リリカルなのは、双子の静 第十六話


 海鳴市中丘町、八神家。夕刻。
 小一時間ほど前まで、八神はやての誕生日を祝っていた祝福のムードは、今はもう無い。
 冷め切った空気の中、ヴィータが一人、場の空気を無視して全員分のお茶を用意している。
 正座して沈黙を守る静。
 その静と対峙するように、沈黙を守るシグナムとザフィーラ。
 彼女たちが沈黙を守る中、ヴィータの目の前で笛着きケトルが鳴った。そして、急須にお湯を注ぐ音が広がり、お盆の上に湯飲みが並べられる音も広がってゆく。
 別室では、シャマルがはやてを宥めている為、今この場にはキッチンからの音のみが在るだけだ。
「置いとくぞ」
 暖かい湯気の立ち上る湯飲みを、静の前に置いたヴィータに、静は黙して頭を下げる。
 ヴィータはシグナムとザフィーラにもお茶を出し、彼女自身は三人を見渡せるダイニングの椅子に腰掛けた。
 数時間分ではあるが、ヴィータはヴォルケンリッターの中では最も静との会話を持っている。そこから感じ取った静の人となりからは、はやてとは敵対することはない。そうヴィータに思わせるに十分な物だった。静の作ったケーキが美味しかったというのもあるにはあるが、それはヴィータ自身の問題だ。
 シグナムが判断を下す前に行われた念話で、ヴィータは唯一反対の意思を表していた。とは言えヴィータもヴォルケンリッターの一人である、リーダーであるシグナムの決定に異を唱えはしたが、決定そのものに関しては従ったのだ。
 一方で、シグナムが取った行動の理由も、ヴィータには理解できた。
 今まで何度となく管理者と敵対してきた、主の命令で敵対した事も二度や三度ではない。その管理局の関係者から、主を護る事。それを優先させただけなのだ。
 静が両方の関係者であった事と、ヴィータを含め、ヴォルケンリッターの全員が、この世界に慣れていない事が要因なのだ。
 とは言え、不幸だと嘆くにはまだ早い。主であるはやての判断を待つくらいはしていいはずだ。
 今度の主、はやては今までの主とは違う。家族として、穏やかに生活して欲しいと願っている。少なくともすぐに思い出せる範囲では、今までにない全く新しいタイプの主だ。
 だから、と言うわけではないが。きっと今までとは違う答えを出してくれる。薄々とではあるが、ヴィータはそう願っていた。


 ヴィータのいれたお茶から、湯気が立ちのぼらなくなった頃になって、はやては戻ってきた。
 そして開口一番、高らかに宣言する。
「まず今回の事は不幸な事故と言う事で済ますわ。シグナム達は私の外国の親戚、静は私の親友。今日初めて出会って、私の誕生日を祝ってくれた。それ以外の事は何も起きてへん。ええな!?」
 車椅子を自ら操作して現れたはやては、この場に全員がいることを確認するなり、やや大げさにではあるが力強くそう言いきった。
「呆れた… 開き直るなんて、思っても見なかったわ」
 全てを諦めるために気持ちを落ち着けていた静は、驚くのを通り越し、心底呆れた表情ではやてを見ていた。
「主がそう言うのでしたら、こちらに異存はありません」
 はやてはシグナムの言葉に満足げに頷き、呆れている静に苦笑を浮かべながら、この場の誰もが異論を唱えなかった事に満足した。
「で、ななせ」
「何よ」
「この子等に、基本的なこの世界の常識を教えて欲しいんやけど」
「それは難しいわね」
「ななせやったら何とかなる、思うたんやけど」
「当たり前を教えるのは結構難しいのよ」
「ほんなら、二人がかりでみっちりやな」
「仕方ないわね」
 はやての顔に、時代劇の悪徳商人の姿を見た静は、あきらめをもう一つ追加してそう答えるのだった。
 そうして、まずはヴォルケンリッターの面々から、今までどう言った社会でどう過ごしてきたのかを聞き取り、それを踏まえてこの世界のこの地域での、一般的な社会の仕組みや過ごし方を、二人がかりで説明を始めた。
