リリカルなのは、双子の静 第四話


 海鳴市藤見町高町家、夜。
 ええなー、温泉ええなー。
 そんな内容から始まる、HN栞こと、はやてからのメールは、以前相談を持ちかけたバリアジャケットの事が、イラスト付きで細かく設定されている添付ファイル付きで送られてきていた。
 魔法使い型、伊勢曰く洋装タイプの方は、マントだけだった物が、帽子や服装まで付いてきている。
「相変わらず、こう言うの上手いわよね」
『図書館で話していた子ですね』
「ええ。洋装の方は、このあからさまに魔女っぽい帽子も捨てがたいけど、ベレー帽でも付けましょうか」
『分かりました』
 そうしてそのままバリアジャケットの設定に入りながら、はやてへの返信を書きつづる。
 やがて送信を終え、一通り話したところで、窓を開いて夜空を見上げた。
「温泉かぁー」
 明日、連休中の翠屋の営業を従業員に任せて、一家総出+友人達と、市内の海鳴温泉へと出かける。
 具体的にはまず高町一家。なのはの友人アリサとすずか、長男恭也の恋人月村忍と、月村家の使用人ノエルとファリン。全部で10人の大所帯だ。
「ゆっくり出来ると良いなぁ」
 窓辺に俯せになり、漬け物のように温泉に漬かってまったりとしている自分を想像しながら、静は夜空を見上げる。
 あの空から、伊勢が降って来て、静がマスターになった。
 そして災厄の種、ジュエルシードを集めている。
 敵対するだろう魔導師も現れた。
 そのうち管理局がやってくるだろう。伊勢とユーノからの情報では、組織としてはベターではないかもしれないが、それでも何とかなる程度の力量は期待できるだろう。
 いや、期待したい。
 世界が違うと言う事だから、色々基準も違うのだろうが、三権分立というものを念頭に置くと、今ひとつ歪んでいる印象はぬぐえない。
 また、1世紀以上存続していると言う事から、ある程度の自浄作用があるとも思える。同時にたまりたまった歪みが潜んでいるというもの考えられる。
 敵。というわけではないが、相手にしようとしている組織の大きさに、絶望感に似た巨大な不安感は否めない。
 こんな事でご町内の平和が守れるのかと不安になるが、相対的に世界平和などどうでも良いと考える自分に苦笑する。
「そうね…、全て上手く行ったら、ヒーローを演じるのもいいわね」
 静はそう呟いて窓を閉めた。
 明日からの温泉旅館での休日を、しっかり楽しみたいと願って。




 海鳴市内、昼。
 両親と美由希、なのは、アリサ、すずかが高町家の車。恭也と忍、静、ノエル、ファリンが月村家の車。二台の車がそろって海鳴市の山奥へと向かってゆく。上下二車線の幅の広い道なのだが、右に左に上に下に曲がる山道に、静は既にグロッキーだった。
「大丈夫ですか?」
「だーめー」
 同じ後部座席に座っている月村家のメイド、ファリンの呼びかけに、静は真っ青な顔で、ぐったりとしたまま答える。
「静、もう少しだからがんばれ」
「うー、お兄ちゃんの鬼ぃー…」
 心配している恭也の励ましにも、真っ青な顔で何とか答える辺りは性格だろう。
 これが、嘔吐すれば楽になるのなら、静は即座にその努力をするだろう。だが静の体質は頭痛に悩まされる方で、少なくともお腹の方は何の問題もないのである。
「対処しましょうか?」
 静の車酔いが始まってから、ずっと静の頭を撫でているノエルが、真剣に静に訪ねる。
 静は一瞬だけノエルと視線を合わせて答えた。
「お、おねがいぃー…」
 次の瞬間、静の首筋にノエルの手刀がたたき込まれ、静の体がそのまま崩れ落ちた。
 この時、あまりの出来事に車内の誰も声を上げられなかった。
「…申し訳ありません、あまりにも苦しそうでしたので」
 一仕事終えた、そんな爽快感さえ漂うノエルの言葉に、恭也、忍、ファリンの三人は、ノエルを畏怖せずにはいられなかった。


