リリカルなのは、双子の静 第六話


「…とは言え、そんな時間はなさそうね。相手が動いたわ」
 静の言葉に、知佳、リスティ、美由希の視線がなのはへと集まる。
「戦闘になれば結界を使うことになるわ、その特性上外から見ると言う事は出来ないと思うの。そして強引に内部に入るには危険度が高すぎる。だから、待っていて欲しい」
 静の説明に、美由希と知佳は頷きで答える。
『分析結果はフェイトの使い魔の魔力反応でした。位置は駅前のオフィス街です』
『サーチャー展開、正確な位置と周辺の状況を観察』
『了解』
「多分あの子達がジュエルシードを強制発動させようとしているんだ」
「急がなきゃ!」
「走っていたら間に合わない。静、今朝話した移動手段を試そう」
「分かったわユーノ、伊勢よろしく」
『了解、洋装ver.2を展開します』
 庭へ向かう静の服装に、マントとベレー帽、そして目を覆うバイザーが光によって形成されてゆく。
 なのはも慌てて聖祥の制服に似たバリアジャケットを装着し、ユーノはなのはの肩に駆け上がる。
「急ごう」
 ユーノの言葉に頷いて、なのはは静の後を追う。そのなのはに続いて、美由希、知佳、リスティの三人が縁側に出る。
 三人の視線の先の庭には、二対の翼を広げ、宙に静止している静の姿があった。
「フェイトと使い魔の座標を確認したわ。ユーノ、良いわよ」
「分かった」
 ユーノは魔法を発動させた。緑色に光を帯びる球状の結界が、なのはと静とユーノを包み込む。
「いいよ静」
「じゃ、行くわよ」
 言い終わるが早いか、静は矢のように、夜の空の中へと飛び出して行った。
 微妙になのはの、わりと本気な悲鳴が聞こえるが、見送った三人はとりあえず聞かなかった事にした。


 海鳴市、市街地、某ビルの屋上。
 フェイトの変わりとして、周辺地域に魔力流を打ち込んだアルフは、フェイトと共にジュエルシードが反応するのを待っていた。
 魔力流による影響で、既に周囲の街からは明かりが失われ、夜の闇が街を包み込んでいる。
 風もなく穏やかな春の夜、闇に包まれた街が廃墟のように眼前に広がっている。
 しばらくの間をおいて、ジュエルシードが放つ魔力の光が現れた。それはビルの間から空へ向けて力強く放たれ、光の柱を形作る。
「見つけた」
「けど、あっちも近くにいるみたいだわね…」
 フェイトが光の柱に気付く。それに後れる事無く、アルフはなのはの魔力反応に気付いた。
 そして、アルフが見据えた方向から、街全体へと結界が広がって行く。
「早く片付けよう、バルディッシュ」
「sealing form. set up.」
 バルディッシュを真っ直ぐにジュエルシードへと構え、フェイトは封印を開始する。
 その視線の先、白を基調としたバリアジャケットに身を包み、杖を構えてほぼ同時に封印を開始したなのはの姿が目に入った。
 双方から放たれた黄金色の魔力と桜色の魔力が、同時にジュエルシードにぶつけられ、激しく光を放つ。

「あまり良くないわね」
 結界の内部と外部、そして自宅リビングにサーチャーを展開し、静はHGSの力によって結界の天井に張り付いている。
 現在ジュエルシードは双方からの封印により、安定して中空に静止したところだ。
 だが、なのはは急いで回収する事もなく、そのすぐ下へと歩み寄り、ジュエルシードを見上げる。

『お姉ちゃん、封印を…』
 静は知らない。なのはがどんな思いでフェイトと語り合おうとしているかを。
『…分ってる。でも、フェイトちゃんとお話ししたいの』
 静は知っている。なのはがどれほどの決意でフェイトと語り合おうとしているかを。
『了解したわ』
 なのはは知らない。静がどんな思いでこの戦いに参加しているかを。
『ごめんね、静』
 なのはは知っている。静がどれほど日常をこよなく愛しているかを。
『謝るより、しっかりお話ししてくるのよ?』
 すれ違いがあっても、二人ともよく似た双子である事だけは間違いない事を、二人ともよく知っている。
『分かった』