 一通りの説明が一段落して、はやてがふと時計を見上げる。
「なぁ、ななせ。ずいぶん遅うなってもうたけど、ええん?」
「って。 …うわぁ」
 現在時刻は午後9時4分。
 静は大きくため息を吐いて、電話を借りる。
 受話器を上げて電話番号をプッシュする静から、シグナムへとはやては向き直る。
「シグナム、静を送ってあげてな」
「はい」
「今度は、襲ったらアカンよ?」
 はやての言葉は、優しくシグナムにかけられた。だが当のシグナムは、これ以上主の信頼を裏切ることが出来ず、シグナム本人の意識は、瀬戸際まで追い立てられつつあった。
「はっ、命に代えても」
 だから、畏まって返答したのだが。
「はやて、心配だからシグナムに着いて行くよ」
「そうやな、頼むわヴィータ」
 そんなヴィータとはやての言葉に、シグナムはその瀬戸際度を崖っぷち近くまで高めてしまうのだが、自宅との電話を終えた静が、兄が迎えに来る旨を伝えると、シグナムの緊張は幾らか解けたようだった。
「ほんなら、迎えが来るまではゆっくりしとこうか」
「そうね」
 それにしても、彼女たちは今まで何所にいたのだろうかと、静は思う。
 少なくとも、魔導師が存在する次元世界の文化圏の何処か、そして時空管理局と敵対していた。
 それだけでも管理局に関わっている静には、問題が雪崩を打ってやって来そうな予感を覚え、思わず遠い目をしてしまう。
 その静の視界に、ヴィータが割って入って来た。
「なぁ、静はどうして、魔導師になったんだ?」
「そやね、うちも気になっとったんよ」
「そうね…」
 静ははやて、そしてヴィータと目を合わせて立ち上がり、キッチンを背にして、リビングにいるみんなの方へと向き直る。
「怖かったら、言ってね」
「大丈夫や、うちが静のこと怖がったら、静、独りになってまうやん」
「…そうね」
 お互いに微笑みが浮かぶ。
「じゃ、自己紹介するわ」
 いつものクールガールに戻った静は、ふわりと浮き上がる。
「これは、生まれたときから持っていたちから」
 いち早くシャマルが、彼女の知る魔法ではないちからで静が浮き上がった事に気付いた。
「日本では、高機能性遺伝子障害病と呼ばれる症状」
 静の背中のやや後ろから、幾つもの光の線が伸びるように広がり、二対四枚の真っ白な翼と形容できるものを形作る。
「分類するために付けられているコードナンバーはLS-03と呼ばれているわ」
 静の口から、現在分かっている能力が語られる。
 光を放つ事、空を飛ぶ事が今現在満足に使用できる能力で、満足に使えない能力としては超能力一般に、物の重さを変える事等が在ることを説明する。
 そして普段使うには、それらの能力は大きく制限が設けられている事。同時にそれを守る限り国際救助隊から一定の庇護が受けられることも語った。
「それで、四月初めに落ちてきたジュエルシードの事件で、私の姉と私自身にリンカーコアがある事が分かり、ご町内の平和のために尽力した結果、現在に至るのよ」
「いや、最後はしょり過ぎやろそれ!? しかもご町内ってなんやの、世界やないん!?」
「そうなんだけど、そろそろ迎えが来ると思うのよ」
 浮いていた体を下ろし、背後の羽を消滅させながら、はやてのツッコミに冷静に答える。
「明日も時間があるなら来て欲しいんやけど、ええかな?」
「そうね…、朝にでも電話するわ」
 程なく インターホンが鳴らされ、高町家の長男、恭也が迎えに来た。
 静は荷物一式を、先に車に乗せて貰い、ややぎこちなくはやて達と分かれるのだった。




 海鳴市藤見町、高町家。翌、6月5日、朝。
 一晩開けて、早朝トレーニングと朝食を済ませたところで、なのはに声をかけられた。
「ねぇ、静。今日はすずかちゃんのお家に一緒に行こう?」
 なのはが呼びかける言葉はソフトだが、これはほぼ強制だ。
 嫌と言っても、ただをこねられるし、はやての家に行く用事があると言えば「はやてちゃんも、一緒にすずかちゃんの家に行けばいいよ」と言い、早速行動するのは目に見えている。