 海鳴市月守台、海鳴温泉、旅館、昼。
 山間の温泉旅館の一つに着いた一行は、チェックインを済ませ、それぞれの部屋に荷物を入れる。
 この時、静がノエルにお姫様だっこされて運ばれ、それを写真に納められるのだが、双方共私服であるにもかかわらず、騎士と小さなお姫様と言った雰囲気があったという。

 なのは達が温泉に行き、しばらく経ってから、静はようやく目を覚ました。
「気がつきましたか」
 静の脳にゆっくりと入ってくるノエルの優しい声。
 静はゆっくりと起き上がり、辺りを見渡し、途切れた記憶を探る。
 最後にあるのは首筋への痛み。
「一日寝ていた。という訳ではないわね」
「はい」
「まぁいいわ、車酔いに比べたら意識を刈り取られるのなんて楽な物だし」
「申し訳ありません」
「折角温泉に来たのだから、行かない? 温泉まったり同盟としては、待たせて申し訳ないわ」
「はい。温泉まったり同盟として、ご一緒させていただきます」
 温泉まったり同盟とは、温泉好きの二人の、ちょっとした言葉のやりとりから生まれた二人だけの同盟である。
 名の通り、温泉を好み、温泉でまったりと過ごす事を至上として、今年で結成3年目になる。
 現在では二人の仲での最上級の約束事にも使われる程に、精神的に重要な位置を占めてもいた。
「静様の分も、準備は出来ております」
「じゃ、行きましょう」
 とは言え、静とノエルは、そう頻繁に会っている訳ではない。
 ただ、ノエルは静の翼を見た事がある、数少ない人物の一人なのである。
 そして、それ以来、ノエルは静に親愛の情を見せるようになっていた。
 事情を知らなければ、単にお気に入りという見方も出来る。少なくとも事情を知らないファリンは、二人の関係をそう見ている。
 静にしても、翼を見て尚、表裏無く優しくしてくれるノエルに、子供ながらに好感を抱いているのだった。

「あ、静大丈夫?」
 脱衣所で静が服を脱いでいると、浴室からなのは達が丁度上がってきていた。
 かなりぐったりしたユーノがなのはに抱えられている。
『大丈夫?』
「キ、キュー…」
 静の念話に、ピクリとだけ動いて、力無く鳴くユーノ。
「お姉ちゃん、ユーノをのぼせさせたらダメじゃないの。動物なんだから無理矢理温泉に入れない方が良いわよ、生存も含めて、色々な意味で」
「ご、ごめんなさい」
「まったく… それと、わたしは大丈夫よ、ノエルに楽にして貰ったから」
 静の言葉を、一緒に上がってきたファリンが力一杯首を振って否定する。
 その後。静とノエルが温泉を堪能している間に、車での出来事がファリンの口から告げられるのだが、なのは一人だけが苦笑しつつも納得しているのだった。

 静とノエルの二人が、まるで仲の良い姉妹のように寄り添って、湯船の中で心の底からゆったりしている。
 二人の間に言葉はない。
 お互いがこの温泉を堪能しているだけである。
『静、聞こえる?』
 唐突にユーノからの暗合念話を受信する。
『…用件は?』
 返事に要した一瞬の間が、静の不機嫌さを表していたが、ユーノはそんな事に構う事無く続ける。
『あの魔導師の関係者とさっき接触した』
『それで?』
『こっちに忠告だけして、そっちに向かっている』
『対処できることはないわよ、隠れるにしても手遅れだろうし… 念のためあの子がいないか注意しておくべきね』
『分かった』
『それと、どんな格好か分かる?』
『今、イメージを送るよ』
『…、つくづく異文化ね。情報ありがとう、伊勢にも送っておいて』
『分かった、じゃ』
 念話が途切れ、そのまま天井を見上げると、ノエルが静をのぞき込んできた。
「何か、なさっていました?」
「んー、考え事」
 何でもないと、そう答えて静は伸びをし…
「やっぱり、考え事はリラックスしている時に限るわ」
 そう言葉を続けて、再びお湯へと身体を任せる。ただし自身から漏れ出る魔力は限界まで絞っておく。
「そうですね」
 まるでノイズのような物を静から拾った気がしたノエルだが、HGSの関連なのだろうと自分を納得させ、静と同じように再びお湯に身を任せるのだった。