 なのはの元にユーノが追いつく。
 先ほどの二人の念話はユーノにも向けられていた。その為にユーノは一応確認するように問いかける。
『なのは、封印は?』
『使い魔が接近中』
『任せて!』
 静の映像を含む念話にユーノが答え、アルフを結界ではじき飛ばす。
 ユーノが結界を解いたその先の街灯の上、フェイトはなのはを見据えて佇んでいた。
 なのはは一歩前へ踏み出し語りかける。
「こないだは、自己紹介できなかったけど。私なのは、高町なのは。私立聖祥大学付属小学校三年生」
「scythe form. set up.」
 なのはの呼びかけに、フェイトはバルディッシュを戦闘形態へ移行させる。
 慌ててなのはもレイジングハートを構えるが、その瞳に映るフェイトの表情に、なのはは寂しさを感じていた。
 フェイトが何かを振り切るように瞳を閉じたのが始まりだった。
 宙に飛び上がり、上空からなのはへと、バルディッシュで斬りつけ。それをなのはは飛び上がって回避する。
 お互いが見つめ合ったのも一瞬の出来事で、再びフェイトはなのはに向かう。
 フェイトの動きに、前回のような待ちは無い。
 今までよりは良くなってはいる、なのはの動きだが、それでもフェイトの動きについて行こうと必死の様子がうかがえる。
 戦力的にはアルフをユーノが押さえ、なのはがフェイトに対し語りかけながら相手をしている、とでも言うのだろうか。
「どう観る?」
『二人とも良くやっています。火力と防御だけでしかフェイトに対して優勢を維持できませんから、なのはさんは特に気を抜けない物だと思われます』
「本当なら、私も『ダメです、前にも説明したとおり。静のバリアジャケットは、なのはさんのそれの一割程度しか防御能力がありません』…ゴメン」
『いえ、申し訳ありません。せめてBクラスの魔力を扱えれば防御だけでも補えるのに』
「まって、今ジュエルシードが光らなかった?」
『…ジュエルシード、不安定化が進んでいます。ですが現状では対処のしようがありません』
「まずいわね」

「フェイトちゃん!!」
 お互いに動きが止まった瞬間、なのはが叫ぶように語りかける。
「話し合うだけじゃ、言葉だけじゃ何も変わらないって言ってたけど。だけど、話さないと、言葉にしないと伝わらない事もきっとあるよ!」
 なのはの脳裏に一年生の頃の思い出が蘇る。
 すずかをいじめていたアリサを平手打ちした事。そして、掴みかかってきたアリサと、それを止めようとしたすずかの声。
「ぶつかり合って、競い合う事になるのは、それも仕方ないけど、だけど、何も分からないままぶつからないのは、あたし嫌だ!」
 アリサとすずかとなのは、三人の今の関係が出来上がるきっかけであり。
 同時に、なのはが身を以て体験した思い。
「あたしがジュエルシードを集めるのは、それがユーノ君の捜し物だから」
 今まで相対してきたフェイトの寂しそうな顔と、必死な姿が、なのはに言葉を紡がせる。
「ジュエルシードを見つけたのはユーノ君で、ユーノ君はそれを元通りに集め直さないといけないから、私はそのお手伝いで…」
 フェイトの事が知りたいと、なのはの言葉は紡がれる。
「だけど、お手伝いをするようになったのは偶然だけど、今は自分の意志でジュエルシードを集めてる」
 そして、自分の事を知って欲しいと、なのはの言葉は紡がれる。
「自分の暮らしている街や、自分の周りの人たちに危険が降りかかったら嫌だから。これが私の理由!!」

