あああゆびがかってにぃーーーっ
 

この話は八崎節子さん作の 「ロールシャッハの魔女」〜樺山アキの決闘〜 の朝霧サイドである
先に本編を読んでからこちらを読むのをお勧めする
 

では 始めようか・・・



 
 

  朝霧君の日常 或いは平穏な日々
   ロールシャッハの魔女 Asagiri's side
 
 

 シミュレーターによる訓練も終わり朝霧は 今書いている小説の事を考えながら 寮に帰るところだった
「ちょっと 待ちなさいよ」
 そう言われて 彼は若干遅れて立ち止まり 言葉を発した相手に視線を向けた
「人に会っておいて挨拶もなし?」
 彼女の言葉のアクセントが 取り巻きの人間の視線が 彼をからかっていると言っていた だが彼はいつも通りに返す
「悪い 考え事をしていたんだ 特に用事がないのなら行かせてもらうが?」
 彼は相手がとまどっているのか反応がないのを確認して 振り返り寮の自分の部屋へ戻ろうとした
「待ちなさいよ」
 相手が少し焦っているのが感じられたが 彼はそれを頭の隅に置きながら再び振り返り
「用がなかったのではないのか?」
 そう言った はっきり言って朝霧は早く寮に帰って話の続きを書きたいのだ だがこの様子ではしばらくは相手をしなくてはならないらしい 彼は腕を組み ならば物書きの足しになるかと思い 相手を観察してみる事にした
「な なによ」
 彼の碧眼が相手の目に向いたので動揺しているらしい 一般に日本人は相手と目を合わせて話すのが苦手と言われている だが朝霧はその一般の日本人とは違うようだ 欧米人のような碧眼が物語っているとも言えるが・・・
(たしか・・・ あれ? そうだ 名前は小畑カヨコだったな)
「なにか 言ったらどうなの?」
「用があるのは そちらではないのか? 用があるなら早く言ってくれ」
 朝霧はすぐに小畑にそう返し 反応を観察していた
(そう言えば こいつは地上に住んでいたんだったな たしか両親が何か事業で成功を収めたとか)
「そう言えば あなた山の中の出身ですって?」
「ああ 間違いない(どういう手段をここから切り出すかな?)」
「そう 山の中だと 何かと苦労も多かったでしょうね 私 そういう生活をしてこなかったから 少しも分からなくて」
「そうだな(言葉尻やアクセントはまあ表現できているな だがこの程度の事でプライドを保っているとしたら 哀れだな)」
「じゃあ これも本当かしら」
「・・・(さて 何を言って驚かせてくれるやら)」
「山の中に住んでいると やはり 生活のペースがどこに行っても変わらなくなるものなのかしら 訓練も勉強もそこそこにずっと活字を眺めてばかりいるもの」
 一瞬 朝霧は目を細めた 小畑がそのリアクションを見逃すわけもなく 口元がわずかながらにほころぶ
「(この程度か 興も冷めるな・・・ まあ 相手をしてやるか・・・)活字とつきあっていること自体は否定はせん」
「ふーん やっぱり」
「(では こちらから切り出した場合は どうなるかな) 実家か・・・ うちの周りは蕎麦が主食だな 今はかなり米も流通するようになったらしいが・・・ そうそう蕎麦といえばわんこ蕎麦が名物なんだ 毎年祭りがあって大食い競争するんだが これがなかなか見物でね(そろそろ かな) 君も機会があったら見に行くと良い たしか・・・」
「やっぱり田舎者ね 蕎麦が主食ですってあんな物を日に3回も食べるなんて」
「(少しは乗ってやらなくてはな)そうか? 旨い蕎麦を食べたことがないから そんなことを言うんだよ」
 朝霧は少し語尾を強調して言った 小畑は彼の予測通りのリアクションをする
(この程度か 参考にもならんな)
 彼は時計を取り出し時間を確認し
「じゃ 私はやりたいことがあるからここで」
「待ちなさいよ」
「さっきも言ったぞ 用があるなら早く言ってくれ とな」
「だから・・・」
 朝霧は小畑の言葉を遮るように
「小畑だったな お前のその取り巻きを侍らし上辺だけを繕うような脆弱な心の持ち主と 私は語る言葉を持ちたくない」
 そう言って 朝霧は小畑とその取り巻きの前から悠然と歩き出す 彼の背後からは小畑達の罵声が浴びせられるが 朝霧はそれすらも 物書きの材料として耳に入れていた
 

翌日
 朝霧はいつも通りに学校に登校した
「ん?」
 教室に入るなり違和感を感じた 自分の席が机ごとなくなっているのだ 何人か来ているクラスメイトが朝霧を見ている
「これは 候補者を首になったって事かな(いつもの事か・・・ まあいい寮にいれば連絡が来るだろう それにそれまではゆっくり出来るからな)」
 そう言って彼は本当に寮に帰ってしまった なんでも机の中には何一つ入れていなかったのでなんの問題も感じなかったと言うことらしい  この時点で尾上は久しぶりに朝のやかましい教室に入ることが決定された

 その朝礼にて
「先生 朝霧君は候補者を首になったんですか?」
 クラスメイトのそんな質問が出席を採ろうとしていた尾上の耳に入った 彼女は朝霧の席に目をやるが そこには誰も座っていないし 朝霧の席すらなかった どうやら元に戻すのを失敗したらしい
 

 どちらかといえば朝霧はいじめを受けやすいタイプの人間だ クラスのどのグループにも属していないし たいていの場合一人でいることが多く また訓練でもその特異な戦闘方法は敬遠の対象とされていた 当の朝霧はそんな事は日常茶飯事であり異常性それ事態を楽しんでいたのだが
 

 寮に戻って リビングにて静かにお茶を飲んでいた朝霧の目の前で電話が鳴る
「はい 朝霧です」
 電話の向こうでは尾上の声が今朝の事態を告げていた
「分かりました 一つよろしいですか?」
「候補者を首になった事実はないんですね?」
「はい 分かりました では今から学校に行きます」
 電話を切った彼はやれやれとため息をつき時刻を確認して 部屋を後にした

 一時間目の終わりに教室に入ってきた朝霧は 自分の机があることを確認し授業をしている教師に遅れた旨を告げると 何事もなかったようにその席に着いた
 その様子を 面白くなさそうに見ていた人物がいた 小畑だ 彼女と彼女の取り巻きは自分たちの用意したシナリオの予想を超えて 朝霧が行動したことに憤りを覚えていたのだ
 もちろん 朝霧はそのことを計算したわけではないが 気づいてはいた だがいつも通りに無視した 頭の片隅に置きながらもその程度のことで自分の時間を割かれるのがいやなだけである・・・
 結局その日はそれ以外はいつもの日常であった
 

 それからたびたび嫌がらせを受けていた 寮の部屋の鍵穴にガムを練り込まれていたのはまだ序の口のほうだった 朝霧にも当然堪忍袋なる物が存在する 既にその内圧は臨界に達しようとしていた とはいえそれが表情に出るタイプではないのだ彼は・・・
 

