[生活着録3]着物等に関する御意見や御質問
山梨県に「甲斐絹(かいき)」と言う織物があります。経、緯に染色した 絹練り糸を用いた平織物で色糸の使い分けにより、無地・縞・格子・ 玉虫・霜降りなどの種類がある。布面が平滑で、滑りが良く、光沢が 強く、摩擦すると絹鳴りがする。帯や、茶器などの袋物に用いられたが、 現在では羽織裏地の外、座布団、夜具、傘地などに用いる。
山梨県に下記組合があります。貴殿の要望を伝え、問い合わせて みてください。
「山梨県絹人繊維物工業組合」
富士吉田市下吉田1877
TEL0555‐22‐4193
希望が叶えられ、良い番組が出来あがります様祈っております。 簡単では御座いますが御返事とさせて頂きます。
御質問の、御子様の七五三のお祝いにスーツ代わりに御召しになる 御着物の件ですが、以下の様に考えます。
1) 兄弟区別無く、今回も同じ様にあらたまって紋付色無地を着る。
2) 他に大島や小紋があるので、今回はそれらを着用する。
御質問は(2)の場合に当たるとおもいます。大島と小紋の着物を比較 しますと、着物は洋服と比べる現在では、改まった感じはしますが、
それでも尚大島の場合は、街着・普段着・お洒落着の色彩が強く感 じられます。
小紋の着物は、街着などにも着られますが、綸子・縮緬の生地に染 められて、感覚的にも柔らかく改まった感じがするため、締める帯の 種類により巾の広い用途に適していると思います。
小紋の着物に少し格調のあると思われる帯を締めれば、御子様の 成長を感謝する御気持ちを表現するには、適しているかと存じます。
甚だ簡単では御座いますが、ご返事とさせていただきます。
貴方様の言われる通り、伝統の時間的長さで言えば京都・奈良と言う ことになります。
しかし時間を区切って言えば、飛鳥時代の奈良・平安時代、室町時代 の京都・鎌倉時代の鎌倉・織田、豊臣時代の名古屋・江戸時代の東京 等が挙げられると思います。
伊達正宗の仙台・前田利家の金沢等も特徴の有る伝統を残していると 思います。
東海地方では、歴史の上で活躍した人物、織田信長・豊臣秀吉・徳川 家康が居ります。その出生地、活躍した地域、その部下を派遣して統治 した地域たとえば、岐阜・名古屋中村・岡崎・金沢などが挙げられると思 います。
研究内容もあまり範囲が広いとまとまりにくいと思います。少し範囲を絞 ってみては如何でしょうか。指導教官と相談すべきでしょうが、たとえば 「江戸時代の流行色について」・「歌舞伎に見る流行色」・「市川家(団十郎) に由来する伝統色」・「明治時代に流行した伝統色」等ヒントになりません か?