 力強く呼びかけたなのはは、じっとフェイトが話してくれるのを待つ。
 一方のフェイトは、なのはからぶつけられた真っ直ぐな意志に戸惑う。
 それは無理もない事だった。大勢の人の中でぶつかり合う事を経験していないフェイトにとって、なのはの言葉はあまりにも強い衝撃をもってフェイトに受け止められたからだ。
 だから、この時フェイトにとって「答えない」という選択肢は存在しなかった。
 戸惑いはする物の、なのはの思いに対して答えようとする。
 が、それは使い魔であるアルフからの呼びかけによって止められた。
「優しくしてくれる人たちの所で、ぬくぬくと暮らしているようなガキンチョになんか何も教えなくて良い!」
『静さん、バイタルが…』
「あたし達の最優先事こ、っ!」
 突然、アルフの足下がまばゆい光を放ち、爆発した。
 慌てて飛び退いたアルフは辺りの様子をうかがう。
「な、なんだい今のは」
『優しくしてくれる人? 面白い事を言うのね。あらゆる生物にとって、世界は優しくはないのよ』
 アルフとフェイトに直接語りかけられる静の念話は、どす黒い怒りと嘲笑に満ちていた。
「誰だい!?」
 何の魔力反応も無い事にアルフは焦り、念話の主を探して辺りをうかがう。
「一体どこから」
 相手を探すアルフだったが、彼女もジュエルシードの不安定化に気付いた。
「フェイト、早くジュエルシードを!」
 アルフの叫びに、フェイトは飛び出す、ジュエルシードに向かって真っ直ぐに。
 同時に飛び出したなのはに、アルフが向かおうとした矢先、再びアルフの足下が目もくらむような光を放ち爆発する。
「ちいぃっ!」
 爆発そのものは大したことはないのだが、アルフは対処できない光る地面から離れざるを得なかった。
 なのはとフェイト、お互いに一歩も引かない速度で、ジュエルシードを封印しようと迫る。
 双方の杖が、お互いにぶつかり合った。
 そして、何か堅い物にひびが入ってゆく音が聞こえた。
 それは、なのはの持つレイジングハートと、フェイトの持つバルディッシュに挟まれた、ジュエルシードが軋み、両者の杖にひびが入ってゆく音。
 それぞれが驚く暇もなく、ジュエルシードから大量の魔力が光と共に発せられ、二人を包み込んだ。
 フェイトが耐え、なのはは叫ぶ。
 アルフもユーノも思わず叫んでいた。

 静も思わず叫びそうになったが、それが現時点以上に自らを危険にさらす事だと認識してとどまる。
 先ほどのレーザーは魔力を含まない為に、まだフェイトやアルフには静の居場所は気付かれていない。
『ジュエルシードより次元震発生。レイジングハート大破、バルディッシュも大破判定だと思われます。またノイズによりなのはさんのバイタル確認できず』
『…心臓に悪いわね』
『静さんの心拍、危険値です』
『…本当に、心臓に悪いわ』
『ジュエルシードの不安程度増大、衝撃上空に抜けます』
 それまで光の球体だった、ジュエルシードからの魔力を含むエネルギーが、一気に光の柱となって空へ駆け上る。
『エネルギー、結界外に抜けました』
 静は、宙で静止し、バルディッシュを待機状態へ戻したフェイトを見ていた。
 今までの所、義理堅く素直で優しいという性格分析をしている。
 それが、譲れない物があるためにジュエルシードを集め、なのはと衝突している。
 あの使い魔も、フェイトの事をよく知っており、良い主従関係なのだろう事が伺える。
 そんな分析は、彼女が両手でジュエルシードをつかんだ瞬間に変わった。
 ジュエルシードから溢れ出るエネルギーに翻弄されるフェイト、その形相は必死そのものだった。
「どうやったら、あんな事が出来るの?」
『無茶です、あの状態での封印はリスクが高い』
「でも、彼女はやるわ。やらなければならないのよ…」
 静の言ったとおり、フェイトは封印の魔法陣を展開し、力尽きながらもジュエルシードを封印した。
「彼女の、フェイトの動機は、あまりにも大きいわね」
『守りたい物があるのでしょうか…』
「それは分からないわ、私は彼女ではないのだから」
 頽れるフェイトをアルフが抱きしめ、なのは達の様子を伺う。そしてフェイトを抱えてビルの谷間へと飛び去って行った。