技術部三課 事務室
 技術部三課とはMAGIを除くがネルフのハードソフトに関わらずコンピューターシステム全般のメンテナンスを手がけている 同じ部屋に保安部二課があり 実際にはセキュリティー上の問題からこの二つの課がコンピューターシステムのメンテナンスをしている  また朝霧のサーバーを設計立ち上げたのもこの課であった 相談した相手がたまたまこの課の人間だったこともあったのだが・・・
「失礼します」
 朝霧はノックしてこの部屋に入った 後ろ手に戸を閉めると
「浅葱君か? どうしたんだサーバーが不調なのか?」
 朝霧を浅葱君と呼んだのは技術部三課課長の
「いえ大野さん 今回は保安部二課の秋山さんに・・・ いらっしゃいますか?」
「いや 今は席を外している 秋山に用とは穏やかではないな」
「そうですね しつけの悪い犬に吠えかけられていますから」
「そうか 相手は小畑か」
「やはり 知っていたんですね?」
「ああ確認している限り学校の件が14件 ネルフ内部で8件」
 朝霧の後ろから声がかかる
「それに寮での件が6件だ 全て証拠がある」
「あ 秋山さん」
「坊主 そう言うことは大人に任せておけ」
「と言われましても 私自身が激発しそうだからこそ ここに来たんですけどね」
「やるつもりか?」
「今はそのつもりがなくても 相手の挑発にすぐに乗ってしまいそうですよ」
「なら 「狩る」が良い だが手加減はしろよ」
「秋山 子供の前でそんな事を」
「おいおい 坊主までそんな目で俺を見るなよ 分かったよ お前は出来るだけ我慢していろ 報告書を作成して尾上に渡しておくから」
「分かりました では失礼します」
「今が耐え時だぞ 坊主 良かったら鎮静剤を打っておくが」
「いえ 結構です では失礼します」
 朝霧が部屋から出ていったのを確認して大野は
「秋山 浅葱が我慢できると思うか?」
「無理だな 確かに坊主はあの年ではよく精神をコントロールしているよ だがあの様子ではすぐにでも激発するな 俺達はそれをフォローするだけだ」
「秋山」
「なんだ 大野」
「おまえ 子供好きだろ」
「まだ独身だがな 子供は好きだよ お前も嫌いじゃないんだろ?」
「パソコンが好きな奴が好きなんだよ」
「素直じゃないね さて仕事に戻る やることは多いからな データ取り頼むぞ」
「ああ」
 

 技術部から寮に戻る途中 彼は小畑一党に会いませんようにと半ば祈りながら歩いていた
「あら 誰かと思えば 朝霧君じゃない」
 小畑の声が朝霧の耳に入った 見ると取り巻き達もいた 自分の中の感情という名の内圧が一気に臨界に達するのを感じる
「何か用か」
 高まった内圧を微塵も感じさせない いつも通りの返事を無意識に返す
「あなた最近 いじめを受けているんですってね」
「ああ しつけの悪い犬が多いらしくてな(落ち着け 朝霧 ここが我慢のしどころだ)」
「たいへんねぇ」
 小畑の口は朝霧のそれよりも勝っていた
 表情に全く出ないとはいえ 頭に血が上っている朝霧に勝ち目はないのだ 「頭に血が上った奴が負けだ」彼はそのことを痛いほど分かっているが 既に自分の頭に血が上っていることも分かっていたが 高まった内圧の影響かいつもは観察するだけの相手の物腰とその言葉に 神経を逆なでにされるのを感じていた
「そうだな まあ証拠を残して犯行に及んでいるから 生け捕りは時間の問題なんだがな 小畑 私は今非常に機嫌が悪い」
「そう?私はとても機嫌がいいの 結果がどうなろうと ね」
(愚かな 虚勢のために身を滅ぼすか ・・・ならば・・・ 滅ぶがいい)
 朝霧の瞳が虚ろになる そのことに気がついた小畑の取り巻きが朝霧から離れた
「カヨコさん」
 唯一 小畑のすぐ側にいて自分の持ち場を離れなかった二坂が たしなめるように小畑に言う だが小畑は笑みを崩さないまま 目で二坂を下がらせた
「今回のことは罰だと思わない?適格候補者としての 何たるかをわきまえたこともないんでしょう」
(なんたるか それが一つの事だとしか考えられないのか? ・・・くっ これ以上は)
 もちろん 朝霧には 小畑がどうやら重大な勘違いをしていることが薄々分かってきたが 既にその内圧は維持臨界を越え激発に向かっていた
「私は今 非常に機嫌が悪い 早々に立ち去れ(頼むよ・・・)」
「どうして?」
 笑みを浮かべつつ 朝霧に近寄り じっと顔を見上げる
「(そう・・・)忠告はしたぞ」
「忠告が何よ」
 一瞬の静寂の後朝霧の左手が小畑の両眼を軽くはたく なんの前触れも感じさせない始まりだった
 はたかれた小畑は反射的に目を手で覆い隠そうとするが 彼ははたいた手を鮮やかに返し両方の手のひらで彼女の耳を弱めに叩いた 鼓膜の機能を一時でも奪うために だが小畑は目ではなく顔そのものを覆い隠し必死に逃げようとする が辺りが見えるわけでもなくその姿はその場で慌てふためいているにすぎなかった そして朝霧はなんの迷いも見せずにその小畑の首を蹴り上げた
 鈍い音が 声が小畑の口から漏れる 朝霧の蹴り上げた足が降ろされると同時に小畑は倒れ込んだ 取り巻き達が倒れ込んだ小畑に駆け寄る だが朝霧と今 事を構える人物はいなかった 彼はまだうつろな目をしていたのだから

 程なく保安部の人間が現れ 朝霧は取り押さえられ連行された

 取調中に尾上は小畑の症状を告げた 視力に関しては全く問題なし 耳は左側の鼓膜に穴があいているとのこと 首に関しても重大な問題は見あたらず 精密検査の結果全治三ヶ月 しかも完治するとの事
「朝霧君 あなたわざと手加減していない?」
「むろん 手加減はした 駒を失うわけにも行きませんから」
「そう」
 尾上は困惑した表情で次の質問に移った
 

 翌日尾上は朝霧の行為を候補者達に公表し それに対する訓告と処分をそれぞれに告げた
 朝霧は3日間の独房入りとなった

 彼は独房のベッドの上に座り目を閉じていた 自分がこんなに脆いとは予測していなかった事に後悔していた

 途中面会人が来た保安部二課の秋山である
「坊主」
「すみません せっかく私のためになることをしていただいたのに無駄にしてしまいました」
「そうだな だがお前はよく耐えたよ はっきり言ってあれだけされて悲観しなかったこと自体は誉めてやりたいぐらいだよ だがな 子供なら子供らしくしたらどうなんだ?」
「・・・ 残念ながらnervそのものが私たちに子供であることを放棄させています」
「そうか」
「あなたが悲観することはありません 私が悲観していないのだから」
「坊主」
「はい」
「大野がサーバーの定期点検をしておくとのことだ」
「分かりました」
 面会人は朝霧の返事を待たずに 廊下に足音を残して去っていった
 
 

 あれから三カ月が経っていた
「朝霧 ちょっと良いか」
 放課後クラスメイトの笹川に呼ばれ教室を出る朝霧 彼がここでは話しづらいとのことから校舎裏へと着いていった
「で話ってなんだ?」
 いくつかの殺気を感じ 振り返った朝霧の全身にかなり堅い物で殴られるような激痛が複数同時に襲った ほぼ同時に5カ所若干遅れて2カ所 鈍器で殴られたと分析しつつも それを最後に意識が閉じた
 

