リリカルなのは、双子の静 第十二話


 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、ブリッジ。
「左舷後部に直撃!その他の損傷は軽微」
「隔壁閉鎖完了しました」
 アースラスタッフが被害報告とダメージコントロール報告を上げてくる。
「時の庭園との通信途絶、新たなジャミングです」
「ジャミングの装置をスキャンして」
「了解」
「何!? 割り込み!?」
 エイミィが慌てながらも指揮を執っている最中。開きっぱなしの通信パネルの向こう、転送ルームに光が走り、プレシア・テスタロッサと、肌の色こそ違うがフェイトを幼くした少女が二人現れた。
「エマージェンシー、艦内に侵入者三名! 位置は転送ルーム、至急… って武装隊は出払ってるんだった!」
 叫んだエイミィは、そのままリンディ達へと通信を試みるが、ジャミングが在るためか全く応答がない。
 そんな慌てるエイミィを映し続けている通信パネルに、プレシアは語りかける。
「ジュエルシードを差し出しなさい。そうすれば、命くらいは助けてあげるわ」
 尊大に言い放つプレシアと、その両脇に居る二人の少女。
 三人の侵入者の分析されたデータが、三つの映像パネルとして現れた直後、エイミィは絶句した。
「そんな… こんなのって… こんなのって無いよ!」
 震えるエイミィの声。
 それは、彼女の想像の埒外。人の身体を単に道具として使った兵器、生体ユニットというべき物があったからだ。


 高次空間内、時の庭園。
「周辺の鎮圧終了しました」
「了解。これより突入する、僕となのはは露払いだ、武装隊A班は後方の安全を確保」
「ユーノ君、サポートをお願い」
「任せて」
「よし、突入!」
「エイミィ。今B班も突入するわ」
 クロノ達Aチームが突入して行くのを見届けてから、リンディはアースラへと通信を送った。だが確認の通信が来ない。
「エイミィ? 聞こえているかしら?」
 何度か呼びかけてみたが、やはり返事は来ない。
「通信状況が悪いわ、調べてみて」
 そう命令した直後、武装隊員の一人が原因を突きとめていた。
 時の庭園内にジャミングの発生源があり、それが動力炉付近である事をその隊員は説明する。
 ならば通信の確保のためにも、リンディは改めて通達し、嫌な予感がしつつも突入を開始した。


 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、医務室。
「状況はどうなっている?」
「現在外部との通信が取れない。プレシア・テスタロッサが魔導師二名を引き連れて、転送装置を破壊後、ブリッジへ侵攻中。全隔壁を閉鎖しているがあまり時間は持たない」
 医務室からの敬吾の通信に答えた、通信パネルに映るブリッジ要員のアレックスは、武装をしながらそう答えた。
「経路的に外れているので、当面ここは安全だろう。時間の問題ではあるが」
「そうですね」
「静ちゃんはどうしたらいいと思う?」
 緊急事態であるのに、敬吾は平然として静に問いかけた。
「駆け出しの魔導師である私、起きたとしても精神状態に著しい不安を抱えるフェイト、そしてアルフの三名、これに敬吾さんやここと治療中のメンバーを加え たところで、プレシア・テスタロッサに勝てるとは思えません。多分、現時点ではアースラの全員でも単純戦力としては勝つことは困難でしょう」
「ではどうする?」
 敬吾の追求する言葉に、静は困ったように答える。
「籠城戦を取るか、アースラを一時捨てるかのどちらかですね」
「それで?」
「前者はリミットまでに救援が間に合わなければおしまいです。後者はアースラを乗っ取られる危険性があります」
「ほう… アレックス」
「はい」
「アースラのシステムを使わずに、艦長達がこちらに戻って来ることは可能なのか?」
「難しいですね、転送ルームの修理さえ出来れば何とかなるんですが」
「必要な人員は?」
「ラボにいるミシェルが適任ですが、非常通路を経由して行く事になりますので、時間がかかります」
「そ、じゃ私が行くわ。経路は伊勢に、それとラボまでの隔壁を、通り抜けるまでの間で良いから、開けてもらえるかしら?」
 言いながら、静はバリアジャケットの和装を展開する。
「分かった」
『データを受け取りました、いつでもどうぞ』
「出して」
 静の前にラボまでの経路が表示される、プレシアが通過した経路を迂回する道筋だ。
「時間がないわね、後はよろしく」
 やや緊張している静はそう言って、足早に医務室から出て行く。
 そして空気を切り裂く音が響き、遠のいて行った。
「ま、紅白のめでたさにあやかって欲しい物だな… さて、こちらも避難準備はしておこう」
 敬吾は振り返って皆に告げるのだった。


