(きゅうけいじかん)いんたぁみっしょん そのいち
数ヶ月後 朝霧の誕生日前日
朝霧が学校帰りに部屋に戻ろうとしているとき 管理人の枝黒さんに呼び止められた
「朝霧君 荷物が届いていたので 部屋の方に運んでおいた」
「あ はい ありがとうございます」
彼はそう言って枝黒に頭を下げると 自分の部屋に急いだ 階段を駆け上がりすぐ側の部屋の鍵を開ける 朝霧の部屋は寮の二階の端っこにある 数日の差であったが 完成直後の寮に一番乗りしたのが彼だった
部屋に入って明かりをつける・・・
懐かしい杉の木の香りが鼻をくすぐる
「木箱? 差出人は・・・ お爺だ 品名は ・・・得物・・・ えものって・・・ しかし参ったな 開ける道具がない」
数分後
結局彼は枝黒からバールを借りてきて木箱を開けた 杉の香りが一気に強くなる
木箱の中は杉の鉋屑がいっぱいに詰まっていた その中をこぼさないようにとそっとかき分ける
指先に何かが当たる感触 鉋屑をこぼさないようにそれをそっと引き抜いて行く
「鉈?(お爺は 鉈は山の男の魂だと言っていたな とは言え刃物マニアのお爺だからなぁ)」
彼は鞘に入った鉈に着いた鉋屑を落とし 少し離れたダイニングのテーブルの上に置き ゴミ袋を持って戻ってくる
「しかし よくこんなに鉋屑を集めた物だな」
言いながらゴミ袋に鉋屑をこぼさないように注意しながら移す 部屋の中に強力な杉の香りが広がるのを感じながら 他に何か入っていないか探す
「・・・袋に入ったサツマイモに 刀?にしては長いな 大太刀か? 刀身が三尺二寸はある しかし柄に足金物はないし 判断に困るな ・・・っと 手紙だ」
彼は手紙を鉋屑の中から取りだし 広げる それはお爺 朝霧の父方の祖父の書いた物だった そこには誕生日プレゼントとして鉈とコレクションの中から一本を譲る事と それらを持つことについての心構えがお爺なりに書いてあった
結局 他には刀と鉈を壁に掛ける為に作ったらしい手作りの棚が入っていた 取りあえず奥の自分の部屋にその棚を設置する事にした
程なくそこに掛けられる袋に収まったままの刀と同じように鞘に収まったままの鉈 そしてゴミ袋に移した杉の鉋屑を木箱に戻しダイニングの隅に置き直し 借りていたバールを返しに部屋を出て行った
朝霧の部屋の台所には二振りの包丁がある 片方はこちらに来てから買ったステンレスの文化包丁だが もう一つは小学校の入学祝いにやはりお爺から貰ったお爺の友人である刀鍛冶の作った少し大きめの包丁である あとはメンテ用の砥石が二つ
こちらに来てからは使うこと自体が少ないが 魚をさばく時などには決まってこの包丁を使っている
彼にとって実家での生活で言えば刃物は必需品だった だからか幼い頃から刃物の危険性等も十分に認知していた 無論ここに来てからはその用途が大きく減ったのだが 今でも気が向けば自分で調理するのだった・・・
翌日 朝霧の誕生日・・・
何事もなく学校から帰る 部屋に着き玄関を開け 鍵を閉めチェーンをかける
「そう言えば 今日は私の誕生日だったな ・・・ まあ関係のないことだ」
そう虚空に言い捨て 鞄をダイニングのテーブルの上に置き
自室の壁に昨日立て掛けた鉈を取り出し その場で鞘から抜き出した
(人で在る事と 生き物で在ることか)
そう思いながら息を止め鉈の刃の具合を調べる
(良い道具だ ・・・山の男として お爺から認められた と言うことか・・・ 喜ぶべき? なのか・・・)
鉈を鞘に戻し 一呼吸
「・・・ そう言えば 包丁を久しく使っていなかったな・・・ 次の休日にでも何かさばくか・・・」
言いながら鉈を掛け 袋に収まったまま掛けられた刀を取り 丁寧に袋から取り出す
(家紋?)
鞘に施されたお爺の家の家紋である神無月家の家紋を静かに見つめる
(武器の刃は敵と同時に己に向けられていることを忘れるな か・・・)
そして 鍔を親指で軽く押すようにし 刀を鞘から抜く 音もなく・・・
「はぁ?・・・」
いつもの朝霧を知っている人物なら これほど間抜けな顔をした彼の表情 と言うよりは 朝霧と信じられないくらい間抜けな表情をしていた朝霧が そのまま固まっていた
無言のままに鞘に戻す朝霧
気を取り直して もう一度抜く朝霧
「お爺・・・(何考えているんだ いったい)」
それは紛れもなく日本刀 伸びゆくような美しい鰤腹形 霞がかった嵐の海のような刃紋 ただ一つ普通と違うのは
「刃ぁ 反対やぁー こんなんで何切れぇ言うんやぁ・・・」
そう逆反りの刀だったのだ 因みに名は『神無月』
あと 自分が関西弁を喋っていることすら気づかないほどに動揺していた 動揺のために気がつかなかったことがあったことに気がつくのはまた別の話であるが 彼はこのあと2日ほど昏睡状態に陥る・・・
付け加えておくならば朝霧は鉈の扱い方は実技知識共に一人前であるが 刀の扱い方は知識のみであり 刀で物を切ったことなど一度もないのである もっとも彼が人を切る目的でこの刀を用いることは無いだろうが
後日 同寸の刀で練習する朝霧の姿が目撃されたとか されなかったとか・・・
解説:朝霧と刃物
鉈や包丁は生活のための道具であり 刀などの武器としての刃物は人を殺める道具以外のなにものでもない 彼にとって道具としての刃物は己の弱さを補うような物ではなく 日常のありふれた道具と全く同じなのである