Page-Lmemo A day that I dreamt. part-C
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夢を見た日 Cパート


 夕刻、寮。
「そうなん… 姉ちゃんなら少しは何か知っているか思うて電話したんやけど… そう… 分かったありがと、お祖母ちゃんによろしく」
 受話器を置き、ため息を付く。
「姉ちゃんも、お母さんも知らないとはな」
「何がや?」
「おわっ! …って由宇さん、盗み聞きは良くないですよ〜」
「たまたま耳に入って来ただけやんか」
 コロコロと笑いながら、彼女寮の管理人の一人の猪名川由宇は近づいてくると、
「で? さっきの電話はなんやったん?」
「はぁ、今朝少し気になる夢を見たものですから、その問い合わせですよ」
「だからアっちゃんの声がしたんやな」
 関西では以前より由宇との交流がある希亜だが、その発端は姉の手伝いで参加したときに遡る。
 当時Witch`s broomという姉のサークルの売り子をしていた時に姉を通して紹介されたのが始まりであった。
 彼女がアっちゃんと呼んだのは希亜の姉の事である。 因みにペンネームがそうなのであり決して名前その物がアっちゃんなのではない。 性格の方は希亜よ りもマイペースでゆったりとしており非常に家族思いである。
「あの頃の希亜は可愛かったなぁ」
「はぁ…」
 目の前の彼女は色々と関西時代を思い出しているのであろうか、時々ため息やクスクスと笑っているような表情になる。
「ま、アっちゃんには関西に戻ったらいつでも会えるやろ」
 うち切るように言った言葉を最後にそれがはたと止まり、彼女の視線が希亜に向けられる。
「そう言えば、どんな夢見たんや?」
「あのですね〜、初めはとても高い所を飛んでいたんです、そのまま気が付いたら私の周りを何か光る物が二つ飛んでいたんです、それが私の中に入って来て…  それで、何かよく分からないんですけど目が覚めたんです」
「なんや、よー分からん話やな… そうや! 実際に飛んでみたらどうや?」
「実際にですか?」
「そーや、何事もやってみな光は見えんのや!」
 一瞬。 そう、ほんの一瞬、魔力が全身を通り抜けたような、そんな衝撃を希亜は受けた。
(何事も、やってみなければ、すべては分からない。 自分の事は一番遠くに感じていたと言う事か…)
「では、今夜あたり行ってみますわ」
 何か吹っ切れたような希亜の表情に、由宇は楽しそうに、
「気ぃ付けるんやで」
「はいな!」
 そう元気に返事を返した希亜に、
「ネタにするさかいレポートまとめといてな」
 そんな言葉をかける由宇。 だがそんな由宇の言葉でさえ、自分を励ましていてくれるのだと希亜は思うのだった。
 

 夕食時、食堂。
「上昇速度を毎… …想定到達高…」
「希亜、おんし何をぶつぶつ言っとるんだ」
 蛮次が食事中の希亜の様子がいつもと違うのに気づき声をかけた。
「アニキ、弥雨那ちゃんは大事なことを考えているッスから、そっとしておいてほしいッスよ」
「ちゅるぺた以上に大事なことなんぞあるもんか」
 平然と言い返した蛮次とちょっと困ったような顔をした軍畑。 二人の目の前で、希亜はどこにも向いていない視線のままに、箸を動かし器用に食べている。
「そういうもんかのぉ」
 言いつつ蛮次は、希亜のおかずを取りに箸をのばす。
「コロッケ、ゲットォ!」
「そう、よかったね」
 蛮次は一瞬何事かと思った。 いつもなら希亜ののんびりとした声で「ああ! 蛮ちょさん取らないでよぉ」等というリアクションが返ってくるはずなのであ るが、今回に限って表情を何一つ変えることなく「そう、よかったね」である。
 希亜の豹変ぶりに戸惑う蛮次と、同じく動揺している軍畑は、
「だ、だから言ったじゃないッスかぁ」
「お、おう…」
 いわゆるちゅるぺた至上主義である蛮次は、いろいろあって齢すでに二十歳を超えている。 その人生経験から、とりあえず奪ったコロッケを口の中でかみし めながらではあるが、今回これ以上の手出しは止めておこうと思うのだった。
「夕飯前からこんな調子なんスよ、弥雨那ちゃんは」
「若いとはいいもんじゃのう」
 ガハハ、と豪快に空笑いをして何とか取り繕うとする蛮次と、目の前の考え込んでいる人物に対してため息を付く軍畑だった。
 

