リリカルなのは、双子の静 第十話


 海鳴市藤見町、高町家付近。夕刻。
 海上でなのは達が攻撃を受ける直前、アースラが攻撃に曝された。
 その応急修理と対応策のために二日ほど要し、作業に関係のないクルーは安全の為、アースラを一時離れる事になった。
 その事が通達された後、なのはとユーノは、リンディのお叱りを受けて意気消沈していたのだが、静はそれに対してはただ一言。
「これからの事を考えましょう」
と、言ったきりである。
 あの時、すぐさまなのはの行いそうな事を読み取り、クロノをひっさげて現場に急行した。
 静はその事を思うと、文句の一つでも言いたくなる。だが、それはもう過ぎた事として考えていたからこその言葉だ。
 アースラを離れるメンバーの中には、当然なのは達も含まれており、国際救助隊海鳴支所でクルー達と分かれて帰ってきたところだった。
 ただし艦長であるリンディと、国際救助隊の知佳、そして敬吾の三人は、高町家への説明責任を果たすために着いて来ており。
 高町家で寝泊まりしている美沙斗を含めて、計7名がぞろぞろと高町家へ向かって歩いていた。
 既に連絡はしてあり、皆が家で待っている。
「フェイト・テスタロッサの事を考えていたのか?」
「う、うん」
 美沙斗の言葉に、なのはは曖昧に頷く。
「心配なのか?」
「うん」
「なら、救ってやれ。美由希が私にしたようにとは言わん、なのはのやり方で救ってやればいい」
「うん!」
 決意と共に、強く返事を返すなのは。
 その後ろで静は、物語のようなハッピーエンドにはならないと、そう感じていた。
 程なく高町家に到着し、なのはが玄関を開く。
「ただいまー!」
「明後日にはまた発つわ」
 家族を前にして元気に言うなのはと、平然と告げる静。
 二人の後ろにはリンディ、敬吾、知佳の三名が、それぞれに出迎える家族に挨拶をする。
 程なくリビングに通され、リンディは敬吾を交えて士郎と桃子に、今までの経緯とこれからの事を説明する。
 勿論、秘匿事項を話すことはなかった。
 既に、高町家は同意の上で国際救助隊に対し、なのはと静を預けている。
 今回実質的に預かることになった、アースラ艦長のリンディが直接説明に来ていることもあり、あまり説明に時間はかからなかった。
「それにしても、皆さんが顔見知りだったとは驚きましたわ」
 説明も質疑応答も終わったところで、リンディは本心を吐露した。
「でも全員を直接顔見知りなのは、私くらいだよ」
 そう言って美由希がそれぞれの人物との関係を解説して行く。
「敬吾さんは、私の友達が下宿している下宿の同居人の保護者でしょ。知佳さんとリスティは、その下宿の同居人だし。お母さん。美沙斗お母さんは、私の生みの親だから」
 そうして、リンディが病的に甘党だと言う事を除けば、和気藹々とした会話がもたれた。
 リンディの個人的な超甘党、もしくはある種の味覚障害は、変わり種の噂として関係者の中に広がり、後に彼女がこの世界に居を構えるときに有利に働くのだが、それは別の話である。


 夜になり、ようやく部屋に戻って落ち着いた静は、とりあえずPCを立ち上げ、メールを確認する。
 届いていたのは三通のメール、差出人ははやて、HN栞である。
 メッセンジャーを確認すると丁度ログインしていたので、メールのお詫びもかねてメッセージを送る。

 家の都合で暫くいなかったの、ごめんなさい。メールは今読んでいる所よ。

 そうやったんや、ゴールデンウィークやったから旅行にでも行ったんかと思うてたわ。

 明日、お邪魔しても良いかしら?

 ええけど、どうしたん?

 栞の顔を見たくなったわ。

 あかん、ウチには心に決めたお人が。

 今度紹介して?

