(52年路線における)創価学会よりの回答


(1)血脈について

血脈については、法体の血脈と信心の血脈等がある。御書に「生死一大事血脈抄」がある。その冒頭に「夫れ生死一大事血脈とは所謂妙法蓮華経是なり」と仰せである。これは別しては日蓮大聖人の御内証そのものであられる南無妙法蓮華経の法体が生死一大事血脈の究極であるとの意味である。

この別しての法体の血脈相承は「身延相承書」に「血脈の次第日蓮日興」と仰せのごとく、二祖日興上人にすべて受け継がれ、以後、血脈付法唯授一人の御法主上人が伝持あそばされるところである。同抄に「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事血脈とは云うなり」の御文は「別して」の法体の血脈を大前提としての「総じて」の信心の血脈を仰せなのである。故に代々の御法主上人猊下の御内証によってお認めの御本尊を受持していくことが正しい信心の在り方であり、総じての生死一大事の信心の血脈となる。

故に、別しての法体の血脈相承と、総じての生死一大事の信心の血脈とは、その意味に違いがあることを確認しておきたい。


  1. 昨年、発表された(※池田)会長の「生死一大事血脈抄講義」は、こうした原理を踏まえたうえで、総じての仏法実践のうえでの生死一大事の信心の血脈を中心に、一般社会に展開したものであるが、別しての法体の血脈相承について深く論ずることをしなかったために、誤解を生ぜしめる点もあった。これについては、会長からの意向もあり、一部訂正して改訂版を発行するので了承願いたい。

    これに関連して、以下の各項目についても法義を誤らぬよう確認しておきたい。

  2. かつて「途中の人師、論師を根本とすべきでない」と表現したことがあった。この人師、論師は唯授一人血脈付法の御法主上人猊下の御内証のことではない。

    我ら末弟は「日興遺誠置文」の「富士の立義聊も先師の御弘通に違せざる事」と仰せのごとく、御本仏日蓮大聖人の御弘通のままにということを強調する意味であった。その日蓮大聖人の仏法の正統の流れは第二組日興上人、第三祖日目上人、そして第六十六世の現御法主日達上人猊下の御内証に流れていることは、いうまでもない。

    したがって、こうした唯授一人の血脈に触れずに論ずるような表現は決して使わないようにしたい。

  3. 「大聖人直結」ということについては、大聖人即三大秘法の御本尊に南無し奉り、境智冥合するとの意味で述べたものである。したがって唯授一人、遣使還告であられる御法主上人猊下を通して大聖人への直結は当然であると拝したい。

  4. 「本因本果の主」は、久遠元初自受用報身如来の再誕であられる末法御本仏日蓮大聖人の御事である。また正宗においては、一往三妙に分けるなら、本果妙とは日蓮大聖人であられ、本因妙とは日興上人、本国土妙とは大日蓮華山である。しかし文底の三妙合論の上では、御本尊のことであり、日蓮大聖人の御当体に具わるのである。故に、大聖人を本因本果の関係を一般的に我々の人間関係について使うのは慎みたい

  5. 牧口初代会長と戸田前会長のあいだに師弟の血脈があったといった趣旨の表現は、あくまでも一次元として広宣流布達成への師弟の決意と約束と実践を通しての表現であった。ただ、こうした場合の血脈という言葉は使わないようにしたい。


(2)戸田前会長の“獄中の悟達”について

戸田前会長の、いわゆる“獄中の悟達”については、どこまでも大聖人の仏法を古今の教えのなかで最高のものであるということを悟り、大聖人の南無妙法蓮華経を広宣流布していくべき使命の自覚に立たれたということである。すなわち南無妙法蓮華経の大慈大悲に包まれた境涯に感涙したという意味であった。それが日蓮大聖人の御内証と同じであるとか、大聖人の仏法とは違う仏法を創造したと受け止めてはならない。


