リリカルなのは、双子の静 第三話


 海鳴市、海鳴大学病院、夕刻。
 今日は月に一度の、静のHGSの検査の日。
 既に一通りの検査が終わり、静は士郎と一緒に診察室でフィリス先生と向かい合っていた。
 今は話しながら、データが揃うのを待っている。
「どうですか?」
「昨日、かなり使ったのよね?」
「はい。使ったのは飛行だけで、他はなにも」
「昨日の状況では、仕方ありませんね」
 昨日あった海鳴市街地のみの、不思議な事件。
 一度は壊滅状態にあった市街地が、殆ど修復した状態に戻った事により、マスコミの注目を集めていた。
「それから発光は使っていないのね?」
「はい、必要ありませんでしたから」
「今の所のデータを見る分には、使ったという割には全然安定しているのよね。今のところだけど…」
「まだ反動が出ていないだけだと思うんですが?」
「でも、静の場合は殆ど反動が出ないのよ? 今までのケースを参考にすれば、だけど…」
 フィリスの言葉が歯切れ悪く返されるが、静もフィリスも状況がよく分かっているだけに落ち着いている。
 士郎も落ち着いてはいるのだが、これは単に二人が慌てていないからであって、完全に理解しているという訳ではない。

 フィリスは思う。
 知っている限りの、HGS患者としての静は、その症状が非常に落ち着いている。
 今までその関連で発熱した事は二回。二回とも考えられる因果関係はなく、突発的なモノとして見られている。
 勿論HGS患者そのものが少ない為に、今のところは、という但し書きが付くが、静の症状は安定していると考えられる。
 もう何年前になるか、初めて検査を受けた頃は、もっと周囲に対して心を閉ざしていた。
 当時の静が、検査の時に漏らした言葉を思い出す。
「わたしは家族に捨てられる」
 異質な力を持つ彼女に向けられる視線や意思に、当時の静は耐えきれなかったのだろう。
 たしか翠屋の開店前後の時期で、忙しい両親に迷惑をかけたくない、そんな子供心が導き出した結論だったはずだ。
 現在の静がこういった性格をしているのは、その後に家族で支え合ってきた成果以外の何者でもない。
 昨日の静の言葉ではないが、愛の力は偉大なのだ。
 それにしても、私には…

 フィリスの思考が検査に関する事から、静の事を経て、どんどん横道に逸れていこうとする途中で、ディスプレイに総合的な集計が終わった事を指し示すアイコンが現れた。
 上がってきたデータに目を通し、フィリスが想定していたものと同じ傾向のデータである事を確認する。
「どうですか?」
「データの傾向に全く変わりはないわね。安定していると考えて良いわよ」
 お互いに挨拶を交わすような軽やかさで、静の言葉にフィリスは答える。
 実のところ士郎は、この二人のやりとりに完全に置いてかれていた。
 交わされる言葉は、確かに普通だが。
 傍目には達観している静と、真面目で天然なフィリスのやりとりに、体育会系の士郎は微妙に入る隙が見いだせないでいた。
「やっぱり、成長期に一番色々出てくると考えた方が良いのかしら」
「そうね、その方が効率が良いんじゃないかな」
「大丈夫よ、死亡率の方は今の処、存在、としてしか無いから」
「先生。いくらわたしだからって、それは言い過ぎです。お父さんが心配するじゃないですか」
「静にははっきりと言った方が通じるから。つい、ね?」
「まったく…、小学三年生と、一応は大人の会話とは思えないわね」
「本当ね」
「次は、ゴールデンウィーク開けになるかしら?」
「うん、第二月曜日に入れておくわね。スケジュールが悪くなったら、ちゃんと連絡してね」
「分かりました」
 静はメモを取り、士郎と共に挨拶をして、病院の待合室へと向かう。
 そうして精算までの間に、士郎と言葉を交わしながら、症状について説明をするのだった。

