リリカルなのは、双子の静 第十三話


 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、船室。
『意識レベル、通常まで復帰しました。ご気分はいかがですか?』
 心配した、言外にそう言った伊勢の念話が届く。
『今どうなっているの?』
『あてがわれている部屋のベッドで、瞳だけ閉じている状態です。体調及びリンカーコアも正常値です、異常及び後遺症はありません』
 そう言われて、朧気ながらに気絶する前のことを思い出す。
 自身の放った魔法で、転送ルーム全てが光に包まれた事を。
『それでプレシアは?』
『11時間ほど前に亡くなりました』
『…経緯を説明してもらえるかしら?』
『静様が気を失った後に、プレシアの捕縛に成功し…』
 伊勢から告げられる内容は、事件の終焉を告げていた。
 プレシアの捕縛には成功した物の、全ての望みを失った彼女は意識を失い、集中治療を受けるも命を落とした事。
 彼女は死ぬ直前にフェイトに手を伸ばし「アリシア」と呼びかけて事切れてしまった事。
 最後まで、失った娘の事を追いかけ続けていたその姿に、共感は出来ると静は思う。愛する者を失って、生き方が歪むのは、なにもプレシアだけじゃない、姉の母もそうだった。
 フェイトとアルフは、今は落ち着いているらしい。なのはと敬吾が心の支えになっているとの事で、一応安心はしている。
 静は他人の事に関しては冷たい人間だと自覚している。それだけに静自身は彼女達に対して、何かを言える立場ではないと思うのだが、伊勢はそれを否定した。
『ここまで色々としておいて、言葉を尽くさずに何も語らないのは、卑怯ですよ静様』
『違うわ、私は臆病なだけよ』
『報告を続けます…』
 ジュエルシードは、機能を失った物が二つあったが、それらも合わせて全て封印され安全に保管されている。
 時の庭園の調査と処置も終わり、違法な物については全て没収処置をした。またプレシアの正式な所有物であるので、フェイトが正式に遺産として引き継ぐ事。
 事件そのものはプレシアの死亡により、法的な処置を残すのみとなっており。関係者であるフェイト達への罪状を軽くすべく、リンディやクロノ達が動いている事。
 アースラは時空管理局本局まであと4日の位置にあり、転送ルームを中心に中破している為、ドッグ入りが決定している事。
『報告は以上です』
『ありがとう、日本時間では何時くらいかしら?』
『およそ5月14日の午前1時19分頃になります。現在のアースラ内時間では、およそ午前5時を少し回ったくらいです』
 伊勢の答えにどうしようか考えた矢先に、静のお腹が鳴る。
『三日ほど意識がなかったのね。ま、起きるわ』
 目を開けて、身体を起こす。
 自前のパジャマを着ている事から、誰かが着替えさせてくれたんだろうが、気にする事無くベッドから出て、洋装のバリアジャケットを展開する。
『普段着バージョンもあった方が便利ね』
 真っ白な羽根飾りの付いたベレー帽を被り、編み上げブーツに黒のレギンス、プリーツスカートに高町家の家紋が据えられたブレザー、その上に不自然に浮か ぶゆったりとしたマントを羽織った姿に、思わず何処の魔法使いの正装なのよと苦笑するが、その洗練されたスタイルに対しては栞に感謝する。
『良い仕事をしているわね、栞は』
『良くお似合いですよ』
『ありがとう』
 部屋を出て、通路を歩いて行く。目指すは食堂だ。


 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、食堂。
 軽食を頼み、受け取ってテーブルに着こうとすると、一人ぼんやりと佇んでいるエイミィに気がついた。
「お早うございます」
「静ちゃん! 気がついたの? 良かったー」
 ややオーバーアクションで喜ぶエイミィに、静は苦笑しながら席に着く。
「事件に関する情報は伊勢から聞いたわ」
 静のその言葉に、エイミィから喜びの表情が消えた。
 後味の悪い事件であったことは、エイミィにも静にも分かっていたからだ。だからこそエイミィは話題を変えることにした。
「静ちゃんはこれからどうするの?」
「どうもしないわよ」
 簡潔に答えて、静は食事を始める。
「どうもしないって… えっと、じゃあそのバリアジャケットは?」
「もう一つのデザイン案よ」
