさしくミステリの醍醐味である。ストレンジウェイズの探偵ぶりが時には残酷にまで見えるも、被害者の女性をはじめ、登場人物が精彩に富んでいるからだろう。
ミステリ史上に残る、というよりも、本書がミステリ史に残ることがミステリにとって光栄である、そんな短編集である。昔、雑誌で読んで度肝を抜かれた「ベナレスへの道」がやはり最高だが、予想もつかない展開を見せる「アントゥンの指紋」、題名にも皮肉が効いた「クリケット」(殺害の動機が一種のイギリス批判になっている)も、実にユニーク。そして、支配と被支配の寓話をミステリ・冒険譚として描いて異様な感動をもたらす「カバイシアンの長官」の素晴らしさを見よ。ポジオリ教授という、状況に翻弄される探偵像も、「探偵」の存在論を考える上で、いまなお新しい。