 ノリ悪いなぁ、ななせは。
 そこは「僕の方が栞を幸せに出来る」くらいは言わな。

 それ、何処のタカラヅカよ…

 まぁええわ、もう夜も遅いしまた明日決めようか。

 分かったわ。

 なら朝9時にメッセで。

 了解。

 ほな、お休み。

 お疲れ様。

 メッセンジャーでの会話を終え、ログアウトしてPCをシャットダウンさせる。
 そのまま、窓を開いて夜空を見上げた。
 思えば、あの空から伊勢とジュエルシードがやってきたのが発端だった。
 少なくとも、もうこの街にジュエルシードは残っていない。
 後はフェイト達に渡ったジュエルシードがこの世界に影響を与えなければ、静の目的の一つは達成される。
 あの時、あの雷撃を放ったのは、プレシア・テスタロッサという大魔導師だという。
 フェイトの母親であるらしいが、母子の関係としては、絶対に良好ではないだろう。
 アースラの体制立て直しにあと二日。
 リンディは考えがあると言っていたのでそれに任せるとして。
 伊勢のパーツ追加もまだ暫くかかる。
 まだ終わってはいないのだ、ひとつ山を越えただけで。
 お姉ちゃんの思いもまだ伝わってはいない、そう言う意味ではこれからだと言える。
「どうなるのかしら…」
『今夜はもうお休み下さい』
「そうね」
 窓を閉め、明かりを消して、ベッドに入る。
 寝息が聞こえてくるまで、そう時間はかからなかった。




 海鳴市国守山。お昼過ぎ。
 はやての家で合流し、はやてに連れられるままに、丘を登り続け国守山にある公園に向かった。
 途中伊勢から、はやてにもリンカーコアがあると言う事を告げられたが、静はそれを秘匿事項として止めておくことにした。
「良い景色やろ?お気に入りの場所やねん」
 国守山に面した、見晴らしの良い高台にある公園のテラスからは、海鳴が一望できた。
「そっか…」
 高台から見える海鳴の街並みに、これが当面の危機を回避できた街並みなんだと、静は感じ入っていた。
 まだ事件が解決した訳ではないので、気を抜く訳にはいかないが、今日ぐらいは良いだろうと静は思うことにした。
 眼下に広がる街並みを一望して、静の表情が和らいだ。
 はやては静のその表情に一安心する。
 はやての知る限り、4月に入ってから今まで、静の様子が張り詰めた物になっていたのが、今ようやく和らいだのだ。
「ななせー、このまま散歩しようか」
「そうね、何処まで行く?」
「ほな八束神社まで行こか」
「OK栞」
 家族とはやてにしか見せることのない、静の自然な笑みに、はやても笑顔で返す。
「よっしゃ、ななせターボを装着してゴーや!」
「了解!」
 はやての車椅子を押しながら公園を後にする。

 葉桜となった並木道の歩道を、二人は協力して進んでゆく。
 所々海が見える場所もあり、景色を見たり、色々と話をして楽しんだり。
「そう言えば、前にメールで送った衣装やけど、どうなったん?」
「ああ、あれね? 形になるにはもう少しかかるわね」
「もしかして、自作するん?」
「最終的には、そうするつもりよ?」
「ならウチも、自分のを考えとかなあかんなぁ」
「それは楽しみね」
 ふと、はやては車道を通る高級外車に気付く。
「お金持ちの車やなー」
「そうね、乗り心地は…」
 答えかけて、静の言葉が止まった。
 あっという間に通り過ぎて行ってしまったが、運転しているのが、バニングス家の執事、鮫島である事に気付いたからだ。
「どないしたん?」
「あれ、知り合いの家の車なのよ」
「そーなんやぁ」
「でも、私の趣味じゃないわね」
「ほな、ななせはどんな車が好みなん?」
「そうね、コンパクトで走破性があって、全天候対応である事ね。後はデザインセンスが合って燃費が悪くなければいいかな」
「軍用ジープ?」
「それは… 全天候とは言い難いわよ?」
「ほなラリーカー?」
「悪くないけど、毎日乗るなら燃費は考え物ね」
「装甲車?」
「栞、それ今までで一番燃費が悪いんだけど?」
「ななせは我が儘やなー」
「いや、そう言う問題じゃないと思うわよ?」
「しゃーないなぁ、T型フォードで我慢しとこ」
「お隣さんも買わはったから、うちんとこにも欲しいんやけどお足が、ってなんでやねん!」
「おおっ、ノリツッコミ! しかも京都弁!?」
「栞こそなんでそんな事知ってるのよ!?」
「暇やからに決まっとうやん!」
「うわぁ…」
「ちゃうちゃう、そこは『駄目だこいつ早く何とかしないと』やで?」
「精進するわ…」