「優しい 朝霧君に・・・」
(優しい? 馬鹿を言うな ・・・って 気絶していたのか?)
 彼はその体をぴくりとも動かさずに辺りをうかがう 全身からの痛みが気絶状態からの覚醒を告げていた
「お前は、こいつの味方をするのか!?」
(誰かが来ている 巻き添えになってしまうな・・・ 体の方は動作に問題はなさそうだ 痛みは あきらめるか・・・)
「うん。少なくとも、こんなところで、しかも複数で一人を痛めつける方につくよりは、はるかにまともかな」
(この声は樺山アキか? 戦闘継続能力に問題有り あまり巻き込むのは気が引けるのだが・・・)
「そうか」
「お前、大和だけでなく、朝霧ともできているな!?」
(はい? ・・・ 何でそうなる!)
「・・・へ?」
「あの、いつ、あたしが大和君や朝霧君と交際したと?」
(全くだ だがネタにはなるな・・・)
「とぼけても無駄だ。年がら年中、お前と大和が夫婦喧嘩しているのは、学校中に広まっている」
「・・・あのねえ、大和君とあたしは水魚の交わりでなくって、龍虎相撃つのほうなの」
「喧嘩するほど仲がいい、と、昨日の敵は今日の朋友、は、天地開闢以来のお約束だ」
(まあ 物語ではそれでも良い が現実は・・・)
「おいおい・・・」
「ほら、もうおまえがここに来たことは見逃すから、あっち行け」
「い、や」
(相手は六人か 呼称をターゲットに変更 リミッターは解除せず)
「そこに倒れている人間を見捨てて行くほど、あたしは薄情者じゃあないんでね。それに、朝霧君は面倒くさがって言わないだろうけれど、あたしはこの事、尾上教官にでも言うよ」
(あう ばれてる・・・)
「調子に乗るな。教官に気に入られているぐらいで」
(戦闘域にUnknown一人追加)
「教官は、あたしの事を気に入ってなんかいないよ。世の中、適材適所というものがあるでしょうが。あたしが教官に人の五倍は殴られるのは、それの一環」
(なんか支離滅裂だが よく言う 気を引いていてくれるのは助かるが 巻き込んでしまったな・・・)
 三人が樺山の方へ移動し 三人が近寄ってくるのを視界の端にとどめる
(射程距離内に入った さて・・・ 動けよ 速力が武器だ)
 彼は体中の痛みを意に介さずに 倒れている体制から一気に跳ね起きる 全身から激痛が脳髄に集まってくるのを感じながら右端にいたクラスメイト それ以上確認することなくその首に鎌のように鋭くえぐる肘か深く決まる
(このまま)
 そのままのモーションを保ったまま重心をわずかにずらし 二人目に対し後ろ回し蹴りによる牽制の一撃を放つ さらに重心を移行させ二人目の拳を払いのけ鳩尾に指を深く埋める突きが入った
(次)
 一瞬にして二人が戦闘不能になったためか 半ば自棄になって残りの一人がつっこんで来る 布吹だ 勝敗成績では朝霧は遠く及ばないというデータと 三ヶ月前の事件が彼の冷静さを奪ったのか それとも朝霧の虚ろな瞳を見てしまったからか
「愚かな(冷静な判断をしてこそ勝てるというモノだ)」
 そう言って飛びかかり膝を乗せたまま布吹の頭を片手につかみ地面にたたきつけた もちろん手加減をしてである 立ち上がり視線を辺りに走らせ状況を確認する
(布吹他二名生存を確認 樺山の方に負担がかかっている 急がなくては 倒れられてはかなわん・・・)
 彼が走り去った後にはうめき声一つ立ってはいなかった

 少し離れた場所で樺山が軽やかに逃げ回っているのが朝霧の視界に入る
(かなりのゲインだな あれでは持つまい)
 そんな感想を抱きながら 背を向けていた一人を一撃で殲滅した 気絶させたという方が正しいが・・・
(状況は? next one)
 見ると 樺山の目つきが逃げるときのそれとは微妙に変わっている
(後一人か)
 朝霧は残り一人の自分の相手の目をその虚ろな碧眼で見つめた 時折視界がぶれる
(かなり足に来ているな)
 相手もそれを見越してか蹴りを繰り出す 朝霧はその蹴りの引きと共に相手の懐に入り 鳩尾に深く手刀を突き入れ 手のひらで顎を突き上げた
(状況は)
 朝霧の視界には樺山以外立っている者はなかった 安心して樺山の方へ歩き出した直後
(巻き込んでしまったな なにかお詫びをしないとね ・・・って あらぁ?)
 体が崩れるような感覚に襲われ コンクリート製の床のなま暖かい感触がする 気を抜いたとたん倒れ込んだようだ 全身から打撲と筋肉の加負荷による激痛が脳髄を絶え間なく流れ込んでいるが そんな事に構うことなく本人は空を見上げながら
(さすがに無理をしすぎた これで 襲われたら終わりだな)
 そんな事を考えていた ふと
「ありがとう、助けてくれて」
 と樺山が言うが あれだけのゲインで動いておいて呼吸一つ乱さない樺山の様子に あきれ果てると共に安心した彼は
「駒をつぶすわけにはいかない。 医師団を呼んでくれ(処置は早いほうが良いからな)」
 そう告げた 彼女はうなづきこの場から離れて行った
(私の鍛え方とは違うようだな あれだけのゲインで動き回れるとは いや武闘場での長時間にわたる試合を考えれば当然か しかし 何でよく倒れるんだ?)
 そんな事を考えていると どこからともなく誰かが担架を持ってあらわれ 朝霧を含めた7人をこの場から運び去った

ネルフ内の病院
(ん? ここは?)
 目を開けた彼はここが病室だと気づく
「痛むな」
 言葉だけが部屋に響くとても静かだ だが少ししてその静寂がうち破られた
 ノックによって・・・
 ノックの後すぐに 戸が開き一人の看護婦が部屋に入ってきた
「あら浅葱君 珍しいわね加害者が被害者になるなんて」
「・・・ それ 冗談になってませんよ」
「はい体温計 脇の下ね」
「はい」
 渡された体温計を脇の下に挟む
「けんかなの?」
「・・・ さあ 私は何とも で?」
「でって?」
「相手6人 確か笹川・瀬野・布吹他三名の様態は?」
「大丈夫よ みんな一ヶ月以内に完治するわ」
 半ばあきれて答える看護婦
「出来ればそれぞれの様態を知りたい」
「だめよ 病人は身体を治すことが先決でしょ」
「では私の診断の結果は?」
「全身打撲 骨格には支障はなかったから一週間の入院ね」
「そうですか でも一人部屋なんですね」
「普通加害者と被害者を同じ部屋に入れないでしょ?」
「そうですね」
 ピピッ
 合図を聞いて体温計を看護婦に渡す
「今日明日はあまり体を動かさずに大人しくしてるのよ 浅葱君」
「お手数かけます」
 戸が閉まる音の後 彼は横になると静かになった部屋の天井に目をやり
(毎度の事ながら 医者や看護婦に知り合いが多いのは考え物だな・・・ しかも加害者として いや ものかきとしての方がたちが悪いかな・・・)
 そんな事を考えていた

 コンコン ノックの音が部屋に広がる
(ん?)
 コンコン 再び ノックの音が部屋に
(だれだ? いや 返事をするのが面倒だ寝たふりでもしておこう・・・)
 目をつぶり 体の力を抜く朝霧の耳に戸を開ける音が入ってくるのに時間はかからなかった
「寝ているの?」
(小畑か・・・ 病室ではもう少し静かにしてほしい物だな)
「お見舞申し上げるわ 朝霧君 良かったわね 目と耳が“まだ”潰れていなくて」
(恨まれていたか だが私を敵に回したんだ それなりの覚悟はほしいところだな)
 足音がベッドの側まで来る
「それにしても・・・」
(ん? 声が小さくて聞き取れん)
 足音が離れ 彼女が出ていったのを確認して 一度辺りを見渡し 再び目を閉じた
 そして意識は深い眠りの中へ
 

一週間後
 打撲が多かった朝霧は比較的早く退院できた 現在その報告のために技術部三課に来ている
「浅葱君 退院おめでとう」
「心配をおかけしました 大野さん」
「いや 心配はこれからだよ」
「?」
 大野は笑顔で分厚い本を朝霧に渡す
「はい 新しいリファレンスブック 入院中にサーバーのOSを更新しておいたから」
 朝霧の脳裏に秋風が吹く 珍しく彼が情けない表情を見せるのを笑いながら大野は言う
「大丈夫だよ 今度のはウインドウライクなタイプだから」
「は はあ」
 結局 今までのように使えるようになるのに2週間はみっちりかかった朝霧だった・・・
 合掌
 