 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、通路。
 二対の光る翼を航跡のように引き、空気を引き裂いて飛ぶ静の背後で、次々と隔壁が閉まってゆく。
 二つめの交差点を曲がったところで、ラボの前にバリアジャケット姿のミシェルを見つけた。
「お待たせしました」
「行こう、非常通路はこっちだ」
 そう言ってミシェルはラボの中へと手招きする。
 静がラボに入ると、ミシェルはラボの入り口をロックして、奥へと進んで行った。
 一見して非常口と思える重厚な扉を、ミシェルは開く。
「この先の脱出ポットの前を通って、転送ルームへと向かう」
 非常通路へと出るように手招きするミシェルに、静は通路に出る。
「了解。途中の隔壁は開いているのかしら?」
「いや、気密保持のため、一ブロック毎に隔壁が閉まっていないと開かないようになっている」
 答えながら、重厚な扉を閉めてロックするミシェル。
「なら移動時間だけでも飛行して短縮するわ」
「分かった、あっちだ」
 ミシェルが指さした方向を確認して、静はミシェルにSoft Catch Bindを掛けて保持すると、この場から飛び出した。


 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、ブリッジ。
「第76隔壁通過されました、推定到達時刻まであと11分です」
「ミシェルが非常通路に進入、転送ポートへと向かっています」
「了解」
 プレシア・テスタロッサは大魔導師と自称している。
 調べたデータから得られたのは、その大魔導師という自称は伊達ではないと言う事だ。
 そして引き連れている生体ユニット2体のランクはAA。
 ブリッジのメンバーでは、どうやっても対抗できないのは目に見えていた。
 少なくともプレシアがここに到達する前に、ミシェルが転送ポートに到達し、修理の為の診断くらいは安全に終わらせる事が出来ると判断した為、指揮権を持つエイミィはここに踏み止まっている。
 転送ポートの修理が無理であれば、自爆シーケンスを開始させたい。だが、エイミィにはその権限はない。
「転送ポートの修理がダメだと判断したら、アースラを放棄します」
 代案を宣言したエイミィに、ブリッジクルーは誰も反論しなかった。
 それほどまでに、侵入者達とのランク差が絶望的であるからだ。


 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、通路。
 自身の不調を押して、プレシアは通路を進んでいた。
 一体は自身の護衛として周囲に控えさせ、隔壁はもう一体に壊させている。
 ここまで来るのに一度の喀血をしているが、それはもう些細なことだった。
 最愛の娘アリシアは、その入れ物毎圧縮して胸元のペンダントとして収まっている。
 この先のブリッジにいるだろう武装隊を排除し、艦長さえ処分すればジュエルシードが揃う。
 そうすれば即座にアルハザードへの道を開く。
 そうすれば最愛の娘アリシアが蘇る、アリシアがまた笑顔を向けてくれる。
 ただそれだけを支えに、プレシアは通路を進む。