 寮生達の食事の時間も終わり、時計の針の進み具合を気にしながら、自動食器洗い機に残った食器を棚に戻す。 ふと手を止め食堂の方に視線を向け た。
 一人の生徒が明かりも付けずにお茶を啜っている、薄暗い中で尻尾頭のシルエットが見えた。
 気が付くと静かな空間に、番茶独特の香りとそのお茶を啜る音だけが広がっていた。
「希亜君?」
「…はい、どうしました? あ、今日はきしまめ入り土佐番茶なんです〜」
 訪ねてもいないのに、彼は飲んでいるお茶を答える。
「明かりも付けずにどうしたの?」
「暗い方が、心が落ち着くからですよ」
 いつも通り間延びした声、
「変だ変だと思っていたけど、本当に変な子ね」
「ええ、だからこそ希亜って言うんです」
 にしては昼間のような、糸が切れたような自然体ではないみたい。
「何かあったの?」
 思わず聞いてしまった事に、ちょっと後悔しつつも返事を待つ…
「… これからあるんです、やっぱりちょっと緊張してます」
「何が?」
「成層圏を越えて飛び出すんです」
「はぁ?」
「少し気になったことがありましたから、それを試すんです」
「それじゃあ何か分からないわよ!」
 食堂に響く声。
 一瞬の間、静寂だけがここにあった。 そしてしばらくぽかんとしていた希亜の口が動く、
「…そうですね」
 ぽつぽつと話し始めた希亜の話によれば、彼は今朝見た夢のことを確かめるために、成層圏よりももっと高いところへと行くらしい。
 お店でスフィーに話していた事はその夢のことだった。
「空気もないんでしょ?」
「生命維持その他はRising Arrowが受け持ちますから〜」
「あの箒ね」
 この子がリアンやスフィーと同じグエンディーナ系の魔法使いである事は知っているし、空を飛ぶことだけが唯一まともに出来ることだって事も聞いてる。  もっとも一度も乗ったことはないが。
「そろそろ行こうと思います。 帰って来て、レポートを仕上げてから眠りたいですから」
 帰ってくると明言したことに、なんとなしに安堵を覚え、
「行ってらっしゃい。 湯飲みは洗っておくから」
 あたしは既に空になっている彼の湯飲みを手に取る。
「すいません、では失礼しますね」
 そう言ってぺこりと頭を下げた彼は、いつものようにふよふよと食堂から寮の方へと出て行った。
 湯飲みを片手に食堂の調理場の方へ戻る。
「きしまめ入り土佐番茶ねぇ」
 未だに食堂に広がっているそのお茶の物だろう独特な香りに、そんな事を思い出しながら湯飲みを洗う。
 そのうちに外に直接通じている勝手口がノックされる音が聞こえた。
 もうそんな時間なんだと思いながら、洗い終えた湯飲みを伏せ、エプロンを外し、勝手口へ。

「ちょっと早かったか?」
 幼なじみの健太郎はそう言って待っている。 その傍らに小さなスフィーちゃんもいる。
「丁度良いタイミングよ」
 その瞬間、空のとても高いところからだろう爆音が、小さく聞こえた。
「何の音だ?」
「多分、希亜君よ」
「あの子が?」
「ええ」
 結局、健太郎といっしょについて来たスフィーちゃんに言われるまで、少しの間二人して夜空を見上げていた。
 