  1. 戸田会長の悟達を「従果向因」と表現したのは、法華経から大聖人の仏法に入ったのではなく、日蓮大聖人の御書にのっとり大御本尊への唱題の行を持続されて、法華経を読み切られたとの意である。しかし、このような場合に「従果向因」の語は適当でなく誤解を生ずるので、前会長の自覚に関連したような形では、この語を使わないようにする。

  2. 戸田前会長が、後に法華経を講義したために罰をうけたというのは、前会長は、大聖人の仏法の文底から解釈していったつもりであるが受講者にとっては、いつのまにか文上に流され、その理解にとどまったことをいったのである。

  3. かつて戸田前会長の悟達の意味を「己心の久遠の仏としての生命を覚知した」と解釈したこともあった。これは妙法に対する題目の力によって、我が胸中に力強く仏界が湧現することを表現しようとしたものであるが、十分その意を尽くしていないので、そうした言葉は使わないようにしたい。

  4. 戸田前会長が「仏とは生命なり」と叫んだということの意味は、キリスト教のように神を遠くに置き、神になれないといった考え方に対し、大聖人の仏法では、我が生命に仏界があると説かれている。その大聖人の仏法の深遠な偉大さを、透徹した信心で確信したとの意味である。すなわち御本尊への唱題によって、一切衆生に仏性があるということを実感したことの、一つの表現である。

  5. 学会の原点が戸田前会長の悟達にあるということをさまざまに表現した。例えばそこから「生命の暖流が流れはじめた」とか「仏法を現代に蘇生させた」とかいったが、いずれも学会の広布仏教の起点を意味したものである。この意味により正確にいえば、戸田前会長の獄中の自覚と決意が、戦後の折伏活動の起点となったということである。事実、戸田前会長は戦後の学会にあってひとり決然と折伏に立ち、75万世帯の達成をする決意で戦った。これがあって、今日のような大河のような広宣流布の姿がある。

    もちろん、根本は御本尊であり、日蓮大聖人の大慈悲である。かつまた、700年間、正宗の正しき法義、化儀があったからであり、それが見事に開花したのである。戸田前会長が戦後いちはやく総本山に御奉公をしたことをもってしても、他意がないことは明らかであることを確認しておきたい。


(3)本仏論について

  1. 末法の御本仏が日蓮大聖人お一人であられることは「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外未来までもながるべし」との御金言のごとく、末法万年にわたって変わらぬ根本義である。また学会の半世紀にわたる苦闘の歴史は、すべてこの日蓮大聖人が末法御出現の御本仏であることを、折伏をもって世界に知らしめてきた。

    日常の自行において、また化他行において、すべて日蓮大聖人を御本仏と仰ぎ、日蓮大聖人の魂をとどめられた御本尊を信心の根本対境とし、日蓮大聖人の仏法の広宣流布を実践の大目的としてきたのが、学会精神の骨髄である。

    故に、学会には本来、会長本私論などということは絶対にない。

    歴代会長を折伏仏教、広宣流布の指導者として尊敬し、またさまざまの指導をうけ、心からの信頼を寄せていることは、会員の自然の心情である。そのことを宣揚するあまり、あたかも大聖人と等しいがごとく受け止められる過大な言葉や表現を用いることは、厳重に慎しまなければならない。

  2. 戸田前会長のことを「地涌の菩薩の棟梁」といったことがあるが、これは在家における折伏仏教のうえの指導者という意味で使った。戸田会長自らいわれた言葉でもある。

    ただし、不本意ながら、文は意を尽くさずで、要旨としてまとめたとき、文脈上、上行菩薩の再誕即御内証は久遠元初自受用報身如来の再誕・末法の御本仏日蓮大聖人に通じるかのような文体となってしまった場合もあった。したがって、今後こうした言葉づかいに十分注意していきたい。

    また、我々が地涌の菩薩というのは、御書の「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか、地涌の菩薩にさだまりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑はんや(中略)末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」との御文等によったのであり、この表現自体は許されると考えられる。

