「Soft Touch」



これはまだ8歳の時のことだ。
僕にとって、恵理子さんのことは一生忘れられない思い出になるだろう。
恵理子さんは大学に入るために、僕の家の近くにアパートを借りた。その片づけが済むまでの数日を僕の家で過ごした。もちろん僕の家には部屋が余っているわけではないから、中学生になっていた姉のベッドを恵理子さんに貸し、姉はしばらくの間、居間にマットレスを敷いて寝ることになった。
恵理子さんは僕の母の従妹。世代からいうと叔母さんだけど、僕とは10歳、僕の姉とは5歳しか違わないから、叔母さんというよりはお姉さんというべき存在。実際僕たちは「恵理子姉ちゃん」と呼んでいる。恵理子さんは一人っ子で、僕たちが「お姉ちゃん」と呼ぶと、くすぐったそうな笑みを浮かべたのだった。
恵理子さんを見たのは、何年ぶりか。すべてが僕が幼い頃に見たときと同じだった。微笑の絶えない優しそうな顔。僕は少しわくわくしながら、「大きいお姉ちゃん」とゲームをしたりして楽しい午後を過ごした。姉などはすっかり仲良しになっていて、勉強を教えてもらう約束をしていた。

恵理子さんが来た日は春休み中。僕も姉も夜更かしを許された。その夜は母と姉と僕、そして恵理子さんはこたつを囲んでゲームをしたり、テレビを見たりしてにぎやかに過ごしていた。父は仕事があるからと、早めに寝室に下がっていた。今思うと、父はパジャマ姿の恵理子さんに遠慮していたのかもしれない。
「こたつ熱いみたい。温度下げてくれる?」
僕と向かい合って座っている姉が声をかけてきた。
「オッケー」
僕はこたつの中を覗き込む。赤い光の中に、姉がこちらに向けているふたつの足の裏が見える。手を伸ばしてその足の裏をこちょこちょとすると、姉の足は一瞬ぴくっとした。こんな反応を見るのが好きだ。数秒間くすぐってみたが、姉は僕の手など感じていないような、ごく普通の表情。でもかすかに目が笑っている。
いつまでもこうしていると変に思われるので、こたつの温度を下げるために姉の足から離れようとした。するとその時、恵理子さんが姿勢を崩した。横座りしていた恵理子さんが足を投げ出した。ふたつの素足が、僕の目の前に突き出てきたのだ。
僕は一瞬こたつの温度を忘れてしまった。