 なのはは善意で行動しているが、それを否定される事に耐えられないし。静にしても、なのはの行為を全力で否定することは、あまりない。
 少なくとも情報の乏しい現時点で、八神家の面々となのはが会うのは避けたい。
 それに、なのは本人のみなら、まだ何とかなるだろうが、レイジングハートをいつも手元においている為、容易く正体を見破ってしまうと考えられるからだ。
「…やっかい事じゃないでしょうね?」
 そう言いながら、八神家に向かう事を諦める。
「違うよぉ」
「ならいいわ、時間は?」
「お昼前に、すずかちゃんの家からお迎えが来るから」
「分かったわ」
 部屋に戻って行ったなのはを見送り、静は後片付けをして部屋に戻った。
 PCを立ち上げながらため息を吐く。
 そのままメールソフトを開き、かいつまんだ事情と、火曜日の放課後に向かう事を書き込んで送信し、メールソフトを閉じた。
「伊勢がいれば相談できたのだけど…」
 そう思う反面、ユーノに手渡してからそう時間が経っていない事を考えると、収集された情報では有効な判断材料には成りえないとも思う。
 結局、今は待つしかないと判断し、月村家へ行くと言う事で、出かける用意をする静だった。


 海鳴市郊外、月村家、食堂。昼食後。
 食事を終え、食後の紅茶をそれぞれに飲んでいる。
 なのはと静は隣り合い、丁度アリサとすずかに向かい合う様に席に着いている。
「さて、なのは、静、きりきり話して貰うわよ?」
「何を?」
 突然話を切り出したアリサに、静はキョトンとしてそのまま聞き返していた。
「何を? って、ゴールデンウィーク前後に貴方達が隠していた事よ!」
「静さん、今日はお二人で事情を説明してくれるのではなかったのですか?」
「そう言う話は聞いてないわよ。なのはお姉ちゃんはもう説明したものだと思ってたから」
「まだなのよ。なのはは静と一緒に説明するからって、何も話してくれないし」
 アリサとすずかの二人にそう言われて、静は隣に座るなのはへと視線を向ける。
「あ、あはははは、ごめんね静!」
 半ば引きつったような、ごまかし半分の笑みを浮かべ、最後は勢いよく頭を下げるなのは。
 静は助けを求めるように、視線を動かすが、アリサは今にも「何やってるのよ」と言い出しそうだし、すずかは静と同様、困惑の視線で返された。
 つまり誰も助けてくれない。
 欺されて連れてこられ、状況的に説明するしかない現状を、どう打開できるか。その答えは今まで読んだ漫画の台詞の中から出てきた。
 それを静自身の言葉で言い直す。
「説明の補佐は出来るけど、説明は出来ないわよ。わたしはお姉ちゃんじゃないから、お姉ちゃんが何を説明しようとして、何を説明しないのか、それが分からないんだから」
 隣でなのはが「えー」などと声を上げるが、少なくとも欺してこの場に呼び込んだ事を許すつもりはなかった。
 情報公開にとって、事前準備が出来ていない事は、致命的だからだ。
「だったら、全部説明しなさいよ」
 そんなアリサの提案と取れる言葉は、話すべき事が普通の出来事なら、静も無条件で賛成できる物だった。
 だが、そうではない。
 知ったが最後、アリサとすずかの二人だけではなく、その周囲の人も巻き込んで、魔法という異種文明の力に飲み込まれるだろう。そう静は思うのだ。
「…いいの? 知ったことが原因で起こる事には、責任持たないわよ?」
「何よ、驚かそうったってそうはいかないんだからね!?」
「驚く必要はないわ。全てを説明した場合、戻れなくなるだけよ。絶対にね」
 ただ淡々と、冷たく言葉を告げる静の雰囲気に、アリサは飲まれてしまう。
「静さん。それは、話せない程、重大な事だけなんですか?」
 その雰囲気の中、すずかはいつものように、落ち着いて質問を投げかけた。