 高次空間内、時の庭園。
『こちらAチーム、転移装置らしき物を発見しましたが、既に破壊されていました』
『了解、プレシア・テスタロッサの方は?』
『現在、探索中です』
『分かったわ、引き続き探索してちょうだい』
 Aチームの武装隊員から報告を受け、そう命令したリンディ。
 彼女のいるBチームは、動力炉まで後半分ほどの行程に来ていた。勿論予定では、との枕詞がつくが。
「アースラとの通信はどう?」
「まだ繋がりません。庭園のジャミングも未だ健在です」
「分かったわ、Bチームはこのまま動力炉に向かい、ジャミングを停止させます」
 ここまでに倒してきた、ガジェットの数は53体。
 ジャミング直前のデータでは、あと30体ほどが行程上に反応を出していた。
 加えてアースラとの通信がとれない事から、状況に応じたバックアップもとれない。
 最悪は、アースラにガジェットが進入している可能性がある事だろうか…
 急いだ方が良い。
 そう結論づけたリンディは、自分が先頭になって一気に突き進み、武装隊員B班には、後詰めを任せる旨を告げた。
 すぐに武装隊員達はこれまでの交互躍進からフォーメーションを変更する。
「着いて来れなくても良いわ、追従するより死傷者を出さない事を優先して」
 指示を出しながら先頭へと歩み出ると、リンディはその身を宙に浮かべ、再び進攻を開始した。


 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、転送ルーム。
 非常口のハッチが開き、中からミシェルと静が転送ルーム内に入ってくる。
「装置のダメージを確認し可能なら修理に移る。見張りを頼む」
「了解」
 すぐに作業にかかるミシェルの背を一瞥し、静は壊された出入り口へと向かう。
 出入り口の扉は、人が十分に通れるサイズの破口が開けられていた。
 そこからサーチャーを使用して、プレシアがいるであろう方向をのぞき込むが、複数の壊れた隔壁と煙に阻まれ、プレシアの姿を見ることは出来なかった。
『伊勢。侵入者のデータを洗い出して』
『了解、アースラにも打診します』
 ややあってから流れて来る、伊勢からの情報に目を通してゆく。
「たまらないわね」
 嫌悪感を通り越して、あきれ返った静の言葉が呟かれた。
 それは、肌の色を変えフェイトを幼くした容姿の、二体の生体ユニットに対して呟かれた言葉だった。
 エイミィから回ってきたそれは、侵入者に対するスキャンで判明したものだ。脳髄に根を張るように埋め込まれた部品、スキャン結果ではデバイスと出ている以上、人間の身体を単純に部品として見なした物であると、静は判断した。
「何がたまらないんだ?」
 修理作業を続けるミシェルが、静のつぶやきについて訪ねてきた。
「プレシアが、人間を部品として扱っている事よ」
「どういう事だ?」
「三人の侵入者のうち、プレシアではない者達のスキャン画像よ」
 ミシェルのデバイスにデータが送られ、確認したミシェルの表情が強張る。
 彼の手は一瞬止まり、また作業が再開された。
『目処が立った、あと2分で直す』
 感情を押さえた、ミシェルの念話が静に届く。
 集中して作業を続けるミシェルに対し、静は敬意を抱きつつ、プレシア達と交戦した場合の対応策を考える事にした。


 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、医務室。
「医務官ならここにいる」
 静からの通信パネルに、敬吾に変わって医務官が出る。
「データを端末に渡すわ、質問事項も全部書いてあるので、医学的な判断をお願いします」
「分かった」
 敬吾の傍ら、初老の医務官は、静から送られてきたデータを開いて、目を通して行く。
「悪いが、一人にしてくれ。とてもあの子達に見せられる物じゃない」
「分かった」
 医務官の真剣な申し出に、敬吾はフェイトの眠るベッドへと向かった。
 すぐに送られたデータを、自身の経験と、データベースを照会して判断する。
「もう少し詳細なデータが取れればいいが… 今現在こちらに送られたデータで見る分には、彼女たちは姿形以外人ではない」
「詳細なデータを手に入れる方法は?」
「リンカーコアを損傷させて、魔導師としての能力を奪えば可能性はある。要するに気絶させてしまえばいい」
「リンカーコアを損傷させる有効な方法は?」
「大量の魔力をリンカーコアにぶつければいい。言うのは楽だが、実際にはそう簡単な話じゃない。それにそうしたとしても、助かる見込みはかなり少ない事だけは伝えておく」
「そうですか、ありがとうございます」
 静が頭を下げた直後、画面が暗転し、通信終了のメッセージが流れる。
「子供には辛いでしょうね」
「子供であっても、選んだ以上は、やらなければならない物だよ」
 いつの間にか戻ってきた敬吾の言葉に、医務官は何を当たり前な事をとばかりに返した。
 これについて敬吾は文化の違いを感じずにはいられず、思わず閉口した。