僕は子供の頃から、人の足の裏をくすぐるのが好きだった。これは、僕が幼い頃隣に住んでいた、慶子ちゃんという女の子の影響だろう。彼女は僕よりもひとつくらい年上だったと思う。彼女の両親はふたりとも働いていたため、慶子ちゃんはよくうちに遊びに来たのだ。
慶子ちゃんが家に来る時、僕の姉が僕と彼女のベビーシッターをしていた。その時のお気に入りは「おばけごっこ」という遊びだった。
姉がシーツをかぶっておばけになり、
「たべちゃうぞー」
といいながら、慶子ちゃんを追いかけはじめる。
慶子ちゃんは楽しそうに(あるいは少し怖がっていたようにも見えたが)家中を逃げ回るのだった。
小学校に入る前の女の子と4年生の追いかけっこだから、最初から勝負にならない。でも姉は慶子ちゃんのすぐ後をゆっくり走って、慶子ちゃんが走りつかれるまで追いまわす。僕も息を切らしながらその後を追った。
「はあ、はあ」
激しい呼吸をしながら息を切らした慶子ちゃんが立ち止まると、姉はうしろからつかまえて抱きかかえ、そして自分がかぶっていたシーツで慶子ちゃんの小さな体をぐるぐる巻きにするのだ。
シーツの両端からは、慶子ちゃんの顔と足だけが外に出ている。
「おばけごっこ」の本番はここからだ。
慶子ちゃんはものすごくくすぐったがりだった。それを知っている姉と僕は、慶子ちゃんのくつ下を脱がせ、足の裏をこちょこちょとするのである。
「慶子ちゃんを食べちゃうぞー。むしゃむしゃむしゃー」
姉は動けない慶子ちゃんに、くすぐるように手を動かしながら、だんだんと、ゆっくりと近づけていき、これから始まるくすぐりへの不安で、慶子ちゃんは足の指をしきりに動かししたり、逃げようとしたり。
「こちょこちょだめー」
慶子ちゃんは必死に叫ぶ。しかし姉は指で慶子ちゃんの足の裏をゆっくりと撫で回しはじめるのだった。そっと、上から下へ、そしてまた下から上へ。
「笑っちゃだめだよ」
そういわれて、慶子ちゃんは必死に我慢する。そこで今度は、僕もこちょこちょに参加する。4つの手が、慶子ちゃんの足の裏を這い回り、はじめのうちは必死に笑いをこらえていた慶子ちゃんも、我慢できなくなってはじけるように笑いはじめるのだった。
「慶子ちゃんの負け。負けたから、もっとくすぐっちゃう」
慶子ちゃんにしてみれば勝ちようのないゲームだが、彼女はいつも負けないようにと笑いをこらえようとしていた。
ときどき姉はくすぐるのをやめて、慶子ちゃんに呼吸を整えさせる。そして休憩の後また、姉と僕のくすぐりが再開する。
僕たちは、彼女がくすぐったい感覚に慣れることのないように、あちこちをそっと撫で回したり、こちょこちょと指を動かしてくすぐりつづけた。慶子ちゃんがくすぐったがって笑い転げるのを見るのが楽しくて、この遊びは僕たちのお気に入りになっていた。足の裏が伸びたり縮んだり、足の指が閉じたり開いたり。くすぐられている足の裏がなにか不思議な生き物のように見える。僕はそれを飽くことなく眺めていた。

目の前に恵理子さんの素足を見たのは初めてのこと。
母や姉の足をくすぐるつもりで、つい手が出てしまう。僕は慌ててその手を引っ込めた。しかし胸はドキドキと早くうっている。
こたつの温度を下げてから、またもとのように起きあがる。恵理子さんの足は手を伸ばせば届くところにある。僕は何度となく、恵理子さんをくすぐろうと思ったことだろう。
(怒らないとは思うけど)
僕はおしゃべりの合間も、ちらちらとやさしそうな恵理子さんの横顔を見た。
僕は何度か恵理子さんの足の裏に触れようと自分の足を伸ばしてみた。しかしたまに遭遇するのは姉の足の裏で、恵理子さんをくすぐる機会には恵まれない。いつか僕は、おしゃべりに興味を無くしていた。僕はただ無言で、母たちが会話するのをみまもりながらお菓子を食べたりしているのだった。
「もう寝る時間よ」
母の声に、僕はあわてて立ち上がった。この姿がおかしかったのか、姉と恵理子さんが笑い、僕は今考えていたことをわかられたような気がして顔を赤くした。
恵理子さんは白い素足をみせて、姉の部屋に向かう。僕はその足に目をやりながら、後に続いた。僕と恵理子さんはおやすみをいって、それぞれの部屋にわかれた。