 
 

 寮上空。
(多分、高度は約9キロから13キロくらいだろうか… やっと成層圏くらいだと思う、このくらいまでは良く来るから)
「GPSとか、欲しいな」
 無い物ねだりを呟いて上昇し続ける、音速を少し超えた速度で…

 少し前から空気抵抗による魔力の負担が軽くなっていることに気が付いている。 逆に多分生命維持の分だろう魔力負担は大きくなっていた。
 とは言え、ほぼ一回もしくは短時間で気絶するほどの魔力を使ってしまうような、聖霊達と語る魔法や未だ練習中のインスタントヴィジョンと比べれば、格段 に魔力消費は少ないのだが…
 正面には眩いばかりの星々が瞬くことなく視界の全てに存在している、そして背後に感じるとてつもなく大きな壁は、やがてとてつもなく巨大な球体の一部と して認識できた。

 速度を落とそうと思い加速を止めた。
 仮に今より少し遅い属度の音速で上昇を続けた場合、4秒に少し満たない時間で1キロメートルを進む事になるからだ。歌でも口ずさもうものなら一曲で低軌 道行きは確実だった。その際の生死はともかくとして…
 背後の巨大な球体の生み出す重力を、僅かに受け入れる。
 速度を亜音速まで落としたくらいだろうか、ふと夢の光景が頭をよぎった。
 重力を受け入れるのを止め、慣性飛行に移行しつつ後ろを振り向く、夢に見た光景と高さを比べる為に…
「まだ低い」
(そう、まだ低い。 多分この倍は高かった。 でもあの光は本当になんなのだろう?)
 少し迷っていた。
 それと、既に空とは言えない空間で死ぬことへの恐怖を少し考えた。
 無論その間にも彼と箒は亜音速で、背後のとてつもなく巨大な球体から離れてゆくのだ。

「くだらない」
 少しの沈黙の後、彼は敢えて言い捨てた。
(そう、それを確かめるために、今こうしているのだから)
 自分に言い聞かせるように心に呟き、再び口を開いた。
「私は、Rising Arrowを継ぐ者にして、空と共に生きる者なのだから!」
 力強く吐かれた言葉、それが空元気と気付くこともせずに、速度を上げる。
 僅か数秒でサウンドバリアを貫く、だが既に凝固する水分もなく、音もいつもに比べれば静かな物だった。
 全身にかかる加速度に耐えながら、ただ目の前に広がる宇宙を見据えて…

 後ろを振り返る。
(もう少しかな…)
 夢に見た高度と見比べる。 再び視線を前へと、つまり進行方向である鉛直上方へと向けた瞬間だった。
 一瞬魔力が逆流するような感覚、驚いて声を上げようと体が勝手に反応する。
 それとほぼ同時だった。光が二つ、幾つもの淡い泡のような光で軌跡を描きながら、私の… 箒の周りをくるくると何の規則性もなく、まるで戯れるように 踊っていた。
「っあ! …誰?」
 やっと放たれた驚きの声は形をなさず、それよりも何かに包まれているような感覚に、ただ訪ねていた。 答える者は誰一人としていないのに…
 いつの間にか加速はしていなかった、今は慣性のままに上昇を続けている。
 とりあえず現在高度を維持するべく重力を少し受け入れ、背中に感じていた地球が前に来るように向きを変える。
 正面には圧倒的なスケールで存在する球体が、その表面に人々の営みによる光の輪郭が浮かび上がらせている。 この光景に「街がゴミのようだ!」とでも大 志さんなら言っただろうか。
 自分の小ささを痛感する、圧倒的なスケールで存在する私の生まれた星。
(かの人はこう言った、はず。 『地球は青い』って…)
 今は夜、さすがにその闇に包まれた地球は青くはなかった、でも形容のしようのないぬくもりを感じている。
(とても寒い場所からみる、家族の温かみ。 かな〜、一番近いのは…)
 ふと、心が感動に打ち震えているのに気付いた希亜。
「もりあがってるって、こういう感じなのかな」
 そう言って誰に見られることのない安心感からか、その瞳に溜まった涙を拭うこともなく、目の前に圧倒的なスケールで広がるそれを見ていた。
 (最高の気分ですね…)
 