 海鳴市国守山、八束神社。
 先程の公園とは距離があるが、同じ山に面する高台の神社であり、祭りの時や年末年始には大いに賑わう。たまに訪れるという程度だが、静のお気に入りの場所の一つだ。
 また静の姉、美由希の友人である神咲那美がアルバイトをしている神社でもあり。去年の暮れから元旦にかけて、美由希に協力する形で、静も手伝っていた。
 そんな高台の神社に車椅子を押して登ってくるのだから、境内に到着した頃には二人とも疲れ切っていた。
「あかんわー、無謀やったかなぁ」
 だらりと両腕をたらして、車椅子にぐったりともたれかかるはやて。
「為せば成るのよ…」
 そうは言う物の、ベンチに倒れ込む静。
 二人とも疲労困憊でありながらも、共通の達成感のためか、その心は満たされていた。
 二人の間を、境内を、優しく風が抜けてゆく。
「えー風やなぁ」
「そうね」
 二人が見上げた空には、彼方に夏の空を思わせるような入道雲が見て取れた。


 高次空間内、時の庭園。
 少し前に刃向かってきたアルフが、先程この時の庭園から転移した事を、プレシアは警備システムのログから確認した。
 自動的に時の庭園が移動している事もログから確認して、作業を続ける。
 プレシアは既にアルフに対して無関心だった。アルフが牙を剥いてきた時にも、アルフにもフェイトにも憎しみが沸かないほどに。
 故にアルフがたった一人で転移していったことに関しても、気にとめることはなかった。
 彼女は現在、ジュエルシードをアースラから奪取するべく、戦力の急造をしているところだった。
 時空管理局が乗り出してきた以上、時間的な猶予はない。フェイトは戦力としては有効なはずなのだが、敵を排除していないなど、行動が不十分すぎた。
 プレシアの前には透明な培養用シリンダーが二十本、整然と並んでいる。
 その中には肌の色こそ褐色や黄色だが、どのシリンダーの中にも、今のフェイトを更に幼くした物が浮いていた。
 既にプレシアにとって、アリシアのクローンはどう作ってもアリシアにはならないと結論づけられていたというのも、この手段に出た要因の一つだと言えるだろう。
 だが、クローン体の情報を操作して、肌の色だけでも変えたのは未練と言うべきだろうか。
 無論それらの素体の脳髄に、髪飾りの様なデバイスが突き刺さっている点を除けば、ではあるが…




 海鳴市藤見町高町家、朝。
「静は学校に行かないの?」
「わたしはいいのよ、旅行に行ってる事になっているから」
「そっか。じゃ、行ってきまーす」
「静、ユーノ君、行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい」
 美由希となのはを見送って、静とユーノはリビングに戻る。
 両親は店に行き、現在高町家には恭也と静、そしてユーノの三人だけになっていた。
「静、本当に良いのか?」
「学校の事?」
「ああ」
「大丈夫よ、それにユーノ君と兄さんだけにしたら、ユーノ君が狩られちゃうわ」
 余裕など微塵もなく、声も上げることなく、心の底からガタガタと震えるユーノ。
「いや、さすがにそこまではしない」
「本当に? ユーノ君が正体を正直に話して、一緒にお風呂に入った事も謝罪した時の兄さん、本気で狩りそうだったわよ?」
「大丈夫だ、母さんに釘を刺された」
「なるほど、なら大丈夫ね」
「ああ。ただ、これからそう言う事があれば…」
「命はないと」
 静の言葉に、恭也は沈黙で返す。
 ユーノの震えは未だに止まることはない。
「だったら、今年の正月に私と美由希お姉ちゃんの着替え見た事も、忍さんに話した方が公平だったかしら」
 その言葉に恭也の顔が引きつった。
 美由希と静が、一緒に着物の着付けを始めようと下着姿になった所に、珍しく寝ぼけた恭也が入って来たのだ。結局、恭也のパワハラによりねじ伏せられた経緯がある。
「静!? アレは事故だ、当人も認めている」
「大丈夫、判断するのは忍さんだから」
「…何か買って欲しい物はあるか?静」
「そうね…、少し道場で手合わせをお願いするわ」
 そう言って、静はバリアジャケットを展開する。
「静!? どうするつもり?」
「単純な事よ。何度も端で見ている高町恭也という人物が、どれほどの物なのか知りたいだけ」
 静の言葉に恭也は複雑な表情をする。
「本音を聞かせていただけませんか? 静」
「そうね、私がうちの流派の実力の一端を知るには良い機会だからよ」
「一つ問題が」
「何?」
「格闘戦用武器がありません」
「ああーーっ! わたし武器もってない!」
「構わない」
「ええぇーーーっ!?」
 思わず叫んでしまった静に、恭也はつまらなさそうに返し、さらにユーノが恭也の言葉に驚く。
「こちらも、静の魔法がどういう物なのか知る良い機会だ」
「…そう言って貰えると助かるわ。伊勢、威力は当たったと分かる程度に制御できるかしら?」
「了解、貸与デバイスを直接管理下に置きます」
「ユーノ、結界をお願い」
「分かった」
 三人が揃って道場へと向かう。
 だがユーノがリビングを出る前に、インターホンの呼び鈴が鳴った。
「ごめん、お兄ちゃんお願い」
「ああ」
 玄関に向かった恭也が戸を開く。
「やっほー、恭也」
 脳天気な声で挨拶をかけてくる月村忍の姿と、
「お早うございます、恭也様」
 丁寧に頭を下げるノエルの姿があった。
「ああ、いらっしゃい」
「? やましい事でもしてたのかな?」
「なぜそうなる」
「だって、隠し事している顔してるよ?」
 言い切る忍に、最近鋭くなったなと思う恭也。
「まぁ、そうよね」
 そう言って、既にバリアジャケットを解除した静は、忍達の前に出た。
「あれ? 静、今日は学校じゃないの?」
「理由があって休んでいるのよ。今日だけなら、ずる休みに近いわね」
「悪い子なんだ」
「ええ。ではその悪い子が、変わったお茶をいれるわね」
「じゃあ、お邪魔します」