「それはないわ。ただ、さっきも言ったけれど、これはお姉ちゃんの口から話すべきなのよ。話せるところでも、話したくない事もあると思うわ、例えば失敗した事とかだと、話しづらいわよね」
「そうですね」
「さっ、なのは。話せるところで良いから、きりきり話して貰うわよ」
 アリサの言葉に、なのはの怨みがましい視線が静に向けられるが、静はそれに取り合うことなく、冷めかけた紅茶をすする。
『ううー、静の裏切り者ー』
『表からバッサリ切っただけよ』
 念話で送られる、なのはの抗議に、つまらなさそうに返す静。
『そ、そんなぁ〜』
『さしあたって、フェイトの事でも話すのね。友達になるんでしょう?』
『あ、そっか。静ありがとう』
 それからのなのはは、フェイトの事を友達として話し始めた。
 楽しそうにアリサ達に話す様子を、静は温かい目で見ることは出来なかった。
 これから先、お姉ちゃんに何度だまされるんだろうか。そう考えると、陰鬱な未来像が浮かび上がるからだ。
 そんな静の様子が気になったのか、アリサは静に話題を振ってみる。
「静はフェイトとは会った事があるの?」
「あるわよ、今度遊びに来たら、温泉に誘いたいと思ってるわ」
「温泉? 静が温泉好きなのは知っているけど、フェイトまで温泉好きとは限らないわよ」
「それはそうよ。好きになってもらえるなら、これ以上の喜びはないわ」
 呆れるアリサに、フェイトにもゆっくりと過ごす事を知ってもらいたい、という本心をやや隠して静は答える。
「うちのノエルも、温泉好きなんですよね」
「前の温泉旅行の時も、そう言えばそうだったわね」
「ノエルさんと静、ずっと入ってたもんね」
「温泉に漬かっているとね、自分の存在があやふやになって、世界へと溶けていくような感じがするのよ」
 うっとりとして話す静に、三人は引いた。
 アリサはなんてババくさい事を言うんだろうと思い。
 すずかはそんなにふやけるまで入って大丈夫なのかを心配し。
 なのはは、なんでそんな突拍子もない事を考えるのかと、心配しつつも不思議に思うのだった。
 そして、会話が止まったところに、ノエルとファリンが紅茶のおかわりと、焼き上がったクッキーを持ってやってきたのだった。




 海鳴市中丘町、八神家。6月7日、夕刻。
 静は小学校からまっすぐに家に帰り、デバイスも家に置いたままに八神家に来ていた。
 勿論なのはを初め、家族の誰とも会ってはいないが、これはいつもの事でもある。
「待っとったんよー」
「お待たせ」
 リビングに通されて席に着き、ヴィータからお茶をもらう。
「ありがと」
「なぁ、またケーキ作ってくれよ」
「ヴィータは静のケーキが気に入ったんやなぁ」
「はやての料理もそうだけど、静のケーキもギガウマなんだ」
「それは、困ったわね。わたしが作ったのは全体のランクで言うと、たぶん、普通のケーキよ?」
「あ、あれで普通なのか!?」
「早いうちに翠屋のケーキを食べさせてあげなあかんな」
「そうね。出来れば、なのはお姉ちゃんとの接触は避けて欲しいわ。わたしも、ここに来る場合は管理局から借りているデバイスは持って来ないようにしているから」
「なんやずいぶん用心深いんやな」
「伊勢… わたしのデバイスなら信用できるんだけどね。管理局のデバイスは理解しきっていないから信頼できないのよ」
「ならしゃぁないな。今日は一昨日盛大にはしょった所を話して貰うわな」
「分かったわ。事の起こりはこの世界にジュエルシードと呼ばれる物が落着してきた出来事から始まるわね…」
 そうして、後にジュエルシード事件として管理局に記録される事件の、静が関わったところを順に説明してゆく。
 ある程度は省略して説明したのだが、それでも説明を終えた頃には、西の窓から夕焼けの朱が差してくる頃になっていた。
「ななせは裏方に徹したんやな」
「そう言う事になるわね」
 正確には裏方に回ろうとし続けていたのだが、思い返してみれば中途半端な位置にいたとも思いながら、静は説明は終わりとばかりにお茶に口を付ける。
