Page-Lmemo A day of Hajime and Kia...
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ある日の、朔と希亜…


 早朝。
「にゃー」
 中庭にある木のてっぺん、その上で静かに朝もやの中を流れる風を感じていた希亜の耳に、そんな猫の鳴き声が入って来た。
「にゃー」
 何処から聞こえてくるのか。そんな事を頭の隅に置きながら、ゆっくりと辺りを見渡す。
「ねこねこ、何処〜?」
 しばらく辺りを見渡すが見つからない。
「何処〜?」
 ふわりと逆さまになって、木の枝の中をのぞき込む。
 どこかにいないかと、逆さまのままに、枝葉に沿って降りて行く希亜。
 結局鳴き声の持ち主は見つからないままに、頭のすぐ上に地面が来てしまった。
「なー」
 背後から猫の鳴き声が聞こえ、その方へと逆さまのままくるりと向きを変える。
「こんにちわぁ …ゴーストさん、でしたっけ?」
 記憶から悠朔が餌を与えていた猫、多分ゴーストだろう猫に挨拶を交わしながら、精神を集中し魔法を発動さ始める。
 ゴーストと話せないかなと、そう考えたから…
 魔力が集束し、圧縮され爆縮し虚無へとはじけ、希亜の魔法が発動する。
「あ…」
 そんな希亜の声が、誰の注意も引くこともなく朝靄へと広がる、ゴーストだろう猫は魔法に驚いたのだろうか走り去って行った。
「驚かせちゃったな〜」
 とりあえず逆さまになっていた体制を戻し地面に降り立つ。
 ある意味暴走状態で発動する希亜の魔法は、本来単一の精霊などの意識体と話すこの魔法を、周辺にある意識体及びそれに準ずる物全てとの会話を成立させる ほどの物に変えていた。
 この特性に気が付いた希亜の師であるスフィーとリアンは、希亜に対して"規模を大きくした場合少しでも危険がある魔法の使用の禁止"を下したのだった。
 今現在も、本人が無意識に希亜に向けている物以外の視線の数や、それに乗る色までが全て頭に入って来ていた。
 とは言え、慣れてしまえば雑踏の中の人々の話し声のような物で、希亜自身はノイズのような物だと考えられるようにはなっていた。
 まだ早い時間帯なので、辺りに感じるのは夜勤か早朝出勤か、部活の朝練関係の気配ぐらいだろうか。
 そんな光景を文字通り感じつつ、ゆっくりと背中を近くの木に預けるようにして座り込み、発動している魔法を止めた。
「あ… う」
 周囲から色彩が消えて行くような感覚に身を任せる、それは五感と思考にゆっくりと行き渡り、意識がとぎれた。

 まるで電球に明かりがともるように、一瞬にして覚醒する。 …訳もなく、ゆっくりと音、光、温度、匂いが希亜の中に流れ込んでくる。 別に急ぐこ ともないという時間的余裕がそうさせるのだが。
「どのくらい」
 どのくらい気を失っていたのかと、いそいそと鉄道時計を取り出し見る。まだあまり時間は経っていないのに安心し、起きあがった。
「まだしばらく時間はありますね〜」
 鞄を片手にし、授業のある教室へと歩き出す。


 お昼休み。
 授業が終わったと同時に教室を駆け出し、ここ屋上に来ていた。
 きょろきょろと辺りを見渡す、誰もいないことを良しとして希亜は口を開く。
「……Kras……Dio……Nylv…… Rising Arrow!」
 別に誰が見ていようと、ここリーフ学園では関係ないのだが、本人は慣れないのかまだ少し恥ずかしいらしい。
 ともかくも箒へと戻したRising Arrowにふわりと腰掛け、学園の外へと飛び出していった。