 上がって来るなり恭也の部屋でくつろいでいる忍と恭也。二人の仲については親公認であるため、家族であっても異を唱える者はいない。
 今朝に関して言えば、共に大学へ向かうために寄ったらしい。
 とは言え、忍と恭也が公認でつきあい始めてからと言うもの、士郎と桃子の間にも火が付いたとは美由希の言葉である。
 とりあえずお湯を沸かし始めた静。
 静とユーノとノエルの三人は、キッチンでどのお茶を入れようかと相談していた。
 ちなみにユーノは、暫く預かる事になった士郎の友人の子、というあらかじめ決めてあった説明をして、忍とノエルには納得して貰っていた。
「あまり面白いお茶はないわね」
「面白いって…」
「でしたら、こちらなどいかがでしょうか」
 静とユーノの前に、ノエルはそっと、ある茶筒を差し出す。
 ノエルから受け取って中味を確認した静は、満足げにノエルを見上げる。
「良い仕事ね、ノエル」
「お褒めにあずかり、恐悦至極」
 ノエルが選んだのは甘茶。アマチャの若葉をお茶にしたもので、苦み成分よりも甘味成分が多く含まれているため、甘い味わいが特徴のお茶である。
 二人が微笑み会うのを見ていたユーノは、二人は仲が良いんだなー、などと思いながら、静とノエルのやりとりを見ていた。
 温めに沸かされたお湯が、茶葉を蒸らすべく土瓶に注がれる。
「いい香りだね」
「香りの内容については、後でね?」
 やや冷まし気味にして、香りを抑えたお茶が注がれる。
「私がお持ちいたします」
「いいの?」
「はい、静さんはユーノ様とこちらでごゆっくりなさってください」
「分かったわ」
 忍と恭也の分をお盆にのせて持ってゆくノエルを見送って、静は自身の分とユーノの分を注ぐ。
「ところでこれって、どんな物なの?」
「そうね、じわりと甘いお茶よ」
「ふーん」
 興味深そうに啜り、口の中で転がすユーノ。
 初めこそお茶独特の、弱い苦みがある物の、すぐに口の中が甘みに満たされる。
「へー、甘いんだ」
 感想を漏らしつつ、甘みを楽しみながら、また一口とユーノは口に含んでゆく。
「ええ、砂糖の甘みに慣れていれば少し抵抗はあると思うけど、口に合うようで安心したわ」
 そう言って静ものんびりと甘茶の甘さを堪能する。
 流石に朝食を取った後なので、お茶菓子は用意していない。
 代わりにカードゲームを取り出し、ユーノに説明をしながら念話で話しかける。
『とりあえず、これで時間を潰すわ』
『今日はどうするの?』
『そうね、二人が大学に行ったら、武器に関して考えてみるわ』
『…静は戦うことが嫌いなんだよね?』
『そうよ』
『どうして武器を?』
『今回みたいな事がそうあるとは思えないわ。でも力がある以上、常に備えておく必要はあるからよ』
『でも、ここは管理外世界だよ?』
『管理外世界からでも、スカウトは出来るんだって。スカウトが出来ると言う事は、他にも手出しが出来ると言う事よ』
『慢性的に人手不足の管理局が、なのはや静のような高ランク候補を見逃すはずはないか』
『ここにいますよ、という情報が流れるだけでも、こちらの望まない事を押しつけようとする輩はいるものよ』
『…静って、そんな事まで頭が回るんだね』
『幾つか使えそうな話を、小説の中から引っ張ってきただけよ。わたしの中から出てきたものじゃないわ』
『…そうなんだ』