 そんなまったりとした空間が浴槽の端で展開されている大浴場に、アルフは入って来た。勿論人間形態で、である。
「あ、あれ?」
 アルフは思わず戸惑った。先ほどフェイトが敵対していただろう少女と接触したばかりなのに、ここにも同じ人物がいるのだ。
 だが、漏れ出る魔力は先ほどのなのはという少女と比べると、あまりにも小さい。
 原因は色々考えられる。別人だったとして最悪の物としては、良く訓練された魔導師であると言う事だろう。最良の物としては、まだ自分の魔力にすら気付いていないという事だが、それはあまりにも楽観視しすぎという物だ。
 彼女は静から離れるようにして、浴槽に身を沈める。入って来てすぐに引き返しては、あまりにも不自然だと思ったからだ。
 幸い少女はアルフに気付いていない。相変わらず幸せそうに湯に漬かっているだけだ。
 先程と同じように、忠告を与えるつもりにはならない。先程接触したなのはと呼ばれた少女が、先日フェイトと相対した人物であることはすでに分かっているからだ。無用な事をする必要はない。
 もう一度、静の方を見る。
 幸せすぎてお湯にとろけそうな姿をしている。
 あんな無防備な子が関係者だとは到底思えず、フェイトであれば湯あたりしないか心配になってくる程だ。
 すぐ側にいる女性、ノエルが時折静の方を見ていることから、保護者だろうと推測できた。
 フェイトと年の頃が似ている、幸せそうな静の姿に、アルフは複雑な気持ちを抱える。
 フェイトは幸せだった。
 過去形で語らなくてはならないのが、アルフには悔やまれる。
 アルフが知る限り、今のフェイトはプレシアに道具として使われているだけだ。
 勿論愛情や愛着などという物は、欠片も注がれていない。それらは全て過去の事であったそうだ。
 思考の中に、静に対して思いもしない憎しみが生まれそうだと自覚したアルフは、そこで考えるのをやめた。
 ゆっくりとため息を吐いて、天井を見上げる。
 今はジュエルシードを集める事、それに専念しようと決意を新たにするのだった。


 海鳴市月守台、海鳴温泉、林間遊歩道付近、夜。
 せせらぎの近くに、フェイトとアルフの姿があった。
 二人とも、この近くにジュエルシードがあるらしい。という所まではつかんでいるのだが、反応が無いジュエルシードを見つけるのは至難の業である。
 ジュエルシードは願いを叶える物だとも言われるが、それはとても不安定で、しかも天文学的なエネルギーを抱えてもいる。
 二人から幾分か離れたせせらぎに、強くなってきた風が吹き抜ける。
 そしてジュエルシードが、風に流されるように転がり、せせらぎの中へと落ちて行った。
 たったそれだけのわずかな衝撃によって、発動間近の波動は周囲へと拡散し、同時に内包する膨大なエネルギーの片鱗を見せるがごとく、水面の向こう、空に向かって光を放ち始めた。


 静の案内によってなのはが夜の森を走る。
『前にお姉ちゃんが相手をした子と、昼間お姉ちゃんに話しかけてきた人がいる』
 静の声を聞きながら、ユーノは静から送られてくるサーチャーの望遠映像を受けた。
『なのは、まだ封印は始まってない、今ならまだ間に合う』
『いえ、あの子が杖を手に取ったわ。封印が始まる』
 念話越しにユーノの歯噛みする声が静に聞こえる。
 なのはは急ぐが、彼女の位置からでも分かる程に、封印の光が空にあふれた。