 二度も連続であっさりと返事だけを返され、会話が成立しない事に、エイミィは項垂れる。
 とは言え静はいつ鳴りだしてもおかしくないお腹を満たすべく、一刻も早く軽食を食べ始めたかっただけなのだ。
 一心不乱に食事を始めた静を見て、会話が続かない理由に納得したエイミィは、暫くその様子を眺めていた。
『伊勢、前回の戦闘のデータを出して』
『了解』
 静の眼前にプレシア戦のログが表示される。
 食事の手を止めることなく、概要ログに一通り目を通はじめる。
 接触から5分にも満たない戦闘時間。
 一通り目を通し、概要を把握した静は、あの生体ユニットのターゲットをクロノが上手く誘導していた事を読み取り、自身の経験の浅さを再認識した。
「えっと、それは?」
「対プレシア戦の概要のログよ。 …って、日本語だからそっちには読めないわよね。伊勢、原語版をお願いできるかしら?」
「はい、公用語版をご用意します」
 伊勢の声と同時に、エイミィの前に映像パネルが開く。
「どれどれ」
 感心しながらエイミィは、概要のログを追って行く。
「それにしても、静ちゃんのあの魔法、Starlight Penetrationはすごかったね」
「結果的には、貫通力と消費魔力がでたらめだったわ…」
 詳細なログを表示させ、目を通してみると、実体験以上によく分かる。
 周辺魔力素が希薄だった事で、二三度練習した程度の圧縮行程を組み込んで放たれた、魔力レーザーとも言える、高圧縮された魔力。
 ログに出ている数値の非常識さに、我が事ながら他人事のように呟く静。
 伊勢に記録されたデータを見ると、プレシアの防御障壁を貫通すると同時に、三つのジュエルシードを貫き、転送ルームの装甲を貫いている。
 何者も通さないことを目的とされたらしいプレシアの防御障壁は、貫く事により多大な魔力負荷をかけて崩壊した。プレシア自身が弱っていたから可能だったというのは、彼女にとっては不運だったのだろう。
 ジュエルシードに対しては、あまりにも細く収束していた為に、圧倒的な魔力で包み込む事によって行われる強制封印は、不可能だった。
 また、Starlight Penetrationの照射をほぼ中心に受けた二つのジュエルシードは、なのはのDivine Busterも受けた事により、強制封印が成された上で、その機能を完全に失っていた。
 他のデータも合わせて分析された結果、静の魔法Starlight Penetrationは貫通に特化しすぎている事だった。最悪貫くだけでなにもできないのだ。
 それに、何度見ても数値上は、本当に自分が照射できたのかと疑わずにはいられない。
「圧縮しすぎて、普通の攻撃には使えなくなってるんだね」
 エイミィの言葉に、静は我が事ながらに苦笑する。
「実のところ、あの魔法は賭でもあったのよね」
「へー」
 感心したように相づちを返すエイミィに、静は言葉を続ける。
「照射自体だけなら、ぶっつけ本番なのよ」
「その割には上手く行ったから良いんじゃないの?」
「あの時は他に選択肢が思いつかなかったから試したけど… 本当に上手く行って良かったわ」
 そう言ってエイミィの見ているパネルに、その時の詳細なログを渡す。
「失敗していたら、確実にアースラが一部とはいえ吹っ飛んでいたんだ…」
 エイミィはジュエルシードの状態を確認して、そう呟き。伊勢が取ったログのコピーを貰う事を取り付けた。
「全体としては、リンディ艦長が柔軟に結界を運用していたのが分かるわね」
 そう感心して、静は再びログに目を落とす。
「ねぇ、静ちゃん」
「何かしら?」
「アルハザードって、本当にあったと思う?」
「アルハザードって?」
「おとぎ話に出てくる、ずいぶん昔に滅んだ、何でも出来る文明の事なんだけどね。プレシア・テスタロッサはそこを目指していたんだって」
「理想郷、と言うものね。 …ある意味においてそれは夢。本当にあるなら是非行ってみたい物だわ」
「ふぅん。静ちゃんなら行ってどうするの?」
「病気を治して貰って、平凡に暮らすの。お姉ちゃんは多分、翠屋を継ぐ事はないから、わたしはそれを目指そうと思うわ」
「そっかー、じゃあゆくゆくはお嫁さんだねー …って病気!?」
「ええ、普段症状は出てこないし、感染するようなものでもないんだけど、ちょっと厄介な病気にかかっているから」
