音響設備について

広谷純弘(建築研究所アーキヴィジョン)


はじめに

奉安堂の建設工事は無事完了し、8月末には施工を担当した奥村組・泉建設共同企業体からの引き渡しも済まされました。これまで設計過程での検討内容や、実際の建設に際して、新しい技術による工法や新素材の活用などを御紹介してまいりましたが、今回は、奉安堂内部の音響設備について御説明をさせていただきたいと思います。



音響設計

音響に関しては、奥村組の技術研究所と協力して設計を進めてまいりましたが、奉安堂内部の空間は非常に大きく、また5千人を超える人々が一斉に唱和するという特殊な条件のなかで、畳席の御僧侶と椅子席の御信徒が、どの席に座られても御満足いただける音環境を作り出すことを目的に検討を重ねてまいりました。

例えば、オーケストラの演奏を楽しむための音楽ホールは、1ケ所で発せられた音を、ホール全体に響き渡らせることを目的として設計されています。もし音楽ホールのなかで、大人数の唱和を行った場合、壁や天井から反射した音が何重にも重なって非常に不快な環境となってしまいます。そこで、先述の奥村組技術研究所の方々と奉安堂の内部空間に適した音環境を検討した結果、残響時間(※部屋の中の音の響き具合を表す数値で、簡単に言うと、部屋の中で大きな音を出したあと、どのくらいの時間、響きが残っているかという数値です)を短めに抑えることで音声を聞き取りやすい状態を作り出すことを目指しました。

この残響時間があまり短か過ぎても不自然でおかしいのですが、これをバランスの良いところで設定するためには、壁・床・天井から反射する音を、計算にのっとった形で減らさなければなりません。そのため、一般的な講堂などのように、天井にスピーカーを付けて放送するというのではなく、スピーカーを分散して配置し、残音響が重ならないように調整するという手法を採っています。

スピーカーにつきましては、須弥壇の前に床置型のスピーカーを、また2席に1つの割合で、信徒席椅子の背面に埋込型スピーカーを設置しています。さらに畳席と椅子席の段差部分を利用し、椅子席最前列の方のためのスピーカーを設置してあります。



モックアップでの検討

信徒席内部の意匠で、天井が細かい格子(こうし)と大きい格子を組み合わせた格天井(ごうてんじょう)であることや、壁面を丸パイプで構成していることは、前述の反射音を減らすことと重要な関係があります。天井や壁面の仕上げの裏側にグラスウールという吸音材を配することで、音の反射を減らし、残響時間を短くするように設計されています。また床仕上げを絨毯(じゅうたん)にしていることや、椅子席の座と背が、布貼りで仕上げられていることも、吸音効果を高めることに大きく寄与しています。

これらは、設計段階ではコンピューター上で予測値を計算していましたが、工事着手後に、技術研究所にパイプ壁や信徒席椅子等のモックアップ(原寸大の見本)を持ち込み、音響性能の確認を行いました。技術研究所内に、奉安堂内部の音環境に近い状態の部屋を作り、その中で御僧侶の方に唱和していただくような実験も行っています。ですから、建物竣工後に、奥村組の技術研究所が行った音響測定試験は、設計段階や着手後のモックアップでの測定値をもとに予測した計算通りの音環境が実現されているかを確認するためのものと言えます。





音響性能試験の内容

試験は、残響時間、明瞭度、音圧分布、空調騒音の4点について行われました。試験結果については、奥村組の技術研究所が詳細な報告書を作成していますので、その概要を紹介させていただき、奉安堂の音響性能を御説明していきたいと思います。


<残響時間>

低音域から高音域まで6つの周波数帯に分けて計測しましたが、低音域の1つの領域を除いて、予測された計算値と実測値が、ほぼ一致するという結果になりました。一致しなかった周波数帯も、設計時点では、計算値である3.35秒が限度と考えられていましたが、現場での検討を重ねることにより、実測値は1.89秒と短くすることが可能となり、奉安堂内部の明瞭度をより高くすることができました。

表に計算値と実測値の平均を示してありますが、他の周波数帯の数値と比較しても、実測値のほうが良いバランスとなっていることが判ると思います。また同じ表に客殿の残響時間の測定値も併記してありますが、客殿と比較しても、全体として残響時間は短くなっています。

 奉安堂客殿
計算値実測値実測値
周波数1253.351.891.80
2501.611.491.87
5001.561.532.20
10001.751.842.11
20001.691.812.09
40001.831.832.06


<明瞭度>

明瞭度については、STI(Speech Transmission Index)という指標を用いて評価を行っています。これは音声の聞き取りやすさの評価方法として用いられるもので、5段階のカテゴリーに分かれており、明瞭度の高い順に、Excellent(エクセレント)、Good(グッド)、Fair(フェアー)・Poor(プアー)・Bad(バッド)となっています。

奉安堂のSTI解析の結果は、18点の測定点すべてにおいてGood以上の評価を得ており、明瞭度を確保する上で充分な結果となっています。残響時間と同様、客殿の明瞭度を測定しましたが、これについても奉安堂のほうが、明瞭度が高いという結果が得られています。


<音圧分布>

音圧分布というのは、奉安堂内のどの場所でも同じように音が聞こえる度合を示したもので、各座席に設置した測定器の値が、同じになるのが理想的な状態とされています。奉安堂での測定結果は、低音域から高音域のどの領域でも、各座席間の小さいものとなっており、バランスの良い状態と言えると思います。


<空調騒音測定>

奉安堂の空調設備を運転している際に、その運転音が法要などの支障にならない範囲かどうかを確認しています。空調の吹出し部分が一番大きい値を示しましたが、それも当初の目標値を満足しており、問題とならないレベルでした。

以上のように、4項目の試験の結果としては、どれも設計時に目標とした各種性能について、非常に満足できるものとなりました。これは単に数値上の目標を達成できたということではなく、奉安堂建設途中の段階において、建設委員会の委員の方々や御僧侶の方々の御意見を伺いながら、検討を進められたことで、後々の調整のしやすさなど、メンテナンスのことも考慮した形で、高い性能を実現できたことが重要だと思います。



結びに

私どもは設計および監理の監修という立場から、奉安堂を格調高く、質の高い建築とするために精進してまいりました。それは意匠的なデザインという点からだけではなく、耐震性に優れた安全な構造や、御本尊をお護りする蔵としての機能、そして今回御紹介させていただいた、優れた音響性能など、総合的な意味での質の高さを目指し、それが実現できたと確信しています。また、その実現に際しては、奥村組・泉建設共同企業体をはじめとする、施工に携わった方々の英知と努力に敬意を表し、結びの言葉としたいと思います。




 ※この原稿は寿照寺支部の土井信子さんの御協力で転載させていただきました。