「二つ目」
 フェイトが封印を終えたジュエルシードを手に取り呟く。
 安堵する間もなく、フェイトとアルフ、二人の耳に足音が近づいてきた。
 暗闇の中、白い服の人物が駆け寄ってくる。それがフェイトが相手をしていたあの子だと分かるのに、時間はかからなかった。
 フェイトとアルフ、なのはとユーノ。顔のみならず表情まで分かる距離。
 緊張が走る。
 その緊張を破ったのはアルフの声だった。
 それは昼間に忠告したことを聞かなかった、なのはに向けての挑発。
「…子供は良い子で。って、言わなかったけか?」
 そのアルフの言葉が途切れるのに合わせて、ユーノが強く訪ねる。
「それよりっ、ジュエルシードをどうする気だ!? 危険な物なんだ!」
「さぁーね、答える理由が見あたらないよ?…」
『少なくとも、彼女達は管理局ではないと言う事ね』
『間違いない』
「…それにさぁー、アタシ親切に言ったよね。良い子にしないとガブッていくよって!」
 目つきが鋭さを増すアルフに、なのはも身構える。
 直後、アルフの体が弾けた。
 なのはと静。二人ともその特撮映画も真っ青な音と、肉のゆがみや骨格の変形、体毛のざわめきに声も出ない。
 やがて大型犬すら一回りは凌駕する異世界の狼の姿が形作られ、アルフは力強く咆吼を上げる。
『伊勢、任せるわ』
『了解』
 未だショックが抜けきらない静が、伊勢に委ねる。
『あの少女の使い魔です』
「使い魔?」
「そうさ、アタシはこの子に作ってもらった魔法生物。制作者の魔力で生きる変わり、命と力の全てをかけて守ってあげるのさ」
 静はアルフの言葉に、律儀だと思いつつ、それが余裕の表れだとも思う。
「先に帰って、すぐ追いつくから」
 なのは達に向けた物とは違い、フェイトへ向けられる言葉は、とても優しい言葉だった。それだけでもこの主従の関係が伺える。
「無茶しないでね」
 フェイトのその言葉に、アルフは答えながらなのは達へと飛び出す。
 跳ねるように高く舞った異世界の狼アルフが、なのはへと真っ直ぐに飛び込んでくる。
 なのはが構えようとした矢先、ユーノがなのはの肩から飛び降り、魔法の光がフェレットを中心に展開した。
 その光が防御魔法であると分かったアルフは舌打ちをし、球形に展開された防御魔法の表面にとりつく。
「なのは、あの子をお願い」
「させるとでも、思ってんの!?」
 ユーノの冷静な言葉に、アルフは前足の爪を表面に突き立て、防御魔法を引き裂こうと力を込める。
「させてみせるさ!」
 気合いと共に、防御魔法に魔力がみなぎる。アルフを釘付けにし、さらに転移魔法を行使するユーノ。
 力量を読み違えた事に舌打ちするアルフ。
「そんな、馬鹿な!」
 そして発動された転移魔法に、アルフは悪態を残してこの場から消えた、ユーノと共に。
 後には防御魔法の光と同じ、緑色の光の残滓が、ゆっくりと消えてゆく光景だけがあった。
『転移魔法です、別地域に無事転移しています』
 伊勢の言葉が理解できないなのはではないが、目の前で見せられた事に、本当に今まで目の前にいた物が消えた事に戸惑う。
 一連のなのはとユーノの行動に、フェイトはユーノの評価を上げ、なのはの評価を下げた。
 経験不足どころか、訓練すらまともにされていない魔導師。それがフェイトのなのはに対する評価だ。
「結界に、強制転移魔法。良い使い魔を持っている」
 そして、なのはに先ほど行われた攻防について説明をした。
 途端、なのはがむっとした表情を見せ。
「ユーノ君は、使い魔ってやつじゃないよ。私の大切な友達!」
 友達と強く宣言された事に、フェイトの中で何かが弾ける。だがそれが明確なイメージを持たないことに苛立ちを覚え、なのはを見据えた。
「それで、どうするつもり?」
「話し合いで、何とか出来るって事。ない?」
「私はロストロギアの欠片を、ジュエルシードを集めないといけない。そして、あなたも同じ目的なら、私たちはジュエルシードを賭けて戦う敵同士って事になる」
「だから! そう言うことを簡単に決めつけないために、話し合いって必要なんだと思う!」
 話し合ったところで、自分の目的を変えられるわけでもない。再び母に愛情を向けて貰うために、今自分は行動している。
「話し合うだけじゃ、言葉だけじゃきっと何も変わらない。 伝わらない!」
 強く発したフェイトの言葉の余韻が消える前に、フェイトはバルディッシュを構え、鋭くなのはの背後に回った。
 バルディッシュが先ほどまでなのはの頭があった空間を薙ぐ。
「flier fin」