「一度手合わせしたい物だが」
 説明の途中で出てきた静のマイナーな魔法特性、それに興味を持ったシグナムの言葉に、静は首を横に振る。
 前回の事件で静が放った最大の魔法、Starlight Penetrationiに関してもそうだが、魔法全般に対して情報をぼやかして伝えている。
「実戦経験が少ないから、ハッキリ言って全然弱いわよ? 相性が最悪でもない限り、手も足も出ないんじゃないかしら」
「それはないと思うが」
「でも、魔法特性はともかく。静ちゃんは結界魔導師になるのよね?」
「…一応、結界魔法や拘束魔法、後は回復や治療関係を主に練習しているから、そうなると思うわ」
「だったら、ベルカ式だけど、アドバイスが出来ると思うわ」
「それよりもケーキ」
「平日の昼間なら、店に行っても大丈夫だとは思うわよ。なのはお姉ちゃんもレイジングハートもいないだろうから」
「そっか」
「でも、さっき言った国際救助隊の海鳴支所には、駐在している管理局員が二人いるから。用心に越したことはないわ」
「分かった」
 シグナム、シャマル、ヴィータと続けて律儀に答える静に、はやては苦笑する。
「とりあえずはこんなところよ。もう遅くなるから帰るけど、今度はあなたたちと栞との話を聞かせてもらうわね?」
「せやな、次はいつ頃来れそうや?」
「そうね、あまり頻繁に来るのは考え物ね」
「大丈夫だと思うわよ。リンカーコアで判断しているのなら、十分にごまかせるわ」
「それなら、あとは子供らしい理由があれば問題ないわね」
 そう言ってその理由を考え始める静。
 ヴィータとシャマルはその静に唖然とする。勿論呑んだ言葉は、静も子供ではないのか、というものだ。
 はやてはそんな二人を見て苦笑して意見を述べる。
「ほんなら何も問題ない。友達の所へ遊びに行くのに理由なんていらんやろ」
「ああ、そうね」
「静はいろんなもん我慢してるんや、ストレスの発散で良かったら、ウチの事もっと使うてええんよ?」
「…サバイバルゲームのウサギになってくれるとか?」
「車椅子でそれはちょっと…、ってななせもエアガン持ってないやん」
「だって、ストレス発散に良いってサイトで見かけたから」
「それは、分からんでもないけどなぁ。ゲームしに来るんで十分やない?」
「そんな感じで良いのかしら?」
「問題ない思うで」
「そう、じゃあそうするわ」


 海鳴市藤見町、高町家。夜。
「そう言えば静、デバイスが無くて寂しくないの?」
 珍しく静の部屋にやってきたなのはは、静のベッドに腰掛けてそう訪ねてきた。
「ないわよ?」
 いつものように、にべもなく答える静。彼女はブラウザで色々なゲームの情報を閲覧したまま、振り返ることなく答えていた。
「どうして?」
 ほぼ反射的に問い直したなのはの言葉に、静は答える言葉も持っていないことに気付く。
 次いで、なぜそこまで気にかけるのかが気になった静は、PCから視線を外し、なのはへと椅子を回す。
「じゃあ、お姉ちゃんはどうしてわたしが寂しいと思っていると、考えたのかしら?」
「それは…」
「それは?」
「だって… だって、せっかくお話しできるデバイスだったのに、ユーノ君に渡しちゃったから」
「から?」
「だから、寂しくないのかなって…」
『あまり、マスターを責めないでください』
「そう? 分からないと質問したからと言って、相手が答えを持っているとは限らないのよ。わたしがどうして寂しくないか、それに対しては、わたしには答える言葉も、経験も、記憶もないのよ。だからこそ、どうして? と聞き返しただけなのよ」
 レイジングハートが二人の会話を見かねたのか割って入ったのだが、静はそれを聞き流したかのように、なのはの質問の答えを示した。
「いじわるだよそれは」
 なのはが抗議の視線と共に静を見つめる。
「質問に答えたのに、更に聞き返してくる方がおかしいのよ。それはつまり質問自体が間違っているの。理解できないなら、そこまでね」