 
 

 どの位そうしていただろうか、気が付くと西に流されていた。無意識に西に進路を取っていたのか、それとも本当に流されているのだろうかは分からな かったが。
 とりあえず流された分を取り戻すべく、東へとRising Arrowのカナード付きの舳先をたて、ゆっくりと速度を上げる。
 二つの光体は先ほどからずっと、幾つもの淡い泡のような光で軌跡を描きながら、つかず離れず、そして戯れるように回り続けている。
「なんだろう、Rising Arrowのデバイスなのかな〜」
 希亜は曾祖母から誕生日プレゼントとしてRising Arrowを譲り受けていたが、それが何であるかまでは知らされてはいなかった。
 そっと手を伸ばす。 だが戯れるような二つの光は、それを関知することなく視界の内外を回り続けていた。
「明日にでも、聞いてみようかな〜」
(まぁ、そう急ぐことはないかな)
 そう思いつつ空を見下ろす。
(…あの空に帰りたい)
 望郷、それに似た思いが湧いて出てくる。
 押し寄せる寂しさを快く感じ、大きく息を吸い込み、魔力を集中させ、盛り上がったままの心のままに口を開いた。
「ぱわ〜、だぁいぶっ!」
 みなぎった魔力が一気に効果へと変換されるのを、盛り上がったままの感覚で感じながら。Rising Arrowの舳先を真っ直ぐに寮のある地域に向け、打ち出される矢の如く加速を始めた。 自分の帰るべき空へと。
 

 商店街近くの某公園。
「そういえば、こんな夜だったよな。 スフィーに初めて会ったのは」
 健太郎はふと空を見上げる、晴れた良く星の見える夜空を。
 直後、あからさまに嫌そうな顔つきになる健太郎。 その目は空に向けられたままになっていた。
「なに? どうしたのよ」
「あー、流れ星!」
 スフィーの声に空を見上げる結花、その視界に星とはまた別の明るく光るものを見つけた。
「流れ星じゃないんじゃない?」
「そうかなぁ?」
 否定されつつも、視線の先の光に何となく思い当たる節を感じるスフィー。
「だって、流れ星ならもっと糸を引くように夜空に軌跡を残すじゃない」
 指先で空に線を引くように説明する結花。
「そう言えばそうだよね」
 引きつっている健太郎が面白いのか、しばらく彼について好き放題言う二人。
「あの時は、スフィーが降って来た」
 健太郎の言葉に、大きな汗を浮かべるスフィー。 そんな事はないと思いつつ結花が光の方を再び見やるのも同時だった。
「大きくなってる…」
 3人の視線の先には、どんどんこちらに迫ってくる光るものがあった。
 刷り込まれた恐怖というものは、そうそう消えるものではないらしい。
「逃げろぉー!」
 叫ぶとほぼ同時に健太郎は駆けだしていた。
 猛烈に加速した漠然とした恐怖に煽られるように、結花も走り出していた。 もう一人の人物、スフィーを小脇に抱えて。
「うゆ〜〜〜〜」

 どの位走っているだろうか。
 結花の小脇に抱えられたままの朦朧とした意識の中で、懐かしい力を感じた。
「あれ?」
 スフィーは光を放ちながら迫り来るその物体に魔力を、とりわけグエンディーナの力を感じた。 少しだけこの世界の魔力を帯びている、この力は多分… そ して、音速を超える速度で飛ぶモノ…
「あれは希亜だよー」
 スフィーが猛然とダッシュし続ける結花の小脇で言った。
 だがそれ以前の問題で聞いちゃいないのか、二人はまるでシンクロでもしているかのように同じ歩速、同じ歩幅で走り続けている。
「うー」
 不満そうなスフィーを小脇に抱えたまま、シンクロしたままの二人は全く同じ対角速度で器用に角を曲がる。
「むー」
 