 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、転送ルーム。
「こちらミシェル、転送システムの応急修理完了。動作は通常通り可能だ」
「了解。ブリッジ要員以外の非戦闘員を、第97管理外世界、国際救助隊海鳴支所に退艦させます。緊急転送場所へ移動急いで! 後は向こうのジャミングが消えれば、艦長達を転送できるはず」
 指示をして、すぐにエイミィは海鳴支所に設置している端末に無かって通信を開始する。
「こちらアースラ、海鳴支所応答願います」
「はい、国際救助隊海鳴支所、所長の仁村知佳です」
 一瞬の間をおいて、ほぼすぐに応答が帰ってきた。
 こちらの状況をあらかじめ通知していたのが良い方に働いた。と納得しながら、エイミィは通信パネルに映る支所長、仁村知佳に要請する。
「緊急事態につき、クルーをそちらに避難させます、受け入れ準備をお願いします」
「指定転移先の準備はいつでもOKです」
「感謝します。準備が終わり次第順次避難を開始しますので、よろしくお願いします」
「了解しました」
 通信を切り、避難先を取り付けたエイミィは、リンディとの通信の回復を部下に任せて、直接避難の指揮を執るのだった。


 高次空間内、時の庭園。動力炉前。
 巨大なガジェットが床に落ちて行き、鈍い音を響かせて、その身を砕けさせる。
「周囲にガジェットの反応無し、クリアー!」
「ジャミング装置を破壊して、こちらは動力炉を押さえます」
「詳しい者2名艦長に付け、残りは俺に続け」
 7名の武装隊員が、この場からジャミング装置のあるであろう場所へと駆け出す。
 リンディはそれを見届けることなく、動力炉の出力を押さえる作業を命令する。
「出力を待機モードまで下げてちょうだい」
「了解」
 武装隊員二人がてきぱきと操作し、ゆっくりと動力炉の出力が下がり始める。
『こちらAチーム、玉座に到達。プレシア・テスタロッサの姿は見えません』
『了解、もうすぐジャミングを停止させるわ』
 念話でそう答えた直後、リンディの目の前に、エイミィからの通信パネルが開いた。
「艦長、こちらアースラ。プレシア・テスタロッサ及び、二体の生体ユニットが艦内に侵入、ブリッジ侵入まであと2分です」
「なんですって!?」
「既にブリッジ要員及び転送ルーム以外のクルーは、第97管理外世界、国際救助隊海鳴支所に退艦させました」
「分かったわ。総員アースラに帰還します、すぐに転送準備してちょうだい」
「了解」