 HGSの事について、士郎には幾つかの心配事があった。
 そのうちの一つが、なのはの事である。
 静がHGSだと分かって、すぐになのはも検査を受けた。
 HGSは、高機能性遺伝子障害病の名の通り、遺伝子の病気だ。そしてなのはと静は一卵性双生児である。
 だがどこで運命が分かれたのか、なのははHGSに近い異常があるものの、HGSとしての症状は何一つ発症しておらず、この先も注意こそすれ、発症そのものの確立は非常に低いだろうという結論が出た。
 症例が潤沢にある症状ならば、はっきり分かる事も多いのだろう。だが未だ症例数が少ない為に、はっきり分かった事の方が少ないのだ。
 また運動が全般的に苦手である事が、その影響であるのかもしれないと、当時まだ新米だったフィリスは言っていた。

 静の事については、現在進行形ではあるが、症状が落ち着いているために、安心している。
 静に弓道を勧めたのも、自身の流派よりも、より静自身の精神力を鍛えられるのではないか、という期待があったからだ。
 HGSの力を無闇に使うことなく、普通に生活しているあたり、それらは少なくとも現時点では上手くいっている。そう言えるだろう。
 とは言え、先程の静とフィリス先生の話では、これからの成長期に関して、心構えをしておいた方が良いと言う事だ。
 今夜は、その件で桃子に相談しなければならないなと、思案する士郎だった。


 海鳴市藤見町高町家、夜。
 父親お下がりのラジカセ経由で、PCからの音楽が流れている。
 先日の事件。たった数十分の間、街を覆った巨大な木々の事件が、ニュースサイトを賑わせていた。
 ただ、街が壊滅するほどの騒ぎであったはずなのに、被害の方は道路や歩道の舗装のひび割れ程度であり、あの光景から比べればあまりにも軽微であった。
 確認できる限りの情報では、静の事だろう情報はあっても、なのはの事を示す物は得られなかった。
 栞からのメールには、あの事件には巻き込まれていない旨を返信し、一通りニュースサイトを巡って、椅子の背にもたれかかった。
 静がリラックスして、クラシックの音の流れに身を任せていると、扉の下の方をノックする音が聞こえた。
『静、いる?』
『今開けるわ』
 ユーノに答えて立ち上がったところで、聞いていた曲が終わった。
 間を開けてボレロが流れ始め、フルートの静かな旋律が部屋に広がり始める。
『なのはの部屋とはずいぶん違うね』
 静によって招き入れられたフェレット姿のユーノが、部屋の中を見渡した感想はそうだった。
 基本的に暖色系の壁紙等は、なのはの部屋と同じものなのだが、置かれているものが重厚な本棚と難しそうな書籍。かけられている衣服も何処か制服然とした感じを受け、小さな女の子の部屋とは言い難いものだった。
『よく言われるわ。それで、聞きたい事って何?』
『個人的な好奇心で、伊勢の事なんだけど』
『それなら、私から話しましょう』
『任せるわ』
『私はスクライア一族の手によって作られた、情報管制型デバイスの試作品です』
『そうなんだ、作ったのは誰?』
『制作チームによって作られたので、特定の誰かというものはありません』
『じゃあ、何のために作られたの? 目的とか分かる?』
『時空管理局に売り込むために作られました』
『なるほど…』
 ユーノの脳裏に、それらしい人物の顔が色々と浮かぶが、インテリジェントデバイスとはいえ、新品のデバイスに情報が詰まっているとは思えず、質問を変える事にした。
『静をマスターにした理由は?』
『当時の状況がから判断したものです』
『それはいつ頃の話?』
『丁度10日ぐらい前でしょうか』
『僕がこの世界にやってきた日と同じじゃないか』
『そうなるのね。本来なら輸送船…、だと思うけど。それで時空管理局へと送られるはずだった。でもそこに何者かが襲撃を仕掛けて、ジュエルシードと一緒にこの世界の私の部屋に落下。ユーノはそれらを追ってやって来たのね?』
『うん、それでなのはに助けて貰って、あとは昨日話したとおり』
『なるほどね』
 納得した静は、コップに残っていたお茶を飲もうと口を付けるが、既に空なのに気付いて立ち上がる。
『でも、本当になのはの双子の妹なの? 性格も反対だし』
『そう? ちょっとお茶を入れて来るわね、ユーノも飲む?』
『ありがとう』
『じゃあ、ちょっと待っててね』
 流れ続けていたボレロは、ゆっくりとクライマックスへと向かう。

