はじめに前回の東大寺大仏殿との比較の際にも述べさせていただきましたが、奉安堂は非常に大きな屋根が特徴的な建物です。そして、この屋根の形状が建物全体の印象に大きな影響を与えます。このように大きな屋根をどのように形づくってきたか、また材料や工法の選択はどのように行われたかを御報告させていただきます。
屋根形式の選択奉安堂は、二層の屋根を持つ外観から、二階建てのように見えますが、地上部は一層の大きな空間で構成された平屋建ての建物です。二層の屋根のうち、上層の屋根形式は寄棟造(よせむねづくり)と言い、寺院建築では本格的な建物に使われています。
また、下層のものは裳階(もこし)と呼ばれています。伝統的寺院建築の外観の美しさは屋根面と壁面の比率が大きく影響します。この比率が、どちらかが極端に大きかったり、小さかったりしますと、非常に貧相に見えたり、建物が屋根に押し潰されそうな印象を受けたりします。裳階を付けることによって、この比率を調整し、建物を重厚で安定した外観となるよう検討を重ねてまいりました。
屋根形状の検討奉安堂は伝統的寺院建築としては、日本でも最大級の建物です。屋根の勾配(こうばい)や反りなどの各部分の比率は、伝統的建築物の比率を参考にしていますが、奉安堂の大きさを考慮した設計手法を採らなければなりません。つまり、その大きさに対する人間の視覚を意識した補正をする必要があるわけです。
これらの検討に際し、伝統的建築の瓦屋根について造詣の深い、瓦宇工業所の小林章男氏に御協力をいただきました。略歴(※後述)にもありますように、数多くの国宝や重要文化財の瓦屋根の修復に携わってこられた経験から、様々な御意見をいただき、その結果、非常に重厚で格調高い屋根に仕上がったのではないかと思っております。
作業は、図面上の検討を行った上で、広い場所に実物大で図面を描いたり、実物大の模型(原寸模型)を実際に使用する材料で製作し、検討を行いました。さらに、検討結果をもう一度図面化し、重要な部分については原寸模型の作り直しを行ったものもあります。これらの検査は、建物の各部位について行われましたが、特に屋根の検査個所は多く、入念な検討が行われたと言えると思います。
また、使用する材料についても、奉安堂の大きさを考慮した選定が必要でした。前回のレポートでも述べさせていただきましたように、大屋根を支える合理的な構造の確保と、伝統的な本瓦葺きの持つ重厚なイメージを両立させるため、様々な検討を行いました。そして、軽量で耐久性に優れた屋根材料として、ステンレスを選択し、これで丸瓦と平瓦を作り、それを組み合わせることで、陰影の深い重厚な屋根を形成しています。
一、屋根の反り写真@は、上層の屋根を、実際に使用する材料で一部分だけ製作した原寸模型です。幅は2メートル程度ですが、長さは約40メートルあり、これは上層屋根の全長に当たります。奉安堂の屋根や軒は水平より少し反っていますが、これは屋根を軽快に見せ、さらに軒の線が隅で垂れ下がって見えないようにするための古くからの工夫です。伝統的木造建築の場合、視覚的な意味だけでなく、実際に一番下がりやすい隅の部分を反り上げておいて、時間が経った時に少しぐらい垂れ下がっても目立たないようにするという構造的な意味合いもありました。奉安堂の屋根は、重厚で安定感のある屋根をと考え、あまり強くない自然な印象の反りに納めています。
また、丸瓦と平瓦の間隔や色調なども検討を重ね、丸瓦の大きさは直径250ミリメートル、丸瓦と丸瓦の間隔は500ミリメートルとし、ステンレスの上に、フッ素樹脂を焼き付けて、瓦のいぶし銀色の色調、つやを再現することにいたしました。
ニ、軒先写真Aは屋根の軒先の形状を検討するために、部分的に原寸模型を製作し、実際の高さにつり上げて検討を行った際のものです。軒先の丸瓦の先端には鶴丸紋が、平瓦の先端には唐草の紋様が付けられています。
このような細工のされた部分には、超塑性亜鉛合金(SPZ)という金属が使われています。このSPZは、高純度の亜鉛とアルミニウムを主成分とする金属で、常温では硬く高強度ですが、250〜270℃に加熱されると非常に柔らかくなり、伸び率は15倍にもなります。今まで一般的な金属性屋根材では、今回のような凹凸の大きい造形を金属でプレスすることは困難とされていましたが、このSPZの特性を生かして瓦と同様の繊細で彫りの深い紋様を作ることが可能となりました。
三、棟写真Bは大棟原寸模型です。この製作部位は中央付近ですが、ここから両端に向かって、大棟も反り上がっていきます。
写真Cは、大棟の両端に付く大鬼です。鬼瓦部分は屋根材と同じステンレスで、鳥衾(とりぶすま)部分は微妙な曲線を表現するためにアルミの鋳物で出来ています。この大鬼は鳥衾の上端までの寸法が約6メートルという非常に大きな物ですので、一体で現場に搬入することができません。そのため、いくつかのパーツに分割して搬入をし、現場で組み立てるのですが、その前に工場内で仮り組みをし、検査を行うのです。写真Cはその検査を行っているところです。
また、この鬼瓦部分は寄棟屋根の各屋根面が接する場所ですので、非常に厳密な精度が要求されます。仮り組みをして問題がないことを確認し、もう一度分解して搬入するという非常に手間の掛かった作業を行っています。
四、唐破風奉安堂の正面入口上部の破風は、反曲した凸凹線(起りと反り)を持つ唐破風となっています。
写真Dは、原寸の5分の1で製作した唐破風の模型です。実際の唐破風の幅は約40メートル、高さが約9メートルありますので、5分の1でも、幅約8メートル、高さ約1.8メートルあります。写真Eは、唐破風上部に付く獅子口の原寸図、また写真Fは、唐破風の内部に付く地板の原寸図です。
これには地板に付く鳳凰(ほうおう)も描かれていますが、実際には鳳鳳は平面的な絵ではなく、風格を持たせるため立体的に作られます。「唐破風」という言葉の印象からすると、中国から伝来したもののように受け取られがちですが、これは「唐」という文字が新しいものを指す言葉であったころに付けられた名称で、日本独白の文化に起源を持つ数少ない寺院建築の様式の一つと考えられています。
そして唐破風には「招き入れる」「結び付ける」などの意味が託されていることから、奉安堂の正面入口にはまことにふさわしい意匠と考えております。
最後に小林章男氏の略歴を紹介して、今回のレポートを終えたいと思います。
小林章男氏 略歴1921年 奈良市に生まれる。
1938年 家業「瓦宇」に就業。
1982年 「現代の名工」として労働大臣表彰を受ける。
1984年 株式会社瓦宇工業所代表取締役に就任。
1988年 文部大臣より「選定保存技術保持者」に選定される。
1991年 「勲六等瑞宝章」受賞。主に瓦を造り、国宝および重要文化財建造物の保存修理工事に協力従事し、現在に至る。