 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、転送ルーム。
 静の背後に、光が広がり、時の庭園に向かっていた両チームが帰還してくる。
「Aチーム欠員無し、負傷者3名」
「Bチーム欠員無し、負傷者無し」
 報告を受けたリンディは揃った一同を見渡し、出入り口で通路を伺っている静と、転送装置の前にいるミシェルを確認する。
「ここで決着を着けるわ。武装隊員はプレシアが転送ルームに入り次第、部屋を結界で覆って。静さんはこちらへ、負傷者とミシェルは海鳴へ待避」
 矢継ぎ早に指示を出すリンディは、送られて来たプレシア・テスタロッサと、二体の生体ユニットの情報を見る。
 プレシアの推定ランクがAAとなっており、事前に照会した資料と食い違っていた。
 そして二体の生体ユニット、推定ランクはAAと現されたそれは、肌の色こそ違うが、幼いフェイトそっくりであり、脳髄に食い込んだデバイスによって制御されるモノと成り果てていた。添えられていた医務官からの意見では、回復はほぼ絶望的とあった。
 それら二点を踏まえ、心の中で仕方ないわねと呟き、対策を立てる。
 リンディは、プレシアの行動がジュエルシードを全て集める為だと読んでいた。
 アースラに侵攻したタイミングは、おそらく偶然。
 そして、プレシアはなのはさんとクロノが残りのジュエルシードを全て持っている事を知らない。
 ここは転送ルーム、爆発物転送にも対応してある程に装甲は厚い。
 それらを踏まえて、作戦を練った。
「クロノ、なのはさん、ジュエルシードを出しておいて、これからプレシアをここにおびき寄せます。合図をしたら回収して良いわ」
「はい!」
「了解」
「Put out」
 すぐにレイジングハートとS2Uからジュエルシードが解放され、それぞれのデバイスの周囲をくるくると回り出す。
 リンディはそれらを背にするように立ち位置を変えると、プレシアに向かって通信パネルを開いた。
「プレシア・テスタロッサ、貴方を逮捕します」
 通信パネルの向こうのプレシアに、そう言い放つリンディ。
 プレシアはリンディの言葉に耳を傾けることはなかったが、リンディの後ろに映っているジュエルシードに気付くと目を見開いた。
「そう、そんな所にあったの… すぐに渡しなさい、そうすれば命ぐらいは助けてあげるわ」
 尊大にして高圧、だがどこか気怠そうに、プレシアは言葉を紡ぐ。
「お断りするわ。欲しければ力ずくで奪う事ね」
 即座に言い返したリンディは、二人に回収の合図をする。
 プレシアの表情が怒りに変わるのを見届けて、リンディは通信を切った。
「いい? 全力で行くわ。プレシアは私が、二人の生体ユニットに関しては、クロノ、なのはさんと静さんで対処して」
 クロノと静は、了解と揃って返すが、なのはは迷う事無く、意見がある事を手を挙げて示した。
「私も、プレシアと戦います。フェイトちゃんの事、ちゃんと見てもらえるように、お話しします!」
 真っ直ぐに向けられる、強い意志を纏ったなのはの瞳を、リンディは作戦司令官として、同時に大人として真っ直ぐに見返す。
「決して無茶はしない事、それだけは守って。じゃないと、なのはさんのご両親に顔向けが出来ないわ」
 ややあってから、リンディはそうなのはに言い渡す。
「はい!」
 元気よく返事を返したなのはとは別に、静はクロノと念話を使って、2体の生体ユニットについての情報を確認していた。
『過去のデータから見て、ああ言った構成のガジェット… 静の世界で言うロボットみたいなものだが、しっかりと破壊しておかないと危険なんだ』
『その点、問題はないわ。必要なら跡形もなく消すわよ?』
 平然と答える静にクロノが戸惑う。
 静にしてみれば、あの2体の生体ユニットを、フェイトの手を汚させる事なく排除する事を決めていただけに、異議を唱える必要もなかった。
『…そうか。基本的に僕が前で攻める、静は後ろから援護してくれ』
『了解。Rapid Laser準備』
「Rapid Laser.」
 殆ど表情も変えず、ほぼ冷静に指示を受け、自身のデバイスに指示をする静に、クロノが参った。
 そうして感情を吐露し始めた矢先。転送ルームの壁が轟音と共に破壊され、褐色の生体ユニットが飛び込んできた。
『っ、迎撃する!』
『掩護攻撃開始』
 即座にクロノが飛び出し、静のスフィアからRapid Laserが断続的に放たれ、生体ユニットの進路を塞いでゆく。
 生体ユニットに驚くなのはの叫びが聞こえるが、そんな事にはお構いなく、クロノが光弾を放った。


