レ−ティング選手権全国大会・自戦記  辻清治(つじきよはる)

 



2日目ベスト16より(左が勝ち) 小泉 有明(東京) − 瀬川 晶司(神奈川) 伊藤 和幸(東京) − 松本 洋 (兵庫) 藤本壮太郎(福岡) − 吉田 義雄(大阪) 山内 一馬(神奈川)− 青柳 敏郎(東京) 篠田 正人(奈良) − 木村 秀利(大阪) 辻 清治 (兵庫) − 山田 敦幹(千葉) 矢橋 修 (千葉) − 樋田 栄正(東京) 鈴木 英春(石川) − 渡辺 俊雄(北海道) 準々決勝:小泉−伊藤、藤本−山内、辻−篠田、鈴木−矢橋 準決勝:藤本−小泉、鈴木−辻 決勝:藤本−鈴木
 5/2〜4 近畿ブロック代表(2名)として、全国アマ・レー ティング(以後「R」と記す)選手権に出場しましたので、その結 果報告です。  まず大会の概要を簡単に説明します。 アマチュア将棋連盟主催、朝日新聞社、四日市市等後援で毎年、三 重県四日市市で行われるアマ公式戦。「R」方式で対戦相手を決め るところに特徴がある。(「R」方式の説明は省略) 各地区のブロック代表選手(21名)に「R」2100点以上の 希望者(招待選手と呼ばれ、今回は37名)及び直前の特別予選会 の勝者(10名)を加えた68名が、今回の全国大会の出場選手。  私がこの全国大会に出場するのは、ブロック代表としては3回目。 他に招待選手として5〜6回?出場しており、合計10回弱の参加。 過去、BEST4に2回入っており、ゲンのいい大会と思っている。  一日目は「R」方式で対戦相手を決め、3局指しで、2勝通過。 各40分持ちで切れれば、一手30秒の秒読み。  今回の持ち点は、2279点(68名中、16位)。この順位で、 「R」方式で3局程度だと、殆ど下位者との組み合わせになること が多く、有利である。よりすぐりのメンバーばかりとは言え、一日 目は上位者とは出来るだけ当たりたくないのが本音。近畿ブロック の代表として一日目を勝ち抜くことはノルマだと思っていた。
 まず、石川義浩さん(京都)との対戦。対四間飛車に5筋位取り。 ずっと受けに廻る展開。相手に一発好手があれば、そのまま自陣は 崩壊する局面が延々と続いたが、耐えた甲斐があり辛勝。相手に勝 ちのありそうな展開だったが、感想戦でも発見出来ず。自分らしい 個性が出た将棋だった。出だしとしては悪くないと思ったのだが…。  二局目は権藤敏夫さん(沖縄)と。対向飛車に、▲4五歩から角 交換して、▲6四角成と馬を作る将棋に…。中盤のやりとりの中で、 ある手が効けばわずかに有利になる順があり、その手を際どく効か したかった。相手も「それは許さん」と反発してくると思ったが、 その場合も、自陣は非常に危うくなるがぎりぎり受け切れる。これ が自分の特徴だと考え、踏み込んだのだが…、大きな見落としがあ った。開始から30分足らずでの終局。何故、自分が上位にも関わ らず、勝負を急いだのか…と反省した。  さて、後のない三局目は、地元の井口真孝さん(三重)と。相手 の居飛車穴熊模様を藤井システムで牽制し、相手は早咲囲い(1一 香/1二王/2二銀/3二金型)で妥協。そのまま駒組みを進めて、 互角だったが、相手陣に隙有りと見て仕掛けた。数手進み、読み筋 と違う一手を指された時、初めてその数手後の相手の好手が見えた。 そこから、やむなく軌道修正。しかし、この影響は大きく、四分六 から三七の不利へ、さらに、二八近くに…。「通常では、この将棋 は勝てない。自陣の危うさは気にせず、相手の嫌味を突くことだけ を考えよう。きれいに寄せられたら仕方がない。」と覚悟を決めた。  この開き直りが効を奏し、終盤秒読みになった相手に悪手が2つ。 さらに、その悪手に動揺してか、それをフォローした手も自陣の頓 死を見落すという最悪の(こちらにとっては最良の)展開となり、 まさに申し訳なさを感じる大逆転で一日目を抜けた。  後半の2局を省みて、「調子が良くない。これでは二日目で敗退 するだろう。せめて2連敗だけは避けたいな…」と弱気になった。  さて一日目を終わり、予選通過者を見ると、予想通り圧倒的に上 位者が残っていた。全68名を上位34名と下位34名に分けて数 えると、上位者では、通過29名敗退5名。下位者は、丁度その逆。 と大きな差がついていた。特に、1位〜18位まで全員予選通過( ただひとり、私だけが危うかった)というのは、「R」点数が実力 を表すひとつの方法であることを証明している様に思えた。