 

 朝霧が退院してから 何度か小畑が彼に話しかけることがあった 必要ある物をのぞけば 彼の様子をうかがっているだけの会話だった 朝霧はそれらの会話を頭の片隅に起きながらにも 特に興味もなく何含むことなく受け答えしていた
 小畑らがいないことを確認して彼は樺山に
「あの女、何を考えているんだ」
「悪いことかな。ま、朝霧君が気にする必要もないよ」
(どうも・・・ 樺山もしっかりと例の件に巻き込んでしまったようだ 要因が増えてしまったな・・・)
 そんな事を考えながら席に戻る

 その日 訓練の後のプールから上がった後 朝霧の耳に急報が入った 洞木が襲われ大けがをした という物だった 寮に戻り 田舎から送ってきていた八朔を土産に大和に事を聞き 自分の部屋に戻るとの部屋のパソコンに今までの知る限りの物事と関連人物を 打ち込む・・・
(見落としも多かったが 今回の件はちょっと不自然な気もしないでもないな・・・ 情報が不足しすぎる 二課の秋山さん辺りなら何か知っているかもしれないけど彼から情報はリークしたくないしな 今 判断はできんか・・・)
 結局 判断は保留したまま布団に入ったのであった
 

翌朝
 朝の学校でノートパソコンを広げ 物書きをしている ふと小畑の方へ視線を走らせる 何かを見て笑みを浮かべている その小畑の視線の先には洞木の友人達が何か話をしていた
 それを確認した少し後だろうか 朝霧の背後に威圧的な気配が近寄る 直後彼の席のすぐ後ろの戸が開いた 振り返る朝霧
(樺山 か・・・ いったい何だ?)
 まるで獲物を見つけた獣が風下から近づくように 彼女はゆっくりと歩く
(おかしいな 行動がいつもの樺山じゃない・・・ 予測がつかんな)
「おはよう」
 いつもの笑みだ
「・・・小畑さん」
「お、おはよう」
(樺山と小畑 この二人がかんだ件は 該当するのは二つ・・・)
「あたしの態度に、適格候補者としてのやる気が見られない、とおっしゃったそうだけれど」
(どうも 怒っているようには見えないな 感情は暴走していないようだし・・・)
「人間、怒ったときに怒鳴るとは限らないし、悲しいときに泣くとは限らないでしょう。 紋切り型の人間観察は、金輪際、やめるのをおすすめしておくね」
(? 何をするつもりだ? しかし今の言い回し覚えておこう・・・)
「でも、そんなに分かりやすい表現方法を見たいとおっしゃるのなら、喜んで見せてあげる。 どうぞ受け取って」
 言い切った直後 彼女は大きなそれでいて早いモーションをおこし右手で 小畑を吹っ飛ばした
(何を考えている あの女はぁ)
 
 

 教壇に受け止められるように小畑の体が止まり 取り巻きに起こされる
 そして樺山は如月に押さえられた
(おかしい 樺山から感情の起伏が感じられない 何か在るな あ・・・)
 そんな事を考えている間に樺山の体が崩れる
(とりあえず保健室だな これは・・・ 考えるのは後でも出来る)

「おい、保健室に運ぶぞ」
「おい ・・・殴るだけ殴ってぶっ倒れた女を先に運ぶ気かよ」
 一触即発の空気の間に、つい、と割って入った者がいた。マユミだ。
「小畑さんの体の心配をなさっているのなら、今、そんな事を言っている場合ではないことはお分かりでしょう。 アキさんはこちらで運ぶので、あなたは小畑さんを運んでください。 お願いします」
(正確な状況判断だな)
 そのまま、彼女は相手の返事も待たずに背を向け 激発したアスカの押さえに加わる
「離してよ。あたしもあの女を殴るんだから」
 既に帆足と洞木に押さえられているが この様子では振りほどくのは時間の問題だろう

「大和 あれを止めてくれ」
 そう言った朝霧に彼は「勿論」とでも言うような視線を返して立ち上がり
「サードチルドレン、アスカ・惣流・ラングレー」
 ざわつく教室の中に言い放った
「何よ、大和」
 惣流の意識が大和に向く 「天敵」そう呼称される関係に言われて無視できる彼女ではない
「今、山岸が言ったことを聞き逃したのか。 そいつらにつっかかっている暇があったら、さっさと樺山を運んでやることだな」
 大和の台詞の間に 朝霧は立ち上がり 背後にある教室の後ろ側の扉を開き
「その通りだ(手間を焼かせるな・・・ ん? そろそろ時間か?)」
 言いながら鉄道時計を取り出して時間を確認し
「それに 先生が来たぞ」
 言い終えると同時に 教室前側の戸が開き尾上が入って来る 彼女は特に取り乱すでもなく口を開き
「小畑さん、歩けるの。そう、歩けない。なら、二人ほどで運んであげて。両脇から抱えるようにしていくといいわ。樺山さんの方は、三、四人で運びなさい。後の人は席について」
 一瞬の間をおいてクラスメイト全員が彼女の指示に従う その中
「悪いな大和」
「気にすんな」
(また八朔でも持っていくか)
 程なく一時限目が始まる・・・

 比較的退屈な授業・・・ 先生がさっきからずっと喋っている 授業と言うよりは講義に近い 勿論そんな授業なのだからまじめに聞いている人間はすくない
(さっきの樺山の突き ・・・は相手を排除するタイプの物ではないな 有効的な殺人の方法を知っていないにしても排除が目的ではあまりにもお粗末すぎる・・・
 では激発した感情のままに・・・ これは否定だ あれも結構感情が表に出る方のはずだ・・・ さっきの状態からして 少なくとも感情の激発はなかった ・・・ 見習うべき点かな しかし 私ももう少し感情が表情に出ればな 苦労はしないのだが どうもステージにはマリオネットしかいないらしい出来ることと言えば間抜けな顔を見せるぐらいか・・・
 ・・・脱線したな 考え方を変えよう 犯罪には必ず誰かが利益を得るとして この場合は利を得るのは 誰だ? 現時点に置いて有効な該当者はないな
 ここまで考えて違うとすれば 用意したデータに誤りがある可能性も在るな ・・・ふむ ここはひとまず保留だな)

 休み時間に入るなりすぐにアスカ達が教室から出て行く 朝霧は何事もなかったかのように教室を出た 階段を下りる
 ふと 保健室に向かっていることに気がつく
(あれ? ・・・ まあいい 後の状況を聞いておこう)
 保健室の扉の前に来たときだった ドアに手をかけた瞬間 中から
「そうよ!」
 惣流の声が保健室の中から聞こえる 続けて
「あの朝霧の攻撃のどこが不満かって、まず真っ先にうるさい口を封じなかった事よ」
「私なら喉を潰すかな」
「それからやっぱり足だよ」
「ええ。目と耳はその後ですよね」
「・・・あなた達、医者の前で、堂々と物騒な会話をするのはやめなさいね」
(喉は蹴り上げたのだが・・・ 撤退する タイミングが悪すぎる)
 ドアから手を離し そそくさと教室に戻る朝霧 結局次の休み時間にもう一度保健室に行く事を決めたのである
 