甚だ簡単ですが御返事とさせて頂きます。
今ではあまり見かけませんが“家庭着”のジャンルでは手入れの簡単な、 ウールお召し・ウール小紋・ウール紬などを用いました。“働き着”としては 汚れの目立たないややくすんだ中間色の絣や縞、小紋等の柄で、生地は 木綿やウール、合繊等を用いました。
以上の着物は手入れが簡単で、しわになりにくく、丈夫です。お店の感覚 にもよりますが、これらの着物に細めの帯をすれば家庭的な雰囲気も加わ って暖か味の有る雰囲気を醸し出せると思います。
もう少し改まった感じを出したいなら、ホームページの街着の項目で説明 している様に装ってみては如何ですか。
甚だ簡単ですが御返事とさせて頂きます。
日本の伝統色は古代から室町時代までの貴族階級に専用された「古 代色」と江戸時代を中心に現れる「近世色」に大別されます。大衆の嗜 好が反映される「流行色」が江戸時代になって現れます。
紺色を三種に分けると、最も赤味の多い紺を「茄子紺」、反対に青みの 紺を「紺青(こんじょう)」と言います。
紫に近い赤味の紺「茄子紺」は同類の色に「紫紺」、「深紫(こきむらさ き)」が有ります。
「紫紺」は江戸時代の染色本には見られない。「明治100年日本伝統 色」に因れば、明治30年から36年に掛けて、牡丹色と共に流行したと のことであります。「茄子紺」もまた江戸時代の染色本には見られない。
「深紫」は「衣服令」(養老2年・西暦718年に編纂された「養老律令」の 一部で衣服に関する事柄を定めた令)の定めによると、一位の衣の色で、 臣下最高位の色となっています。
古代染色では被染物の地質・染料・媒染剤・燃料などの用途が詳しく示 されていますが、染色手法が記されていません。それ故、その呼び名の 色には幅があります。“おおよそこんな感じ”位の捕らえ方で良いと思わ れます。
それ故、濃い紫は高貴な色、上品な色、等のイメージになっております。 着物や帯の地色として、人気の高い色です。仙台「伊達家」の色というこ とで、「茄子紺」を仙台の祭の半纏や幕に使っておられる方々もおられま す。
益々のご活躍とご発展心よりお祈りして、甚だ簡単でございますがご返 事とさせていただきます。
日本で使用する藍染の原料には蓼藍・山藍・木藍三種類あります。それ(その植物 の葉など)をつき固めて藍玉を作り、それを水を入れた瓶の中で醗酵させて染液を作 ります。その染液に漬け乾かします。それを何度も繰り返します。繰り返す回数が多 いほど濃く染まります。限界まで染めた紺色を茄子紺といいます。その方法で染めた ものは年月を経ますと赤味が退色するため、その上に蘇芳で染色をする場合もありま す。しかしながら現在では化学染料で色だしする量の方が 数段多いと思われます。
***茄子紺色を身にまとう季節と言えば、夏と考えていいのでしょうか。***
いいえ一年を通して、女性、(男性?)を美しく引き立てております。
***草木染めなどで茄子を使った染色法などあったのではないかと思ったのですが、 そのようなことはお聞きになった事はありませんか?***
見た事があります。(株)染色と生活社発行・月刊誌“染織アルファ“1989年6月号 29ページ及び43〜44ページに記載されております。「茄子は皮を使用しました が、これは皮をむいたらすぐに使用してください。皮をむいてすぐに染色すると青に染 まります。透き通るような青磁色です。むいてから時間のたった皮は茶色に染上りま すので気をつけてください。」と書かれておりますし、カラーの写真も記載されていま す。
又又非常に簡単でございますがご返事とさせていただきます。
よく言われている様では無く、椿の花が綺麗に咲いて、潔く散る姿のイメージはとても好ましく思いますが、如何でしょうか?
その着物を着て、颯爽と結婚式にご出席下さいませ。
尚、振袖の袖を切ってしまって、御子様のお召しになるときに振袖として着る事が出来ず残念に思って見える方が御座います。鋏を入れないで、袖をつめる(縫い込む)様にお薦めいたします。
甚だ簡単で御座いますがご返事とさせていただきます。