「ううーーっ」
 なのはから抗議の視線を受けるが、静は視線をレイジングハートへと落とす。
 元々ユーノ・スクライアがスクライアの長老からもらったデバイスと聞いている。つまり物としての所有権はユーノにあった。
 だがなのはが使うことによって、レイジングハートはその所有権をなのはの物であるとユーノに認めさせた。
 つまり、なのはよりも有効にレイジングハートを使う対象が現れた場合、その対象へと乗り換える可能性も考えられる。
 そう言う意味では、彼女、レイジングハートの行動は考えやすいとも思う。なぜならば、より自身を有効に使える相手を求め続けている、と仮定できるからだ。
『どうかなさいましたか?』
「そうね、シンプルで良いわね。と、そう思ったのよ」
「あー、伊勢って大きくて重いもんね」
「そうね、でもそれは今借りているデバイスにも言えるわよ」
「本だからね」
『どうしてシンプルな形にされなかったのですか?』
「人前で読んでも違和感をもたれないようにするためよ」
『なるほど、確かにほぼ完璧に本になっていますね』
「そう言う訳」
 レイジングハートにそう答えて、話は終わったとばかりに静はPCへと向き直る。
 部屋にはマウスを操作する音と、キーボードを叩く音だけが広がっている。なのはが来る前は、音楽も聴いていたのだが、なのはの入室の際に止めていた。
 なのはに背を向けて、静はゲーム情報を閲覧する作業に入っている。
 しばらくの間、静がその作業に没頭していると、なのはが静の隣へとやってきて、PCの液晶をのぞき込む。
「何をしているの?」
「何か、面白そうなゲームがないか探しているところなのよ」
「ふーん、そうなんだ」
 それからしばらくの間、二人は最近のゲームの事について、談義を続けるのだった。




 海鳴市中丘町、八神家。6月10日、夕刻。
 金曜になって再び時間が取れた静は、前日にメールで打ち合わせたとおりに、八神家にお邪魔していた。
 はやてとヴィータがてきぱきと紅茶を用意し終えたところで、はやては静もよく知っている翠屋の紙袋をテーブルの上に置いた。
「はいななせ、翠屋のチーズケーキや」
「複雑な気持ちだわ」
 そこはかとなく敗北感を感じる静に、はやては満足すると、梱包を解きチーズケーキを切り分けてゆく。
「今日の昼間に買ってきといたんよー」
 楽しそうに切り分けるはやてから鼻歌が聞こえてくる。
「ずいぶんとご機嫌ね」
「こうやってみんなで囲んでおやつ食べるんや、機嫌も良くなるゆうもんや」
「そっか」
「そーや」
 切り分けられたチーズケーキは、それぞれの皿に分けられ、皆の前に行き渡る。
「ほな、いただきますや」
 はやての言葉を待っていたヴィータは、真っ先にフォークで切り分け、迷い無く口に運ぶ。その味わいに浮かべた表情は、驚き以外の何者でもなかった。
 ヴィータの表情がゆっくりと恍惚な表情へと変わって行くのを見届けてから、静も切り分けて口に運ぶ。
 口の中に広がる味に、母、桃子のみの味ではないと、何となくではあるが、そう感じた。
 具体的に指摘できるわけではないが、翠屋の味としては納得もしていた。
 周りを見ると、皆がそれぞれの様相で味わっている。
 無言で味わうザフィーラとシグナム。
 一口、また一口と、やや小分けにしながら堪能し続けるシャマル。
「なんや嬉しそうやな」
「そう?」
「そうや」
「そうね」
 ゆくゆくは、自分の手で作ったもので皆に笑顔を。そう考える静は、はやてにそう答えるのだった。

 それからおやつの時間が一段落した所で、シグナム達の自己紹介が始まった。
「ヴォルケンリッター剣の騎士、烈火の将シグナムだ」
「同じくヴォルケンリッター湖の騎士、風の癒し手シャマル」
「同じくヴォルケンリッター鉄槌の騎士、紅の鉄騎ヴィータ」
「同じくヴォルケンリッター盾の守護獣、蒼き狼ザフィーラ」