 なのはの目の前で、生体ユニットと言われた女の子と、クロノと静が戦闘を始めた。
 それは、まるでフェイトの妹と戦っている、そんな錯覚をなのはに起こさせるには十分だった。
 時間がなかった事から、生体ユニットについて、リンディからなのはへの説明が不十分だったのも、なのはがショックを受ける要因の一つだろうが。最も大きな要因はその姿だろう。
 姿形は肌の色の違う幼いフェイトとしか形容のしようがなく、その手には剣の姿をしたデバイスが握られ、その目は交戦中のクロノに向けられている。なのはにとって、錯覚を起こすなと言うのが無理という物だった。
 リンディはユーノと一緒にショックを受けるなのはを宥めながら、プレシアがこの転送ルームに入ってくるのを待っていた。
 現在、転送ルームに入って来た生体ユニットは、クロノと静が相手をしている一体。
 後一体はプレシアと共にいるだろう事が予測できる。
 そのプレシアが出入り口の破口から、もう一体の生体ユニットを伴って姿を現した。
 気怠そうな足取りで、優雅に転送ルームへと入って来る。
「プレシア・テスタロッサ、あなたを逮捕します!」
 そう宣言するリンディだが、相手は大魔導師、そう易々と下せる相手ではないと確信していた。
 それでも、戦力的な優位性を全く疑いもしてはいない。
「…邪魔を、しないで」
 何の予備動作もなく、その言葉がプレシアの口から紡がれた直後、リンディとなのはを紫の稲妻が襲う。
 みしみしと防御魔法がきしみを上げ、なのはの肩の上のユーノを含め、三人に圧倒的な程の魔力負荷を強いる。
 それでもリンディは、最終的にプレシア・テスタロッサを捕縛することを確信していた。


 なのは達が攻撃を受けているからと言って、静もクロノも気を取られる訳にはいかなかった。
 二人は細かく動きながら、なんとか即席の連携を取っていた。
 生体ユニットのからの攻撃は、単調ではあるが正確でしかも強力だった。
 幸い静にしても、クロノにしても、その攻撃が単調な上、なのは程ではなかった事が幸いしていた。
 牽制で打ち込む静のRapid Laserは、クロノの魔力弾が相手の魔力障壁に影響を与えている瞬間だけならば貫くことが出来た。それを見取ってクロノが指示を出す。
『静、牽制は良い、直接攻撃してくれ』
『殺傷設定は?』
『非殺傷のままだ!』
『了解。Hyper Laser & Laser Bind 準備』
「Hyper Laser. Laser Bind.」
 制御しているスフィアの内二つに、Hyper Laserの準備へと移行して貰う。
『伊勢、リンカーコアの位置は分かる?』
『小さすぎて狙うのは困難です。デバイスを破壊する事を提案、同時に可能な限りの最大火力で攻撃する事も提案します』
『デバイスの破壊するべき位置をマークして、照射前後も含めての魔力の誤流入に注意』
『了解』
 静からの牽制が薄くなった分を、クロノがカバーする。
『照射… 開始』
 生体ユニットの頭部付近に展開していた防御障壁から、生体ユニットの頭部から、更にその背後の壁面から、同時に空色の光があふれ出した。
 それは、一瞬にして全てを貫通し、各所でわずかながら減衰した、静の攻撃魔法が命中している証であった。
 静の周囲に展開している二つのスフィアから、その位置へと一直線に光が差しているのが、転送ルームに漂うわずかな埃から見て取れる。
「せめて、安らかに」
 幼い子供に言い聞かせるような声とは裏腹に、静はあらん限りの魔力をぶつけていた。
『Hyper Laser 定格出力を大きく越えています、照射停止しダメージ確認を推奨』
『確実に止めを刺したいの、止めないで』
『推定では既にオーバーキルです』
『了解。照射終了』
『現時点で、魔力を6割ほど消耗しています。注意してください』
「目標は?」
『デバイスの破壊と停止を確認、目標は沈黙しました。再起動は不可能です』
『Laser Bind待機へ』
「Laser Bind.」
 最後まで生体ユニットを貫いていた、空色の光が消えると同時に、生体ユニットは人形のように艦内重力に引かれ、ドサリと床に伏した。
 幼い女の子が事切れて倒れる様子に錯覚したのか、クロノは目を背ける。
 大量に魔力を消費した疲労を感じつつ、静は周囲の状況を確認する。
 動く事無く、魔法による攻防を続けているプレシアと、その傍らの生体ユニット。まるでHGSの様に翼を広げるリンディと、隙を見ては砲撃魔法を打ち込むなのは。