 海鳴市藤見町高町家、静の部屋。夜。
 いつものように、静が伊勢をプロジェクターにして説明を始める。
 すでに、デブリーフィングを済ませており、静がアルフに威嚇攻撃した事に対して、軽率な行動だったと謝罪していた。
 同時に静の性格が皆に暴露される事になった。
「静って、そういう所があるわね」
「うっ…」
「熱しやすく冷めやすいか」
「ううっ…」
 知佳とリスティに言われ、静は小さくなっていた。
「少なくとも今回は、彼女たちに見つかってはいない。だから今後注意をするとして、次に移ろう」
「そうだね」
 なのはと美由希は既に席を外し、なのはの部屋で大破したレイジングハートの様子を見ている。
 現在静の部屋にいるのは静、知佳、リスティ、ユーノと恭也の五人。
「レイジングハートは、現在自動修復機能をフル回転させています。だから明日までには回復すると思う」
「バルディッシュも観測した限りではレイジングハートと同程度の損傷を受けていると考えているわ」
「とすると、両方とも明日中に動き出すことになるのか」
 ユーノの説明に、静が観測結果を伝え、リスティが呟くように状況を纏めた。
「なのはちゃんは大丈夫なの?」
「伊勢にチェックして貰ったけど、問題なしよ。メンタル面で弱いところがあるのは仕方ないわ、人生経験がなさ過ぎるもの」
 それは、静が最も心配している事だった。
 珍しく表情に表して述べられた静の言葉に、恭也は頷く。

 知佳はここに来る前に調べた高町静の事から、ある事件のファイルを思い出す。
 事件自体は、交通事故だったと記録されている。被害者は高町なのは。
 静を突き飛ばして、代わりに跳ねられた。簡潔に言えばそれだけの事件。
 これだけならHGS関連のファイルには乗らない。
 傷だらけで汚れた静が、背中に一対の翼を広げ「お姉ちゃんを助けて」と、海鳴大学病院に飛び込んだ事。
 現場から病院までおよそ十数秒で到達した事。
 この二点が、HGS関連として記録されている。
 副次的な資料として、当時の静はいじめられるのに慣れ、心に仮面を被り、その上で頑なに心を閉ざしていた事も触れられていた。
「静ちゃんは、なのはちゃんの事、とても大切にしているのね」
 知佳自身の事も含めてその事を思い出し、知佳は慈愛の眼差しで静を見ていた。
 だが静と目が合うと、即座に睨まれた。
 すぐに知佳が戸惑うよりも早く、静は慌ててプルプルと顔を振り。
「ごめんなさい」
 そう言って静は知佳に頭を下げた。
「いいわよ、気にしなくても」
 知佳にとって静は知に偏った子供と言えた。
 危ういのだ。
 自身の同じ年頃と比べれば、たしかに色々な事を知っているし、考え方もはっきりしている、ずいぶん大人だと言えるだろう。
 だが知識として見るならば、識の部分がとても少ないのだ。
 また事件の前に見せたような、緊張による言動も合わせて、あまりのアンバランス感にそう思わずにはいられない。
 それに比べれば、あまり話した事はないのだが、なのはについては、大人びた子供と知佳は捉えていた。