 終礼になってようやく尾上は姿を現した おそらく何かに手間取っていたのだろう 洞木達の話からすれば昼間にもいなかったのだから
 惣流の声が耳に入る
「尾上教官、アキはどうしているんですか」
「アスカ・惣流・ラングレー」
 機械的な視線を向け 尾上は告げる
「学校では先生と呼ぶよう、命じているはずです」
「・・・申し訳ありません、尾上先生」
「今後は気を付けて。洞木さん、号令」
 感情を押し殺すことに慣れたようないつもの声で彼女は洞木に指示を出す そして生徒が着席したのをその視線をくまなく走らせるように確認し 口を開いた
「樺山アキは今朝、適格候補者の規律を乱した罪を問われ、四日間の独房入りを命じられました。皆さんはこのような事態を起こさないように」
(興醒めだな 自分は先生の仮面をかぶったまま私達には的確候補者でいる事を 暗に強制するとは くだらん)
 そんな事を考えていると 惣流が立ち上がり尾上に抗議する
「納得がいきません」
「理由もなく仲間に殴りかかる者への当然の罰です」
「でも」
 視線を走らせると惣流を見てほくそ笑む小畑がいる
(事件の主犯はやはり小畑だな ・・・ ではその理由は? 私に対する復讐? いやそれならばこの件で惣流や洞木が関わるのは相手にとって不利なはずだ では 何が・・・)
 そこまで考えて行き場のない怒りに身を震わせている視線を惣流に移す
(激情家だな 惣流は 我を見失わなければいいが・・・)

 終礼が終わり尾上が出て行く 直後惣流がその足音も高く小畑に向かった
(あの馬鹿 それこそ思うつぼだというのに・・・)
 まるで待っていたかの様に小畑の周りを守るように取り巻きが囲む 惣流はそんな事を気にもかけずに激情のままに突き進む
 が彼女の行動を遮った者がいた 如月だ 彼女は惣流に視線を合わせ
「やめておきなさい それこそ 彼女の思うつぼよ」
「あんたには関係 ・・・あるか」
「一応 樺山アキ専属の“コーチ”としては 放っておけないから」
 咳払いをした相田に苦笑を向け 彼女は立ち上がり
「そこで・・・」
 小畑の方へ歩み寄り
「小畑さん。あなたに決闘を申し込むわ」
(なに ・・・ 何を考えている如月のやつ)
 目を細め驚いている朝霧
「・・・決闘?」
「別に 果たし合いでも 挑戦でも 手合わせでも 何でも構わないけれど とにかく あなたと賭けがしたいの もしあなたが勝ったら 私は今後 あなたの下僕として従事するわ」
(何かを知っているな如月は そうでなくてはここまでの事言えるはずはない 酔狂で動くような人物ではないはずだし)
「下僕 とは ものすごい条件を出すのね」
 カヨコは何の動揺も見せずにさらりと言った
「で?あなたが勝った時はどうすればいいの?」
「下僕になれ とは言わない 今後は 適格候補者として“おとなしく”してもらうだけ ・・・言っている意味 分かるわね」
「余程、自信があるようね いいわ その賭け のりましょうか」
 どよめきがおこった と アスカがミヅキに近寄って言う。
「あんたに手を貸すのは気が引けるけれど あたしも加勢させてもらうから」
「それは心から嬉しいけれど 無理よ」
「どうしてよ」
「あなた、今日のこれからの予定は」
「ネルフ本部で 弐号機のテストだけれど?」
「だから無理なの」
 ミヅキはアスカからカヨコへと顔を向けた
「決闘方法は、もちろん、柔道剣道合気道レスリングボクシングフェンシング野球サッカーフルマラソンバレーボールバスケットボールフットボールポーカーブラックジャックルーレット暗算しりとり百人一首 のどれでもないわ」
「じゃあ何なの」
 ミヅキは意味ありげに頷いた
「とても、適格候補者にふさわしい決闘法よ」
「適格候補者にふさわしい 決闘法?」
(ふさわしい か・・・)
 決闘の重大さよりも 自分の好奇心がくすぐられるのを朝霧は感じていた

(決闘・・・ 対立する者が第三者の前で雌雄を決する為に行う・・・ 儀式・・・)
 電車が揺れる 時折信号が通り過ぎて行く そんなジオフロントへと続くトンネルの闇に瞳を向け事を考えている朝霧 小畑らは隣の車両に如月は昇降口を挟んで向かい側のシートで惣流らの質問をかわしていた
 視線を小畑らのいる車両から反対方向の如月の方へと流し 再びトンネルの闇に向けた
(如月の目的は? 一連の事態の収拾ならば あれは私なんぞより正確に物事を捉えていることになる 悔しいな)

 シミュレータールーム 通称そう呼ばれている空間に入る ここにはエヴァのシミュレーターが整然と置かれており少し離れた場所に制御などを行うブースがあった
「ほう」
 ざわつく中に入った第一声だった 朝霧の視界には赤城博士に近づく如月の姿から 昨日の洞木の件の関係者 あと その如月の方に視線を向けている小畑と取り巻き5人 一連の事件の関係者がほぼ一堂に会していた
 如月と赤木博士の話し声が耳に入る
「シミュレーションで、エヴァ同士の模擬戦?ええ、できるわよ。範囲外の地点にダミー使徒を配置して、そのままフリーズさせておけば」
(なるほど 確かに的確候補者にはふさわしい と言えるな・・・)
 赤木博士の答えが予測通りだったのか 如月の表情が微笑む 彼女はそのまま質問を続けた
「最大、何人でできますか?」
「四対四の、八人が限度。ひょっとして、今から?」
「恐れ入りますが」
「いいわよ。というより、今日は特別なプログラムはなくて、私もマヤに記録を任せるつもりだったから、たまには息抜きに毛色の変わったことをするのも良いかもしれないわね」
「ありがとうございます」
 振り返った如月は「聞いていたでしょ?」とでも言いたげな視線を小畑に向けて
「だ、そうよ」
「要するに、自分一人では負けそうだから、団体戦にしたい、ということ?」
「ええ」
 如月はあっさりと頷く
(上手いな ここで相手に降りられては今までのお膳立てが不意になる)
「代わりに、下僕になるのは私の方の人間も含めて、ということで。・・・どう?」
「別にいいわ。ま、お友達の少ないあなたの賭けに付き合ってくれる人間が、三人もいるかどうかは疑問だけれど」
(いるんだな これが・・・)
 朝霧が自分の考えに苦笑している間 小畑はその取り巻きから人選を行っていた
 如月は普段彼女と仲の良いクラスメイトに視線を向ける がおのおの視線を合わせようとはしないか もしくは明らかな拒否を示していた
 そして 如月の瞳が一瞬力を失った直後 意外な人物が声をかけた 帆足だ
「ねえ、ミヅキちゃん」
 彼女は 上目遣いで如月に尋ねる
「ミヅキちゃんの方の人、空きはある?」
「私の方は 後三人 空いているわ」
「なら 私が立候補する」
 皆は思わず「おお」とどよめいた。帆足と如月は、如月と惣流の仲が悪いため、そんなに面識はないのだ。
「ちょっと、マリエ」
 案の定、シミュレーション組にくっついてきた惣流が帆足に言った。
「あんた、正気?ミヅキの賭けなんかにのってやるなんて」
「だいじょぶ。ほら、アスカちゃんは弐号機のテストでしょ」
 帆足の言葉が終わるのが早いか、惣流の両脇が抱えられた。
「帆足の言う通りやで、惣流。ほな、行くか」
「じゃ、行きましょ」
 両脇を綾波と鈴原に抱えられて、惣流は無理矢理に連行されていく。
「あんた達、離しなさいよ!・・・マリエ、あたしとアキの分も、そいつらを叩きのめしてやって。ミヅキ、もしマリエがカヨコの下僕になるような事態になったら、あんたの首に縄をつけて、ミサトのルノーで市内中を引きずり回してやるから」
「そんな事は永久に起こらないから、安心なさい」
 如月が意地の悪い笑みを見せて呼びかけ、惣流の返事を待つ間もなく扉が閉まった。
 思わず、皆の間で重苦しく沈黙が流れる。
(第一関係者に訪れた事件の首謀者を叩くチャンスか 逃す手はないな)
 その思考を最後に 朝霧はリスクを天秤に掛けるのを止め 沈黙を破った
「如月・・・ どうやら、その賭けに私ものらなければならないようだな(・・・まあ 負けたらガン細胞にでもなるさ)」
「事情を察していただいて、助かるわ」
 どよめきの後クラスメイトの視線が後方で腕を組み傍観を決め込んでいた人物に集まる 大和だ
「・・・お前ら、俺に何を期待している?」
 後方で騒ぎを眺めていた大和が 苦り切った顔で言った
「でもお」
 と、帆足が笑って言う
「ライバルのピンチを助けてあげるのは、物話のお約束だよ」
「それに」
 如月が追い打ちをかける
「あなたにも分かっているはずよ。これには、適格候補者としての誇りがかかっていると」
「第一(奴の場合はと・・・)」
 とどめにタケオが畳みかける。
「こういう 面白そうな戦いを 脇から見ているだけでいいのか?」
 しばらく唸っていた大和だが、ついに折れた。
「仕方がない。四人目に立候補してやる」
 より一層 大きな歓声が上がった よく見ると様子を見守っていた職員からも・・・
「おお」
「やはり、愛の力が勝ったのか」
「恋する二人を引き裂く者を倒すために、少年は立ち上がったのね」
「だから、俺と樺山はそういう関係じゃない、と言っているだろうが」
 涙を流しつつ大和は頭を抱えた 無論 彼がそうするのを分かっていて 皆 からかっているのである
 ともあれ、これで必要人員はすべて揃った
「じゃあ、私はアスカ達のテストに行くから。後はマヤ達に任せるわ」
 赤城博士はそう言ってシミュレータールームを出て行く 残った伊吹女史は舞台進行を始めた
「それでは、簡単にルールを決めましょうか」
 手際よく決定されたルールは次のような物である
 まず、四体四の団体戦であること。
 それぞれシミュレーションマシンに乗り込み、めいめいに武器を選択し、第三新東京市を模した疑似空間で戦う事
 相手を全滅に追い込んだ方が勝ちである事。
「で、その後、できればフリーズを解いたダミー使徒も倒してね」
 こういう辺りとばさないのは性格故か・・・
 ともかく 八人はそれぞれにシミュレーションマシンに乗り込んでいく