 箸を動かし卵巻きを口へと運ぶ朔。
 口の中へ広がるは、卵巻きにしては堅い食感、だが味は悪くはない。
 先ほどから朔を見ている綾芽の視線に気づくと、彼女ははにかむようにして。
「パパ、それ美味しい?」
「味は悪くないが、火の通しすぎだな」
「今度はちゃんと作ってくるから…」
「ん、楽しみにしている」
 素っ気なく答える朔だが、その顔はほころんでいる、綾芽もそれにつられるように、そして綾香の表情も。
 そんな一家団欒の側には、意味もなく周囲を威圧しているハイドラントと、お弁当を持参していたガンマルが、共にというにはいささか疑問が残るが、昼食を とっていた。
 そんな中で朔は不意に、そこはかとなく悪寒を感じた、悪寒と言うにはやや味気ない、オブラートに包まれた悪寒のような物と言うべきか。
 そんな事に気を取られていたからだろうか、珍しく喉を詰まらせた。
 思わず胸を押さえ隣にいる綾芽にお茶を催促する。
 その直後、背後に人の気配を感じたハイドラントは振り返る。そこにはコップにお茶を注ぎ込みながら、ふよふよと咽をつまらせた悠朔に進み行く希亜の姿が あった。
 その間にも綾芽は急いで水筒を用意するが、彼はそれよりも早くコップを差し出した。
 喉を詰まらせて苦しむ朔には、それが誰が差し出したかを確認するような余裕もなく、金属製らしいコップを素早く奪うと、中の物を確認せずに喉に流し込ん だ。
「助かった」
 何とか流し込み一心地付いた朔は、自分が持っているコップを見るなり。
「希亜か」
 そう言って辺りを見渡す、コップの持ち主は、丁度壁際でもある綾芽の陰に、自慢の箒を抱えるようにしてちょこんと座り込むところだった。
「こんにちわぁ、みなさん」
「希亜君、何処に行っていたの? さっき授業終わったらすぐに飛び出して行って」
「はい、お茶の葉を切らしていたのを思い出しまして〜、ちょっと寮まで」
 綾芽の言葉に楽しそうに答える希亜を朔は見ていた。
 多分部室でこのお茶を煎れたのだろう、と彼のお気に入りのコップに残るお茶に視線を落としながら考えていた。
「ゆーさく」
「ん」
 視線を相手、つまりこちらに話しかけてきた綾香に向ける。
「あの子、綾芽が目的なのかしら」
 綾香の声は小声ではあったが、警戒というよりも興味が先に来ていた。
「そうだとは思うんだがな…」
 人を見る目はあるつもりだったが、こと希亜に関しては行動までは予測できても、その思考は未だに分かりかねていた。それが返事を鈍らせる。
「ゆーさくらしくないわね、はっきり言ったら?」
「もしかしたら…」
「もしかしたら?」
「綾芽も、目的なんだろう」
「な、なによそれ…」
 多分希亜は綾芽のことが気に入っている、それは間違いない。だがそれだけで綾芽の側にいようとしているのではないような印象を受ける。推測の域は出ない が、綾芽の何かを知っているのではないだろうか。
 そこまで考えて朔は視線を希亜に向ける。
「どうかしました〜?」
 のほほんとした言葉、眠たげなそれでいてどこか見透かしたような希亜の視線。
 とりあえず朔は持っていたコップを希亜に返すのだった。


 放課後。
「何やってるんだ?」
「ゆーさくさん…」
 鈍い打撃音と、次いで希亜が悶絶し唸る声が二人の間で繰り出される。
「で、何をしている」
「森の上を散策しよ〜思いまして」
 たんこぶをさすりながらそう返す希亜。 彼の言う森とは学園内になぜか広大に広がる、ジャングルとも言える広大な原生林のことである。
「上をか?」
「はい上です。 んで、お前さんはぁ?」
「ん? 俺はいつも通りだが?」
「暇なんですね」
「身も蓋もないことを言うなよ…」
「では、一緒に行きませんか?」
「あのな、俺は空を飛べないんだぞ」
「その点はこのRising Arrowに乗っていればOKです」
「なあ希亜…」
「あ、拒否権は認めませんよ」
 楽しそうにそう言いきった希亜に、悠朔は深く心の中でため息を付くと同時に、こんな俺にかまう物好きがいるのだな、と思うのだった。

