はじめに総本山奉安堂の建設において、私どもは設計およぴ監理の監修という立場で協力をさせていただいております。その立場から奉安堂の計画に際して、どのようなことを考え、そしてどのように設計を進めてきたかを何回かに分けて御報告させていただきます。
奉安堂は延床面積15、760.83平方メートル(4、767.64坪)、御信徒席5、004席、最大高さ55メートルを誇る日本でも最大級の寺院建築です。私どもはこの建物を伝統的な日本建築のイメージを生かしながら、現代的な材料と技術で表現したいと考えました。また、耐震性に優れた強固な構造を実現するために、充分な検討を重ねてまいりました。さらに、大切な御本尊様をお守りするため、防犯上の配慮も欠かさず、何重にも須弥壇を囲い込むような構成に加え、須弥壇自体を大きな金庫と同等の構造といたしました。そして境内との調和はもちろんのこと、眺望に対しても、風景に尊厳を与えるような、凛とした建築となることを目指しています。
建築概要
構造 鉄筋造 一部鉄筋コンクリート造 規模 地上一階・地下一階建 建築面積 12、987.68平方メートル 延床面積 15、760.83平方メートル 最高高 55.0メートル 基壇高 2.0メートル 天井高 14〜20メートル 僧侶席 236畳 信徒席 5,004席
設計趣旨と設計過程奉安堂設計の基本的な考え方は、先にも述べましたように、伝統的な日本建築のイメージを現代的な材料と技術で表現することです。そして、御本尊様を大切にお納めする蔵と、お参りするお堂としての寺院の2つの機能を持つ建物として、いくつかのデザインの要素を検討し、設計を進めてまいりました。
<配置計画>総本山大石寺は、三門から塔中(たっちゅう)の間を経て御影堂に至る参道が明確な軸線を構成しています。この軸線は総門から三門に至るまでの宿坊の配置とも重なり、大石寺の伽藍(がらん)配置全体の背骨のような役割を担っています。
境内の中にあって、奉安堂は高さ2.5メートルの白塀で周囲(短辺130メートル×長辺230メートル)を囲んでさらに結界を設けることにより、この建物の重要性を表していますが、この白塀と門、参道、そして奉安堂を左右対称に配し、その対称軸を大石寺の軸線と重ねることにより、境内全体に象徴的な軸線を完成させることとなります。
<平面計画>奉安堂は間口75.1メートル×奥行116メートルの平面を持ち、正面入口からホワイエ(前室)、ホール(外陣・内陣)、御僧侶控室を手前から奥に向かって配し、その周りを列柱が囲う左右対称の平面計画です。
また、御信徒席から御本尊様が拝しやすいように、ホール内は無柱の大空間とし、御僧侶と御信徒が一つの空間のなかで御本尊様に向かうと同時に、須弥壇をホールと御僧侶控室で囲い、扉を二重にし、皆で御本尊様をお守りするような平面計画といたしました。
<外観について>奉安堂の外観は、石積みの基壇の上に白壁と列柱が配され、寄せ棟の大屋根と下屋根からなる二重のいぶし銀色の屋根を乗せた、簡素で力強いデザインです。外壁は、御本尊様をお守りする蔵をイメージした漆喰(しっくい)調の大壁造り(柱が漆喰で塗り込められた外壁で、火災に備えた構造として、蔵や域に多く見られる)として、工場で製作されたコンクリートのパネルに漆喰調の塗装を施して仕上げます。
また、白壁の周りに並ぶ36本の柱は、鍋板の硫化いぶし仕上げで、光により微妙に変化する渋い銅色となります。柱の高さは14.7メートルで基壇の上にゆったりとした軒下の空間を創り出します。
屋根は、本瓦葺きの屋根をイメージし、耐久性の高いカフーステンレスで造られます。これは、様々な材料を検討した上で選ばれた材質です。その選択の過程においては、他の材質も含め、実際に使用している建物の調査や原寸大の加工見本の製作など、あらゆる検討を重ねました、また、屋根の勾配や大棟(おおむね)の寸法なども図面と模型による検討ののちに、現地でクレーンを使って屋根の形にロープを張って確認するなど、細心の注意を払って決定されました。その結果、大棟の最大高さ3.25メートル、長さ64.54メートル、降り棟の長さ45メートルに及ぶ、壮大で気品ある屋根が形づけられました。