とても良い書物で、その上価格も文庫本なので手頃です。書店の店頭では見かけないかもしれませんが、東京書籍などの問屋には残っている可能性があります。書店に問い合わせてみてくださいませ。もし無かった場合は古書籍を扱う書店に問い合わせてみてくださいませ。
幸運に恵まれ、見つかります様祈っております。
スタート頁の内、着物を着る場面で、街着・外出着の項目に、「発表会に出席」 で基本的に、以下の様に述べさせていただきました。
「踊りやお花の発表会に招待された場合は、エチケットとして、正式?に外出着と なる着物が適当です。たとえば、小紋・友禅・お召・紬・大島・結城等・ちょっと格 を上げて洒落た軽快な訪問着・色無地などが適当だと思います。格調の高い訪 問着・中振では、少し大げさ過ぎると思います。」
発表会や、リサイタル等に出かける場面は、
1)1人で発表会を見に行く。
2) お友達同士で発表会を見ぬ行く。
3)目上の人と御一緒する。
等の状況が考えられます。1)、2)の場合はあまり状況を考えなくても良いので すが、今回の貴方様の状況は3)にあたります。皆様との調和を取る・出過ぎず 控えめに振舞う事が基本かと考えます。
お手持ちの、訪問着・着け下げ訪問着(付け下げ小紋)・紋無し色無地着物(紋 無し色留は考えらません)で十分皆様に対応できます。帯も対応できます。ご心 配なく。
色、柄などの制約はあまり考えなくて良いと思います。肝心なのは帯との調和 を第一に考えてください。
もし許されるのならば先輩方にどんな装いでお出かけになるか、お聞きする事も 大事ではないかと考えます。
心地よい鑑賞が出来ます様お祈り申し上げます。甚だ簡単では御座いますがご 返事とさせていただきます。
御質問の件簡単ではございますが、以下の通りとさせていただきます。
正倉院裂の研究、復元を行なった龍村平蔵により、明治39年に設立された 龍村織物製織所を起源とする龍村美術織物が製織、販売する商品に関する 御質問と考えお答えします。
龍村平蔵製:(株)高島屋のルートで販売するもの。(一種のブランド名)
龍村製:千切屋(株)のルートで販売されるもの。
たつむら:龍村美術織物がルートを限定せずフリーで販売するもの。
その他龍村美術織物から分派したブランドも色々あります。
簡単ではございますが取敢えずの御返事とさせていただきます。
ご指摘のファイルはMicrosoftWindows用に作って有ります。 OSがWindowsで無い場合はダウンロードできないと思います。
もう一度お試しになってみていただき、不調の様ならば、ご連絡 頂ければ、有りがたく思います。
もしご必要ならば、メールにファイルを添付する方法もございます。
2005年6月8日(水) 午前2:00〜午前4:00には、サーバーの メンテナンスがあります。この時間は接続が不能になりますので 宜しくお願い申しあげます。
取り急ぎご連絡まで。
日本では どんな事例があるでしょうか ご紹介くだされば 幸いです。
家紋の宝紋は 知り得た唯一です。 七法紋様もそうですが、明白に循環する閉じた線描であればずばりです 世界では南インド(Kolam)とかケルト紋様とかにあります。 #それぞれWebで検索すると多くの事例が出ます。
着物姿は好みです。 亡き家内は当初は着てくれましたが、勤めに育児が加わってから はもう洋服でした。両方必要がないときはもうあの世です 。
日本の染織業界では、循環する線描図像を「割付紋様」と言って、1区画の 単位紋様が縦横の方向に連続し全面紋様を作ることを言います。四方連続 の幾何学紋様がこれにあたります。
網代文、網目文、紗綾形文、松皮菱繋ぎ、業平菱等の菱形繋ぎ紋様、ペー ジ表示したものに加えこれらも、それに当たると思います。
甚だ簡単でございますが御返事とさせていただきます。だんだんお寂しくな りますが、くじける事無く、お過ごしください。
出来ましたら、
Windowsのスタート画面、空白の領域を右クリックして、
画面に表示されるリストの中から、プロパティーを選択します。