 忍がそろそろ大学に向かうと言う事になったので、ノエルは二人に好評だった甘茶を片付けてキッチンへと向かう。
 恭也から、子供二人きりになるから少し見てみていてくれないか。と言う申し出を受けたので、その事を静へと伝えようとダイニングまで進んでくると。
 ノエルのセンサーに、ノイズのような物が、入って来た。
 以前温泉で感じたものと似たようなノイズに気付き、その発信源を調べてみる。
「どうだったノエル?」
 カードゲームに興じていた静が、戻って来たノエルにそう訪ねる。
「はい、珍しいものとしては好評でした」
「流石ノエルね」
「ありがとうございます」
 そうしたやりとりの間も、ノエルのセンサーはノイズを感知する。しかも、静とユーノ自身が発信源で、まるで会話でもするように交互にノイズを発していた。
「忍お嬢様と恭也様をお送り致しましたら、今日はこちらでお二人の世話をするように言付かっています」
「分かったわ」
 静の返事から、やや緊張している感じを受けたノエルは、それを表す事無く湯飲みを洗い、一礼して行ってしまった。
『もしかしたら、ノエルさんは念話に気付いているかもしれないね』
『…理由は?』
『念話の度に、話す側へと視線が動いてた』
『…後で問い詰めてみましょうか』