 ボレロのクライマックス、フルオーケストラの演奏が部屋の中を満たしている。
 その部屋の外で、静は髪を纏めていたヘップリングを外し、寝起きのように髪をボサボサにして演奏が終わるのを待つ。
 準備を終えるとすぐに演奏が終わった。部屋に静けさが戻ってくるのを見計らい、控えめにノックする。
「ユーノ君、静に迷惑かけちゃダメだよぉ」
 静は戸を開きながら、寝ぼけ眼をこすって眠そうに、勿論なのはそっくりにユーノに話しかける。
『大丈夫だよなのは』
「残念、なのはお姉ちゃんはもう寝てます」
『えっ? えええーーーーーーっ!』
『双子なんだから、よく似ているのは当たり前。でもわたしの方が明らかに髪の毛は長いし、普段は髪型も違うから見分けるのは簡単よ』
 ぼさぼさにした髪の毛をそのままに、静は二人分のお茶をもって部屋に入ってくる。
『そっか。でも本当に驚いたよ、なのはそっくりなんだもん』
『いざという時には、わたしが身代わりになれそうね』
『ええっ!?』
『…半分は本気よ』
 真剣な眼差しでぼそりという静に、ユーノは恐怖した。


 学校から帰るなり魔法の訓練の日々が続く。
 情報管制や情報収集を第一に設計された伊勢は、インテリジェントデバイスにしては珍しく、最大使用可能魔力が極端に低く設計されている。
 その為に伊勢のキャパシティーを優に超える静の魔力を運用することが出来ず、静は専らデバイスを使わない補助に属する魔法を訓練してゆく事になった。
 訓練は通常は伊勢と、可能ならユーノやなのはを交えて行う。
 デバイスの安全臨界魔力での攻撃魔法を伊勢が思案中との事だが、まだ実現には至っていない。
『狙われているのなら、既に相手も回収に入っているはずよ』
『そうだけど、それにしては相手の魔法を感じないから、まだ来ていないんじゃないかな』
『この世界のここに落とすと分かっていれば、先回りして観測機器を設置することも可能ですね』
『そうね、ユーノより先に来て、観測することが出来ればね』
『もしかしたら、強力な探索の能力を持っている。というのもあるよね』
 休憩中とばかりにお茶菓子を用意して、二人と一匹と二機が談笑し始めたのだが。
 内容はいつの間にか仮想敵の事になっていた。
『ここ数日、発動そのものがありません。見つける難易度が集めるほどに増して行くと仮定すれば、統計学的には敵の存在を参考程度に考えておくべきかもしれません』
『注意はしなきゃいけない、というところか』
『静さん、そろそろ夕飯の準備に』
『分かったわ』
「じゃあ」
 短くそう言って、静は部屋から出て行く。
『ユーノさん、少し見ていただきたいものが』
『なに?』
 伊勢は攻撃用魔法の術式を、ユーノとなのはの前に投影して説明を開始する。
『これ以上の魔力負荷に耐える事が出来ませんので、現時点では最大の攻撃方法となります』
 なのはの前に投影しながら説明を始める伊勢。
『コヒーレント光形式の魔力の連続照射か』
『なんか、バルカンみたいだね、アニメとかのロボットの頭に付いているの』
『…多銃身タイプの物も考慮しましたが、システム的に魔力負荷がかかるところが違うので、こちらの銃器で例えるならば単銃身タイプの物になります』
『私の場合はどうなっているのかな』
『先ほどの例えに合わせれば、ジェット… もしくは大砲ですね。漫画的な表現をするなら、ビームというのが一番近いでしょうか』
「そ、そうなんだ…」
『本人の持つイメージの影響を大きく受けます』
 伊勢の言葉に、戸惑った言葉を返したなのはのフォローをするように、それまで黙っていたレイジングハートが急に話に入って来た。自然なのはとユーノの視線が集まる。
『伊勢と話したのですが、静が戦闘に加わるのはリスクが大きいかと』
『それは、デバイスそのものが戦闘向きでない事も併せてだね?』
『その通りです』
「静の分も、私ががんばるよ」
『…申し訳ない』
『バックアップはお任せします』
『了解』