くすぐり遊びの楽しさを教えてくれた姉。僕にとっては一番素敵な女性の一人だ。
幼い僕は、毎晩姉と一緒に眠っていた。そんなある日、あたたかい布団の中で姉は僕に背中を向けて寝ていた。その背中を見ているうちに、僕は腋の下をこちょこちょとしてみたくなった。
僕が両手を腋の下に潜り込ませると、寝息をたてていた姉は予想以上にくすぐったがって体を捩り、飛び起きた。
「なにすんの!」
眠っていた姉は、起こされたことに腹を立てた。見たこともないような怖い顔をして僕を見る。僕はびっくりして逃げようとしたがすぐに捕まり、姉のベッドの上にまた連れていかれた。
(叩かれるかもしれない)
僕は泣きそうになった。叩かれることよりも、いつもはやさしい姉が怒ったことのほうが不安だった。僕が父や母に叱られた時もいつもやさしくかばい、そして慰めてくれた姉。その姉の剣幕に、僕はびくびくした。
だが次の瞬間、姉は怖がっている僕を両腕でキュッと抱きしめてきたのだった。姉の顔を見ると、いつものようににこにこしている。さっきの顔はどこにいったのだろう。
(よかった、怒ってない)
姉は僕を抱きしめたまま、耳元でささやいた。
「いい?お姉ちゃんのことこちょこちょしたら、許さないよ」
「うん」
「でも罰として、しばらくこのまま。逃がさない」
姉は僕を抱きしめたままベッドに横になった。こんなやさしい姉が好きだ。僕はこうしていることが楽しくもあったけど、逃げたいという気持ちもある。また恥ずかしいという気持ちがむくむくと首をもたげてくる。
なによりも、くすぐりに対する興味が強かった。この時僕の両手は自由だし、僕を抱きしめている姉の腋の下は無防備。
僕は人差し指で、姉の腋の下をカリカリと掻いた。
「こちょこちょしたら許さない」といったばかりなのに、姉は怒らず、くすくすと笑いはじめた。しかし僕を離そうとせず、いっそう強く僕を抱きしめる。
姉の体温と匂いを楽しみながら、僕は姉に軽い刺激を与えてあげた。姉は必死に耐えようと、僕を抱いたまま体を震わせた。そして我慢の限界が来ると、姉はけたたましい笑い声をあげて、腋の下を閉じるのだった。
手が離れたので僕は逃げる。すると、姉がまた追いかけてきて僕を捕まえた。
「悪ガキ!」
姉はベッドの上に僕を転がすと、僕の体を撫で回しはじめた。僕はくすぐったさに痙攣した笑い声を上げた。僕と姉は笑いながら、ベッドの上で転げまわった。
ドアが開き、そこには目を吊り上げた父が立っている。
「早く寝ろ!」
怒鳴り声に僕たちは飛び上がる。……

夢から覚めると現実に戻されている。
姉とくすぐりあっていた夜のことが懐かしく思えた。あれからしばらくして、僕はまた姉のベッドに潜り込んだ。姉は僕に背中を向けて寝ようとしたので、僕はまたあの時のように腋の下をくすぐった。そして姉が僕を抱きしめたのもあの時と同じだった。
僕は無防備の腋の下に伸ばそうとした手が、姉の胸に触れた。それはもう大人のものだった。柔らかい果実のようにふくらんでいたのだった。
姉の体が激しく震えた。僕は慌てて手を引っ込め、姉も無言で僕を離した。その時僕は、それがなにかはわからなかったが、すごく恥ずかしい気がした。姉も無言で僕に背を向けて寝てしまった。それ以来僕は、姉の腋の下に触れようと思ったことはない。

家の中は静まり返っていた。隣の部屋には恵理子さんが眠っている。僕は足音を立てないように、洗面所に向かう。瞼の裏には、昨夜の恵理子さんの足の裏が焼き付いていた。僕は昨夜から、ずっとこのことばかりを考えている。
部屋に戻る途中居間をのぞくと、姉はまだ眠っていた。
時計を見ると、もう7時近くになっている。普段は早起きの姉も、夜更かしと寝慣れない布団とで疲れていたのかもしれない。あまり遅くまで寝ていると母にいわれるので、僕は姉を起こすことにした。
眠っている姉を起こすのは、たわいもないことだ。毛布のすそをめくると、素足が出てくる。腋の下へのくすぐりが出来なくなってからというもの、僕の関心は姉の足に向けられた。昨夜もこたつの中で、この足をくすぐったばかりだ。