    しかし、それは総じての立場であり、別しての日蓮大聖人に対するときは、地涌の菩薩の眷族というべきである。

  3. 牧口初代会長を一般用語として一時「先師」と呼称したことがあるが、正宗では二祖日興上人が宗祖日蓮大聖人のことをいわれた言葉である。したがって、会長もすでに述べているように、恩師戸田前会長と区別する意味で使用したことがあるが、今後はともに恩師と呼称し、初代会長を先師と呼ぶようなことのないようにしたい。

  4. 「諸法実相抄」の「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが…」の御文を講義する際、学会において初代会長、二代会長が唱え始められたとの表現があったが、現時点における学会における歴史的事実を述べたものであった。しかし、こうした論述をする際も、大聖人がただお一人唱え始められたお題目であることを銘記し、僭越にならぬように注意したい。

  5. 会長に関して「久遠の師」という言葉を使った場合があるが、これは師弟の縁が深いことを述べようとするあまり、行き過ぎた表現であった。正宗では久遠の師とは大聖人のことであり、今後、こういう表現を用いない。

  6. 「大導師」という表現を使ったこともあった。御書に「日蓮等の類いは善の導師なり」とあるように、仏法弘通の人は「導師」である。ただし「大導師」という言葉は正宗では総別ともに大聖人と血脈付法の日興上人等であられる。故に今後例えば初代会長を大導師と呼ぶような表現は使わないようにしたい。なお「本門弘通の大導師」とか「学会総体に久遠元初の生命活動を確立し」といった人がいるが、それは明らかな誤りである。

  7. 「人間革命は現代の御書」という発言については、会長もすでに明確にしているように、明らかに誤りである。

  8. 「帰命」という言葉は、正宗では仏に対してのみ使う言葉である。当初は「妙法への帰命」を大前提として「師への帰命」といったが、それが一部で「人への帰命」といった表現にまでエスカレートして会長が本仏であるかのような使われ方がなされた。これは誤りであり、帰命という言葉を安直に使用しては絶対にならない。なお「境智冥合」とは、境とは御本尊であり智とは信心である。したがって、会長と呼吸を合わせることを境智冥合などと、安易に使ってはならない。

  9. 「師が地獄に行けば弟子も地獄に行く」といったことについては、同志間の強い絆、苦悩の共有ということを強調しただけで、教義上の意義で用いたわけではないが、正宗では即身成仏であり、誤解を招きやすいので、今後使わない。

  10. 正宗では主師親三徳具備のお方は、日蓮大聖人お一人であられる。第九世日有上人の仰せに「高祖日蓮聖人ノ御抄ニハ、日蓮ハ日本国ノ一切衆生ノ親ナリト遊シテ候モ今ハ人ノ上ニテ候。但今ノ師匠在家ニテモアレ、出家ニテモアレ、尼・入道ニテモアレ信心無ニニシテ此妙法蓮花ヲ能ク進ムル人乃チ主師親也、能ク能ク心得ヘシ」とあるのは、総じての立場から述べられたと拝する。

    したがって、信心修行に関する指導のなかで、あえて凡夫の我が身にふ師親三徳が具わることを強調する必要はない。我々凡夫が仏知見を開いたとしても、そのところに主師親が具わるということは行き過ぎである。

    なお十数年前に、ある教学部講師が、筆記試験に際し、主師親三徳を現代生活のうえから説明するにあたって、会長と結びつけた表現のものがあったが、これら行き過ぎについて、今後十分注意したい。

  11. なお「ひのくに」については「会長が久遠の師」とか「会長の振る舞いが法であり、それに帰命する」「大聖人の御書を寸分たがわず身に移し、実践されている」等の趣旨のかなり逸脱の部分があるので、すでに廃刊処分にした。

    こうした内容表現は、今後絶対に使用してはならない。「潮流」についても同じ考えである。


(4)僧俗の関係について

  1. 昨年の1月15日の第9回教学学大会における「仏教史観を語る」と題する講演については、仏教史を通して広宣流布をめざす学会の今日的意義を述べたものである。

    今日、これだけの在家集団ができあがったことは、仏法史上、画期的なことである。しかしこのことを強調したことが、出家仏教に対して在家仏教を立てるというような印象を与え、結果的に正宗の伝統及び御僧侶、寺院の軽視につながる論拠を与えたことはまことに遺憾である。そうした考えはもとよりない。

