このパンフレットは、創価学会員の方々が戸田城聖会長時代の正しい信心に立ち返られることを願って作られたもので、単なる池田大作氏を誹謗するためのものではありません。

 

創価学会皆様(みなさま)

 

魔性(ましょう)の創価学会(せい)

 ニセ本尊を拝んでいませんか?

この本尊を拝んだ途端(とたん)に病気や悩みが頻発(ひんぱつ)していませんか?

それが現証(げんしょう)です。

このニセ本尊は不幸の根源(こんげん)です。

 

何故ニセ本尊と云うのでしょうか?

説明は次にあります。

 

左図:創価学会の魔性(ましょう) 簒奪(さんだつ) 偽作(ぎさく) 盗作(とうさく) 変造(へんぞう) 自己矛盾のニセ本尊

 

 

なぜ ニセ本尊?

それは、魔性、盗作、変造、簒奪、偽作、自己矛盾だからです。

平成4年11月、もと日蓮正宗の末寺であった浄圓寺が日蓮正宗から離脱し、邪宗(じゃしゅう)となりました。

この邪宗となった浄圓寺に、総本山第26世御法主・日寛上人が本門(ほんもん)戒壇(かいだん)の大御本尊を御書写(しょしゃ)あそばされ、大行阿闍梨本證坊日證(にっしょう)という僧侶に授与(じゅよ)された御本尊が伝えられていました。

この御本尊の授与書き「大行阿闍梨本證坊日證」の部分を抹消(まっしょう)した上に、縮小(しゅくしょう)したり、拡大(かくだい)したりして印刷したのが、創価学会製の魔性本尊です。

ゆえに、日寛上人の御本尊を変造(へんぞう)したものです。

本来、御本尊は御法主上人猊下(ごほっすしょうにんげいか)の所有に()すべきところです。その御法主上人猊下の許可なしに授与書きを削除(さくじょ)し、勝手にいらうことは、御法主上人猊下の権能(けんのう)侵害(しんがい)していますから簒奪(さんだつ)(王位を臣下が(うば)うこと)に当たります。

しかも、「日寛上人の御本尊である」と主張していますから盗作(とうさく)であり、偽作(ぎさく)贋作(がんさく)です。

日蓮大聖人以来の血脈(けちみゃく)相承(そうじょう)を御所持されている御法主上人猊下の許可なしに本尊を新しく作ることは、これまでの学会の指導と全く(ちが)っています。自己(じこ)矛盾(むじゅん)()(たましい)が入った魔性本尊です。

これを拝めば今生(こんじょう)では不幸のどん(ぞこ)になり、地獄(じごく)()すことになります。

 

 

創価学会自語相違

 

「ただ、大御本尊だけは、われわれは作るわけにはゆかない。日蓮大聖人のお(さと)り、唯授一人(ゆいじゅいちにん)、代々の御法主猊下以外にはどうしようもない。だから仏立宗(ぶつりゅうしゅう)や身延のやつら身延のヤツラが書いた本尊なんていうものはね、ぜんぜん力がない。ニセですから、力がぜんぜんない。むしろ、魔性(ましょう)の力が入っている。だからコワイ」(創価学会第二代 戸田城聖会長の指導:大白蓮華 98号 9頁)

 

「いわゆる付嘱(ふぞく)のないもの。これは偽札(にせさつ)本尊といって、これを本尊と立てる連中は、御本尊はだれが書いてもよいなどと考えているのである。」(折伏経典 改定33版 345頁)

 

「本尊を『物』と扱うようになった場合は(ばつ)をうけます。学会精神に反します。信心ではありません。」(大白蓮華 159号 62頁)

 

 

創価学会は折伏(しゃくぶく)放棄(ほうき)して摂受(しょうじゅ)になった

「謗法払い」は不要 −『聖教新聞』(H9.2.11

 

「謗法払いは必要ではない」ということは折伏を放棄(ほうき)したことを意味しています。

 聖教新聞、平成9年2月11日号に秋谷栄之助会長は、

「『謗法払い』については、あくまで原則通り、本人処分であることには変わりはありませんが、御本尊を安置するための絶対的条件ではありません」 ―― 中略 ―― 「したがって、神棚(かみだな)や仏具等を取り除く必要はありません」

と指導しています。

 これは御本尊を神札(かみふだ)阿弥(あみ)陀仏(だぶつ)などと一緒に(まつ)ってもよいということで、この信仰のありかたは、天台(てんだい)大師(だいし)伝教(でんぎょう)大師(だいし)が説かれた迹門(しゃくもん)熟脱(じゅくだつ)の法華経の修行すなわち摂受です。