さらに、大棟鬼には輪宝紋が付き、大棟の両側面には輪宝紋と鶴丸紋が取り付けられます。これらの紋様はすべて銅板を手仕事で叩き出して造り、金泊を貼って仕上げる伝統的な飾り金物の枝術をもって生み出されます。
また、建物の正面には唐破風が取り付きますか、唐破風の獅子口と雲形は、瓦土で実物大の姿を作成し、これを型取りしてステンレスで造ります。扉や格子など、様々な部分でも同様の細やかな造作が施されます。奉安堂はたいへん大きな建物ですが、このような細部のデザインをきめ細かに行うことにより、大味な印象を避け、完成度の高い建築に仕上げたいと考えております。
<内観について>伝統的な外観に対して、内部空間は明るく現代的なイメージで設計しました。
5,004四席もあるホールの空間を柱を立てずに造ることは、現代の技術をもってすれば可能ですが、伝統的な木造建築では不可能です。それを無理をして伝統的な様式のみに執着しては、かえって不白然な印象を与えます。そこで伝統的な形を現代的な感覚で再構成することを試みました。
ホールの腰壁は、濃い茶色と光沢のある薄墨色で、木組みと格子(こうし)をイメージして構成しました。また、ゆるやかな曲面の天井は、格天井(ごうてんじょう=格子で構成される伝統的な天井の一種で格式の高い建物に用いられる)をイメージしたものです。天井の両側からは自然光が入り、柔らかな光が壁を照らし、全体として白く明るい空間となります。
そのなかにあって、須弥壇は黒い花崗岩(かこうがん)で造られ、その存在感はこの空間に緊張感を与えることになるでしょう。また、大切なものを納める木箱には、玉手箱のように蓋(ふた)の上部が曲面になったものがあります(蓋が曲面に張ることによって蓋の強度が増すことと、曲面になっているためこの箱の上に物を置くことができない)が、曲面の天井を持つホールの形は大切な御本尊様を納める空間であることを象徴する形でもあります。
緒びに私どもは、今まで美術館や博物館を中心に公共建築を多く設計してまいりました。そのなかで伝統的な景観の残る環境に建築を設計する際には、伝統と現代性という問題に何度か対処してまいりました。それを紹介させていただき、第1回目の御報告を結びたいと思います。
<奈良県新公会堂>奈良公園内に建設された建物で、能楽堂と国際会議場を併せ持つ施設です。本瓦葺きの寄せ棟の屋根と真壁造り(柱梁の間に壁が納まった構造で、大壁造りと異なり柱梁が現れている)の外壁で構成されています。柱梁は銅板硫化いぶし仕上げで、壁はアルミパネルに漆喰調の焼き付け塗装を施しています。内部は、銀箔に墨で染色を施した天井、色漆喰や正倉院紋様をデザインした織物の壁など、伝統的な材料や仕上げを現代の技術で再生した設計となっています。
天皇家に伝わる貴重な美術品や文化財を収蔵・展示するために、皇居内の大手門近くに建設された美術館です。屋根は本瓦葺き、壁は鉄筋コンクリートに漆喰調の塗装を施した大壁造りで、正面の基壇にコンクリート打ち放しの7本の柱を配し半透明の白い防水剤で染色しています。窓はクルミ材と硫化いぶし仕上げの真鍮材で組んだ建具に和紙を挟んだようなガラスをはめ込んでいます。内部は銀箔貼りの壁・天井に行燈(あんどん)をイメージしたガラス彫刻の照明器具がデザインされています。
<川越市立博物館>埼玉県川越市は江戸文化を伝える蔵の街をテーマに観光地として栄えています。その中心施設として計画された博物館です。屋根は桟瓦葺き、壁は鉄筋コンクリートに漆喰調の塗装を施した大壁の蔵造りです。内部は漆喰仕上げと木材を多用した空間に、竹の庭と紅葉の庭の二つの中庭が配されています。
建築は、敷地や求められる機能など、その建物ごとに条件が異をります。設計はその都度、最も適した答えを見つけだす作業とも言えます。しかし、そのなかにあって、共通する事柄や時間を経ても変わらないものもあります。それを見いだして大切にすることが、伝統と現代性を両立させることにつながるのではをいかと考えています。さらに検証を深め、奉安堂を質の高い建築として完成させることに精進したいと思います。