 一夜明け、二日目。今日は「R」点数順ではなく、昨日の1次予 選通過者が抽選を引き順番を決めてから、その順に基づき3局指し、 2勝通過の2次予選に入ることになった。  二日目の一回戦は、重田真人さん(神奈川)。点数は100点程 相手が上で、実力も点数通りの様な気がするが、過去の対戦成績は 私の2−0であり、気負いも恐れもない状態で対局に臨めた。  私の立石流から持久戦模様。そこから細かいジャブが効いて敵陣 での戦いに…。相手も飛車の早逃げという好手で応え、わずかにこ ちらが悪いかという局面となったが、相手に小ミス。このチャンス を捉えた踏み込みがよく、優勢に…。切れる心配はなく、相手は攻 め合いに来るしかないと考え、その順ばかりを読んでいた。ところ が、この流れでは負けると考えた重田さんから、勝負手が飛ぶ。受 けか攻めか決めてくれと、こちらの攻め駒(馬)に当てて桂を打つ。 これには意表を突かれた。秒読みまでの残り時間は少なく、優勢だ という意識と相まって時間的な焦りが生じていた。しかし、ここに 残り時間の大半を注ぎ、勝ちを引き寄せなければならなかった。自 陣に手を戻せばこちらの嫌味は一掃される。それにひかれて、つい 受けの順を選んでしまったが、判断ミスだった。良いのは間違いな かったものの、長期戦にひきづりこまれ、時間にも追われ、泥仕合 になった。受けに廻らず、馬を切って攻めれば、勝ちはすぐそこに あった。切る手を考え始めれば、相手に受ける順がないことは判っ たはずだ。私の弱点がもろに表面化して勝ちを逸した。終盤もう一 度巡ってきたチャンスも捕らえ切れず、決断の先延ばしが敗戦に直 結した。ただ、負けはしたものの、将棋のレベルは昨日より格段と 良くなってきたことは判り、自分の読みに自信が戻ってきた。
 後のない二回戦の相手は谷川俊昭さん(神奈川)。一敗同士でこ の相手だ。これからの一局一局が強豪とのサバイバルマッチになる ことは避けられない。  私の先手で立石流に出た。谷川さんのことだから、急戦で来ると 思っていた。勝つ為には、最初の攻めを一旦受け止めた上、中盤ま でに優勢に導く必要がある。互角で終盤になだれ込めば、こちらに まず勝ち目はない。角道も止めず、相手の飛先も受けない升田式石 田流もどきの私の立石流に対し、△8六歩▲同歩△同飛と戦いの口 火を切ってきた。▲2二角成△同銀▲8八飛△8七歩▲9八飛は当 然の切り返し。 【 第1図 25手目▲9八飛の局面 】  この順は受けている様に見えるが、実態はさにあらず、次に▲7 八金〜▲8八歩〜△同歩成▲同飛と進めば、飛交換の出来ない居飛 車側は歩を謝ることになる。そうなってしまえば、最初、居飛車が 切った飛先の歩が、最後には振飛車側が切った形に変わっており、 何の為の飛先交換かということになる。それ故、▲9八飛と進んだ 局面は、居飛車にとり何らかの動きを見せなければならない課題の 局面。この局面はどちらを持っても面白く、この局面の優劣が知り たい為にこの形の立石流をやっている様なもの。(相手が同様の立 石流なら、私も居飛車側を持ち、飛先を切って戦いに飛込む)  第1図の局面から、谷川さんの指し手は△8二飛▲8八歩△6五 角!。さらに、▲7七桂△7六角と進み▲9六角と受ける。(ここ で、▲6九角の受けは効かない。△8八歩成▲同飛△8七歩で困る 。)続いて、△9四歩▲8七角△同角成▲同歩△6四角!。歩損は 7五の歩で取り返し、こちらの飛車を遊ばせながら、9筋を攻めよ うという狙いだ。読みのスパンが長く、卓越した構想力を感じた。  しかしこちらも中盤の構想力では負けてはいられない。そこに私 の取り柄があると思うからだ。相手の構想のほころびを見出そうと 懸命に考える。▲8八飛△7五角▲6八銀△7四歩と進む。ここで は一見、▲8六歩も▲6六歩も△同角があり、突けそうになく見え る。歩が突けなければ角筋が9筋まで通り、端攻めが受からない。 ここが、この将棋の勝負所だったと思う。 【 第2図 42手目△7五歩の局面 】  ここで▲8六歩と突いた。△同角なら、▲4六角が好手で後手に 受けがない。例えば、△6四歩は▲8三歩△同飛▲6四角。又、△ 7三桂には▲6五桂。それ故、▲8六歩と突いた手に同角はなく、 先手は左の金を8七から7六に活用することが出来る。手放した後 手の角の威力を金の力で相殺することが出来、角が持ち駒の分だけ 先手良しとなった。この差を上手く維持し、勝ちきることが出来た。
