「亜紀ちゃん佳奈ちゃん」


-1-

 亜紀と佳奈は、中学時代からの親友だった。ふたりが東京の大学に進学したのをきっかけに、一緒に住むようになったのだ。
 ふたりは別の大学に通っていたが、どちらも八王子の大学銀座に移転した学校だから場所的にも近かったし、学生向けのマンションやアパートも多く、二人にとって便利な物件を見つけるのは容易なことだった。二人でシェアしていたから、結構瀟洒な3LDK、防犯完備の部屋を、それほどの負担もなく維持できたのだ。バブルの頃にお金をかけて建てられたから、防音がしっかりしているのも気に入っている。
 ふたりの同居生活は順調だった。陽気で外向的な亜紀と、ちょっと内気な佳奈だったが、性格が違っているからこそ、うまくやっていける気がした。亜紀は4大、佳奈は短大だが、どちらも文系学部で時間はたっぷりあった。
 二人は自分の部屋は持っていたが、リビングのソファでふたりで寝そべって、夜遅くまで話していることも珍しくなかった。何でも話せたし、何よりもはじまったばかりの新しい、自由な生活に、二人ともわくわくしていた。

 かるい失恋... といっても先週コンパで知り合った男の子に、もう彼女がいたっていう程度のことだったんだけど、そのせいでとにかく佳奈は、
 「あーん、悲しぃよぉ!」
さっきからベッドにひっくりかえって、足をばたばたさせてる。
 「まだまだ、これからいくらでも機会はあるじゃない。」
 亜紀がなぐさめると、
 「だって、すっごくかっこよかったんだもん。」
 「佳奈だってきれいだし、このナイスバディならだいじょぶだって。」
 佳奈がふざけて、佳奈の胸に軽く触れる。それだけで、佳奈はひゃん、と変な声を上げて、飛び上がってしまった。
 「あっ、ごめん、痛かった?」
 亜紀が心配そうにのぞきこむ。佳奈は枕で顔を隠してしまった。ますます心配になった亜紀が身を乗り出すと、
 「お返しだぁ!」
 いきなり、亜紀はベッドに引き込まれた。後ろからはがいじめにされて、回した手でわき腹をくすぐられてしまう。
 「きゃぁ... !」亜紀のからだがよじれ、意志とは関係なく、抑えられないかん高い声が口から洩れる。
 亜紀はなんとか佳奈の手から逃れると、
 「もう... こっちこそ!」佳奈のからだを、パジャマの上からもみくちゃにするみたいにくすぐった。
 佳奈はベッドの上でもだえながら笑いころげた。わりに大柄な佳奈のからだを、指でこちょこちょするだけであやつれるのが楽しくて、亜紀は佳奈の全身をくすぐっていく。よわいところを見つけると、両手で集中的に攻めてあげる。
 ちっちゃい子どもみたいに笑う佳奈がかわいい。と思っていると、へんに色っぽい声を出したりする。つい亜紀もつられて、佳奈のパジャマの中に手を入れて、肌にじかに触れてしまう。佳奈は感じているようで、媚びるみたいに全身をくねらせた。
 「佳奈...。ひょっとして、くすぐられんの好きなの?」
 彼女はにへへへと笑って、「大好き。」
 「そーかそーか。よぉし。」
 亜紀は佳奈のパジャマを脱がせてしまう。あお向けになった佳奈のお腹の上に馬乗りになって、
 「さーて、どっからこちょこちょしちゃおっかなー。」
 わざといじわるそうに言う。佳奈のほうは、もう期待で瞳がうるんじゃってる。さっき亜紀のことをくすぐったのも、自分がやってほしいための誘い水だったみたい。
 亜紀が佳奈の二の腕をすっと撫でると、佳奈のからだにさざなみがはしった。続けていると、嬉しくて仕方ないみたいに、あまい声でもっとくすぐってってねだりはじめる。
 さすがにレズったりはしないけれど、それでもわき腹や平べったいお腹、足の裏やひざ、ふくらはぎや太腿まで、最後には手を伸ばしてしまう。佳奈は脚をばたつかせて転げまわった。健康な肌の下で、筋肉のかたまりが膨らみ、よじれるのが見て取れる。
 もちろん佳奈は涙を流して笑いこけるのだけれど、それでも本気で逃げようとはしない。やっぱり好きなんだ、くすぐられるのが。
 何度も本気の悲鳴をあげさせてから、亜紀は友だちを放してあげた。
 「少しは気が晴れた?」
 「うん。」佳奈はすっきりした顔で、「済んだことはあきらめる。まだまだこれからだもん。」
 「現金な子だな。」亜紀がくすっと笑う。佳奈はぷーっと膨れたけれど、亜紀にほっぺを突っつかれるとすぐに笑ってしまう。
 亜紀はちょっとためらってから、
 「くすぐられるのって... そんなにいいんだ。」女友だちに、遠慮がちに訊いてみる。
 「うん。」佳奈はたっぷりかわいがってもらって、満足したようすだった。「ふつうになでられるより、ずっと好き。触れられたところが甘ぁくなって、からだがかってに動いちゃう。」
 「ふうん。」
 亜紀も、佳奈の意外な面を発見して、興味をそそられたようだ。それにくすぐられているときの、佳奈の笑顔にちょっと惹かれているのも事実だった。ちょっと恥ずかしいけれど。

