大白法 号外 平成12年3月25日 東京地裁 一方的な不当判決 宗門、直ちに高裁に控訴 どういう訳なのか?「クロウ物語」の丸呑み判決! 恐るべき池田学会の大謀略を徹底追及へ  東京地方裁判所民事第12部(下田文男裁判長)は、3月21日、宗門が池田創価学会の でっち上げたクロウ事件およびFBI第一事件に対して、名誉毀損にもとづく謝罪広告等を 請求していた裁判において、不当にも宗門の請求を棄却する判決を言い渡しました。しかも、 その判決文は、クロウの嘘で固めた物語をそのまま鵜呑(うの)みにし、これに反する客観 的証拠はすべて都合が悪いので無視を決め込むという、およそ裁判の名に値しない前代未聞 の内容でした。  この裁判では、クロウの言ったことが本当かどうかを、証拠にもとづいて確かめていくこ とが求められていましたが、裁判所は、クロウの話は詳細かつ具体的で、矛盾(むじゅん) や変遷(へんせん)はないから信用できると、頭から決めてかかっています。そして、これ に矛盾する証拠や証言呼は、公文書はおろか、たとえ創価学会側のものであっても信用でき ないとし、クロウの話に沿うものだけを取り上げて、クロウの話に裏付けがあるというよう な論法を積み重ねて結局クロウ物語をなぞっただけの判決に仕立て上げているのです。  池田創価学会が書いたものとも見まがうような、このように常軌を逸(いっ)した判決を 許すことはできません。宗門が直ちに控訴したのは、いうまでもありません。控訴審で、必 ずやこの独断と偏見に満ちた不当判決は粉砕されるものと確信します。 話はクロウとスプリンクルのでっち上げ  判決は、クロウの証言は詳細かつ具体的で、矛盾や変遷がないと言っていますが、この前 提がまったくの誤りです。そもそも30年も前に起こったことなのに、クロウの証言は、ま るで昨日のことのように鮮明に過ぎ、それだけでも極めて不自然で、しかも客観的な証拠に 反するなど矛盾に満ちているのです。  クロウの話は、すべて事件現場に立ち会ったと称する警察官から聞いた話の受け売りです。 自分で事件を目撃したわけではありません。そこでクロウの話だけでは信用性に乏(とぼ) しいと考えたのか、創価学会は事件現場にいた警察官と称するスプリンクルを引っ張り出し ます。ところがこれが実は大変な食わせ者で、同人は事件があったとされる当時は、空軍に 徴兵(ちょうへい)されて警察を休職中であったことが、アメリカの公文書で明らかになり ました。つまりスプリンクルはそもそも警察官として事件に出会う可能性はなかったのです。  ところが、クロウは30年ぶりにスプリンクルに会った途端(とたん)に、あの時の警察 官だと判ったと証言しました。スプリンクルも同じようにクロウをすぐ見分けられたと言い ました。スプリンクルと現場で一緒にいたというメイリーという警察官の場合も同様です。 三人が三人とも30年ぶりに会ってすぐ判ったと、常識に照らしてとても信じがたいことを 言っているのです。しかもスプリンクルが現場にいなかったことは、軍務休職を示す公文書 で明らかです。  つまり三人は互いに口裏を合わせて嘘を言っているのです。ところが、裁判所はこうした 客観的事実に目をつぶり、十分な理由を示すことなく、スプリンクルが現場にいなかったと は言えないなどと、わけの判らない認定をした上で、クロウの証言を信用できるというので すから、あきれ返ります。 何が何でもクロウが正しい!?  しかもスプリンクルの証言は肝心の部分でクロウの証言と食い違っています。現場警察官 でないとはいえ、スプリンクルも元警察官として、クロウのあまりにも警察実務からかけ離 れた荒唐無稽(こうとうむけい)な話を肯定(こうてい)できなかったものです。  たとえば、クロウは警察官からその男の身元保証をすること、および警察署に出頭するこ とを要求されたと言っていますが、スプリンクルらはこれを否定しています。