    この講演の文中「葬式だけを行い我が身の研鑽もしない…」とあるのは、日蓮正宗僧侶を目して述べたものではなく、日蓮正宗以外の一般仏教界の多くの姿を語ったものである。したがって「既成の寺院の姿は、修行者の集まる場所でなく、道場でもない」というのも、正宗の寺院を言ったものではないことをご了承願いたい。しかし、そういう印象を与えたとすれば、まことに遺憾である。

  2. 維摩詰が供養を受けたことは法華経で観世音菩薩が受けたのと同じく仏に捧げる意昧である。ことに維摩詰は在家であり、供養を受ける資格があるとはいえない。経文に応供とあるのは仏のことで、供養を受ける資格があるのは仏以外はない。したがって、在家が供養を受ける資格があるという記述は改める。

  3. 寺院の存在についてであるが日蓮大聖人はお亡くなりになる前年の弘安四年には、身延に十間四面の堂宇を建てられ、これを久遠寺と命名された。そして「池上相承書」においては、「身延山久遠寺の別当たるべきなり」と日興上人へ遺付されている。さらに日興上人は、身延離山の後、正応三年、南条時光の寄進を得て大石寺の基を築かれたことは、周知の事実である。

    正宗寺院においては、正法をもって授戒、葬式、法事、結婚式等の衆生済度のための大切な行事を行なっている。寺院もまた、広宣流布のための活動の重要な拠点であることを認識したい。学会のみが広宣流布の場として、寺院がそうでないかのような表現は明らかに言い過ぎである。

  4. 「僧宝」とは、正宗においては第二祖日興上人のことであり、また会長も発言しているごとく唯授一人の血脈をうけられた御法主上人猊下であらせられる。したがってこの正宗教義の根本となる僧宝と信心実践面での和合僧ということについては、絶対に混同するようなことがあってはならない。

    また広義においても、学会を「僧宝」という言い方はしてはならない。

  5. かつて入信動機を語るに際し“正宗から学会へ入信”と記した表現があった。これは、それ以前も正宗であったが、学会に入って初めて正宗の真実の信仰にめざめたとの意味であり、信仰のあり方の問題であったが、正宗と学会が別であるかのような印象を与える表現となってしままったことは遺憾である。


(5)社会への展開について

学会は、実践の教学として社会に仏法を応用展開してきたが、それを急ぐあまり、宗門伝統の教学に対し、配慮のいたらない部分があった。この点は、今後十分留意していきたい。


  1. 「創価仏法」という表現を使ったことがあるが、これは折伏弘教のうえでの社会への展開という側面であった。すなわち、実践の教学の意義が込められていた。ものごとには一つのことをさまざまに表現する場合がある。いわば創価というのは、幸福ということであり、幸福の仏法という意味で用いたのである。

    また、仏法の展開に際しては、さまざまな現代の哲学、科学上の成果を踏まえなければならない。そのためには、多少の試行錯誤もあることは、当然、覚悟しなければならない。むしろ現代人にわかりやすいように、外護の責任のうえから、ある意味のクッションを置いた形が、後々のために望ましいと考えた。しかし「創価仏法」という表現自体は避けるようにしたい。

  2. 「日蓮大聖人の生命哲学」という表現は、厳密にいえば「日蓮大聖人の仏法」というべきである。日蓮大聖人の仏法は宗教であり、その実践においては、純一な信を根本とすべきである。ただ、広く仏法を理解させる素地をつくる手段のために、理論的には「生命論」「生命哲学」として展開することは、ご了解願いたい。

  3. 「うるし千ばいに蟹の足一つ入れたらんが如し」との御金言のごとく、正宗において謗法厳禁である。神社に対する寄付、祭礼の参加等の具体的活動においても、社会への対応というこ、とより謗法厳禁という信仰の姿勢から対処していくべきである。