「そっかぁ、一度ミッドで診てもらったらどうかな?」
「提案は嬉しいけど、止めておくわ」
「そっか…」
「色々とあって、臆病なのよ… そうだ、一つ相談に乗ってくれないかしら」
 会話しながら分析をしていた静が、一通り分析を終えて、改まってエイミィに問いかけた。
「何かな、静ちゃん」
「伊勢の改装が終わったら、ユーノに預けたいの。それで預けている間、わたしは基礎訓練や座学に励みたいのだけど、その協力をお願いできるかしら?」
「静さん!? どうして私をユーノさんの手に渡そうとするのですか!?」
 突然の事に驚いたのか、伊勢が声を上げた。
「伊勢はデバイスよ、そして異端でもあるわ。デバイスである以上、ある程度魔法の事を知らなくてはならない。加えて伊勢は情報を扱う事に特化しているわ、 ならばもっと色々な情報に触れるべきなのよ。その為にわたしが知るメンバーの中で、信頼できて見聞が広く、時間が空いているだろう人物はユーノ・スクライ ア以外には思いつかなかった。それが理由よ」
「本当に良いんですか?」
「構わないわ、わたしも伊勢もまだまだだからよ」
「分かりました。でも必ず帰ってきます」
「楽しみにしているわ」
「…でもいいの? それに、ユーノ君がどう答えるかが一番の問題だよ?」
「それは分かっているわ」
「そっかぁー… じゃあそっちは置いておくとして、魔法に関する勉強の資料の方だけど、艦長の許可が要るねー。でも許可が出れば、情報端末にデータを入れれば済むから、いつでも閲覧できるよ」
「なるほど」
「魔法に興味があるんだ」
「あるわよ。それに道具は使えるようにするべきだから」
「そ、そうなんだ…」
 なのはなら「もっと強くなりたい」とでも言うのだろうかと、エイミィには想像できる。それだけに本当に双子なのかと、いつものように疑問に思うエイミィだった。


 早朝の食堂でエイミィと話をしながら時間を潰していると、クロノとユーノがこちらに気付いてやって来た。
「二人ともお早う」
「大丈夫なのか?」
 数日間寝ていた事を感じさせない静の様子に、クロノが心配して問いかけるが、静はいつものようにやや冷徹に「問題ないわ」と答えるのだった。
「良かったよ、本当に」
「ありがとう」
 二人が席について朝食を取り始めた所で、静はユーノに向き直って口を開く。
「ユーノには頼みたい事があるの」
「何かな」
「伊勢の改装が終わったら、伊勢を預けるわ。そして、伊勢に次元世界を見せてあげて欲しいのよ」
 静の言葉に驚いたユーノは、じっと静の目を見つめる。
「えっと、お願いできるかしら?」
 急に目を合わせられた事に戸惑った静は、慌てながらに問いかけた。
「ダメだよ、静は伊勢にいなくなって欲しいんだろう?」
「えぇ!?」
 静とエイミィの声があがる。それは二人の予想の斜め上を行ったユーノの言葉に驚いたものだった。
「どーやら違うようだぞ、フェレットもどき」
「あ、あれ?」
 ユーノにしてみれば、目を合わせた静の視線が逃げるように泳いだからそう判断したのだが。
 どうやら、静は目を合わせる習慣のない文化の人物だとユーノは理解した。
 実際には、単に静の経験不足でじっと目を合わせられた事に慌てただけなのだが。
「本心を言えば、それも皆無ではないわ」
 静の事言葉に、一同が言葉を飲んだ。
「でも、私達の情報は既に時空管理局という組織に流れている。と言う事は私が拒んでも、アースラの皆がそっとしておいてくれてても、いずれは誰かがスカウトしに来ると考えるわ」
 手段も通常の物ではない、と言う事も十分に考えられる。との言葉を飲んだ静。
「そうだね、普通ならこんな高ランク魔力保持者は引く手あまただよねー」
「そう言う訳で、わたしはあなた方との情報交換と、わたしのいる世界と次元世界の情報を知るためにも、伊勢を一時手放してでも判断材料を揃える必要があるのよ」
「君は… 静は、時空管理局が信頼に足り得ない組織だと?」
 クロノが真面目に訪ねてくる。
 静も向き合って、思考を言葉に変えて答える。
「信頼は無意味ね。組織である以上。それが膨大な次元世界を管理している、力の組織である以上。わたしのような個人には、信頼する事自体が無意味なのよ。 信用するにしても、情報が足りなさすぎるわ。クロノ・ハラオウンにしても、エイミィ・リミエッタにしても、個人単位では信用できるんだけど…」
