フレディ マーキュリー Freddie Mercury

絶唱の天才 〜Bohemian Rhapsody〜

 “Showmanship”――クイーン(QUEEN)の音楽活動を語る上で、この言葉は欠かせない。ロックというひとつのステージ上でパフォーマンスを終わらせることなく、オペラ歌劇の要素を取り込み、重層的かつ流麗なコーラスアンサンブルで、そこに独自の音楽性を編み出した伝説の4人グループ。日本にも多くのファンがいる。

 声に注目したい。このバンドには3人のヴォーカリストがいた。もちろんメインはフレディ・マーキュリー(Freddie Mercury)。 刃金の剣先のような高音と地鳴を立て重厚に響きわたる低音。まるで天国と地獄。まったく別の人間の声かと思ってしまうくらい、それぞれに人格があり、ひたすら耳に残る2つの声を使い分ける。安定した音感と圧倒的な存在感で、フレディの声は際立つ。
 だけれど、ギターのブライアン・メイ(Brian May)は、 フレディとは対極のやわらかくポップな声を持っていた。メインを張ってもおかしくない甘く沁みわたる魅惑的な声だ。
 そこにドラムのロジャー・テイラー(Roger Taylor)のハスキーボイスが割って入る。ロッド・スチュワートのセクシーな声を思い浮かべてもらえれば早いだろう。
 見事なまでに特徴が選り分けられた3つの声。誰もが主役の力を持ち、同時に裏方にまわることもできる。だから多重コーラスになればなるほど、クイーンの歌声は幻想的に広がり、フィールドが重複することなく、ハーモニーは重なっていく。矛盾なしに、それが実現できるバンドなのだ。

 そしてクイーンには4人の作曲家がいた。この3人に加え、ベースのジョン・ディーコン(John Deacon)も 優れたメロディメーカーだった。あまり目立つことはなくても、アルバムの要所に名曲を提供したビートルズのジョージ・ハリソンのような存在だ。
 メンバー全員が高学歴というのも珍しい。フレディはデザイン、ブライアンはなんと天文学、ロジャーは歯科医学と生物学、ジョンは電子工学。きっちりと頭の中で曲の構成とコーラスラインを組み立てながら、音楽を創っていったわけだ。

 ブライアンは少年時代、暖炉の木からギターを作ってしまった! ハンドメイドギター“レッド・スペシャル”の誕生である。しかもクイーンになってからも、ほとんどの曲をこのギターで弾いていたというから完成度の高さが窺える。
 まさに噛めば噛むほど味が出てくるバンドだ。中でもフレディ・マーキュリーの独創性は特筆される。彼のイメージする音楽コンセプトを4人の手によって“演奏”という形で実現させたのが、クイーンの活動そのものなのだから。

 『ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)』という 20世紀を代表する曲抜きで、クイーンを語ることはできない。1曲の中に3曲が入っている。つまり雰囲気も曲調もテンポもまったく異なる3つのメロディが「どんな接着剤を使ったら、こんな滑らかに繋がるの?」と思わず尋ねてしまいたくなるフレディ・マジックによって見事なまでに1つの曲になり、4枚目のアルバム『オペラ座の夜(A NIGHT AT THE OPERA)』のクライマックスを荘厳に奏でるのだ。
 ピアノフレーズが印象的なバラードの名曲……と思わせるのは前半まで。そこを過ぎると、いきなりオペラに変わる。想像を超えたコーラスワーク。転調?当たり前。テンポも一定なんかじゃない。 「ガリレオ!Galileo!」連呼の嵐……地動説唱えた人だろ? いや意味まで考えちゃいけない。そうこうしている内にコーラスは頂点に達する。なに、今度はギターリフ? ばりばりロックじゃん! どうなってるのこの曲……と思っているうちに、風と共に静かで美しいフィナーレが訪れる。
 おそらく最初に聴いた時は、こんな感じだろう。でも決して支離滅裂じゃない。きちっとまとまってるんだ。最初から最後まで、計算し尽くされている。その証拠に、一度聴いたらやめられない。僕の指は何度もプレーヤーの再生ボタンに向かっていた。飽きない、飽きさせない。素晴らしい1曲であり、珠玉の物語である。

 The show must go on.

 フレディ・マーキュリーは、こんな言葉を遺している。そう、彼はもうこの世にはいない。死因をここで語る必要はないだろう。
 ただひとつ言えること。――ショーは終わることなく続いていく――クイーンのライヴパフォーマンスが、まさしく“Show”であったことを、フレディは生前最後のアルバムのラストチューンで切々と歌い上げ、そっと目を閉じた。

2003.12.8


Show must go on