 シミュレーションマシン エヴァの操縦系をシミュレートする物でLCLこそ使わないがシンクロ率まで出る優れ物であると言えるだろう 内装はエントリープラグよろしく作られている
 朝霧も中に入り定位置に着く いわゆるシートではないLCLもないためひどく不安定にも思えるが 構わずシンクロを始める 儀式的に映し出される実際のシンクロ時と同様の映像の後 定位置に着くと伊吹女史の説明が入った
「それぞれの組に四つずつ、武器を配ります。よく相談して装備して」
 指定の位置に武器を配置している、作業員の様子が映しだされる。芸が細かい。
 四つの武器とは、それぞれ次の通りである。

・ソニック・グレイブ
 シンプルな形状の高振動粒子の刃をもつ竿状の武器 実体は柄を長くしたプラグナイフ 中接近戦用

・スマッシュ・ホーク
 高振動粒子の刃をもつ斧状の武器 接近戦用の斧 洗練されているとは言い難い

・パレット・ガン
 劣化ウラン弾を一度に二十〜三十発 電磁レールで撃ち出す銃 威力はやや弱い

・ポジトロン・ライフル
 小型の陽電子砲 強力だが 構造が複雑なため 使用回数は少ない

 武器を視認して朝霧はチームのメンバー 如月・帆足・大和に回線を開く 映し出される映像は実際のLCL上に表示される映像ではなく まるではめ込み合成である
「さて 誰がどれを取る?」
「俺はこれを取るぞ」
 大和が斧・・・ スマッシュ・ホークを選んだ 彼のエヴァにスマッシュ・ホークが装備される映像が映る
「(妥当だな)では 私はこちらを取るか」
 ソニック・グレイブを選択しようとした朝霧に
「ごめん朝霧君 私 直接武器の方がいいの」
 帆足が言ったので手を止めた
「(他に近接武器はナイフがあるか・・・ そうだな)別に私は構わない」
「ありがと 遠慮なく取らせてもらうね」
 帆足のエヴァがソニック・グレイブを取った 朝霧は視線を如月の方に向ける 彼女はすぐに気づき
「じゃあ 好きな方を取って」
「なら こちらを取らせてもらおう」
 朝霧のエヴァがパレット・ガンを取る
「なら 私は残ったこれ か」
 如月のエヴァが ポジトロン・ライフルを取った
「作戦はどうしようか」
「作戦 ・・・なあ・・・」
「向こうは 小畑カヨコ本人も含めて 特に秀でたところはないけれど 平均能力は高い方 一方の私たちはそれぞれ秀でた部分があるものの 平均的な能力は疑わしい面がある」
「はっきり言った方がいいぞ如月 一つの事でしか役にたたんって」
 キョウヤの言葉に 四人は苦笑する
「とにかく 私たちでも 一人で彼ら複数を相手にすると かなり苦戦すると思う 彼らもそれを分かっているだろうから全員で各個撃破する作戦にでると思うわね」
「いやらしい作戦だな では 私達はその裏をかけばよいわけだ(・・・しかし分散・各個撃破が戦術の基本だが 我々が散る必要性もないと思うが・・・)」
「そう ここは囮作戦といきましょうか 誰か一人が囮になって彼らを引きつけ その間に他の人間が一人ずつ叩きつぶす」
「それはそれでいやらしい作戦の気もするなあ ま 勝てるならいいよ で 誰が囮になる?」
「一番動きやすい奴がなるべきだろうな シンクロ率の一番高い奴は誰だ?」
 ちゃんとシンクロ率がエヴァの動きに反映されるのである 勿論本物には及ばないのだが
「私かな うん やっぱり私だ」
「帆足を囮にするのか? 気が引けるな」
「自分で シンクロ率が一番いい奴 っていったのよ 大和君 まさか この中で一番シンクロ率の悪いあなたに任せるわけにはいかないでしょう」
「そうそう 全力で逃げるからさ 安心してよ」
「・・・なら 分かった」
「では 行こうか」

 映像が疑似第三新東京市を映し出す
(天候は曇り 視界は良好 シミュレーター訓練も長く行っている 土地勘の分では五分 戦力比はほぼ同じ 作戦上で行けば後は個人の実力次第・・・ ナンセンスな作戦だが始まった以上は勝たねばな 状況開始より4秒か)
 ゆっくりと分散しながら チームのエヴァがそれぞれに武器を構えたまま進む 朝霧はチームの通信ウインドウを半透明に切り替え開いたままにし 相手との回線を音声のみで常時確保できるように設定し 自身は物陰に隠れながら進む
 ふと物陰向こうに如月のエヴァが見える
「それっ!」
 彼女のそんな声が届く直前に彼女のエヴァは走り出した
(敵を発見したか 上手く誘導してくれよ如月)
 外からのパレット・ガンとポジトロン・ライフルの発射音が断続的に耳に入り 続いてエヴァ一体の足音 さらに遅れて数体のエヴァの足音が通り過ぎていった
 如月のエヴァを追いかけて行く相手チームのエヴァ四体を 物陰に隠れながら視認し 朝霧のエヴァは少し間を開けてやはり物陰に隠れるように後を付けはじめた