『クロノ、次の指示を』
『君は、何の感情も持っていないのか?』
『…人は必ずしも、悲しいときに泣いて、嬉しいときに笑うものではないのよ。それに、今という時間を無駄にするくらいなら、執務官など止めてしまいなさい』
『なんだと!?』
 クロノの言葉に吐き捨てるように言い返し、戦力分析をする。
 現時点での推定値での残存魔力は、4割の静を最低に、なのはが6割、クロノが7割。リンディの推定値がないのは、データを取っていないためだ。
『単純戦力比では、不利ではありません』
『そうね…』
『クロノ、静さん。もう一体の生体ユニットをお願い』
『了解。クロノ、こっちは残存魔力が半分を切ったわ』
『分かった。牽制をメインに、隙があればバインドしてくれ』
『了解。Rapid Laser用意』
「Rapid Laser.」


「消えなさい」
 そのプレシアの言葉には、力は感じられなかった。
 だが、放たれた絶大な力が紫の雷撃となって、クロノ達も含めたこの場にいる全てに襲いかかる。
 転送ルームの装甲板ですら、その力に屈して歪み、全員に防御魔法を通して強圧的な魔力負荷を掛ける。
『艦長、プレシア・テスタロッサなのですが…』
 アースラから魔力支援を受け続けているリンディにエイミィからの通信が入る。
『何かしら? 手短にお願い』
『致命的な物も含めて、幾つかの内臓疾患を併発しています。すぐに治療を開始しなければ、余命はもうないものかと…』
『なんですって!?』
 リンディが冷静にプレシアの様子を見ると、喀血したらしき跡を見つける事が出来た。顔色が悪いのは化粧や光源のせいではなかったと言う事だと気付かされる。
 致命的な体調不良から、魔力ランクが下がっている物と推測し、リンディは攻勢に出るべく指示を出す。
『なのはさん、プレシアを撃って、防御はこちらで受け持ちます』
『りょ、了解』
 なのはがStarlight Breakerの集束動作に入った。
 桜色の光芒を煌めかせ、周囲の魔力素を強力に集束し、星と言うべき球体が形作られてゆく。
「させないわよ」
 プレシアから雷撃が放たれるが、なのはの前に展開されたユーノとリンディの防御魔法がそれを阻む。
「今だっ!」
「Blaze Cannon.」
 プレシアの注意がなのは達に向かっている。これをチャンスだと判断したクロノが、叫ぶと同時に大型の光弾を放った。
 防御障壁を展開する生体ユニットに直撃し、盛大に爆発する。
 静もこれに続きRapid Laserを複数同時射撃しつつ、Laser Bind.を打ち込む。
 Rapid Laserの素点を、防御障壁の表面に合わせつつ、強引に開いた穴にLaser Bindを通す。
 そしてBindに捉えた瞬間、一気にプレシアから引き剥がした。
『警告、魔力残量3割まで低下。対象デバイス、破損の程度は不明。情報、Starlight Breaker集束動作により、周辺魔力素がほぼゼロになりました。』
『クロノ、デバイスの破壊を』
『分かってる』
 クロノが飛び出すのと同時に、Starlight Breakerの桜色の魔力の奔流がプレシアを包み込んだ。
 転送ルームを染め上げるその光の中、クロノは生体ユニットの頭部に魔法を発動させる。
「Break Impulse.」
 S2Uの何の陽動もない声の後、生体ユニットの頭部に根ざすデバイスが破壊され、割れた頭蓋から脳漿や血液が飛び散る。
『Laser Bind待機へ』
「Laser Bind.」
 崩れ落ちる生体ユニットの返り血を浴びて、クロノは顔をしかめる。ふと静の方を見ると、その表情は、特に変わることなく冷徹にプレシアの方を見据えていた。
 もしかして、静は人を殺したことがあるのではないのだろうか。そんな仮説が浮かぶが、それを口に出すほどクロノも未熟ではなかった。