「信頼には遠く及ばないのは、仕方ないわよねー」
 静の背後からリンディの声がかかった、それは自身の組織の事を言われて残念がっているようには聞こえなかった。
 リンディにとって、少なくともクロノとエイミィの信用を得ているのならば、組織がどう思われようと仕方ないのだ。
「お早うございます、艦長」
「はい、お早う静さん。みんなもお早う」
 リンディは静の隣に座り、朝食を取り始める。
「後で会議室で現状とこれからを説明をします。それと、静さんの申し出だけど、少し時間がかかると思うから、後で送らせてもらうわね」
「よろしくお願いします」
 念話で根回しがされていたのだろうと思いながら、静はリンディに頭を下げる。
「ユーノさんも、静さんに協力してくれると助かるわ」
「…分かりました」
 ユーノはリンディの言葉に、少し悩んでから答えるのだった。


 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、会議室。
 敬吾、なのは、静、そしてユーノの現地協力組と、リンディ、エイミィ、ミシェルのアースラスタッフが、テーブルの一角を占拠するように座っている。
 静が食事を終え、部屋に戻った後、やってきたなのはに揉みくちゃにされるなどがあったが、今は落ち着いている。
 談笑しながら待っていると、クロノに引きつられて、フェイトとアルフがやって来た。
 それぞれに私服を着ており、拘束具の類が無い事と、迎えに出たなのはがフェイトとすっかりうち解けている事に、静は安堵した。
『ようやく安心できるわね』
『お疲れ様でした』
 総勢10名が席に着くと、リンディが立ち上がり、説明を始めた。
「ほとんどがご存じの通り、既にアースラは時空管理局本局に向かっており、本局まで現在で後3日の距離にあります」
 リンディの説明は、アースラの状況と方針説明から始まった。次いで今回の事件の説明とその裁判に対する方針と予想を経て、第97管理外世界の国連との取り決めについて説明がなされた。
「簡単に説明したけど、これまでで何か質問はあるかしら?」
 リンディの質問に、なのはが手を上げる。
「はい、なのはさん」
「えっと、私達がおうちに帰るにはまだ時間があるんですよね?」
「ええ、予定では4日ほどかかるわ。本局に着いても、ドッグ入りを先に済ませるからその分時間がかかるのよ」
「その間、魔法の勉強をしたいんですが、お願いできますか?」
「クロノお願いね?」
「はい艦長」
 静にとって、なのはの申し出は十分予想できた事だったが、なのはにとって魔法は大きすぎる力にならないだろうかと考えてしまう。
 同時に、待ってましたとばかりの親子の短いやりとりにも、別の方向の不安を感じずにはいられなかった。
「他に質問は無いようね。ではこれで解散とします」


 会議室から出て、やることのない静の足は、自然と与えられている部屋に向かう。
 伊勢の受け渡しは下艦時で良いとリンディから言われており、あの後ユーノからの了承も得た。
「これから、どうなるのかしら」
 呟いて歩き始める。
 一つの事件は終わった。
 後に控えているのは、家族への説明や、なのはお姉ちゃんの友人に対する説明の補足。
 この事件で変わったのは、次元世界との接触に関する事項。
 自分自身が変わった点は、魔法という力を得た事。でもそれは、夢見るような力ではなく、HGSと同じ破壊のベクトルも持つ力。
 お姉ちゃんが、その力に取り込まれはしないかと、危惧してしまう。
 わたしから、普通の生活をごっそりと奪った力に、とても良く似た力。
 わたしの親友も持つだろう力。
 自分がたどってきた過去を、彼女たちもたどるのだろうかと思うと、不安で押しつぶされそうになる。
「生きてて、良かったのかな…」
 何度も傷つけられ、何度も折られた心が、静をそう呟かせる。
 肩を落として通路を歩く静の姿は、ゆっくりと通路の奥へ消えて行くのだった。




 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、食堂。
 昼食後から、一人でも出来る訓練方法を色々とレクチャーしてもらい、その後ゆっくりと休憩を取った静は、遅めの夕食を一人で突いていた。