慶子ちゃんは、僕が小学校に入ってまもなく引っ越していった。それからというもの、姉は寂しそうにしている僕のために「くすぐられ役」を務めてくれるようになった。居間にいるときなど、姉がわざと僕のほうに素足を向けて来る。
そんな時僕たちがするのは、姉が昔教えてくれた文字当てゲーム。
「僕がなんて書いたか、あててみて」
指先でそっと、姉の足の裏に触れる。
「くすぐったい」
姉は体をもじもじとさせて、くすぐったさを我慢しようとする。僕は実際、字らしい字を書いていない。丸を描いたり、足のしわに沿って指先を動かしているだけだ。それでも姉はなにもいわないで僕に微笑みかける。
「くすぐったいよ」
笑いを押し殺したような声で姉が言う。僕は無言で微笑み返し、姉の足の裏を撫でつづける。やかて姉は笑い出し、ついに我慢できなくなって足を引っ込めた。
「逃げないでよお」
僕が甘えるようにいうと、姉はまた足を出してきた。そしてまた我慢できなくなるまで僕のくすぐりに付き合ってくれる。そんなことを、僕たちは繰り返していた。

その見慣れた足の裏が今僕の手の中にある。毛布から出てきたばかりのまだあたたかい足を手にとってくすぐっていると、姉は飛び起きた。寝起きの姉は少し不機嫌。いつもなら少しの間我慢してくれるのに、すぐに足を引っ込めてしまった。
「もう7時だよ」
僕は言い訳するようにいうと、姉は笑いもせずに起き上がり、髪をととのえた。僕は姉の素足に目を落とす。また恵理子さんの足のことを思い出していた。
「姉ちゃんね、着替え部屋においてきたの。着替えるから部屋貸してね。服をとってこないと。恵理子さんまだ寝てるかな?」
姉は恵理子さんが眠る部屋に向かった。僕も後に続いている。こんなことしていいのかと思うが、部屋を姉に貸す以上、ついていくのが当然だと思っていたのだろう。姉も僕の行動を黙認していた。
音を立てないようにドアを開けると、恵理子さんはまだ眠っていた。恵理子さんはうつ伏せに寝ていて、両足とも毛布の奥深くにたたみ込まれている。姉と違って毛布から足を掘り出すわけにはいかないので、僕はただ黙ってドアのところに立っていた。
(こちょこちょしてみたい……)
そんな思いはつのるばかり。
姉は恵理子さんが目を覚まさないように、そっと洋服ダンスを開ける。しかし姉の侵入が恵理子さんの眠りを妨害したのか、恵理子さんはなにか寝言をいいながら寝返りをうった。その時、毛布の端から恵理子さんの素足が飛び出たのだ。
僕は心臓がとびあがるような気がした。

起きるかと思ったら、また寝息をたてはじめる。僕と姉は顔を見合わせた。足の裏は、手を伸ばせば届くところにある。真っ白で、やわらかそうだ。
向こう側に見える恵理子さんの横顔は無表情だった。まだ眠っているらしく、身動き一つしない。
姉はイタズラっ子の笑顔を僕に見せて、恵理子さんの足元に座った。姉が何をしようとしているかは、もうわかっている。僕は胸をドキドキさせて、姉を見守った。