 通信ウインドウの帆足が誰かと戦闘を始めたのを横目に比較的市の外れで朝霧は布吹のエヴァと目があった
(敵装備はこちらに同じ 残弾数のみ有利か・・・)
 距離は十分に離れており 両者ともそれぞれにパレット・ガンを構えたまま 相手の出方をうかがっている
(ATフィールドまではシミュレートせんだろうな では 相手の弾切れを誘うが常策 では奴も同じ事を考えるな・・・ ?なにか 忘れているような)
 布吹からSoundOnlyで通信ウインドウが開き 挑発する口調で
「どうしたのかな。撃ってこないのかなあ?」
 朝霧は即座にそして冷徹に返す
「それはこちらの台詞だ。私は無駄に使用する必要を感じないため、むやみに撃つ気もない(・・・そうだ 使徒の存在を忘れていたな)」
 直後 全データウインドウを展開し一気に頭に通す 拾うは使徒のデータ 位置・形状・重量等々・・・
 得意技とでも言うのだろうか視界上の情報を視線一つ動かさずに一瞬で読みとる 彼にとってはそれが普通だった 寮のサーバーでもパソコンでも・・・
 データウインドウを広げてから2秒とかからず ウインドウを閉じながら彼はエヴァを反転させ全力で加速する
「口ほどにもない 逃げる気か」
 布吹のそんな言葉に
「ここはこう言うべきだろう 戦術的撤退だ と・・・」
 しっかりと返す朝霧 直後黄金色の弾道が視界の前方に流れる 布吹のパレット・ガンだ
(ダメージ軽微 動作に支障なし)
 そんな一瞬のダメージ確認の後 現在位置を確認し
「アンビリカル・ケーブル切断、お願いします」
 そう言って減速することなく アンビリカブル・ケーブルの範囲である市内から一気に範囲外である市外へと駆け抜ける
 内部電源のカウントダウンが180秒から始まる
 左前方にフリーズ状態の使徒を確認しながら後方の布吹のエヴァが市内にとどまるのをレーダーで確認し 布吹の位置からは山一つ向こうのフリーズされた人型のダミー使徒の前で急制動をかける 残り時間163秒
 そのダミー使徒の腕に当たる部分をつかみ ハンマー投げの要領で使徒を放り投げた きわめて正確に布吹のエヴァに向かって放物運動をするダミー使徒
「なんだとお!?」
 開きっぱなしの回線から彼のそんな声が聞こえ 若干遅れて戦術NN爆弾級の爆発が起こった 衝撃波の後朝霧は全力で布吹のエヴァの近く 爆心地の近くの生き残っている電源ビルに急ぐ 残り時間134秒
 それから27秒後にケーブルをつなぎなおした朝霧は爆心地付近の 布吹のエヴァのケーブルを手がかりに相手を探す 程なくケーブルがビルの残骸の山の内部へとのびているのを見つけ その中に布吹のエヴァが埋もれていることを確認し
(ここで 切断しても良いが それよりはとどめを刺すべきだろうな 儀式的な色合いが強い今回の事では特に・・・)
 そんな事を考えていると 開きっぱなしのチームメイトの通信から大和と帆足が龍川と二坂を撃破したことと如月と小畑が戦闘中であることが確認できた
(他の敵を心配する必要はないか・・・)
 そんな事を脳裏に置き 瓦礫の中から這い出て来るであろう位置を全て見渡せる位置にてパレット・ガンを構える
 しばらくして布吹のエヴァは残骸から上半身を乗り出すようにして辺りをうかがう 彼のエヴァがこちらを向いた直後
「口ほどにもない、とはこちらの言葉だったな」
 そう言ってトリガーを引いた いくつもの弾道が吸い込まれるように相手の頭部に集中する それはほんの3,4秒続き 朝霧は相手の沈黙を確認すると ウインドウを開き大和らに合流すべく駆けだした
(残弾は時間にして約8秒 十分だな)

 朝霧のエヴァが既に雌雄を決した如月と小畑のエヴァを望遠で捉えた
 如月のエヴァはソニック・グレイブで 小畑のエヴァのあちらこちらを何かを探すように軽く叩いている
 それがエヴァの顔の辺りに軽く触れさせた途端
「何をするのよ」
 彼女が叫んだ むき出しの感情で もしこれが実際のエヴァならば分からなくも無いが これはシミュレーションである実際にシンクロしているわけはない 明らかに過剰な反応だった
「まさか」
 何かに気がついたような如月の声が そして望遠のままその様子を見ている前で 彼女のエヴァはソニック・グレイブを小畑のエヴァの顔に突きつけた
 直後
「やめて やめなさいよ ちょっと 他のところへやって」
「カヨコちゃん、落ち着いて」
 再び 感情むき出しの過剰なまでの反応を見せる小畑 伊吹女史の声など届いていないようだ 既にパニックに陥ったらしく彼女は叫び続ける
「どうしてこうなったのか、よくよく考えてみなさい」
 何かをあきらめるかのような口調で言った後 如月は小畑のエヴァの眉間をソニック・グレイブで突き刺した
 悲鳴があがる むき出しの恐怖という名の感情を全て体外へ吐き出すように
 だがそれも ゼンマイ仕掛けの人形のように最後は力無く途切れた・・・
 そして 沈黙が訪れた
 
 

 沈黙を初めに破ったのは伊吹女史だろう 彼女がダミー使徒のフリーズを解除すると 使徒はあっさりと事切れ 画面は「YOU WIN」という表示に切り替わり 続いて一通りの成績が表示された
(勝利はしたか しかし小畑にあれほど脆い点があったとはな・・・)
 そんな事を考えながらシミュレーターから朝霧は出た 大和や帆足そして如月もシミュレーターから出ている
 ギャラリーとでも言うのだろうかそれらは小畑の入ったシミュレーターの方を心配そうに見つめている どうやら外に出てこないらしい ノイズのような思考が脳裏を走るのを彼は感じていた
 結局 出てこない小畑をムサシがシミュレーターのハッチを強制解放して中に入った 少しして小畑がぐったりとした状態でムサシらによってシミュレーターから引っぱり出された どうやら気絶しているようだ
「おおい、大丈夫か」
 ムサシの声も届いていない 彼は相方に視線で訴えた その相方たる浅利は少し躊躇った後に 小畑の頬を数度叩く
 目を覚ました彼女は若干の放心の後すぐに身を震わせしきりに何かをつぶやき始めた ただ距離がありすぎたのか朝霧の耳には届いていない 何か口を動かしているのがみえるだけだった ムサシや浅利や小畑の取り巻き達が何度も呼びかけるが それしか知らない哀れな人形のように彼女は全てにおびえるように身体を震わせ つぶやき続けた
 突如ムサシが声を上げる
「マヤさん、手鏡、持っていませんか」
「ええ、持っているけど」
 心配してこちらに歩み寄ってきていた伊吹女史は近くのクラスメイトに持っていた手鏡を渡す その手鏡は数人の手を通り最後に浅利の手を通して小畑のもとに届けられた
 彼女がその手鏡をのぞき込む その表情が見る間に変わる 怯えから陶酔へと
「私の顔、・・・傷ついてない。醜くない」
 鏡に映る自身をそっとなで愛おしそうに言う小畑が ほほえみを浮かべる
 その様子を見ていた朝霧の中の思考ノイズが消えた
「・・・そうか・・・」
 自身の呟きに気づき思考をまとめる・・・
「どうして私への復讐を絶えず考えていたのか。・・・顔を傷つけたからか(・・・そこまで執着する必要が あいつにはあったんだな・・・)」
 視線の先では 小畑が医務室に運ばれて行く
「そう」
 誰に言った言葉ではないのだが横にいた如月が口を開く
「彼女の精神を形作る 何よりも重要な要素は 過剰なまでの自己愛なのよ 彼女にとって自分の顔と精神の美は絶対でありそれを傷つけたり 脅かしたりする者は おそらく悪 だから 朝霧君にもアキにも敵対してきた まあ このままうまく育ったら 二十一世紀最大のスターになれるけれど 少しでも歪んで育ったら たちまちファシズムに溺れるわよ それぐらい危うい思考の持ち主ね」
「しかし 私は自分のしたことについて謝る気はない」
 口元がゆるむのを感じる 心にあるのは如月への心地よいまでの敗北感・・・
「それはそれで構わないわ 所詮は他人の人生よ 自分がある程度干渉したからといって 一々責任を取らされてたまりますか」
(そうだな・・・ ・・・ そうかもしれんな)
「ねえ」
 帆足が如月との間に話って入って来るなり
「勝ったんだからさ もう少し嬉しそうな顔 しようよ」
(・・・・。 お前は いつもうれしそうだろ)
 そんな事を考えていると
「じゃ 記念写真取るぞ」
 いつの間にかカメラを構えている相田 さらにいつの間にか最も写りの良い位置を取っている大和
「・・・まあ、いいか」
 無関係の筈の者も混じり、四人は中央でそれぞれポーズを取った。
「そういえば 大和君 苦手なシミュレーションなのに強かったね」
「愛の力でしょう」
「龍川も気の毒に」
「・・・お前らな 本当に一人ずつ殴るぞ!」
 シャッターが切られる 大和の青筋をしっかりと捉えて・・・