 ナイフとフォークによる食事は、静にとって苦手である。箸を持参しなかった事を悔やんでから、連想的に思考が変化し、いつの間にかこれからの事を思案するようになっていた。
 少し先の未来は、静にとって予測できる物に溢れた、あまり不安要素の少ない物だが。それから先は、不安という要素で構成された未来が、静の脳裏に浮かんでは消えてゆく。
「元気ないね、どうしたんだい?」
「…考え事をしてたのよ」
 夕食の手が止まったところを、アルフに声をかけられ、静は力なく答えた。
「何をくよくよしているかは知らないけどさ、あんまり思い詰めない方が良いよ。それに、あんたには感謝しているんだしさ」
「感謝?」
「そうだよ、フェイトの事、影ながら支えてくれたそうじゃないか、なのはから聞いているよ」
「そう…」
「一体どうしたんだい?」
「そうね、第三者から見ればそれは杞憂であったり、鬼が笑ったりする事ね」
「えっと、ごめん、あんまりややこしい事は、言わないでおくれよ」
「簡単に言えば、あんまり未来の事に関してくよくよするのは、他人から見ればおかしい事でしかない。そう言う事よ」
「そりゃあそうだよ。あたしらだって、裁判が終わるまでは不安なんだから、その先の未来なんて考えもつかないよ。 …ま、それでもあたしはフェイトの側にいるだろうけどさ」
「そっか… そう言えば一人なの?」
「フェイトならもう来るよ、あたしはあんたが居たから先に来たのさ」
「そう…」
「なんだよ暗いねー」
「どんな顔して会えばいいのか、分からないのよ…」
「どういう事だい?」
「わたしは… フェイト・テスタロッサに何かした事は、ただの一度だけ。その上、まともな会話はした事がないのよ」
「そうなのかい?」
「ええ」
「別に気にする必要は、ないんじゃないのかい?」
「そうかしら?」
「そうさ、ねぇフェイト」
「へぇ!?」
 驚いた静が振り返ると、そこには二人分のトレーを持ち、驚いて固まっているフェイトと、付き添いだろうクロノの姿があった。
「えっと、隣、いいですか?」
「え、ええ。どうぞ」
 戸惑いながら返事を返した静、同じように戸惑いながらアルフの夕飯の載ったトレーをアルフに渡し、フェイトも席に着く。
 フェイトの隣では、クロノが何をやっているんだと言いたげな表情で席に着くところだった。
 静は三人の様子に、再び食事を取り始める。ややスローペースでナイフとフォークを扱う静の様子は、もともとの冷徹な印象に、苦闘する表情も相まって機嫌が悪いのではないかと思わせるのに十分だった。
 フェイトは、そんな静とどんなことを話せばいいのか戸惑いつつも食事を始め。
 アルフはフェイトに続いて食事を始める、ただし一心不乱に。
 クロノはそんな三人の様子を見ながらも、一度始めた食事の手を止めることはなかった。
 食事の挨拶を除いて、四名がしばらくの間無言だったのは、結局みんなお腹がすいていた、と言う事だろう。
「そう言えば、静はデバイスをユーノに預けるんだろう? その間どうするんだい?」
「どうもしないわよ?」
 特別な事をするわけではない。そう言う意味で答えた静だが、それはあまりにも言葉が足りなさすぎた。
 返事を返されたアルフが困惑するのも無理はなく、クロノが丁度良いタイミングだと判断して割って入る。
「その件なんだが、情報端末としてストレージデバイスを貸し出すとこになりそうだ。詳しくは明日午前中に、ミシェルと打ち合わせしてくれ。向こうにはもう伝えてある」
「了解」
 クロノの通達に短く答え、静は食器と冷戦するような食事に戻った。
 そして再び会話が無くなり、変わりにこの場を、それぞれが食事を取る音だけが支配する。
 一見すると、皆黙々と食べているようだが、静以外の全員が微妙に静の様子を伺っているという状態だった。
「あ、あたし飲み物を取ってくるよ」
 何となく居づらくなったアルフは、そう言ってこの場から離れて行き、再び食事を取る音だけがこの場を支配する。
 やがて食器を置く音がして、静の「ごちそうさまでした」との挨拶が広がった。
「あの!…」
 苦闘していた食事から解放され、そそくさと立ち上がりトレイを持ち上げた静に、フェイトが慌てて声をかけた。
「少し、お話ししませんか?」
 静とフェイトの目が会った。
 静の返事を戸惑いながら待つフェイトに、食事の苦労から解放された静は。
「良いわよ、飲み物をいれてくるわ」