 この学園に希亜が入学し、そして朔が転入してきた。しばらくは、お互いを知らなかったらしい。
 朔が初めて気が付いたのは、ボロボロになった朔が保健室で気が付いた時だった。 その時希亜は、後ろ姿だけを残して去って行ったと言う。
 運んでくれたのが希亜だと言う確信があったのだが、彼とよく話すようになってから、ふと理由を聞いた時彼は。
「科学は全ての生き物のためにあります、私の使う魔法とてそれは同じ事。その力をもって人に尽くすことが、魔女の系譜にある私の…」
 まるで、何か遠くを懐かしそうに見つめるような視線で話す希亜の口が止まる、朔を一瞥した彼はくるりと向きを変え、朔を正面にとらえると。
「って言ったら信じますか?」
と、眠たげなそれでいて希亜を見ている悠朔を見透かすような視線でゆっくりと言った。
 今にして思えば、あれは照れ隠しだったんじゃないのかと、朔はそうぼんやりと思うこともある。
 結局、希亜自身は保健室まで朔を運んだことを否定した。
「何かの間違いでしょうそれはぁ。 多分〜、私が出て行くのをたまたま見たのでしょうね」
と、言うのが当時の希亜の言葉である。
 もっとも、今となってはそんなことはどうでもよくなっていた。なぜならば、彼はそういう人助けに類する事をしても、お礼を言われたくない質だと分かった から。

 気が付けば愚痴をこぼす朔、静かに聞き鋭くつっこむ希亜、図星にもだえる朔… なんていう関係になっていた、まぁ逆のパターンもあるが。
 今にして思えば、朔は希亜を自分を再分析するために希亜を利用していたのだろう。 だが希亜自身もそれを知っていたのだろう。
 無論推測の域は出ない。
 希亜に聞けば多分答えが返ってくるだろう、だがそれをしてしまうと何かが変わってしまうのではないかと、何かが静かに警鐘を鳴らす。
「あなたは〜、手にしたモノは少ないから、大事にしないといけませんよ〜」
 脳裏によぎる希亜の声。それが希亜の願望なのか、朔の分析結果なのかどうか自体も判断しかねていた、その言葉を言った希亜の表情は憧憬と言えるモノが あったから。

 朔自身は希亜の事を根暗な魔法使いそう捉えるようにしていた。
 希亜は魔法使いとしては箒乗りである。
 だが朔はそれ以上に希亜のまじないの能力に注意をしていた。それは相手の精神面に対して行われるもので、希亜自身も常軌を逸した程の能力を持つ空を飛ぶ 事以外では、最も得意と言っている。
 自分の事を直接ではないにしても「不幸」だと言い、それに対してまるで新興宗教のようにあの手この手で、希亜の言う不幸に対しての対応策を打ってくる。
 それらの事に対して朔は、自分の領域に土足で踏み込む行為として捉え鬱陶しく思っている。反面希亜の行為はほぼ善意である為戸惑っている事も確かだっ た。