 宙に舞い上がったなのはに、フェイトも空へと追従する。
「…でも! だからって!」
「賭けて。それぞれのジュエルシードを一つずつ」
「photon lancer get set」
 バルディッシュの声にフェイトは一気に加速し、上空からなのはに襲いかかる。
『出来るだけ主導権を取るようにしてください、相手の動きを待っていてはだめです』
『分かってる』
 伊勢の声にそう答えはするが、ほぼ素人のなのはの動きは鈍い。
 フェイトはほぼ全て先手を取るが、速度を優先した重みのない攻撃は、間一髪で避けられるか、なのはの強力な防御魔法に弾かれてしまい、決定打に欠ける。
「なら」
「Arc Saber」
 易々と入ったなのはの死角、そして至近距離から放つ、黄金色の細い月のような刃。
「Protection」
 レイジングハートの声に重なるように、防御魔法が刃を受け止めた。
 なのはの視界が、桜色の光に染まる。前回フェイトに対峙したときと同じ手でだと気付いた直後、伊勢からの念話と映像が届く。
『相手は距離を取りました。大出力攻撃の予兆』
「分かった」
「thunder smasher」
 バルディッシュをなのはに向け、魔力を収束させるフェイト。
 視界の先のなのはは、Arc Saberの魔力がなのはのProtectionと反応して、未だに桜色の光に包まれている。
 防御に入ったのか? それにしては反応時間が長すぎるのでは…
 そんなフェイトの思考は、一瞬にして消滅した。
「divine buster」
 消えゆく桜色の光の中、なのははフェイトに射線を合わせ、魔力を収束させ始めていた。
「…」
 収束を終えた魔力を放つフェイトは、なのはの評価をやや改める。
 間髪入れずに放たれるなのはの魔法。
 二つの光の束は、両者の間で激しくぶつかり合う。
「レイジングハート、お願い!」
「all right」
 レイジングハートの前方に魔力が収束する。大量の魔力を放ち続けているにもかかわらずである。
 そして、あまり間をおかずに勢いを増した桜色の光の束が放たれた。
 自らの魔力が飲み込まれる様子が見えたフェイトは、射線からわずかに逸れて直撃を回避し、あふれる光に紛れるようにして離脱する。
 残されていたフェイトの魔力が、威力を増したなのはの魔力と激しく反応して盛大に光を放つ。
 その光の影を迂回するようにフェイトが空を掛けるが、なのはには見えていなかった。
『相手は健在です、上方注意!』
 伊勢の念話が届き、なのはが上を見上げる。
 金と黒の何かが近寄ってくる、あれだけの光を目に受けたなのはの視界は、それだけしか認識できなくなっていた。
 更に間の悪いことに、レイジングハートはあれだけの大出力を緊急に放った為に、一時的に次の魔法発動に遅れを見せていた。
 構えるが、遅れるなのはの動作。
 バルディッシュを薙ぐフェイト。
 間に合わないProtectionを発動することすら諦め、なのはは目をつぶった。
 その瞬間、フェイトは勝利を確信した。
 同時に相手にとどめを刺す必要を認めなかった。
 バルディッシュはその切っ先を、なのはの首に軽く触れる位置で静止。
 フェイトはその事実をなのはに突きつけるために、なのはが目を開くのを待った。
 首から伝わる、魔力で形成された刃の感触。それが全く動かないことに、なのははおそるおそる目を開く。
 目の前にいるフェイトが、バルディッシュの刃先を突きつけたまま静止している。
 負けたんだ。と認識するのと、レイジングハートが行動に移したのはほぼ同時だった。
「put out」
「レイジングハートなにを!?」
「きっと、主人思いの良い子なんだ」
 レイジングハートから排出されたジュエルシードに、敗北の念から我に返ったなのはだが、あっという間にそれはフェイトの手に渡っていた。
 目的であるジュエルシードを収集したフェイトは、アルフに『帰ろう』と短く告げ、なのはを背にして歩き出す。
「待って!」
 離れてゆくフェイトに、なのは声を掛けていた。
「出来るなら、私たちの前にもう現れないで。もし次に会ったら、今度は止められないかもしれない…」
 突き放すように告げられた言葉、それはフェイトの本心だった。
「名前! あなたの名前は!?」
「…フェイト。フェイト・テスタロッサ」
 何でそんなことを聞くのだろう、自分の名前を答えながら、フェイトはこれ以上会話する必要性を感じず。
 なのはの自己紹介を聞くことなくこの場から去って行った。