 2次予選の最終戦は、新井田基信さん(北海道)。全国大会で上 位の常連である。今年3月の朝日アマ名人戦の決勝戦で27点ずつ の持将棋になり、優勝を逃したことが記憶に新しい。アマチュア将 棋連盟の会員なら、機関誌に連載の「ニーダの定跡研究」でもおな じみかもしれない。  一日目の夜、沖・石川(由)・新井田・谷川・野山・辻で飲みに行 き、新井田さんから朝日アマ決勝の持将棋の後日談を聞いた。「持 将棋成立の局面から数手進めれば28点対26点になり、先手が勝 っていたことに後日気づいた。当日、もしそのまま指しついでいれ ば、自然な流れでその局面になっていたはず」・「大会開始前の質 疑応答で、千日手で先後交替した後の双方27点時の持将棋の勝敗 について、新井田さん自身が偶然質問していた」等々、興味深い話 の連続であった。勝敗への未練や不満で言っている訳ではないこと は口調から明らかであり、笑い声の絶えない心地良い会話であった。  新井田さんとは、公式戦初対局。但し、どこかで練習将棋を2〜 3局教わっており、全敗。終盤の切れ味が印象的だった。  先手になった私は、相手の四間飛車を予想し、▲7六歩から▲2 六歩と突いた。新井田さんは戦法のレパートリーが広く、どの戦型 で応じられるか不安でもあったが、まずは予想通り5筋位取り対四 間飛車の戦型となった。  6筋の歩交換がすんなり出来るかどうかが、この将棋のポイント である。△6二飛の手法が出され、無条件の6筋歩交換が出来なく なってから、5筋位取りそのものを採用する人が減った感じがする。 それ程、この歩交換の成否は重要であると思う。私がこの戦型を選 んだのも、その成否を自分の将棋の中で明らかにしたいからであっ た。▲5八金右の手を遅らせ、△6二飛に▲6八飛を用意したのが 私の工夫。この局面は2・5・6筋に戦端の火種があり、既に駒組 が終わっている振飛車側の選択肢が広く、駒組が中途半端な居飛車 側にとって非常に不安な局面。ただ、不安ではあるが、自分の研究 の成否が判るという意味で楽しみな局面でもあった。期待を持って 次の新井田さんの指し手を待った。 【 第3図 31手目▲6八飛の局面 】  後手は、6筋を一旦収めた後、△2四歩。2筋の薄みと先手陣の 未完成さをついた自然な手。この手は先手の6筋歩交換の構想を真 っ向から否定しようという手である。この手が成立すれば、▲6八 飛の構想は(遡って▲6五歩そのものも)捨てざるを得ない。新井 田さんのことだから、この局面の結論を得る為きっとこう来ると思 っていた。だからといって、この局面に自信を持っていた訳ではな い。自分だけの机上の研究ではぎりぎり受かっており、一旦局面を おさめることが出来ると思っていたものの、公式戦では一度もこの 局面になったことがなく、不安を抱いていた。  ▲2五歩△2二飛と飛車交換を一旦避けた直後の▲3六歩が大事 な一手。▲3七桂を作ると共に、後手からの、△3五歩〜△3四銀 〜△2五銀の2筋逆襲を消している。又、△1四歩▲1六歩の交換 後、△1三桂から2五で飛交換を狙われる筋は怖くない。▲5八金 右と締まっておいて、飛交換直後に▲2三飛の角桂両取りがある。 それ故、本譜の様に角を右翼に転換し、桂を3三に活用するのは自 然な流れ。互角な局面が続いている。ただ研究通り、一旦局面を収 めることが出来、気は楽になった。 【 第4図 55手目▲6七金右の局面 】  第4図の局面から、△3五歩〜△3四銀と動いたのが、あるいは 疑問手だったかもしれない。後手が2〜3筋に勢力を集めたことが、 「2〜3筋は軽くみて、中央の厚みを生かそう」という先手の具体 的な狙いを生じさせた。  2度の▲5四歩から▲4四角と、押さえ込みからさばきに転じた のが案外厳しい…。やむを得ぬ△3二飛に▲5三角成が大きな手。 自陣にも△5六金▲同銀△4八角成と好所に馬を作られるが、ここ で▲3五歩。指している時は、桂取りを直接受けないこの手が好手 で、先手良しになったと思っていた。▲3五歩に△3七馬と桂を取 れば、以下、▲3四歩△2六馬▲同馬で、角銀と飛車桂の交換で、 △2二飛の遊びや次に▲3三歩成が残っていることから、明らかに 先手良し。こう進むのではないかと思っていた。