表示された画面のプロパティーから、設定の見出しを選択して、
色をHigh Color(16ビット)を選択し、
画面の領域をディスプレーにとって最適な領域に設定してみてください。
Windowsの場合でしたら、上手く見ていただけると思います。 試してみてください。
ご指摘有難う御座いました。今後ともよろしくお願い申しあげます。
御質問の件、伊達衿を表が出るように、半幅に折り、折り合せた方の中心 10cm位をクリップを使う代わりに、着物の衿に着付けた状態になるよう、糸 で縫い付けます。甚だ簡単ですが御返事とさせていただきます。
良い記念写真が撮れます様、お祈り致します。
従来の「三分紐」は普通の帯締めより長さが短く、柄の配置も前で 結ぶ前提でデザインされていませんので、その結果帯留めを使って 後ろで結ばざるをえません。一般的に帯留の紐を通す部分も普通の 帯〆では通らない様になっています。それ故「三分紐には帯留をし なければならない」と年のいった番頭さんは言われたのだと思います。
三分幅で長さも普通の帯締めのように有り、結んだ時に素敵であれ ば、習慣に囚われることは無いのではないかと考えます。
従来の習慣も知ったうえで、新しい感性を充分発揮して、着物の普及 に努力されます様期待しております。
甚だ簡単でございますが御返事とさせていただきます。
掲載されている251色のほかにも名前のついた日本古来の色というのはあるのでしょうか。
時代によって色彩がかわるようですが、平安から江戸まですべてをまとめて日本の色と呼びますかそれとも平安期の優雅な色が日本の色を代表するものでしょうか。
ご教授いただければ幸甚です。
茶と灰色だけでも「四十八茶百鼠」と言われる様に色の呼び名は、途方も無く多い様に思われます。日本の伝統色は古代から室町時代までの貴族階級に専用された「古代色」と江戸時代を中心に現れる「近世色」に大別されます。
大衆の嗜好が反映される「流行色」が江戸時代になって現れます。ホームページの中で、日本伝統色名の由来を簡単に説明しておりますが、色の呼び名もそれぞれの時代を感じさせる様に思います。でありますからどれが代表的な色と言うのではなく、ひっくるめて伝統の色として捕らえていきたい様に思います。
甚だ大雑把な物言いで申し訳有りませんが、御返事とさせていただきます。
日本の伝統色とかさねの色目とのつながりがさっぱりわかりません。
かさねの色目は2枚の布をそれぞれ淡色無地をかさねるとわかりますが、これは薄い絹をかさねると透けて、たとえばAとBとをかさねて着るとすけてAとBの混ざった色に実際なるのか、それとも2枚の布をずらして見せて(十二単衣のように)色が混じったのを想像するのでしょうか。
それから十二単衣とかのようにカサネ(難しい漢字の方)の色目はこの配色と決まったものがあるんですね。勝手にこの色の配列が「なんとか」という呼び名ですとはいえないんですか。
お手数をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。わたしは作品をつくるときにこれは日本の伝統色のいろの組み合わせですと紹介したいとおもっております。ところが諸先生方の本は微妙に名称がことなるし、伝統色とかさねの色目にでてくる色の名称も違うので、あたまが混乱しています。
重色目・襲色目(かさねいろめ)
平安時代中期以降、男女の着重ねた衣服に施された配色。直衣や袿など袷衣の表と裏に異なった色を用い、合わせた二色を一組にして特定の呼び名をつけた。命名法は表白裏青を卯花、表経青緯黄裏青を女郎花というなど、単色の組み合わせで生じる全体の印象を自然の草花に見立てたり、あるいは逆に、草木花の色彩を分解して単色化し、その色を衣の上に改めて組み合わせことによったりした。襲色目は名称がそのまま季節を現すため着装の期日が定まり、春夏秋冬の移り変わりに対する鋭敏な感受性と豊かな色彩感情にはぐくまれた独特な色の装い方である。なお中倍(なかべ*****表と裏の間に別の色の裂地をはさむこと)を加えた三色のもの、さらに女房装束の袖口や褄裾における十数色の襲は、色数とその配合の巧みさとで襲色目の極みといえる。もじり紅葉襲は表濃青裏蘇芳、表濃青裏紅、表黄裏山吹、表山吹裏濃青、表紅裏薄青、を上から順に着重ね、晩秋の錦の如き紅葉のさまを写した。近世以降の小袖が線によって具体的に文様を描いたのに対し、色彩だけで抽象的に事物をあらわした。