 そう答えて、食器返却口へと向かって行った。
 ホッとしたフェイトとは対照的に、クロノは内心で苦笑していた。静が慣れない食器に苦労していた事を見抜いていたからだ。

 二人が食事を終えた頃、静はトレイにカップや砂糖を、アルフはティーポットを持って戻ってきた。
「お待たせー」
「用意できたのは、ストレートティーよ」
 そう言って慣れた手つきで用意してゆく静、程なくこの場にいる四人分が用意された。
「どうぞ」
 みんなにそう声をかけて、静も席に着く。
「静さんの事、もっと知りたいんです」
 やや戸惑いながら紡がれた言葉に、静はフェイトの心情を計る。
 静は事件の全容を知る位置にいなかった事もあって、フェイトの生まれや生い立ちについて、普通ではないのだろう、という程度しか知らない。
 朝行われたミーティングに関しても、フェイトの個人的な事情には触れられなかったのだ。
 今のフェイトは肉親が死んだ事を、新たな絆で埋めようとしているのだとも静は思う。
「構わないわ。でも、どこから話したらいいかしらね…」
 思考しながら、そう返事を返し、更に思考を重ねる。
 下手に現実をぶつけると、不幸を押し売りする事にもなりかねない。少なくとも静のこれまでの人生は辛い事の方が多かった。恐らくこれからもそうであろうと思える。異端なのだ、いかに専門施設がある海鳴とは言え、HGSであるだけでも一般社会から見れば、十二分に異端なのだ。
 ならばと、自分の好きな話をすることにした。
「…毎年春にある連休に、家族と友人を誘って温泉に出かけるのよ」
「温泉って、あの大きな風呂の事かい?」
「温泉て言うのは、大まかにはお湯が湧いている事。それを溜めて風呂に利用しているのも、まぁ温泉よね」
「あの時に見た静は、幸せで蕩けそうだったよ」
 初めて静と接触したときの事をアルフは思い出す。
「機会が在れば、みんなで行くのも良いわね。ゆっくりと温泉につかって、美味しいものを食べて、景色を嗜んで…」
 それから静は、日本の四季の事や、行ってみたい旅行先などの事を話して行った。
 話題がミッドチルダの事に移ると、そう言った観光地の事は、クロノもフェイトもほとんど知らないという。
「…えーと、二人ともミッドチルダでの滞在は?」
「僕は生まれ育った所だ」
「わ、私はほとんど出た事がなかったから」
「これは、話題を間違ったわね」
 少なくともフェイトは、裁判の為に観光などとは暫く無縁であろうし、クロノにしてもこんな船に乗っていては同じように無縁だろうと思う。
「全て終わったら、遊びに来ると良いわ。お姉ちゃんと一緒に歓迎するわ。クロノもね」
「分かった、その時は寄らせてもらうよ」
「絶対に行くから」
 このまま続けられた夕食後の会話は、静も自分の暗部を見せる事無く、楽しく会話をする事が出来たのだった。


 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、ラボ。
「そう言えば、デバイスの形はどうする?」
 お昼近くになり、デバイスに入力する魔法学習のためのデータとソフト、更に幾つかの入力する魔法も決まった時点で、ミシェルは思い出したように訪ねてきた。
「デバイスの形?」
「そう、特に指定がなければこのままでも良いけど。魔法を使用するなら、ある程度展開した状態の方が効率よく使う事が出来るんだ」
「だったら、そうね… バリアジャケットが洋装で用意しているから、箒の形でお願い出来るかしら」
「箒? あの床を掃く道具かい?」
「ええ、伊勢にデータがあると思うんだけど」
「はい、洋装の参考資料にいくつかあります。 …どうぞ」
 伊勢から提示された、いくつものラフ画像を見てミシェルはイメージを作り上げてゆく。
「なるほど、これを参考にした展開状態は…」
 元の箒としての形状そのものだと無理な点が多いのか、できあがったラフデザインは、箒に幾つかのパーツを付けたような物になっていた。
「質感はそっちの世界で言うプラスチックに近いと思うんだが、それで良いかい?」
「ええ、構わないわ」
「静との大きさ比率はこんな感じだ。ちょっと大きいかな?」
 ラフデザインの横に、静の姿が加えられる。今の静の身長の倍以上はある全長に、静は苦笑しながら「頑張って成長するわね」と答えるのだった。