 月村家、すずかの部屋。
 今日は土曜日であり、なのは達の学校は休みだった。
 そこですずかがいつものメンバーを誘ったのだが。
「今日は、静は来なかったのね」
 アリサがユーノを撫でながらに言う。
「しょうがないよ。静は今日も学校があるし、その後で弓を習っているから」
「そう言えばそうでしたね」
「でも、静ちゃんが普通の小学校に通っているのは不思議ですね」
「中学からは、同じ学校に通えるようにってがんばってるよ」
「静ちゃんらしいですね」
「あの子って、がんばり出すと止まらない感じよね」
「うん、そうだよね」
「でも、それはなのはちゃんも同じですよ?」
「えーっ、そうかなぁ」
「そうねー、あの子はなのはと同じなんだけど、反対なのよね」
「アリサちゃんもそう思いますか?」
 自分の事なのに、微妙に置いてけぼりになるなのは。
 結局この話題は、二人とも本当によく似ているというところで結論となった。


 昼食を全員で取り、一緒に来ていた恭也と、すずかの姉の忍と分かれて外に移動した。
 月村家の西洋式の広大な庭に、春の暖かな日差しが降り注ぐ。
 なのは、アリサ、すずかがテーブルを囲み話に花を咲かせ、メイドのファリンが側に控え、ユーノはなのはの膝の上におとなしく座っている。
 話題がこの家で飼われている猫の事に変わり、また話に花が咲く。
 そんな会話の中、なのはとユーノに不協和音を聞いたときのような、ジュエルシードの発動間近の波動が届いた。
『なのは』
『うん、すぐ近くだ』
『こちらでもジュエルシードの反応を観測しました』
『ゴメンお姉ちゃん、わたしは行けそうにない。伊勢、可能な限りサポートしてあげて』
『了解』
 この場にアリサとすずかがいる為に、どうやってこの場から離れようかとなのはが迷う。
 その様子を察したユーノは、なのはの膝の上から飛び出し、一目散にジュエルシードの反応のあった方向へと走り去った。
「ユーノ君!?」
 そう呼びかけて、ようやくユーノの行動の意味を理解したなのはは席を立った。
「ユーノどうかしたの?」
「うん、何か見つけたのかも。ちょっと探してくるね」
 やや歯切れ悪くアリサの言葉に返す。
 すずかの「一緒に行こうか?」の言葉にも、すぐに戻る旨を伝え、急いでユーノの後を追った。

 ユーノとなのはが合流し、ジュエルシードの反応があった方へと急ぐ。
 二人の感覚に発動間近の物と似た波動が入ってくる。
「発動した」
 なのはの言葉にユーノが立ち止まる。
「ここだと人目が… 結界を作らなきゃ」
「結界?」
「最初に会った時と同じ空間。魔法効果が生じている空間で、通常空間と時間進行をずらすの。僕が少しは、得意なんだ」
 かいつまんで説明したユーノは、なのはが理解しているかどうも確認せず、結界を作り出し始める。
『サーチャーを飛ばしたわ、範囲は結界の周囲まで』
『時間進行を結界と同期します』
『了解』
 静と伊勢の念話に答え、ユーノは結界を広げてゆく。
 世界からまだら模様に色彩が失せた。そんな光景がユーノを中心として広がって行く。
 見とれていたなのはが、視界の端で光を捕らえた。
 それがジュエルシードの発動による物だと理解する前に、姿を現した相手の様子に、思考が止まった。
 目の前にその愛くるしさもそのままに、象程もある巨大な子猫がいる。
 今までのことを思えば、攻撃的である物ばかりであったので、あまりにも場違いな相手に完全に思考が停止したのだった。
『気を確かに持ってください!』
 只惚けるなのはとユーノは、そんな伊勢の喝に、二人は何とか気を取り直す。
「多分、あの猫の大きくなりたいって願いが、正しく叶えられたんじゃないかな?」
 状況を分析しようとするユーノだが、その声は呆れ声だ。
 なのはも緊張感の欠片もない事態に戸惑いながら、生返事を返していた。
「だけど、このままじゃ危険だから元に戻さないと」
「そうだね、流石にあのサイズだとすずかちゃんも困っちゃうだろうし」
 ずーん、ずーん。と足音を立てて徘徊する、巨大な子猫。愛らしい姿はそのままに、大きさ相応の低い声で鳴く。
「襲って来る様子はなさそうだし、ささっと封印を…」