 上空。
「あれ? 今、師に呼ばれたような…」
 スフィーの声を思い起こす、と言うよりも。 目の前の距離で呼ばれたように、彼女の声が聞こえたような気がする希亜。
 既に地表にだいぶん近づいてきたので、今は減速に入っている。 逆方向に加速をかけるのではなく、自身の空気抵抗その物によるエアブレーキで。
 既に車程度の速度にまで減速して、街の上空を公園の方から商店街の方へと進んでいた。
「そう言えば、まだいるんだな」
 二つの発光体は、未だに幾つもの淡い泡のような光で軌跡を描きながら、周りを踊っている。
「参ったな、このままじゃ目立ってしょうがない、とりあえずペンダントに…」
 そう言って集中し詠唱に入る、Rising Arrowに乗ったまま。
「…Riw……Fexi……Sin……」
 突然暴風に吹かれはじめる希亜の胸元に、淡く光りながらペンダントへと姿を変えるRising Arrow。
(もうちょっと、減速するべきでしたね…)
 とりあえず速度を落とし静止する希亜。 その視界に戯れるように軌跡を残す発光物体二つ。
(あれ? Rising Arrowのデバイスじゃない?)
 とりあえず静止した希亜は、胸元のペンダントになっているRising Arrowを見る。
(まだ動いているのか?)
 戸惑う希亜を後目に、未だ二つの発光体は希亜の周りを回り続けていた。
「どうしよう…」
 そう狼狽えつつも、希亜は無意識のうちに現在位置を測っていた。
 

 五月雨堂、店内。
「こ、ここまで来れば いくら何でも 大丈夫だろう」
 ゼイゼイと息を切らせたままに健太郎はへたり込んでいた。 棚には様々な骨董品からレアアイテムまでが並ぶ、ここは五月雨堂店内である。
「う〜〜りゅ〜〜〜〜」
 目を回したまま、床に放置されているスフィー。
「なん、であたしまで…」
 両膝に手を付いている結花。

 五月雨堂、の住居側。
「あ、帰ってきましたね」
 読み終えていた本を棚に戻し、視界に窓の外の夜空を映した時だった。
(光る、えっ…)
 窓の外には、今にも泣きそうな表情の希亜が宙に浮いている。 そして二つの発光体が、希亜の表情とは無関係に希亜の周囲を戯れていた。
「希亜… 君、どうしたんです?」
 窓を開け再び希亜の方を見るリアン。
「リアンさん、どうしようこれ〜」
 そう言った希亜の表情は先程と変わらず、狼狽えて泣き出しそうな物のままだった。
「けんたろ、晩ご飯!」
 店の方からスフィーの声が聞こえる。
「とりあえず、一緒にどうぞ」
「はぁ〜」
 力無く声を漏らし。 宙に浮いたままではあったが、靴を脱いで部屋の中に入る希亜だった。