姉は人差し指で、恵理子さんの足の裏にそっと字を書くようになぞった。姉の指先が足の裏の線に沿って動くたびに、恵理子さんの足は電気を流したようにぴくっぴくっと動く。姉が誰かの足の裏をくすぐる手の動きを見ただけで、自分の足の裏がくすぐったくなるような感じを覚える。僕は思わず、足の裏をじゅうたんにこすりあわせた。
今度は姉の指が恵理子さんのかかとをそっと撫でると、恵理子さんの足がくすぐったさに反応した。僕たちは顔を見合わせ笑った。
最初のうちはおそるおそる触っていたが、やがて大胆になってきた。姉は足の指のあたりをこちょこちょとくすぐりはじめた。すると恵理子さんの足がびくっと動いた。
僕たちは逃げようとした。恵理子さんが目を覚ましたのかと思ったのだ。
しかし恵理子さんは起きなかった。何秒もしないうちに、恵理子さんのもう片方の足が出てきた。なにかむにゃむにゃと言いながら、毛布の下で姿勢を変える。
恵理子さんはまた、寝息をたてはじめた。出てきた足は僕のすぐ目の前。そして今まで姉がくすぐっていた足の裏を隠すように、別の足の裏を見せているのだ。
「ね、今度はあんたがやってみたら?」
「いや、僕はいいよ」
心とは正反対の言葉が出た。姉に対して隠し事をする必要もないのに。姉は僕がくすぐりが好きなのを知っている。
「なにいってるの、いつも姉ちゃんのことこちょこちょするくせに。ほんとはしたいんでしょ?」
心の中ではくすぐりに参加したいと思っていたので手を伸ばした。僕の顔のそばに、恵理子さんの素足があった。ほのかに石鹸のような香りがする。姉の足に比べ、恵理子さんの足はやや細長だ。爪はきれいなピンク色で、磨いたように輝いている。思えば、僕は慶子ちゃん以外に、他人をくすぐったことはなかった。
僕は恵理子さんが眠っていることを確認した。寝息が安らかに聞こえてくる。
少しドキドキしながら、姉がしたように人差し指で足の裏の線をなぞってみた。さっきまで毛布の中にあった足はまだあたたかい。足の裏のしわに沿って。指の方からかかとに、そしてかかとから指に向かって。触るか触らないか。ごく軽く指先でそっと撫でる。
はじめのうちはなにも起こらなかったが、何度か繰り返すと、足の指が反応してぴくぴくと動いた。
初めて反応が来た時は、僕はひやっとした。でも二度目からは驚かない。
(おもしろいな)
ばれるかばれないかのスリル、そしてくすぐりの楽しさ。今までに味わったことのない興奮を僕は覚える。
僕は姉の顔を見て笑うと、人差し指で足の裏のしわをなぞりつづけた。姉もにやにやしながら僕の手の動きを眺めている。いや、恵理子さんの反応を。
足の裏がきゅっと縮んで、僕の指をつかまえようとする。いったんこれをやめると、今度はもう片方の手も使って、足の指の付け根にあるふくらみをこちょこちょとしてみた。
そこは恵理子さんの一番弱い部分だった。足がはげしく痙攣したのだ。足が毛布の中に引っ込むかと思うほどに激しい動きだった。
恵理子さんは「うーん」といって、寝返りをうった。僕と姉は驚いて、床に伏せて、部屋から逃げ出そうとした。恵理子さんが目を覚まし、僕たちのイタズラに気づいたと思ったのだ。
しかし起きる様子はない。足はまだベッドの端から突き出ている。恵理子さんはまだ眠っているらしい。もう一度起き上がって、恵理子さんが起きないのを確かめた。
よほど眠りが深かったのか、それとも夢の中のくすぐりと区別していないのか。もう片方の足と今までくすぐっていた足の裏をこすりあわせた。そしてまた眠りに就く。