 フェイトは先ほど何者かが発動した結界内で、ジュエルシードを探していた。
 管理局の魔導師がどこかにいるのだろう。そう注意しながら探索していると、塀の向こうの広大な屋敷の森の中に、巨大な子猫を見つけた。
 同時にジュエルシードがそこにあることを感じた。
 迷い無くバルディッシュを構える。

『結界内に攻撃魔法反応、来ます!』
「ええっ!?」
 伊勢の報告に驚いたなのはの声の直後、二人の頭上を通った金色の光弾が巨大な子猫に着弾した。
 なのはとユーノは思わず振り返り、光弾が放たれた方向を見る。
 かなり離れた電柱の上、明らかにこの付近の常識ではあり得ない服装の少女、フェイトが、倒れた巨大な子猫の方を向いて立っていた。
『…こちらでも見つけた。でも、寒くないのかしら』
 長い金髪をリボンでツーテールにしており、どこかのゲームのお色気担当のようなバリアジャケット。そして赤い裏地の黒いマント。
 中味が同年代らしく見えるが、そのデザインセンスに静は呆れる。
『バリアジャケットの基本機能でカバーしている様子です』
『とすると、動きやすさメインと言う事。…だといいけど』
 静と伊勢が分析していると、そのフェイトの口がわずかに動き、次の瞬間杖の先から金色の光弾が連続して放たれた。
 連続してぶつけられる光弾に、巨大な子猫は悲鳴を上げる。
「レイジングハート、お願い」
「Stanby ready. Set up.」
 桜色の光に包まれ、なのはがバリアジャケットを装着し、そのまま巨大な子猫へと駆け出す。
「Flier fin.」
 まるでなのはの思考を読み取るがごとくスムーズに飛行魔法を開始し。
「Wide area Protection.」
 巨大な子猫の上に制止するや、広域防御魔法を展開して襲い来る金色の光弾を次々と防ぐ。
『鮮やかね』
 レイジングハートとなのはの連携に、静は驚嘆する。
 フェイトは広域防御魔法によって防がれ始めた光弾の着弾点を、巨大な子猫の足下にあわせた。
『敵が対応を始めると思われます』
 伊勢の言葉の直後、金色の光弾が、巨大な子猫の足下に直撃した。
 大きく姿勢を崩して倒れる巨大な子猫の背から、なのはは慌てて飛び退く。