 横一列に並んだ彼女たちが、順に騎士甲冑を纏い、短く自己紹介をする。
 これはあらかじめはやてが頼んでいた事で、ヴォルケンリッターに格好良く名乗りを上げてやとお願いしていたものだった。
 名乗りが終わるとはやては、静の様子が気になって、静へと視線を向けた。
 当の静は、驚きと戸惑いが混じり合った複雑な表情をしている。その静の視線がはやてに向けられ一度悩んでからはやてに質問を投げかけるのだった。
「栞。 …何処かで見たことがあるようなバリアジャケットのデザインなんだけど、気のせいよね?」
「ななせには分かってまうなぁ。騎士甲冑言うんやけど、あれは全部ウチがデザインしたんよ」
「騎士甲冑? バリアジャケットとは違うのかしら?」
「ほとんど同じ物だと考えて良い」
「そう…」
「なんやと思ったん?」
「栞とよく似たようなデザインセンスの人もいたのかしらと思ったんだけど… それはおかしいんじゃないかとも思ったのよ。他には名詞にヨーロッパの言葉があるから、次元世界にも似たような文化があるとも思ったわね」
「せやな、ヴォルケンリッターのリッターってドイツ語やと思うんよ。ローゼンリッターって言葉がドイツ語やから」
「そうね、その辺りは追々調べていくと面白そうね」
「みんな格好良かったで、ありがとうな」
 はやてのねぎらいの言葉を聞いて、シグナム達は普段着へと戻ってゆく。
 騎士甲冑を解除したヴィータと静の視線が合い、ヴィータは何か言いかけた所で、戸惑った。
「どうしたの?」
「なぁ、どっちで呼べばいいんだ?」
「好きな方で良いわよ。ななせ、SpringField・ななせ。静、高町静。どちらでも好きな方で呼んでいいわ」
「そっか、じゃあななせって呼ばせて貰う」
「ん、よろしくヴィータ」
「ななせ。前は春原ななせって自己紹介せーへんかった?」
「まぁメールには春原七瀬って使っているから、その辺はご愛敬で」
「まぁええか、呼ぶときはななせやしな」
「そう言う事」
「じゃあ私達もそう呼ばせてもいましょうか」
「ええ、お願いするわ」
「ほんなら自己紹介はこれくらいでええか?次は闇の書についてやな」
「それは私から説明しましょう」
「よろしくお願いするわシグナム」
「はい。闇の書というのはこのベルカのデバイスの事で…」
 シグナムが装飾の着いたハードカバーの大きな本を片手に闇の書の説明をしてゆく。
 主な機能はリンカーコアから魔力と魔法を収集する物。666ページあり、全て埋まると莫大な魔力と収集された魔法を行使できる。
 主であるはやては、それを望まない事。
 過去に管理局と何度も敵対しており、現在も追われているだろう事。
「…全てのページが埋まると、具体的にはどうなるのかしら?」
「それは…」
 答えようとしたシグナムの言葉が途切れる。
「すまないが、記憶にない」
 思い出そうとしたのだろうが、シグナムは困惑した表情のまま答えた。
「シグナム?それって…」
「はい。主には以前にも話しましたが、我々は闇の書のブログラムのような物なのです。そして主が代わる度に我々はある程度初期化されるのです。ですからその段階で不必要な情報として削られたのではないかと思います」
「他のみんなも思い出せないの?」
 静とはやてが皆の表情を見るが、皆一様にして否定するのだった。
「これは、分からない事が分かったという事なのね」
「せやな」
「すまない」
「謝る事ではないわ。でも、もし思い出したら教えて欲しいのよ」
「分かった、約束しよう」
「お願いね」

 帰宅途中の、夕焼け空の下。静は八神家であった事を整理していた。
 結局、分かった事は、静には少ないように思えた。
 分かった事は闇の書の概要と、シグナム達ヴォルケンリッターの人となりくらいだ。
 意図的に情報を出さなかったとしては、ヴォルケンリッターの面々は自然すぎると思った。
 少なくとも、闇の書について調べる必要性が出てきた事を実感する静だった。





Ende