クロウによれ ば、警察の調書にはノブオ・アベとの名前が記載されていたとのことですが、日顕上人の当 時のパスポートにはローマ字でシンノウ・アベと記載されていたのです。身元保証を求める 警察官がパスポートを確認することもなく、調書をつくることなどあり得ません。  次にクロウは警察署において、スプリンクルら現場警察官2人と彼らの上司のもとへ連れ て行かれ、その場で現場警察官の一人から、売春婦の一人はその東洋人の男性と性行為を終 えていると証言していると聞かされたというのですが、スプリンクルはこのような場面があっ たことを明確に否定しています。スプリンクルは警察署でクロウを見かけたが、それは部屋 を隔(へだ)てた向こう側からクロウがいるのを見かけただけであると証言しています。ク ロウがスプリンクルや上司が同席する場で、性行為の有無を聞いたなどとの場面は存しない のです。  またスプリンクルは売春婦は現場からすぐに追い払ったもので、売春婦の取り調べはして いないと言っています。売春婦から性行為を終えたかどうかなどの事情聴取もなされていな いのです。クロウの話はここでも破綻しています。  ところが驚いたことに、裁判所はスプリンクルの記憶が間違いで、クロウの証言が正しい と認定しているのです。しかし、クロウは警察官から聞いた話をしているのであり、当の警 察官は忘れたというのではなく、そんなことはなかったとはっきりクロウの証言を否定して いるのです。スプリンクルが警察を休職中であったことを無視して同人が現場にいたことを 前提にしたあげく、そのスプリンクルがクロウにそのような話はしていないと言うと、今度 は、クロウが聞いたと言うのだから聞いたに違いないとしてしまうのです。  何が何でもクロウの話どおりに認定するのですから、とても証拠にもとづく公正な裁判と はいえず、創価学会に偏向(へんこう)した判決というほかありません。 FBI「決定的証拠」存在の虚偽(きょぎ)報道も不問に付す  ところでもう一つ、見過ごすことができないのは、FBI第一事件において、FBIのデー タベースに真正な記録がなかったことを不問に付したことです。創価学会が存在すると大宣伝 したFBIの記録は、ついに提出されませんでした。それどころか福島副会長(弁護士)は昨 年10月の反対尋問(じんもん))で、自分たちが「ある、ある」と発表した記録でさえ、そ れを発表した時点ですでに抹消(まっしょう)されてなくなっていたと証言したのです。  FBIのデータベースに真正な記録があったとすれば、それが簡単に抹消されてなくなるこ となどあり得ません。要するに彼らはでたらめを言って、宗門を陥(おとしい)れようとした に過ぎないのです。クロウはこんなインチキをする池田創価学会のお先棒を担(かつ)いだ人 物なのです。  FBIのニセ記録騒ぎを不問にして、クロウを信用できると言い、創価学会のいうがままの 認定をしたこの判決こそ断罪されるべきでしょう。 公正と正義を欠く偏向判決 常軌を逸した客観証拠の排除  今回の不当判決をよく見ると、初めから結論があって、その結論を導くために、証拠や証言 のうち、都合のよいものだけを信用できるとし、逆に都合の悪いものは理由もなく信用できな いとしていることが判ります。  事件現場にいた警察官と称するスプリンクルが、「クロウ事件」当時は空軍に徴兵(ちょう へい)されており・シアトル警察にはいなかったことが公文書により暴露(ばくろ)されまし たが、その際の創価学会の狼狽(ろうばい)ぶりは見るも哀(あわ)れでした。  最初の言い訳は、公文書では6カ月の軍務に服したことになっているが、実際にはそれより 短期に軍務を終えて警察に復帰していたというものでしたが、これが通用しそうにないと見て、 2カ月も経過してから、今度は軍務のかたわらに警察官のアルバイトをしていたと主張を変更 しました。  スプリンクルにとっては自分のことですから、早期に復帰したのか、アルバイトだったのか、 すぐに返答できたはずです。