-2-

 ふたりはそれから、時たま抱きあってお互いくすぐりあうようになった。きっかけはいつも友人や彼氏などの噂とかの、些細なことだった。子どもみたいにはしゃぎながら、そのうちに笑い声がせつないあえぎ声になっていく。同い歳の友だちの、弾力のあるからだの感触、滑らかな肌が汗ばみ、擦れあう肌触りが嬉しい。
 その日も亜紀のベッドにもぐりこんできた佳奈は、気の済むまでじゃれあって、それからくすぐりのあとの、心地よい倦怠感に浸りながら、二人とも無言だった。こんなときは、思い出が次々と甦るのだった。
 佳奈は、女子高時代のことを思い出していた。
 学園祭の前の、開放的な時間。少女達は模擬店の準備に忙しく立ち働いている子もいれば、暇を持て余しておしゃべりに夢中な子もいた。佳奈も、はしゃぎながら友だちと校内を探検していた。当時1年生だった佳奈たちにとって、長い伝統を持つ大きな校舎は、まだまだ知らないところだらけだった。
 「あれ?」
 板張りの体育館の片隅に、上等な敷物が置かれていた。どうやら校長室かどこかの備品が、一時的に外に出されているらしい。
 敷物は白い、柔らかそうな長い起毛に覆われていて、肌触りは良さそうだった。佳奈は寝そべって、
 「これ、気持ちいいよ。」
 友だちを呼ぶと、彼女たちも興味を示したらしい。つぎつぎと座り込んだり寝っ転がったりする。佳奈が滑らかな起毛にほおずりして、
 「くすぐったあぃ...」
 気持ちよさそうな声を出すと、友だちの一人、未香が、
 「じゃあ、もっとやってあげるね。」
 無邪気な歓声をあげながら、佳奈の上に馬乗りになった。
 みんなに両足首も押さえられて、佳奈はしまった、と思ったけれど、まだ安心していた。仲良しの友だちだから、そんなにひどいことをするとは思えなかった。
 そのなかでも、もともと少なからず同性への興味を持っていて、そのことを日頃から公言さえしていた未香は、私を自由にできることに陶酔していたみたい。ほかの友だちよりずっと大胆に、内腿に手を伸ばしてくる。肌を、広げた両手で掃くように撫でる。
 「きゃっ!」
 ちいさく悲鳴をあげた。馬乗りにされながらもがいて、子どもっぽいくすぐったさから逃れようとする。未香の手が追いかける。ふくらはぎから膝のうら、感じやすい内腿までを指でなぞる。胴がよじれ、からだが勝手にたわんでしまう。
 「きゃははは... やめてったらぁ! 」
 佳奈は奇妙な感覚に翻弄されていた。からだの自由を奪われて、ちょっとは怒っているけれど、でも本気じゃない。そして、やめてほしくない、もっとやってほしい... 彼女は自分でそう考えかけ、ほてった顔をさらに赤くして打ち消した。それじゃ、私のほうが変じゃない?
 執拗に愛撫されていると、くすぐったさは次第に消え、甘く重い、切ないような感覚に変わってくる。自分のからだが彼女たちの手のひらにくるまれ、とてもたいせつにされ、かわいがられているような感覚になる。
 未香にお腹を撫でられると、不思議に素直になっていくみたい。ほんとうは私はこれがいやじゃない。ちっとも。自分のからだにあたらしい感覚が刻み込まれ、変えられていく。佳奈はぼうっと霞んだ頭のなかで考えていた。
 「ちょっとごめんね。」
 未香は気を失いそうな佳奈とはうらはらに、明るい声で言って輪から離れた。すぐに、書道に使う柔らかな筆を持って戻ってきた。「これ、気持ちよさそうでしょ?」
 得物を手に、未香はいたずらっ子のように目をくりくりさせて佳奈のかたわらにすわりこんだ。細身の筆先を、佳奈の二の腕や首筋、赤く色づいた頬に当てる。こちょこちょ撫でられると、佳奈のからだに指とは違う快感がはしった。お腹や腿の肌の下で、筋肉がよじれてしまう。
 「だめ...!」
 圧倒的な快楽に、彼女はただ混乱し、悲鳴を絞り出した。佳奈を弄んでいる少女たちさえ、彼女の切羽詰まった状況が理解できなかった。からだのあちこちを、優しく撫でたりくすぐったりするだけで、これほどまでの忘我や狂乱に追い込めるという事実に実感がない。佳奈の反応に少々どぎまぎしながら、少女たちはその肌をもっと優しく、ちょっと残酷に愛撫する。
 結局、ほとんど気絶寸前になってしまい、あわてた級友に保健室に運び込まれたんだっけ、この子貧血ですとか言って... 。保健室のベッドで
 「もう、未香ったら。」
 佳奈がむくれると、
 「ごめんっ。」
 友人たちは合わせた手を頭の上にかざして、おおげさに謝るふりをした。私もそれを見て吹き出してしまって、それからみんなで笑ってた。
もうそれからはそういうことはなかったんだけど、私は心の奥では期待していたんだ。もういちど、失神するまでくすぐって、って。