 すぐに気付いて謝ったとは言え、静は思わず知佳を睨み付けてしまった事を後悔した。
 今まで、静に優しい仮面を被って接してきた人間は数知れない。
 だが仁村知佳という人物については、美由希とその友人を通じて、人となりを知っていた。
 彼女は訳知り顔で静の事を見ていたのではないと、分かっていたのに。
 こんな事で協力関係を壊してしまうのではないかと、思考がネガティブに傾く。
『静、しっかりしなきゃ』
『…そうね』
 そんなユーノの念話に答え気を取り直して進めることにした。
「さて、ジュエルシードの現状はこちらが5個、フェイトが4個、残りは12個ね」
「いや、研究機関に保管されていた一つが暴走、フェイトがそれを回収しているから、こちらが5個、フェイトが5個、残りは11個だ」
「前にリスティが静ちゃんに見せた写真のジュエルシードがそうなのよ」
「およそ半分は誰かの管理下にある訳ね」
「一つ提案がある」
 そう言ってリスティが手を挙げた。
「さて。あまり有効な手段ではないと思うが、警察に遺失物として届けて、同時に街にビラを配っても集めてみようと思うんだが、どうかな」
「そうか、そんな方法もあるんだ」
 リスティの提案に、ユーノは一人納得する。
「悪くはないけど、お金はないわよ?」
「どうせ出すのは、予算からさ」
 静の言葉に、リスティは当然のごとく答え、知佳が苦笑する。
「そうですね、お願いします。ただし見つけた場合にはすぐに連絡を下さい。場合によっては、お姉ちゃんを学校から引きずり出してでも封印して下さい。その際のごまかしや嘘はお任せしますが、事前のすりあわせはお願いします」
「分かった、そうさせて貰う」
「他に何もなければ今回は解散で…」
 そう静が言いかけたところで、なのはが部屋に入ってきた。
「お姉ちゃん。もう解散するけど、何か質問があるかしら?」
「じゃ、じゃあ。どうして静のバリアジャケットは二通りあるの?」
「趣味よ」
 あまりにも簡潔な返事に、なのはも周りの皆も二の句が継げないでいる。
 恭也に関しては、「まぁ静かだしな」等と呟いている。
 仕方なく静は説明を続ける。
「和装の方は、基本的に全て着替える感じになるのよね、洋装の方は外側に羽織る感じなのよ。元々は状態に応じて使い分けようと思ってたんだけど、細かいと ころを詰める前に必要なデータが足りないのよ。それに、なのはお姉ちゃんと同じように見えるかもしれないけど、わたしのバリアジャケットはお姉ちゃんの一 割程度しか防御能力がないの、しかも最大値でよ」
 数値的なデータを合わせながら説明し、最後は呆れるように説明を終えた静は、皆の方へと視線を移す。
「半完成品の紙装甲ってところだな」
「だから、可能な限り戦闘は避けるようにしているのよ」
「そうだね。静のバリアジャケットはランクで言えばDくらいになるんだよね」
「他にはないかしら?」
「じゃあ、はい」
「どうぞ仁村さん」
「連絡手段はどうしようか?」
「ベターなのは携帯電話だけど、わたしは持ってないのよね」
「だったら普段はどうやっているんだい?」
「念話といえば通じるかしら? HGSの物とは少し違うらしいんだけど」
『こういう感じの物かい?』
『いえ、こんな感じよ』
 リスティからの一方通行のテレパスに、静は念話で答える。
『今、何かした?』
「使っている方式が違うみたいね、HGSの方と、魔法の念話とは互換性は無いみたい」
「静はそっちの方のは使えないの?」
「私は能力が偏っているからテレパスは出来ないわ。そちらの仁村知佳さんなら、ほとんど出来るんじゃなかったかな」
「私たちのはあんまり距離が離れていると難しいわよ」
 ホワイトボードにそれぞれの情報の相関図を書き込んでゆく静。
 知佳とリスティはテレパスと携帯。なのはは携帯と念話。静とユーノは念話。恭也は何もなし。
「なのはお姉ちゃんを起点にしない場合は、私かユーノが携帯電話を持てば済むことなのよね」
「家族の方には、俺が説明しておくよ」
「お願いします」
「ユーノには携帯の使い方を覚えて貰った方が良いわね」
「分かった」
 それから幾つか確認した上で、今夜はお開きになった。