こんな主張の変遷にもかかわらず、裁判所はスプリンクルが事件 現場にいたことは信用できるというのです。  クロウは、スプリンクルおよびもう一人の警察官メイリーと事件以後30年ぶりに会ったが、 すぐにあの時の警察官だと見分けがついたと言ってます。スプリンクルやメイリーも同じよう にクロウをすぐ判ったと言っています。しかし、夜間に5分かそこら会っただけの人物を、三 人が三人とも30年後にすぐに見分けられたなどということはあり得ないことです。  しかもスプリンクルは徴兵されて警察にはいなかったのですから、要するに、全員が嘘をつ いていることは明らかなのです。こんなことさえ見抜けない裁判所の、常識はずれの事実認定 を、以下にもう少し見てみましょう。 スプリンクルはシアトルの警察にいなかった!  池田創価学会は、「クロウ物語」を補強するため、「連邦政府の記録」に次いで、「重要証 人」ロナルド・スプリンクル元警察官を「発見」したと発表しました。しかし、宗門の調べで、 まず、この男は1995年2月、ちょうどヒロエ・クロウの証人申請が行われた時から、クロ ウの代理人ラングバーグ弁護士にパートタイムの調査員兼コンサルタントとして顧(やと)わ れ、月4,000ドルもの大金を、しかも3力月分(※約120万円)または6力月分(※約 240万円)、まとめての前払いで支給されていることが判明しました。  さらに驚いたことに、実は、事件当時、アメリカ空軍に召集され、6力月間の軍事訓練を受 けており、シアトル警察にはいなかったのです。東京地裁での証人尋問の際、1962年9月 か10月から、パトロール部に配属され、シアトル繁華街をパトロールしていたというのは嘘 だったのです。  昨年の夏、宗門の調査でこの事実が判明した際、池田創価学会は大いに慌(あわ)て、初め、 早期除隊説を発表しましたが、シアトル警察やアメリカ空軍の公文書・公記録でその嘘がばれ、 夜間アルバイト説に変えました。しかし、アメリカ空軍に8時間、シアトル警察に深夜8時間、 それに通勤時間を入れれば、これはスーパーマンでも体がもちません。宗門はシアトルの元警 察高官ら24人の共同宣誓供述書を出して、シアトル警察が長期軍務休職中の者に、パトロー ル任務を与えるようなことはしなかったということを証明しました。  しかし、裁判所は、そうした公記録や関係者多数の証言を一蹴して「軍務中であったという 一事をもって、スプリンクルが本件事件の現場にいなかったということはできない」と断じ、 池田創価学会側の夜間アルバイト説に加担しました。ここに至っては、判決の偏向を問題にせ ざるを得ません。 月4,000ドルで雇われたスプリンクルでさえ、 元警察官としては否定せざるを得なかった点まで、クロウの話を採用!  あきれたことに裁判所は、高給で雇われたスプリンクルでさえ、元警察官として、そんなこ とはなかったと、はっきり否定せざるを得なかった部分についても、ヒロエ・クロウの記憶の ほうが正しいとして、クロウ物語を真実と認めました。売春婦が、こともあろうに、近づいて 来たパトロール警察官に、この男は性行為の料金を払わないと言って、自分の売春行為を自供 したとか、現場に来たクロウに対し、「阿部を釈放するが、その代わり阿部の身元を保証する ための書類を作成するために警察署に来るように言」ったとか、「クロウは、同日3時頃、シ アトル市警察署に到着し、スプリンクルとメイリーと、その上司2人がいる部屋に入り…ヌー ド写真撮影や売春婦との金銭トラブルについて書かれてある書類にも署名した」とか、といっ たクロウ物語の核心部を全くそのまま真実と認定しています。  なお、「上司2人」というのは、クロウが2人(スプリンクルとメイリー)の上司と言った 証言録を、上司が2人いるものと読み違えたもので、判決のずさんさを示しています。  