 そういえば... 。佳奈の回想は遡ってゆく。まだ幼稚園のころ、ママと一緒にお風呂に入っていたんだっけ。
 ママは幼い私を立たせたまま、ちいさなからだを白い泡にすっかり包んでから、指でたんねんに洗ってくれた。それがくすぐったくて、何度もきゃっ、と悲鳴をあげて身をよじる。
 「ママぁ... 、わざとやってない?」
 あまえた口調でママにこうぎすると、
 「そうよぉ、わざとやってるの。」ママはうれしそうに、「佳奈ちゃんの笑ってる顔、もっと見たいもん。」
 ママが泡だらけのわき腹を、揉むようにくすぐってきて、かん高い笑い声が止まらなくなる。からだから力が抜けて後ろに倒れてしまうと、ママの腕とおなかに受けとめられた。
 ママは佳奈ちゃんの首に両腕をまわして、後ろから優しく抱いてくれる。石鹸ですべりやすくなってる肌が擦れあうだけで、くすぐったいのと気もちいいのがまざって、くすくす笑いが洩れてしまう。ママも娘のちいさなからだが、自分のお腹の上で跳ねるのが感じるみたいで、二人で声を合わせて笑ってた。
そうそう、ママといえば、私がいたずらしたとき、よくお仕置きにくすぐられたっけ。わきの下やお腹を、なるべく感じやすいやりかたで、私が悲鳴をあげるまでくすぐるんだもん。泣き笑いながら「ごめんなさい、ごめんなさい」って何度も言っちゃったんだっけ... 。ほんとうにつらいとは思わなかったけど、そうやってお仕置きされたことは、二度とやらなかったな。あれって何でだろう?逆にいいことをしたときには、ごほうびに腕のうらやひざ、背中なんかを気持ちよく撫でてくれたっけ。

 なんだか私って、くすぐったがり屋さんになるように、育てられたみたい... 。
 佳奈はそう思ったけれど、それはぜんぜん嫌でも、腹立たしいことでもなかった。もしママや友達にくすぐられたことで感じやすいからだになったのなら、むしろ感謝したいくらいだった。