 海鳴市藤見町高町家、同時刻。
 デバイスである伊勢を経由して、静は直接交戦域のデータを受け取っていた。
「案外範囲が狭い?」
 Wide area Protectionとレイジングハートが言ったにもかかわらず、あの巨大な子猫の足下に命中した光弾に、思わず呟く。
「デブリーフィング、大変ね…」
 そう呟く間に、フェイトがなのはのすぐ近くの木の上に飛び移ってきた。
『敵でしょうか?』
『名乗りを上げないと言う事は、そう見て良いわね。…ま、その分はこちらも同じね』
 フェイトが何かを呟き始めたのを、静は集中して拾う。
『…導師、ロストロギアの探索者か』
 フェイトはなのはの様子を見て、視線をレイジングハートに落とす。
『バルディッシュ、インテリジェントデバイス…』
 呼びかけか、自己紹介か、呟かれた言葉はようやくなのはに届く程度の小声。
『バル、ディッシュ…』
 フェイトの持っている杖が、インテリジェントデバイス、バルディッシュであると、なのはは理解し反芻するように呟いた。
『ロストロギア、ジュエルシード』
『Scythe form Setup.』
 バルディッシュが変形し、金色の刃を鎌のように纏う。
 フェイトはなのはに注意を向けながら、ゆっくりとそのバルディッシュを構え。
『…申し訳ないけど、いただいていきます』
 そう宣言して、なのはに向かい飛び出した。
『Evasion. Flier fin.』
 レイジングハートの魔法発動直後になのはの体が空へ舞い上がり、バルディッシュによる地を這うような斬撃が、なのはの足下であった空間を薙いだ。
 フェイトは様子を探るように、上空で静止したなのはを見上げる。
「相手の方が、慣れているわね…」
『Arc Saber.』
 フェイトがバルディッシュを振るう。放たれた黄金色の細い月のような刃が、鋭く回転しながら緩いカーブを描いてなのはへと向かう。
『Protection.』
 レイジングハートがとっさに発動したProtectionに、黄金色の刃がぶち当たる。爆発を上げると共に、Protectionの防壁全域を桜色に反応させた。
 その直後フェイトが飛び上がる。
 やや遅れてなのはが、未だ反応し続けているProtectionの防壁から飛び出す。
 そこはフェイトが待ちかまえていた空間だった。
『お姉ちゃん!』
 思わず静が念話で声を上げる。
 その直後フェイトの斬撃を、なのはは慌てながらも受け止めていた。
 二人がつばぜり合いの距離で見つめ合う。
「なんで、なんで急にこんな」
「答えても、たぶん意味がない」
 フェイトの言葉に、なのはの顔つきが変わった。
 静にしてみれば、それは当然の事だった。
 翻訳すれば「訳を話して」という事なのだが、悪く言えば相手の事象に対して首を突っ込みたいのだ。
 そしてなのはの我の強い性格が、相手のフェイトが返した言葉にカチンと来た。それだけの事なのである。
 二人の距離が離れ、フェイトは木の上に、なのはは巨大な子猫を背に着地する。
 即座にお互いのデバイスが変形し、お互いにデバイスを向け合う。
『お姉ちゃん主導権を握って!』
 お互いに動かない事が、なのはにとって不利だと考えた静がそう叫んだ直後、なのはの背後にいた巨大な子猫が気づき鳴き声を上げた。
 その鳴き声に気を取られたなのはが、振り向いた直後。
『…ごめんね』
 フェイト本人と静、そして二人のデバイスのみに聞こえた呟きをかき消すように、金色の光弾がなのはに向けて放たれた。
 静が声を上げる暇もなく、なのはに光弾が迫り、炸裂した。
 魔法による防壁に包まれてはいるが、なのはの身体は爆炎の間から、放物線を描いて宙に高く放り上げられる。
 静はその光景に声を上げられなかった、何でこの場にいる事を選んだのかと、自責の念にかられる。
 その間にも、なのはの身体は放物線の頂点を過ぎ、地面へと落下して行く。
 静が叩き付けられると思っていたなのはの身体は、地面近くに展開された三重の魔法陣によって受け止められ、そっと着地した。
 ユーノが展開した物だと気付いて、静は安心し体中の力が抜ける。
『なのはさんは?』
『大丈夫、気を失っているだけ』
 伊勢の念話に、ユーノが答える。
『ほ、本当に大丈夫なの?』
 普段はクールな印象を周囲に与えている静の慌てる声に、ユーノはもう一度『大丈夫、気を失っているだけだよ』と答えた。
『…分かったわ』
 やや怒りの混じりの冷徹な声がユーノに返された。
『私が直接交戦できないのは悔しい。だからここは退いて』
『でも…』
『相手が収集に入りました』
『そうね』
 変形したバルディッシュから放たれた雷撃のような魔力が、巨大な子猫を捕らえる。そうして、ジュエルシードを回収する様子の一部始終を、静と伊勢は見ていた。
 ジュエルシードをバルディッシュに納めると、フェイトは気を失って倒れているなのはへと視線を向ける。
 ただ、じっと見ている。そう形容されるような、あまり感情を見せない視線が、フェイトからなのはへと向けられている。
 ユーノも含めて、二人と一体の間を、春のそよ風が通り抜けてゆく。
 やがて見切りを付けたのか、フェイトはきびすを返して立ち去って行った。
 サーチャーで追跡している静に届く、金髪の少女の表情は、あまり感情を見せる事は無く。
 静はその点を不思議に思うのだが、父からの呼び出しにより、あえなく観測も頓挫した。
 その日の道場では、静は今ひとつ精神が安定せず、後半を自主的に道場の片隅で正座して過ごすのだった。