 時空管理局本局内、転送ポート施設内。
 魔法に関するレクチャーや、借り受けるデバイスの準備などで、あっという間に日が過ぎた。
 ほとんどクロノやユーノに着きっきりだったなのは、政治的な事務仕事で忙しいのだろう敬吾、そしてデバイス関連でミシェルと一緒だった静。三人が揃うのは昼食の時に会う程度の毎日だった。
 アースラがドッグ入りした事もあって、三人はようやく元の第97管理外世界へ戻る事になり、国際空港のように大勢の人が行き交うロビーの一角で、手続きをしに行ったエイミィが戻ってくるのを待っているのだった。
 既に静は伊勢との別れを済ませていた。現在ミシェルの手にあるだろう伊勢には、リンディ以下アースラクルーに対して、感謝の意を示したデータを入れてある。今頃はミシェルの手元に置かれ、リンディに渡されるタイミングを計って貰っている頃だろう。
 その伊勢の代わりとして、通常時は情報端末として書籍の、魔法使用時には箒の姿に展開するという、二つの姿になるストレージデバイスを借りている。
「ようやく戻れるな」
 敬吾はアタッシェケースを片手にしたまま、長年拠点にしていた香港よりも国際色豊かな行き交う人々に視線を向けている。
 暫くして事務手続きを終えたらしく、付き添いであるエイミィが、途中で合流したのだろうクロノと共に戻って来た。
「お待たせ。後は指定時間帯に行けば、第97管理外世界の国際救助隊海鳴支所につなげてもらえるよ」
「クロノ君、エイミィさん。ご協力感謝します」
 改まって敬吾は二人に感謝の意を述べると、クロノは姿勢を正して日本式に頭を下げ、エイミィもそれに習う。
「艦長から既に聞いていると思いますが、これからは外交部を通して情報のやりとりを正式に行う事になります」
「頼みます」
「それで急なのですが、今回の転送に外交部から派遣される人員が二名、同行します」
「分かりました。その方々は?」
「現在リンディ艦長と共にこちらに向かっています。もう来る頃だと思いますが…」
 クロノが辺りを見回す。
 なのはも釣られるように辺りを見回す、そしてその中に金色の髪を持つなのはの良く見知った少女の姿を見つけたとたん、なのはは走り出していた。
「フェイトちゃん!」
 静と敬吾の視線の先、なのはが感極まってフェイトに抱きついている。
 その側で、二名の男女がリンディに挨拶して敬吾に向かってやって来た。
「あなた方が派遣される人員ですか?」
「はい。僕がフォレス・スミ、そちらで言う外交官になります」
「初めまして。そちらで言う駐在武官のリアーナ・ケンドール三等陸尉です」
 二人は交互に挨拶と握手を交わした。
 敬吾達やなのは達、それらの様子を満足げに眺めた静は、ふと側にいるユーノに振り向いた。
「これで、ようやく一つの終わりね」
「そうだね…」
 色々な事があった。
 ゆっくりと、ここ二ヶ月ほどの事を思い出して呟かれた静の言葉に、ユーノも懐かしむように答えた。
 そして、ユーノともここでお別れだ。
「さて、もう少しでお別れね」
「うん」
「次に会う時には伊勢をお願いするわね」
「任せて」
「わたしからはそれだけ。さ、なのはお姉ちゃんとも別れを済ませてきなさい」
「分かったよ」
 ユーノは静に苦笑しながらなのは達へと向かって行く。
「行かなくて良いのかい?」
「良いのよ、既に目的は達しているわ。ならばこれ以上執着する必要はないのよ」
 敬吾の言葉にそう答えて、静は優しい瞳でなのは達を見る。
「到着したら、家族に迎えに来て貰って、家族にも説明しなければならない。悪いがもう少し時間がかかると思ってくれ」
「分かったわ。お姉ちゃんには、少し窮屈な思いをさせるでしょうけど、代償としては少ないくらいよね」
「すまんな」
「…そこは謝る所じゃないわよ」
 静は幼いなりにも、国際救助隊がHGSなどの異能力者達に対してどれほどの活動をしているか知っている。
 少なくとも海鳴では、能力に対してあからさまに差別される事はほぼ無い。つまりはそれ程までに彼らの活動が成功しているのだ。
 先程静の言った代償とは、能力に応じて行ってはならない事が増えると言うものである。静に限って言えば、クラス2以上のレーザーを撃つ発光の使用禁止がある。
 そして、魔法の使用に対して、同様のペナルティーを追う事になるのは、静には当然の事なのだ。