が、新井田さんは 局面の単純化を避け、▲3五歩に△5二銀と投入する。この順でも 本譜の様に味良く▲3六馬と引け、△5五歩に▲4七馬が成立して は、先手良しは動かない。  ここまで気持ち良く指し進められた。次に、3三の桂を取って▲ 8六桂が厳しい。私は実際の形勢以上に先手良しと思い、危機感が 不足していた。新井田さんの△4四銀や△6五歩は単発の手ではな く、逆転への布石(先手陣の急所はどこかを的確に捉えている)。 私はその狙いに気づかず、▲3三歩成と桂を取り、△3七飛成を防 いで▲3八歩と受ける。ごく自然な手で違和感はなかったのだが、 ▲3八歩が緩手。ここが決め所で、飛成を受けず、先に▲8六桂が 必要だった。もし△6三銀と受ければ、そこで▲3八歩と手を戻す のが正しい手順。次に、▲6四歩(△同銀なら▲7四桂)があり、 さらにそれを受けると桂得・持駒の豊富さに加え、2〜4筋の先手 の駒が全て働く展開となりそうで、勝勢に近かったと思う。  ▲8六桂を決めるタイミングを逸した為、△6三飛〜△6四飛と 新井田さんの逆転に向けての構図を完成させてしまった。次の△6 六歩が厳しい。 【 第5図 88手目△6四飛の局面 】  △6六歩▲5七金寄△6五桂とでもなれば、まぎれを通り越して 逆転か?△6六歩を避ける手としては▲5七金打が自然で、先手指 し易いのレベルは維持出来そうだが、流れは悪い。先手の飛車・銀 が働いていないのも不満。彼我の終盤の実力差を考えに入れると、 逆転されそうに思った。  遊んでいる飛車・銀を使いたいという思いが▲4五歩を指させた。 「まさか!」と思うかもしれないが、この時私はエアポケットに落 ちた様に、後手の当然の応手△3五銀を何故か考えていなかった。 △3五銀に愕然としたというのが本音。飛車を逃げる手がないのは 当然。踏み込むしかない!  ここで偶然▲7五歩が存在していた。△2六銀▲7四桂△同飛▲ 同歩となれば、なんとなく上部の厚みにまさるこちらが勝てそう。 本譜の様に、△2六銀▲7四桂に△9二王と逃げる順は▲8二角が 詰めろで寄りだろうと思っていた。新井田さんは秒読み。本譜の△ 7四飛と桂馬を払った瞬間、一旦▲9三金△8一王と決められるの をうっかりしたと言っていた。以下▲7四歩△9三香▲7三歩成と 進んでは、先手勝ちは動かない。  偶然▲7五歩が成立したというツキがあったとは言え、後手が2 〜3筋に動いた構想の誤りを捉え、その後ずっとわずかのリードを 守り続けたという会心譜かと喜びに浸っていた私に、感想戦で2つ の冷水。中盤71手目の▲3五歩が好手で、銀を助ける△5二銀以 下、手順に馬を3六に運べたのだが、△5二銀のところ「これはど うです…」と示されたのが△2五銀!と桂の効きに出る手。私は全 く読んでいず、言葉を失った。  さらにもう一度驚くことになる。棋譜を書きながら感想戦を続け、 ▲7四桂と跳んだ以降は簡単に終わろうとしていたその時、リコー の牧野正紀さんが「自信はないのですが、▲7四桂△9二王▲8二 角の時、△7一角と受けるとどう寄せるのですか…?」と遠慮がち に一言。「さすがに寄るでしょう…」と軽い口調で新井田さんが言 う。この手も全く読んでいなかったものの、私の第一感も「後手王 は寄り」。しかし、3人で研究してみるが寄らない。だんだん熱を 帯びて来るが、寄らないことに変わりはない。▲6二歩が最も難し そうだが、△同金がこれまた好手。「うーん、先手負けていたのか …」と私が言ったところ、「△7一角は秒読みでは指せません」と 新井田さんのフォローが入った。しかし真実は逆転していたと思う。 とすると、既に述べたが、85手目▲3八歩と受けるところで、飛 成を放置して▲8六桂を先に効かさなければいけなかったのだ。優 勢時でもこのクラスとやる時は緩みのない手が必要なのだと痛感し た。本局は疑問手もあったものの、私には満足のゆく出来。このレ ベルの将棋が毎局指せる様になりたいものだ。
 緊迫感のある気持ちの良い将棋の連続で2次予選を抜けた。最低 限のノルマは果たし、又、自分の個性は出せているとも思った。非 常に軽やかな気持ちでBEST16からのトーナメントの抽選を引 く。1回戦の相手は、朝日アマ挑戦者(その後、朝日アマ名人を見 事奪取)の山田敦幹さん。「よし、やってやるぞ!」と気合は充実 していた。                  …… 続く ……