 遠見市、フェイトの部屋、夜
 ジュエルシードを直接封印したその手は、酷い傷を負っており、フェイトはアルフの手当を受けていた。
 終始甲斐甲斐しく手当をするアルフに、フェイトは母の元へ報告に戻る旨を告げる。
「…傷だらけで帰ったら、きっと心配させちゃうから」
 そう本心から言うフェイトに、アルフは複雑な思いを浮かべる。
「心配するかぁ? あの人が…」
 それはアルフの本心だ。
 ある日を境に、フェイトの母親、プレシアは変わってしまったという。
 アルフが直接感じたわけではない、それは今までフェイトから告げられた断片をつなぎ合わせて形作られた物だ。ある日がいつなのかも分かってはいない。
 フェイトを育てたというリニスがいれば、もっと詳しい事が分かるのだろうが、あいにくとプレシアの様子が分かるようなものは残されていなかった。
 でもフェイトは変わっていない、母であるプレシアを気遣い、信じている。
 少なくともアルフはそう信じている。
「かぁさんは、少し不器用なだけだよ。あたしにはちゃんと分かってる」
 フェイトは優しい、だがその優しさがプレシアに受け入れてもらえないのが辛い。
「報告だけならあたしが行ってこれれば良いんだけど」
「母さん、アルフの言う事、あんまり聞いてくれないもんね」
 フェイトの言うとおり、プレシアはアルフの事を歯牙にも掛けていない。
 フェイトの為に力になれない事が悔しい。
 そんな思いが表情に出ていたアルフに、フェイトは優しく触れる。
「アルフは、こんなに優しくて良い子なのに…」
「まぁー、明日は大丈夫さぁ、こんな短期間でロストロギア、ジュエルシードを5つもゲットしたんだし、褒められこそすれ叱られるような事はまず無いもんね」
 照れながらに並べ上げたそれは、アルフの精一杯の励ましの言葉だった。
 フェイトは、それに答えるが、不安の表情は晴れる事はなかった。




 海鳴市藤見町高町家、道場。朝。
 ランニングを終え、一足先に道場の戸を開けた美由希は、人の気配に気付いた。
 振り向くと、昨夜一緒にベッドに入ったなのはが、既に着替えて道場にいた。同時にいつもお寝坊ななのはがいる事に驚く。
「あれ? なのは。 …よく眠れた?」
「…お姉ちゃん」
「どーしたの? すっごい早起きさんだ」
 素直に驚く美由希に、なのはは照れ笑いを浮かべる。
 美由希にも心当たりはある。昨夜のでブリーフィングで見せられたフェイトという子の事。そしてなのはの使っている魔法の杖が壊れた事とがショックなのだろう。
 だが、真っ直ぐに立ち直ろうとしている様に、美由希は血筋を感じずにはいられなかった。
「ちょっと目が覚めちゃって」
「そーなんだ」
「あれ、お兄ちゃんは?」
「ああ、今朝は父さんと一緒に少し遠くまで走りに行ってる」
 そんなやりとりをしつつ、美由希はなのはが自力で立ち直ると感じ、自身はいつものように振る舞う為、稽古を続ける事にした。
「あの…」
「ん?」
「…お姉ちゃんの練習、お邪魔じゃなかったら見てても良い?」
「あんまの面白い物じゃないと思うけど?」
 なのはの申し出に、美由希は笑いながらにそう答え、いつもよりやや気合いを入れて、稽古を始めた。

 正座をして、美由希の稽古を見つめるが、なのはの心はそこにはなかった。
 振るわれる小太刀を模した木刀は、滑るように宙を切り。大きく小さく、緩慢に鋭く、静に動に、振るわれ払われてゆく。
 そんな美由希の稽古のリズムに乗って、考えを深めようとした矢先。
 眠そうなユーノの念話を受けた。
『ちょっと目が覚めちゃったから』
 そう答えて、なのはは昨夜静に相談できなかった事をユーノに告げる事にした。
『私、考えたんだけど… やっぱりフェイトちゃんの事が気になるの』
『気になる?』
 何が、とまではユーノは聞かなかった。なのはは静やユーノとは違う点が気になっているんだろうと思ったからだ。
『すごく強くて、冷たい感じもするのに… だけど、綺麗で優しい目をしてて… なのに、なんだかすごく悲しそうなの…』
 思い出されるのは、幾度となく交えたフェイトの眼差し。
『きっと理由があると思うんだ、ジュエルシードを集めている理由… だから私、あの子と話をしたい』
 でもどうやって…
 そう思考に沈んだ瞬間、美由希が空気を切り裂いて小太刀を振るった音が、なのはの耳に入った。
 すぐに静の言葉を思い出す。
 それは「…ただし力ずくという側面が強いですが」と言う物だった。
 だが、力でフェイトを圧倒する事自体はなのはには思いつかなかった。
 なのはが思いついたのは、フェイトちゃんに自分自身を認めて貰う事。その為にフェイトちゃんと互角である事を証明する事だった。





Ende