と有ります。
飛鳥・奈良時代に、中国から伝えられたさまざまな物や文化を消化してきて、平安時代に至って、はじめて日本人独特な色彩の感受性を発揮することになります。それは、衣服の「合色目」、「重色目」、「織色目」という色彩活用面でのまったく新しい色彩活用方法、表現方法が平安王朝の貴族生活の中から生まれてきました。
即ち飛鳥、奈良時代の染織は中国大陸の影響を受け、多彩な模様に華麗さを誇っていたが、平安時代になると日本風に洗練されてきました。模様は単純になって地紋として残るくらいで、無地染が多くなり、着装の場合の色の取り合わせに表現の主体が移って、ついに「重色目」という独特な表現形式を生み出すことになります。
袷の表と裏に異なった色を用い、合わせた二色を一組にして特定の呼び名をつけた。即ち衣の表と裏の色の取り合わせを「合色目」と言います。
経糸と横糸を異なった色で織り出して別の色を作ることを平安時代に考案しました。これを「織色目」と呼んでいます。
こう考えてきますと表裏二色の組み合わせを「合色目」、それらを重ねて着用する配色を「襲色目」と理解して良いのではないでしょうか?又二色の薄物の布を透かし見える色と言うのでは無いと思います。
「伝統色名」、「合色目」、「襲色目」、は夫々独立してあり、同じ呼び名である場合もあり得ると考えます。
貴方様が伝統色名を使い、新しい「重色目」名を作成され命名される事はとても素敵な事と思います。素敵な配色を創造されます様心よりお祈り申しあげます。
甚だ簡単、ご期待には沿えていないと思いますが、御返事とさせていただきます。
このように色の使用上の意味について、どのような本や場所を調べればよいのか、貴社でどなたかご存知でしたらお教えいただければ、まことにまことにありがたく存じます。なにとぞよろしくお願いいたします。
● その真田勢の赤一色の物の具・旗指物で茶臼山は赤いつつじが花開いたように見えたという。
● 石川数正の指物は長篠の戦いにて描かれていた. 「黒鶏毛の十文字」
● 関東武士の本流をなす秩父武士旗指物に秩父絹を採用したと伝えられる北条時代 ・ 北条氏邦、秩父郡横瀬村根古屋城を築城す。
● 初代彦根藩主の井伊直政から幕末まで、伝統 的に受け継がれた朱漆塗りのよろいかぶとや旗指し物
● 織田信長の旗指物の色は、黄色の地に黒で「永楽通宝」を描いたものだった
● 郎党数百人が源氏の白い旗指物を背中にさして
● 千石取りの家臣は 、騎馬武者5人、旗指物を付けた足軽10人、槍を装備した足軽10人、幟を差した足軽 2人
● 清正は日蓮宗の熱心な信者であった。 >旗指物には南無妙法蓮華経のお 題目が朱書きされている
● 四月十一日 信濃国駒場。この山肌しかみえない丘にものものしく旗 指物がなびいている。 四菱紋。武田軍の旗だ。
● 白地に日の丸の旗指物(はたさしもの)を背負った戦陣での伊達政宗(だてまさむね)を描いた絵画。
● 見上げれば風にはためく旗指物 の、「誠」の文字も鮮やかに、そう、ここは新撰組の故郷と世にも聞こえし日野の里
● 正成の眼下には、足利軍の旗指物が林のように立ち並んでいた。時に、延元元年( 1336)5月25日、楠木正成の壮絶な戦闘が始まる。
● 浦を立ち 出でたる幾多の大艦小船は、家々の紋章を染め出せる幔幕を打ち廻らし、思ひ思ひの旗 指物を飾り立てたれば其の海
● 鎌倉(建長寺)から山ノ内八雲神社の御神輿の一団が旗指物と榊を飾った山車を先頭
私どもの伝統色の参考にしております、長崎盛輝著 「日本の伝統色」の巻末に参考文献がしるしてあります。
その中に貴協会の参考になるものがあればと、思っております。お役に立てませず、申し訳ありません。
貴協会のますますのご発展、心よりお祈り申し上げます。