「負けたわね…」
「うん、あの子は強いよ」
 背に二対の翼を纏った静が、着替える変わりに巫女装束に弓術装備の着いた和装のバリアジャケットを纏い、ユーノを抱えてなのはの元へと向かう。
 静の思考は、敗因がなのはがあまりにも戦い慣れていないだけだ。と結論を下すが。
 立ちつくすなのはを前にして、静はそのまま飛びつき、なのはをきつく抱きしめて泣いていた。
 静は戦うことが出来ない。
 バリアジャケットにしても、フェイトと名乗った少女の攻撃を防ぐことが出来ない。伊勢の計算上では一撃で致命傷以上のダメージを負うことが確定している。
「し、しず…」
 言ってみれば、それは銃口の前に裸で立つような物だ。
 そして、攻撃魔法を持ってはいない。
「苦、し…」
 直接戦闘に関して、静は全くの役立たずなのである。
 その事が悔しくて、大切ななのはをいつも危険にさらしている事に、忸怩たる思いをしている。
「助け…」
 それが今回、なのはの死を連想させるシーンを見てしまった為に、内包していたそれらの思いが弾けてしまったのだ。
 あの時、もしフェイトが冷酷な者であれば、なのはの身体は地へと墜ち、その首と胴体は分かれている。
「なの、は…」
 そう考えると、恐怖に飲み込まれそうになる。
 フェイトはそれをしなかった。冷静な部分では、彼女の性格上可能性は低いと判断するのだ。だが、もし、という可能性を否定しきれない。
「待って! 二人とも助けて!」
 それは、二人の間でつぶされかかったユーノの、ようやく出せた悲鳴だった。
「静、ユーノ君が」
「…えっ? ああっ、ごっ、ごめんなさいっ!」
「…死ぬかと思ったよー」
 命からがらなのはの肩へと脱出を計ったユーノは、そのままぐったりとしてなのはの肩に倒れ込んだ。
 涙でぐしゃぐしゃな顔で慌てる静にハンカチを渡し、なのはは手を伸ばして言う。
「静… 帰ろう?」
「…うん」
 二人は手をつなぐ。
 なのはの手は冷たかった。それは未だ戦闘の緊張が抜けきっていないからなのだが、静には分からなかった。
 代わりにしっかりと握り返す。ちゃんと側にいる事を伝えたくて。






Ende