 海鳴市藤見町高町家、夜。
 一連の事件を、伊勢からの投影で映しながら、反省会を行う。
 その投影の途中で、フェイトがなのはに光弾を打ち込む直前に「ごめんね」と言ったシーンで、なのは呆然と立ち上がっていた。
「お姉ちゃん…」
「静。私、あの子とお話がしたいの」
 決意を込めたなのはの言葉に、
「訳を聞きたいのね? 分かったわ」
 静はあっさりと肯定の言葉を返す。
「ほ、本当にいいの?」
 なのはでも思いつく危険度の高さに、思わず戸惑って聞き返すが。
「条件は、魔法をもっと訓練する事。少なくともそうしないとあの子に構っては貰えないと思うわ」
「そっか、そうだよね」
 提示された条件に納得するなのはだった。
 伊勢からの投影が終わったところで、静はユーノに今回の事についての見解を求める。
「多分… いや確実にあの子は僕と同じ世界の住人だ」
「時空管理局では無いわよね?」
「それは考えづらいと思う、管理局なら名乗っているはずだし」
『管理局がこの事態に気付いて、対応を開始し、ここまで手を付ける。それにどのくらいかかるとユーノさんは考えますか?』
「救難信号が受信できていれば、もうこの世界に来ていても良いと思うんだけど」
『受信できていなければ?』
「今頃、輸送船が到着しない事がわかり始めるくらいじゃないかな」
『後者で見ると、あと一週間は来ないと見て良いでしょうね』
 伊勢の推論にユーノが頷いて返す。
「ジュエルシードの方はこっちが6つ、あちらが1つと仮定して、最大であと14個ある事になる」
「ジュエルシード探しを優先すると、訓練する時間が減りそう」
「探さないわ」
「えっ?」
「あれは発動すれば隣の市でも感知できる。だから発動したらすぐに向かう事にして、探す手間を省くのよ」
「でも…」
「お姉ちゃんには、あの子と話をする必要があるんでしょ? だったら強くならないと」
「そっか、そうだよね」
「ユーノはこれで良いかしら? 問題点があれば指摘してもらえると助かるんだけど」
「うん、今のところそれが一番だと思う」
「ありがとう」


 遠見市、高層マンションの一室、深夜。
 街の明かりだけが差し込む部屋の中、なのはと交戦したフェイトは、ソファに腰を下ろした。静に呆れられたバリアジャケットではなく、黒を基調とした私服姿で。
 使い魔である赤毛の狼、アルフが、主の元へと歩み寄る。
「少し、邪魔が入ったけど、大丈夫だったよ」
 少女は狼の姿のアルフを撫でながらに話し始めた。
 なのはの事を思い出して、少女は思考を進める。
「幾つかは、あの子が持ってるのかな…」
 不安の現れるフェイトの言葉に、アルフは主人を気遣うように、視線を上げる。
「大丈夫だよ、迷わないから」
 少女の視線が、写真立てに向けられる。
 そこには母一人、娘一人の二人で写った写真があった。娘はフェイトの幼い頃の姿だろうか。
「待ってて、かあさん… すぐに、持って帰ります」
 フェイトの決意は、夜の闇に広がり。
 街の明かりだけが、主従を照らしていた。






Ende