 末法の本門下種(ほんもんげしゅ)の仏法は折伏であることは、御書(ごしょ)のどこを拝読しても明々白々のことであり、かつては創価学会が実践してきたことでもあります。

 創価学会が日蓮大聖人様の教えに真っ向から違背(いはい)し、成仏(じょうぶつ)できないことは明らかです。それでも「学会は日蓮大聖人の仏法を実践している」とうそぶいて、「日顕宗を折伏する」といっているのです。頭破作(ずはさ)七分(しちぶ)か、一闡提(いっせんだい)か。あなたはどう思われますか。

 「謗法払いは必要ない」ということは、折伏を放棄して摂受になることであり、折伏を放棄した創価学会は折伏をする論拠(ろんきょ)資格(しかく)もないのです。

 

皆さま、勇気を出して創価学会を退会(たいかい)し、戸田城聖会長時代の正しい信仰・日蓮正宗の信心に(かえ)りましょう。池田創価学会の嫌がらせや誹謗(ひぼう)中傷(ちゅうしょう)ごときに(おそ)れをなしていては成仏できませんぞ。

 

池田大作の象徴(しょうちょう)と見られた

正本堂(しょうほんどう)解体

 昭和47年に日蓮正宗の寺院・僧侶、法華講、創価学会員が総力をあげて建立した正本堂は平成11年に解体されました。正本堂解体を池田創価学会ははげしく批難しています。正本堂に御安置されていました戒壇の大御本尊様が新奉安殿に御遷座(ごせんざ)あそばされ、正本堂は無用の長物となったので、解体されたのです。

 なぜ、戒壇の大御本尊様が正本堂から新奉安堂に御遷座あそばされたのでしょうか。第一は池田氏が広宣流布(こうせんるふ)の時に建立されるべき『三大(さんだい)秘法(ひほう)(しょう)』『一期(いちご)弘法書(ぐほうしょ)』の本門の戒壇であると(いつわ)ったからです。広宣流布が実現していないのに、実現したと偽ることは御本仏日蓮大聖人を(あざむ)くことになります。戒壇の大御本尊様を大聖人様を欺く正本堂に御安置することはいのびがたいことです。

第二には、正本堂建立が広宣流布の達成であるとみなすことによって、実にさまざま数え切れない池田氏の謗法の姿が顕れるにいたったのです。いわば謗法の固まりの意味をもつようになったのです。たとえば、正本堂建立より後は、創価学会の活動の目的が、池田氏の天下取りへと変わっていったのです。

このような正本堂に戒壇の大御本尊様を御安置申し上げることはできるはずありません。

 

日蓮正宗はあなたを破門(はもん)したのではありません

あなたにお尋ねします。あなたは日蓮正宗から破門状を受け取られましたか。

受け取っていないはずです。「日蓮正宗があなたを破門した」というのは、創価学会があなたの日顕上人猊下に対する信頼感を失わせ、被害者意識をもたせるためのデマです。

この度の破門は二通りありあます。創価学会という団体の破門と池田大作氏個人の破門です。団体の破門とは、創価学会の活動や指導は日蓮正宗の信心ではないとするものです。創価学会員の中で、個人として破門されたのは池田大作氏ただひとりです。

あなたは平成9年11月30日までに日蓮正宗の信徒としての届け出をしなかったために、信徒(しんと)資格(しかく)をなくしているだけです。今からでも決して遅くはありません。日蓮正宗の寺院に信徒として信心することを申し出て手続きをすれば、信徒として大石寺(たいせきじ)参詣ができ、冠婚(かんこん)葬祭(そうさい)もしてもらえます。

 

池田大作ただひとりの破門

池田大作はなぜ破門になったのでしょうか。

創価学会が宗教法人になる時の創価学会規則の第三条に

「この法人は、日蓮大聖人の一閻浮提総与の大曼陀羅を本尊とし、かたわら日蓮正宗の教旨をひろめ、儀式行事を行い、信者を教化育成し、その他正法興隆・衆生済度の聖業に精進するための業務及びその他の事業を行うことを目的とする」

と規定しています。

 その当時、さらに日蓮正宗と創価学会との間で三ヶ条の約束が交わされました。

一、折伏した人は信徒として各寺院に所属させること。

二、当山の教義を守ること。

三、三宝(仏・法・僧)を守ること。

 学会規則と三ヶ条の約束を守られることを前提として学会が宗教法人になることを宗門は認めたのです。

 ところが、池田大作は宗門との三ヶ条の約束を破り、その上あろうことか、創価学会規則をも反故(ほご)にしているのです。唯一、日蓮大聖人の正統である日蓮正宗に泥をかけ、僧俗和合を破壊し、広宣流布を妨害した元凶です。けじめをつける上から池田大作は破門。それによって結局、創価学会は本尊も教義ももない邪教団となったのです。