僕たちは少し待ってみた。恵理子さんはまた、すやすやと寝息をたてはじめた。僕たち二人のいたずらっ子は、またその足に近寄っていった。
二つの足の裏が、僕と姉の方に向いている。今度は両方とも攻撃可能だ。
姉はそっと恵理子さんの顔を覗き込んだ。表情はない。どうやら眠っているようだと確認すると、片足を姉が、もう片方を僕がくすぐることになった。
「軽くこちょこちょするのよ。目を覚まさないように」
姉がささやく。目を覚ましたらくすぐりはもう出来なくなる。僕はうなずいた。
僕たちはふたりがかりでこのイタズラを始めた。
姉は人差し指で、かかとや土踏まずに軽く字を書くようになぞっている。僕もそれを見ながら、白い足の裏全体に丸を描いたりしていた。姉にしている「文字当てゲーム」を思い出しながら。
恵理子さんがさっきみたいな反応を見せないので、両手を使ってかかとと足の親指を同時にくすぐってみた。すると恵理子さんは明らかに反応した。足の指が開いたり、反り返ったり。足の甲のほうを攻撃すると、今度は足の指をきゅっと閉じるのだった。
姉は全部の指先を使って、足の裏全体を軽く撫で回している。恵理子さんの足はさらに反応する。くすぐったさから逃れようとくねくね動き、足の指をひきつらせる。姉はもう片方の手でその白い土踏まずをくすぐると、恵理子さんは笑いにも似た寝息をもらす。恵理子さんの顔には笑みが浮かびはじめた。たくさんの指先が足の裏を這い回るたびに、足の指が反り返る。
くすくすという笑い声が聞こえたような気がした。起きたのかと一度くすぐる手を休めて様子を見ると、まだ目を覚ましていない。
「大丈夫、大丈夫」
姉は僕にささやいたあと、先にくすぐりを再開した。
僕はもう一度、親指の付け根にあるふくらみをくすぐってみた。さっき恵理子さんがすごい反応を見せたところだ。今度は指先で軽く撫でた。夢の中でくすぐったい感触から逃れようとしているのか、足首から下をしきりに動かしている。僕は胸をドキドキさせて恵理子さんがくすぐったがるのを見つめた。慶子ちゃんとの「おばけごっこ」を思い出しながら。いや、今の興奮はあの時よりもずっと激しいだろう。そしてこれは姉をくすぐるよりも、ずっと激しいものだ。
今度は確かに、恵理子さんがくすっと笑いを漏らした。
「ちょっと待って。あまりこちょこちょすると、起きちゃう」
姉が僕をとめる。僕は興奮のあまり、いつのまにか両手で足の裏全体をくすぐっていたのだった。
姉も少しでも長く「くすぐり遊び」を続けたいらしい。二人とも少しくすぐる手を休め、恵理子さんの寝息が落ち着くのを待つ。僕たちはそっと恵理子さんの寝顔をうかがった。さっき顔に浮かんだ笑みは残っている。しかしまだ起きる様子は見られない。
「恵理子さんって、すごいお寝坊なのね。こんなにくすぐられたらあたしだったら起きちゃう」
姉がいった。僕は切り返す。
「へえ。さっきはこんなにくすぐる前に飛び起きたけど?」
「もう。余計なこと言わないの。でも、起きるまでやってみない?見つかったら全部私のせいにしていいわ」
僕たちはもう、大胆そのものになっていた。僕は指先でさらさらと足の裏全体を撫でまわし、姉は足の裏と足の甲とを同時にくすぐっている。恵理子さんがまた笑ったような気がした。
僕も姉も、見つからないで逃げられるように床に伏せながらくすぐりをしている。ベッドの端できれいな足の裏が二つ、必死にくすぐったさから逃れようと揺れる。恵理子さんの寝息は忍び笑いに変わり、それが絶え間なく聞こえてくるのだ。
さっきまではあの遊戯を長続きさせるために休みを入れていたが、いつ目が覚めるかという興味が姉を支配している。姉の器用な指先が恵理子さんの足を撫でつづけた。僕は右手と左手で、足の裏と足の甲とを同時にくすぐった。たまに人差し指でかりかりと掻いたり、指先で足の裏全体を撫でたり。くすぐったさに慣れないよう場所を変えながら。
これが長い間続いた。
白い足の裏は、たくさんの指先の中で身を捩り、笑い声を上げているように見えた。ついに我慢の限界に来たのだろう。姉がくすぐっていたほうの足は毛布の中に引っ込んでしまったのだ。なにか寝言をいいながら、恵理子さんは毛布の下でもぞもぞと動いている。目が覚めたようだ。これを最後に、僕と姉は見つからないよう、床を這ってそっと逃げた。
時計を見てみると、もう7時半になっていた。時間の経つのはあっという間だ。僕たちは20分以上も、恵理子さんをこちょこちょしていたのだ。朝ご飯を食べる時間になったので、僕たちはこのイタズラをやめることにした。
「面白かったわ。あ、部屋かしてね。お姉ちゃん着替えるから」
姉は僕の部屋に入っていった。開いたままのドアから部屋の中が見える。僕は恵理子さんの白い足の裏をもう一度ちらっと見て、キッチンに向かった。