ところが、スプリンクルは、東京地裁(篠原裁判長の時)の法廷で、クロウに警察署に出頭 するよう要求したことはないと言い、警察署での書面作成については「それに関しては、私は 一切存じません」と証言しているのです。また、そもそも現場で売春婦から事情を聞いたこと もなかったと証言したのです。  裁判所(下田裁判長)は、証拠にもとづかず、クロウ物語を真実と認めてしまったというほ かありません。 日顕上人の正直な証言を、わざと曲解!  裁判所は日顕上人の証言に難癖をつけて、クロウ証言の信用性のなさを糊塗(こと)しよう としています。日顕上人は、クロウ報道の当初には、ホテルから外出していないと言っておら れましたが、当時の手帳が発見されて記憶の誤りに気付かれ、外出してウィスキーを飲んだこ とを思い出されました。  裁判所はこのことを不自然だというのですが、都合の悪いことを隠すつもりなら、手帳が出 てきたことを秘密にしていればいいのであり、わざわざ手帳が出てきたことや、自分が外出し たことを外部に知らせる必要はありません。後ろめたい覚えがある人間であれば、不利になる おそれがあるのに、あえて外出したと訂正することなどあり得ません。日顕上人は手帳を見て 自分の記憶違いに気付かれたからこそ、有利か不利かに関係なく、そのことを率直に述べられ たものです。  裁判所はこのような日顕上人の御心を理解できず、いわば下衆(げす)の勘(かん)ぐりを しているものであり、嘆かわしい限りです。  また創価学会の弁護士から飲酒された場所について尋(たず)ねられた際に、日顕上人が、 「私はこういうふうに中に入らなかったんです」と答えられたことを捉えて、店の中に入った と言ったり、入らなかったと言ったりしていると非難しています。日顕上人の述べられたこと は、店から入ったばかりの所にあったカウンターに座ったもので、店の真ん中の辺(あた)り までは入らなかったとの趣旨であることは、証言の前後関係から明らかであるにもかかわらず、 これを意図的に曲解して、いわれのない非難を浴びせているのです。創価学会にこびへつらう 裁判所というほかありません。 裁判所は「クロウ物語発表の動機は自然」と!  裁判所は、クロウが「その後、法主としての権威を振りかざし、被告創価学会を破門した阿 部の現在の姿を思うにつけ、本件事件について沈黙していることは誤りではないかと思い悩む ようになり」、聖教新聞の横田記者からの取材申し込みを機会に、30年間自分一人の胸にし まってきたという本件事件を公表することにしたのは、動機として「自然」であるといってい ます。  しかし、クロウは、創価学会第3代会長に就任した直後の1960年10月、アメリカを初 めて訪れた池田大作から、「妙法に照らされ、女王の如く舞いゆけ」という自筆文をもらい、 さらに本件事件より2力月前の1963年1月にシアトルを訪れた池田から、生まれたばかり の長男の胸に金バッチを付けてもらっています。  そういう特別の間柄にあった池田大作の総講頭の地位を喪失させ、創価学会を破門にした日 顕上人に対する激しい憎悪から、日顕上人のスキャンダル捜しに血眼(ちまなこ)になってい た聖教新聞に格好(かっこう)の作り話を提供したと見るほうが「自然」というべきではない でしょうか。 「迫真性」があるから真実?  裁判所は、クロウの話の内容は「終始一貫しており」、「詳細かつ具体的」で、「迫真性( はくしんせい)に富み、「実際に経験した者でなければ語ることのできない」ものであるから、 信用性があるとしています。  しかし、それは30年も前に起きた事件についての人間の記憶としては、むしろ極めて不自 然です。逆に、クロウの話は、最近になって細心に作り上げられた「物語」であるからこそ、 「詳細かつ具体的」なのであり、その法廷での証言は、何度も何度も予行演習(よこうえんしゅ う)したからこそ「迫真性」があるのだと見るほうが自然でしょう。  そうでなければ、巧妙に作り上げた話は、裏付け証拠なしに何でも真実として通るというこ とになってしまいます。