 玄関で大学へと出かける忍と恭也を見送り、戸締まりをしてユーノと二人で静の部屋に入る。
「武器って言うけど、静は何か武器を扱ったことはあるの?」
「和弓だけよ、触ったのを入れれば模造刀とか木刀は入るけど…」
「和弓って?」
「伊勢、投影できるかしら?」
「了解、静さんの使っている物でよろしいですか?」
「それで良いわ」
 映し出された、弓を構える静の姿。別窓で弓の図解が入る。
「珍しい弓だね、上下不均等で、馬上からの射撃に対応しているのかな。それに複合素材だった物の外観をそのままにして、材質の向上をしているね」
「解説が出来なくなりました…」
「そうね、残念ね」
 一発で見抜いたユーノに、心底残念な伊勢と静の言葉か続く。
「幾つかの文化でそう言うのがあったから、そうじゃないかなと思ったんだけど…」
「当たりなのよ」
「はい」
 残念そうな一人と一体に、ユーノは苦笑いを浮かべる。
「でも、これは武器ではあっても、あんまり使えないと思う」
「そうなのよね」
「はい、これで格闘するのはあまりにも無謀です」
「何かいい案はないものかしらね…」
「…一つよろしいですか?」
「どうぞ」
「静さんは基本的に、武器を持つ必要はありません。勿論それは私の改修が終わってからの話になりますが」
「静のデバイスは、バリアジャケットの内部に入るからね」
「…その辺りは主観の相異だと思うわ。わたしの言う武器とは、戦うための道具であって、戦いのためのパートナーではないのよ。要するにいつ壊れても良いものが欲しいの」
「それは、文化の差だね」
「そうかしら?」
「一概にそう言える物ではないかもしれませんが、大まかには文化の差と言えると思います」
「そう…」
「デバイスそのものを武器として使う種類のデバイスもあるけれど、それ以外はデバイスを物理的な武器と見なして使うのは少ないんだよ」
「ですから、破損のそのものが珍しい事になります」
「なるほどね。なら破損確率が高いものなら、それなりの用意をしておくと言う程度なのかしら?」
「そうだね、僕の知っている限りではそのはずだよ」
「費用効果的な面もあります、通常のデバイスが高級な武器を買う程度だと想像してください。そう言ったものを消耗品として使うには費用効果の面で無理がありすぎます」
「なるほど、そうなのね」
 納得しつつも、伊勢の費用対効果に関しては、怖くて棚の上の奥に追いやる静。
「さらに、静さんの魔力特性にも因ります。今までで計測して判明した魔力特性は、レーザーと空間操作です」
「レーザーは分かるけど、空間操作ってワープでもするの?」
「転送・転移魔法がそれに当たるんじゃないかな」
「はい、静さんの場合飛行魔法にもそれが該当しています」
「光を撃って、空間をねじ曲げるって、大統一理論への道も開けそうね… うん」
 少し違うが自由自在に飛び回り、光を放つ。まるでわたしのHGSの特性そのものなのね。との言葉を口にすることなく、静は小さくため息を吐いた。
「魔力特性上、武器のようなデバイスを持つ有効度はかなり低いと思われます。もっとも、近接戦闘をする場合においては、その限りではありませんが、現在の静さんには近接格闘能力はありません。それも武器を持つ有効度を下げています」
「基本的に、射撃オンリーなのね」
「近接格闘は、今後の課題として、今は今できることを確実にするべきだと思います。ただし以前作成したデータ自体は保存してありますので、あまり気を落とさないでください」
「了解」
「以前作成したデータって?」
「伊勢、見せてあげて」
「はい」
 ユーノの目の前に投影されたのは、静が主にゲームから引っ張ってきた武器を原型にした武器だった。
「カッター? 手と腕で保持する… 大型の鎌なのかな?」
「名前は付けられていません。仮称ではLaser wepon. となっています」
 想定している使用方法が順に表示される、切る、突く、引っかける、殴る、撃つ。
「空間制御を入れることが出来れば、もっと便利になるとは思います」
「ふーん」
「本当ならあれこれ考えて、試してみて、それから取捨選択するべきなのよね。趣味に走った結果だから、否定されても文句はないんだけど」
「それに関してはデータが足りませんので、取捨選択する事が出来ません」
「ま、そう言う訳で、武器の話はここまでにしましょう」
「分かった」
「さて、とりあえず戦闘関係に関しては、打ちっ放しの出来る誘導制御型の射撃魔法の訓練を提案します」
「お姉ちゃんのDivine Shooterみたいなものよね、名前がちょっと嫌だけど」
「いえ、あれはマスターが直接コントロールするもので、誘導方式が違います」
「そうなんだ… で、でもアレなら、デバイスもいらないから訓練も楽だよ」
「方法は?」
「楽なのはこのくらいの大きさの軽い物を、ずっと落とさずに叩き続けるのがあるね」
 そう言ってユーノは拳くらいの大きさを手で形作る。
「へー」
 それから、各種の簡単にできる訓練方法をユーノからレクチャーして貰い。
 静が身体を鍛えることに対して相談していると、ノエルが戻ってきたのか、ガレージに車を入れる音が聞こえてきた。
「ノエルさんが帰って来たみたいね」
「静、本当に訪ねるつもり?」
「一つ試してみるわ、決めるのはそれからね」


 玄関でユーノと共にノエルを出迎え、談笑しながらリビングへと向かう。
「…静様?」
「なぁに? ノエル」
 呼びかけるのを躊躇したノエルに、静はノエルの前を歩きながら答えた。
「申し上げづらいのですが、先程からモールスを受信しています。そしてその発信源は静様なのですが…」
「そう、モールスにしか聞こえないのね?」
「はい、Can you hear me? と」
「ではこれは?」
 静は暗号化無しでノエルに念話を送る。
「ノイズの様な物を受信しました。解析できるアナログ、もしくはデジタル信号ではありませんでした」
「不思議に思うわよね?」
「…はい、ですが静様が秘密になさりたいのであれば、この事は黙っておきますが」
「話しておくわ、忍さんからある程度は聞いていると思うけど、ノエルにも知って貰うわ。もちろん秘密を守れるというのなら、と言う条件がつくけど」
「忍お嬢様からある程度は伺っております。もちろん秘密はお守りしますが、本当によろしいのですか? 秘密というのは知る人数が少ない程、存在があやふやな程、守られやすいのですが…」
「分かってはいるつもりよ。感情論になるけど、ノエルには嘘は吐きたくないの。あなたは、家族以外で初めて私の事を真っ直ぐに見てくれたから」
「…しょうがないですね、静は」
 ノエルには珍しい言葉で、彼女は柔和に微笑んで答えた。
 その後、ノエルが昼食の用意を始めるまでの間、結界を張った道場で、魔法やユーノの事を初め、今までに起きた事を説明し、逆にノエルの事を説明して貰った。





Ende