父は会社に行き、母もこれから出かける準備をしている。僕と姉は恵理子さんと入れ違いで、姉の部屋に入った。
僕たちはベッドの上に腰掛け、いつもの「文字当てゲーム」を楽しんでいる。膝の上に置かれた姉の足。左右の手を同時に使って、足の裏全体を撫でたり足の甲と足の裏とを同時にくすぐったり。姉は足に力を入れ、必死になってくすぐったさに耐えようとする。僕はくすぐったさに身を捩る姉を見て、今までにない興奮を感じていた。恵理子さんの足をくすぐったことが、あざやかに僕の脳裏によみがえってくる。
僕たちは夢中になっていたので、ドアが開いたことに気づかなかった。恵理子さんが入って来た時、姉はくすぐったさのあまり楽しそうな笑い声をあげていた。しかし恵理子さんを見て、僕たちは慌てて座り直した。不思議な遊戯を見られ、僕は真っ赤になってうつむく。
「あら、楽しそう。私もまぜてもらおうかしら」
いつもどおりにこやかな顔。目が合うと恵理子さんはにっこりと笑いかける。僕はまた、恥ずかしさに目を伏せる。恵理子さんの足が目につく。着替えてはいたが、素足のままである。
「ゆうべは眠れた?」
姉がなにごともないような顔で、恵理子さんにたずねた。恵理子さんは大きくうなずいた。
「うん。お部屋貸してくれて、ありがとう。あとでなにかお礼するね」
僕も姉も黙り込んでしまった。今朝のことが、なんとなく後ろめたく思えた。
「あなたたち、仲がいいのね。うらやましいわ」
姉の隣に座りながら、恵理子さんはひとりごとのようにいった。
「あたしにもそんなことしてくれる妹や弟がほしかった」

「ね、お姉ちゃん!」
しばらく続いた沈黙を姉が破った。いつになく甘えたような声だ。そして恵理子さんは「お姉ちゃん」と呼ばれて、今までで一番嬉しそうな顔を見せた。
「なに?」
「それじゃ、あたしとくすぐりゲームしない?」
「ルール教えて」
「あたしたちがお姉ちゃんの足をくすぐって、お姉ちゃんはじっと我慢するの。我慢できなくなって逃げたら負け」
「どうすれば私が勝てるの?」
「勝てないよ。ただ我慢するのが面白いの」
「そう。姉ちゃんは僕にくすぐられて我慢するのが好きなんだ」
僕が横から口を挟むと、姉は手のひらで僕の頭をぽんと叩いた。
「変なこといわないで」
恵理子さんはにこにこしながら僕たちの話を聞いている。姉が恵理子さんの方に向き直った。返事を待つまでもなく、恵理子さんは大きくうなずいた。
「いいわ。でも、私ってすごくくすぐったがりなのよ。二人がかりでくすぐられたら、絶対我慢できないと思う」
「二人?僕も?」
「もちろんよ。そのほうが面白いもの」
僕と姉は恵理子さんの足元に座った。形のいい足が僕たちの目の前にあった。恵理子さんは不安そうに目を閉じる。
「ねえ、負けたらどうするの?罰として腋の下くすぐられるの?」
「お姉ちゃんがしてほしいなら、してあげる」
「お願いします」
恵理子さんの言葉に、僕たちは思わず笑った。
「実はね、僕たちお姉ちゃんの足をこちょこちょしてたんだ。寝てたから気づかなかったと思うけど」
「知ってたわ……」
恵理子さんの言葉が笑い声に変わりはじめた。僕たちはそっと、女神の足の裏を撫で回していた。



 完




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