 五月雨堂、ダイニング。
「健太郎さん」
「お邪魔してます」
 リアンに続いて現れた希亜は、いつもの糸の切れたような感じののんびりとした様子の希亜ではなかった。 が、それ以前に彼の周りを回っている二つの光る ものが気になる3人だった。
「なーにそれ?」
「さっきから、回り続けているんです。 たぶんRising Arrowのデバイスだと思うんですけど…」
 スフィーの質問に即答した希亜ではあったが、その答えにはいつものような糸の切れたような自然な感じはなく、言葉にも力はなかった。
 健太郎はふと気が付く、どこかで見たような光りだと…
「ねえ健太郎、どこかで見たこと無い? この光…」
「俺もそう思ったところだ」
 二人の脳裏に先程の光る落下物が蘇る。
「希亜君、さっき空を飛んでいなかったかい?」
「はい」
「その光と一緒に?」
「途中からは… どうかしたんですか?」
 結花と健太郎の様子がおかしいことに気付いた希亜だが、それがなぜなのかまでは考えが及ぶわけもなく。
「だから、あれは希亜だよって言ったじゃない」
 しょうがないわね、とでも言いたげにスフィーは腰に手を当て勝ち誇ったように言う。
「あ〜、見ていたんですか… これがどうやったら止まってくれるか、それが分からなくて困っているんです」
「ふーん」
 そう言いつつ、くるくると舞うように希亜の周りを回る光るものを見つめるスフィー。
「姉さん、何か見える?」
「うん… 希亜」
「はい」
 呼ばれるままにスフィーの方を向く希亜、視線をそのままに瞬きをしもう一度目の前の人物を確認した。 なぜならば彼の目の前にいるスフィーは本来の年相 応の真面目な表情をしていたのだから。
「感じない? 希亜」
「今は何も」
 希亜のまだ戸惑っている表情を見て、特に困ったような表情になるでもなくスフィーは言う。
「じゃ深呼吸して」
 スフィーに言われるままに、希亜は深く息を吸い込み吐き出す。
「話しかけてみて、答えてくれるはずよ」
「話…」
 希亜は唐突に思い出していた、既に空とは言えない空間で放った「誰?」という問いかけの意味を。 希亜が何かに気付いたのを見取ったスフィーは、
「さ、話しかけてみて」
「はい」
 希亜は軽く一呼吸し術式に入る。 一瞬、引きずり込まれそうな程の膨大な魔力が集まり、それが霧散するように消え希亜の魔法が発動した。
(感じる、二つの意思を。 まぁ、ともかくは語りかけてみますか)
「はじめまして」
 希亜がそう言葉を発すると、それまで無軌道に希亜の周りを戯れるように舞っていた二つの光は、希亜の目の前に来て静止した。
「ずっと待っていたみたいよ」
「そのようですね」
 いつものように糸の切れたような自然な口調で希亜は答えていた。
 その場で踊る二つの発光体、希亜の様子からするに何かを語りかけているようだった。 その踊りが終わると希亜は口を開いた。
「はい、私は弥雨那 希亜、Rising Arrowを継ぐ者です。 ふつつか者ですが、よろしくお願いしますね」
 そう挨拶をする希亜に二つの発光体は何かを答えるように踊り、希亜の胸元のペンダントになっているRising Arrowへするりと入って行った。
「ええ、こちらこそ」
 そう言いつつ服の上から確かめるように、胸元のRising Arrowに手を当てて答える希亜だった。
 

「で、どう言う事なの?」
「はい…。 まずはじめに、術者を基点にしたフィールドで必要な空間を維持したまま空を飛ぶと考えて下さい。 そのフィールドは速度や高度に比例して外界 から受ける様々なモノに対して術者を守るように働きます、例えば高々度での余圧や超音速巡航時の衝撃波等からフィールドの内側を守ります」
「じゃさっきのは、成層圏以上で受ける紫外線とかからも守ってくれるのか?」
「…はい、基本的にはそう言うデバイスだと思いますが、多分生命維持も行っていると思います」
 健太郎に台詞をとられて一瞬渋い顔をしつつも希亜はそう返し、先程リアンに淹れてもらった緑茶を啜る。 他のみんなは結花を除いて、夕食の最中であっ た。
「厳密には、何処まで上昇できるのかは分かりません。 予測としては幾つかある電離層の内側だと思うんです。 もしそれを越えてしまったら、一応は宇宙ま で出られることになりますから」
「電離層って?」
「確か特定の電波を反射したりする層のことで、幾つかあったよな」
「博識ですね」
「いや、昨日テレビでやってたよ」
 一瞬狐につままれたような表情になる希亜、
「はぁ〜 …ともかく今回は、中間圏までは上昇したと思います、そこで先程の二つの光が出てきました。 それからしばらくはこの星を見ていたんです。 で 真っ直ぐにここに降りてきたのですが、Rising Arrowを収納してもあの光がそのままだったので… パニックを起こしてしまったみたいです。」
 言いながら最後にしゅんとなる希亜。
「で、俺たちが見た光る落下物は希亜君だった訳だ」
「はい。 お騒がせしました」
 さらに小さくなる希亜。