 視界に広がる一面の森と、前を進んでいる希亜。
 ブレザーの制服を包み込む、背中で大きく割れた濃紺のマント。同じく濃紺のつばの広い三角帽、その裾から数本白髪が混じった髪が風になびいていた。希亜 曰く「魔法使いの姿」で宙をふよふよと進んでいる。
「どうですか?」
「『どうですか?』と言われてもなー」
 思考の海を漂っていた頭を目の前の現実に戻す。
 ジャングルと化した木々の上の方にあたる高度で、二人はゆっくりと進んでいた。
 希亜は、本人曰く対宇宙用デバイスの、ぐるるんアンドくるるん、スフィー命名を、いつの間にか周囲に舞わせながら文字通り宙を歩き。
 朔はRising Arrowに腰掛け、そのシャフトに当たる部分を握りしめていた。
 朔は不安だった、希亜から事前に、
「ちゃんとRising Arrowはお前さんをホールド出来ます、ですから自分から落ちようとしない限りは、落ちないはずですから。 その点は安心して下さい」
と、言われていたが。その言い方と物腰がそこはかとなく不安を煽りたてていた。
 ふと下を見る、ジャングルと呼ばれるだけあるのか、地面からは30mはあるようだ。 同時にジャングルは生態系が上層と中層と下層等に大きく分かれる、 と聞いたことがあったのを思い出し。
「知ってるか?」
「何をですか?」
「ジャングルというものは、高さによって生態系が幾つも交錯していることだ」
「元々、森の生態系は複雑なものですし、脆いものです」
 平然と返す希亜に、手を伸ばせば届く程すぐ近くにある植物を見て、
「蘭の一種だな」
「そーみたいですね。 あ、触っちゃだめですよ、とって良いのは写真だけです、それがたとえ狂えるモノだったとしてもね〜」
「言葉の節々に怖いことを混ぜるんじゃない」
「でも…、彼らは非常に安定していますよ。 何度か話をしているんですけど、いつも落ち着いた様子を感じさせてくれますから、こんな所にあるのに…」
 言葉の最後、希亜の表情がとても寂しそうな目をする、が朔はそれからは視線を背け。
「話すか… どんな感じ何だ?」
「そですね〜」
 そこまで言って一度希亜の言葉が切れる、そのまま辺りのジャングルに視線を移し。
「こう言った植物の場合は、明確に言葉が伝わってくるんじゃなくて、想いが音や映像になって頭の中に流れてくる感じです。 町中に長く棲む木々はちゃんと 言葉を話してくれることもありますよ」
「…御神木とかと話すことも?」
「はい、家の近くの保久良神社の木々とはよく話す仲なんです、まぁ時々失敗しますけど〜」
「そうか…」
「九鬼神社でしたっけ?」
「ん? ああ…」
「良ければ通訳しますよ」
「いや、いい」
「そですか…」

 いつの間にか空は、ゆっくりと夕焼けの紅に染まり始めている。
 そのコントラストを、決して自分が抗えない大きな自然の力による一つの現象、と考えると同時に空の底にいると言う事を再認識する希亜。
 同じようにこのコントラストで一日の終わりを感じる朔。
「そろそろ帰りましょうか」
「寮までな」
「オッケーで〜すぅ」
 そう言ってRising Arrowの舳先に、静かにつま先で触れる程度に降り立つと。
「じゃ、行きます」
 ゆっくりとその場で舳先を寮の方に向ける。
「あー、急加速はやめてくれよ!」
「あう〜」
「おいおい…」
 そんなやりとりの中ゆっくりと寮へ向かって動き始めるのだった。
 夕焼けを迎える空には、飛行機雲がゆっくりと延びていた。


 夜、寮上空約38000m
「あれと違って、お前さんは自らの誘惑には勝てない…」
 視界に広がる街の灯りを肴に、独り希亜はチビリと焼酎を口に含む。
 辺りには誰もいない、当然だが。 自慢の箒に腰掛けてじっと街の灯りを見おろす。
「お前さんは壊れてはならない、それはお前さん自身を壊すから〜、必ず…
 なまじ力が大きいから 影響も大きくてぇ…
 まだ若いから …これは私も同じか〜
 事に及んだときにぃ、もし私がお前さんを止めたら、あれは私を許さないだろうな〜。
 とは言え。
 彼と己を知っていても、事になれば…
 止めよう、その時はその時。
 我ながら〜、悪い方に考えるのは楽だねぇ。 時々嫌気がさす、全く!」
 クイっと残っていた焼酎を飲み干す希亜。 思ったより残っていた焼酎のアルコールが一気にまわるのを感じつつ。
「はぁう、効っ効くぅ〜!!」
 ふらふらと降下する希亜。
 彼は酒は好きだが下戸なのであった。



登場人物(登場順)
 ゴースト(あ、人物じゃないや)
 悠 朔
 悠 綾芽
 来栖川 綾香
 ハイドラント
 ガンマル

朔と希亜の関係を書いてみました。
綾芽との関係はまた後ほど…


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Ende