 その日の夜 彼は病院を訪れていた
「あら 浅葱君どうしたの?」
 背後から看護婦に呼び止められる
「小畑さんの様態を知りたく思いまして 教えていただけますか?」
「良いわよ 丁度ここにカルテもあるから」
「お願いします」
 カルテに目を通しその看護婦はさらりと答えた
「全く異常なしよ」
 いささか拍子抜けの朝霧
「・・・本当?」
「うそをつく必要もないでしょ?」
「そうですね では精神面では?」
「それはまだね」
「そうですか・・・ ありがとうございました 夜勤がんばってくださいね」
「どういたしまして」
 彼は今来た方へと戻って行った その場から離れながらその看護婦は朝霧の背に目を向け
「いつもの事だけど あの子もあの子なりに気を配っているのね」
 そう呟いた
 

数日後
 いつもより早く教室に到着した朝霧はノートパソコンを広げメールを確認する
 ふと到着メールの中に見慣れない差出人の物があった knownと名乗る差出人からだ メールを開く そこにはただ一行「あの件は全て終わった」そう書かれていた
(どうやら 私も樺山も良い仲間を持ったようだ 小畑の敵属性を解除 と言う辺りだな・・・)
 そんな事を考えながら メールを破棄し ここ数日滞っていたものかきの続きを始めるのだった
 ふと行き詰まり天井を見上げる
(ん? 今日かあれが出てくるのは・・・ そうだなミカンでも送るか)
 そのまま彼は 通信販売のコンテンツを開いた・・・

 十数分後 教室の前の扉が勢い良く開く
(来たか・・・)
「まにあったあ」
 彼女はそう言った 独房に入っていた雰囲気は微塵も感じさせずに
「何だ、拍子抜けしたよ」
 そんな声もあがる
 席に着いた彼女のもとに洞木が歩み寄り話しかける

 ふと 如月に小畑に視線を走らせる 如月は無意識に近いような笑みをうかべている 一方小畑は帆足が如月の首を絞め始めるのを見るとすぐに席を立ち 彼女のもとへ
 そこまで確認して朝霧は視線をノートパソコンに戻した
(まあ 完璧 とは言い難いが終わったな いつもそこにある日常 か・・・ それとも)
 思考をうち切り キーを叩く・・・
 しばらくして時計を取り出し
「(時間だ・・・) 先生が来るぞ」
 それはいつもの学校という名の空間の始まりだった
 
 

 実はこの時既に朝霧がネットで注文した温州みかん一箱が寮の樺山の部屋に向かって発送されていたのだが
 この時点では彼女に知る由はないのわけで・・・
 それはまた別のお話 と言うことで・・・
 今回の一連の件はこれで幕を下ろしたのだった

 ロールシャッハの魔女 Asagiri's side Ende

お後に
 ああ 書いてしまったよ ついに
 延々とほぼ朝霧君の一人称で・・・
 まあ いいか

 で せつこさんに読んでもらってチェック
 な訳で これがリリース版になります・・・

 兵庫県出石のわんこ蕎麦は本当にあります お試しあれ
 ただし店を選んで入りましょう 城下町にある店ですよ また店によってかなり味にばらつきがあります



 
 

おまけ
 朝霧君の書き方講座・・・

 一人称は私
これは彼が的確候補者としてtokio-3に到着後から使っている それ以前は僕

 感情表現に支障有り
彼は後天的な理由により喜怒哀楽の表情を自然に浮かべる事が困難になっています 特に怒と哀はほぼ完璧に表情に浮かびません 残りの喜と楽の感情は注意して観察すれば問題なく分かる程度です 勿論自分で表情を作ることは出来ます

 行動から導き出される性格は
基本的にその行動からは優しさが感じられるのですが その優しさをあまり知られたくない点があります 特に直接的に「優しい」なんて言われると真っ向から否定します 彼の優しさの全てを知っているのは現時点では(故)宗谷 裕美ただ一人です また 直接的な優しさはあまり表現しません

他には 例えば・・・
 舞台背景 商店街 キャスト朝霧 健夫 男の子幼稚園児と推定

「ん?(何か 探しているのかな?)」
 彼の視線に 向こうからキョロキョロと視線を動かして歩いて来る男の子が映る
 程なく二人はすれ違った その時朝霧の視界の端で異常な速度で男の子の姿が消える その不自然さに思わずそちらに視線を向けた
「うわぁあああああん」
(参ったな・・・)
 転んだ男の子を視線の端に引っかけ思わず辺りを確認する朝霧
(この子の親は いないのか・・・)
 ため息をつきながら その子の側で跪き
「大丈夫か?」
 その子は彼の声も届かずに泣いている
「こんな所で泣くなんて 恥ずかしくないのかい?」
 そう おどけるように言った言葉 特に「恥ずかしくないの」の部分にその子は顔を上げた そのまま彼は少し強引に言葉を続ける
「私は浅葱と言う山辺中学の生徒だ 君の名前は?」
「くまがみ あきら 宝歌幼稚園雪組」
「紹介ありがとう ではあきら君 立てるかい?」
「うん」
 男の子は返事をして立ち上がる 朝霧はその子の目の高さに合わせ 真っ直ぐ目の中を見るようにして
「怪我はないか?」
「うん」
「男の子が一つのことに困ったからと言って簡単には泣かないよね? お母さんとはぐれたのかな?」
 極めて真面目に話しかける朝霧に その子は
「さっきから ずっと探したんだけど どこにもいないくて・・・」
 話しながら 涙目になる男の子に 言葉途中で
「探し回ったんだね あきら君の家には今誰かいるのかい?」
「ううん」
「じゃあ お母さんとはぐれたところまで行ってみようか どっちだい」
「あっち」
「行こうか」
と その子の手を取りゆっくりとその子のペースにあわせるように彼らは歩き始めた

「あきら」
(やれやれ やっと登場か・・・ まあ相手の事情なんて聞きたくもないしな・・・)
「お母さん」
 その子は朝霧から手を振りほどくと少し離れたその子の母親の元へと走って行った
(では 退場するか)
 母親がその子を抱きしめている間に彼は 人混みに逃げるのだった

後日
「浅葱 この前商店街で子供つれてなにやってたんだ?」
「秋山さん」
「どうした坊主・・・ そうか喋ってほしいのか よしよし」
「わー やめやめぇー」
「秋山 知っているのか?」
「大野 実はな・・・」
「秋山さん 短いつきあいでした あの事喋っても良いんですね」
「ちょ ちょっとまて坊主 話せば分かる 話せば」
「では そう言うことで 失礼します」
 

 ときに もし宗谷 裕美が生き返ってその彼女を殺す必要性があった場合 彼は彼女を殺すことにためらいなどおぼえない なぜならば彼の中では「今となっては彼の持つ記憶の中に生きている宗谷 裕美こそが全て」なのだ だから例え記憶を持っていて愛していても当人ではないと認識するため ためらうことはない それが彼の愛の形でもあるから・・・
 


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