 ふと会話がとぎれ、それぞれに夕食を食べる音だけが部屋にある。 希亜はそれをただ一人聞き、一番大きな音の発信源に視線を向けた。
(毎度の事ながら… すごいわ)
 そんな思考が自然と湧いた。 視線の先のスフィーはその小さな姿そのままに元気良く夕飯を…
(あ… だめ、気持ち悪くなってきた)
 ついでに昼間のホットケーキの件も思い出し、胸焼けを感じる。
 視線を動かす、結花がスフィーの方を楽しそうに見つめている。
(…… そろそろおいとまですか〜)
 そんな事を考えつつお茶をすする希亜。

 その様子に健太郎が気が付いたかはともかく、
「ところで、空を飛ぶってどんな気分なんだ?」
 健太郎の問いかけだと気付くのに少々かかったが、希亜は口に含んでいたお茶をのどの奥に流し込み。
「空に包まれるような感じです〜。 同時に自分の小ささを痛感できますよ〜」
 楽しそうに言う希亜。
(一度飛んでみるのも良いかな)
 健太郎はそう思いつつも、疑問に思っていたことを質問にうつした。
「ところで、希亜君は魔法使いなのに妙に科学的な言葉を使うけど、どうしてだい?」
「と言っても…」
 言葉が詰まる希亜。 どうも希亜自身よく分からないようだ。
「私にしてみれば物心付いたときからずっとこうですから…」
 よく分からないと言った感じのままに希亜は言う。
 

 その後宮田家の食事が終わるまで他愛のない日常会話は続けられ。 そのまま、場の雰囲気に合わせて結花と共に宮田家を後にした。
 少し歩いたところで希亜は立ち止まり、
「今日は、ありがとうございました」
「ん? なにが?」
「寮の食堂でです… あの時やっと踏ん切りが付いたんです」
「あ、あの時ね」
「ですから、ありがとうございます。 ではお休みなさい」
 ペコリと頭を下げ、結構素早くその場から飛び立ってゆく希亜。 それをしばらく目で追っていた結花は、
「…本当に変な子ね」
 そう言って家路につくのだった。
 
 
 

 深夜、寮の部屋。
「すー、すー…」
 今ここには、二人分の寝息だけがある。
 スポットライトの光を浴びたまま、希亜は机に突っ伏していた。 そのペンの先には書き上げたばかりのレポートがあった。

 以下、希亜のレポートより抜粋。
 どうもRising Arrowはただのスーパークルーズ出来る箒ではなかった。 思い起こしてみると、あんなに高いところを飛んだのに全く生命維持に問題を感じられなかった から。
 しかし、高度計とか気圧計とか一体になった装置が欲しい、三次元ナビの付いたGPSも欲しい。 正確な高度が分からないとレポートにするにも… それ以 前に、第二購買部に行くにしてもそうお金がないのが問題…
 Rising Arrow、昇る矢。 誰が名を付けたのだろうか。 それ以前にこんな物がグエンディーナで何故必要だったんだろうか…

※スーパークルーズ
 超音速で長時間巡航する事
 

===+++===
この話と"箒乗りの 魔法の話"は どちらかというとまだ設定を前面に出す感じで描いてますね
次は どうしようかな…
 

トップスピード行動中には、機体末端部からヴェイパートレイル(水蒸気の雲)を引いたりするかもしんない
… はっ 希亜君は翼無いやん(笑)
 


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Ende