 Starlight Breakerの奔流が尽きた。
 なのはとユーノから、驚愕の言葉が漏れる。
 大魔導師の名は伊達ではないのか、プレシアは手をかざして魔法陣を展開したまま、気怠そうにしてはいるものの変わらぬ姿で立っている。
「まだよ」
 Starlight Breakerを凌ぎきったプレシアの言葉は、やはり力のない物だった。
「もう止めなさい。貴方の身体はもう持たないわ!」
 叫んだリンディーと、プレシアの視線が合う。
 ふっと、プレシアの表情が和らぐ。
「プレシア・テスタロッサ、貴方を逮捕します」
「手遅れよ」
 プレシアの手元にジュエルシードが展開する。
「本当は全てのジュエルシードを使いたかったけど仕方ないわ」
 もう一方の手を胸元のペンダントに当て。
「さようなら、次元世界」
 いくつもの魔法陣がプレシアを中心に展開し、ジュエルシードが光を放った。


『ジュエルシード発動した模様、次元震の予兆を確認…』
 その念話によるその言葉をきっかけに、伊勢から膨大なジュエルシードの情報が静へと流れ込んで行く。
 なのはがプレシアにフェイトの事を訴えかけるが、プレシアが返す言葉にフェイトへの思いは感じられなかった。
「プレシアを強制転移させます、みんな離れて!」
 リンディが叫び、すぐに転送ルームの機能が作動する。
「無駄よ…」
 そうプレシアが言葉を呟くのと、リンディの表情に驚きと遺憾が現れるのとは、ほぼ同時だった。
『最大出力で撃った方が良いのかしら?』
『状況、不利に傾いています』
『クロノ。物理攻撃を許可できるなら、わたしの最大火力をぶつけられるわ』
『そんな事は許可できない』
『なら、魔法のみの最大火力をぶつけます』
『分かった』
『伊勢、ジュエルシードを強制封印する。正確な位置情報を』
『了解』
『お姉ちゃん、こちらの射撃開始と同時にDivine Busterをフルパワーでお願い』
『分かった!』
「Starlight Penetration.」
 貸与デバイスを停止させ、静は自身のみで術式展開し、周辺に散在している魔力素を収束させて、なのはの物とは違う白い星を形作ってゆく。
 その数は二つ、静の両肩の外側にそれぞれ渦を巻くように光が飲み込まれて行く。
『周辺魔力素、先程のStarlight Breakerの影響により希薄です、間もなく周辺魔力素がほぼゼロになります』
『分かってる、圧縮行程を追加するわ』
 二つの魔力によって作られた、真っ白な星の色がゆっくりと小さくなりながら赤みを帯び、深紅を経て赤黒く染まり、ついには小さな漆黒の点へと変わる。
『ターゲット、次元震発動領域までエネルギーが上昇、なお上昇速度加速中』
『撃つわ』
 直後、転送ルーム内全てが真っ白な光に包まれた。
 なのはが叫びながらも、Divine Busterを放つ。
『ターゲットの防御魔法貫通しました。残存魔力量危険域です…』
 その伊勢からの念話を最後に静の意識は閉じた。





Ende