「そう言えば。魔法の訓練については、相談をしないと問題があるわね」
「そうだな。国守山の中なんかどうだ?高町家の者が格闘訓練で使っているんだが」
「所有者の許可次第ね」
「分かった、話は付けておく」
 さらりと返した敬吾の返事に、静が言葉を失う。
「…えーと、お知り合いなんですか?」
 さすがにとんとん拍子に進む話に、静は怪訝な表情で敬吾を見上げた。
「ああ、昔担当していた人物が所有者なんだ。だから久しぶりに会うのも悪くない… ってどうした?」
「…世間の狭さを実感しているところなのよ」
 自分の世界に帰る前に、大きく現実逃避をし始める静だった。


 全員が揃ったところで、指定時間帯が近づいてきた事もあって、一行は指定された転送ポートへと向かう。
「静は、あんまり寂しそうじゃないね…」
 零れるように呟かれたなのはの本心に、静の足が止まった。
 確かに静は、感情として表れるほど別れの寂しさを感じている訳ではない。それでも、寂しさを感じているのも確かなことなのだ。
 離れてゆくなのはの背中に、もやもやとした、怒りに似た感情がくすぶり出すのを、静は感じずにはいられなかった。
 同時に、なのはに抗議したとしても、お姉ちゃんは取り合わないだろうとも確信していた。
 とは言え、いつもの事なのだ、こういうのは。
 逆に、家族に本心をぶつけてくれる程に、警戒されていないと言う事は、静には喜べる側面なのだから。
 やや短く、それでも深く吐かれたため息。
 そうして、やや重くなった足取りで、静は遅れた分を取り戻すのだった。


 隔離された寂しい部屋。
 それがボディーチェックを終えて通された転送室だった。
「管理外世界へ行くには、色々と許可が要るのよ」
 申し訳なさそうにリンディがなのはに告げる。
「ではこれで、今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ」
 敬吾はリンディと握手を交わし、クロノとエイミィ、そしてユーノと別れを済ませると、彼女達から一歩離れる。
「次に会うときは、色々な発掘の話を楽しみにしているわ」
「うん。伊勢を渡しに会いに行くよ」
 ユーノとしっかりと握手をして別れ、なのはの為にユーノの前を開けるようにして、クロノとエイミィとリンディの前に来る。
「…。実のところ、別れの言葉はあんまり手持ちがないのよ」
「あらあら」
「だから、この出会いに感謝を。ありがとう」
「機会があったら温泉に連れて行ってねー」
「エイミィ…」
「大丈夫、その辺り抜からないわ」
「あらあら。でもこれでお別れね、フェイトちゃん達の事は任せておいて」
「ええ、お任せします」
 姿勢を正した静は、リンディに頭を下げる。
「では」
 言い切ってリンディ達の前から離れ、ここまで着いて来たフェイトとアルフの前に立つ。
「あの、ありがとうございました。私達の為に色々してもらって」
 フェイトに深々と頭を下げられながら、そう言われた静は、思い当たる節があまりなくて困惑してしまう。
「気付いてないのかい? 昨日エイミィとクロノから、アタシを引き取る算段や、海の上のなのはとの闘いの後や、他にも色々と話を聞いたよ」
 アルフの説明に、思い当たる節が増えてゆく静の顔が、恥ずかしさで赤くなる。
 頭を上げたフェイトの目の前には、頭をぶるぶるとふって冷まそうとする静の姿があった。
 深呼吸一つ、何とか落ち着いた静は、フェイトの名を優しく呼び、そっと抱きしめる。
 自分と同じくらいの年で、あれだけ辛い思いをしたフェイトの心がどれほど傷ついているのか、静にはありありと考えられる。
 その思いが静に言葉を紡がせる。
「これからも、辛い事の方が多いかもしれない。でもそんな時には一人にならないで、フェイトの周りには支えてくれたり、悩みを分かち合える人がいるわ。だから、フェイトは大丈夫」
「静?」
「うん、大丈夫。距離は遠くに離れてしまうけど、お互いに頑張りましょう。そして、必ずまた会いましょう」
「うん、うん!」
 願わくばその時お互いに笑顔でありましょう。との言葉をささやく前に、感極まったフェイトに力一杯抱きつかれ、肺の空気が抜けてゆく静。
 なのはによって、口から魂が抜けきる前に助け出された静は、最後にフェイトとアルフの二人と握手して分かれるのだった。





Ende