 亜紀も、佳奈の背中の温もりを感じながら、記憶の糸をたどっていた。
 自分は佳奈の影響で、くすぐり好きになったんだとずっと思っていた。でも、それだけじゃないみたい。
 あれは中学の頃、確か体育のために、更衣室で着替えていて... 。友だちの由美子や知子と話していたときのこと。
 「知子、もう生えてるの?」
 もちろん、アンダーヘアのことだったけれど、亜紀の友人、由美子に訊かれて、知子は戸惑った。ほんとうは、淡い翳りがすでにふっくらしはじめた下腹に萌えつつあったが、それを他人に知られるのはいやだった。いや、自分自身でさえ、成長のあかしと言うよりは得体の知れぬ恥ずかしさを感じていた。子どもから「女」になっていく自分に違和感を隠せない。
 「確認してみようか。」
 「だめ!」知子は強い声をあげて友達を牽制した。「やだったら!」
 由美子が面食らってぴったり動きを止めた。知子は友人が冗談を言ったと思い、咄嗟のこととはいえ大声をあげてしまったことを悔やんだ。ふたりを傷つけ、あるいは怒らせてしまったかも知れない。由美子と、そしてその場の高揚した雰囲気に呑まれた亜紀も、知子のそんな躊躇いに乗じて、意外な大胆な行動に出た。
 知子を羽交い締めにして、二人がかりでわきやおなかをくすぐった。友達の少女のからだは思ったより柔らかく、子どもっぽい外見に似合わずふくよかだった。感じやすい知子はあっというまに脚から力が抜けてへたりこんでしまう。アルコールがまわったように、全身真っ赤に染まっていく。
 亜紀の腕のなかにからだをあずけながら、ほとんど声にならない笑い声をあげてもだえていた。くすぐられて、けたたましく笑うのはまだ余裕がある証拠で、ほんとうに感じていればからだは痺れに満ちていうことをきかなくなり、息もできなくなる。紀子はそんな状態だった。二人のクラスメートに、されるままになっている。
 知子が抵抗できないのを悟ると、ふたりの友人は知子のスカートを下ろしてしまった。さすがに知子は動揺したが、腰のあたりを揉むように責められて、ふくよかな太腿にも、ふるふる震える以外の力は残っていない。他の部員はすでに帰ってしまっていて、残っているのは彼女たちだけだった。
由美子と亜紀は、パンティ越しにそこを見た。さすがに最後の一枚までを取り去ってしまうことはしない。
 白い、可憐な布越しに柔らかなヘアが覗け、亜紀はとてもきれいだと思った。くすぐる手が止まると、なかば麻酔をかけられたようになっていた知子が起き上がろうとする。慌てて知子のわき腹をつついてふたたび動けなくさせ、知子のそこを見つめつづけた。
 控えめにふくらんだ下腹部につらなる、豊満だがかたちのいい太腿とすらりとしたふくらはぎ。肌も白く、生ぶ毛が透明に輝いている。かるい嫉妬に襲われた友人は、内腿の薄い肌をこちょこちょといたずらした。腿を閉じて手をはさみこまれると、別のところをつついてほどいてしまう。
 つづけざまにくすぐられていると、だんだん快楽にかわっていくのか、あまいあえぎ声をあげはじめる。知子は恥ずかしさを感じながら、それを理解する余裕がない。それほど、くすぐったさと快感のごっちゃになった波に浚われていた。
 あのあと、さすがに悪いことをした...っていう罪悪感と後悔にさいなまれて、知子に謝ったけれど、意外なことに知子は怒っていなかった。ほんとうはいじめられているのかもしれないけれど、知子にとっては友達にくすぐられるのがうれしくて、じゃれてるみたいな幸せな感じだったって告白された。びっくりしたけれど、そのとき私もまちがいなく、くすぐられて悶える友達の姿にすっごく興奮していたんだ。

 そうそう、子どものころ、亜紀とのちょっとした決めごとを守らなかった妹に、くすぐりのばつをあたえたことがあったっけ。
 「約束だからね。」といって、妹を布団のうえに転ばせて、そのうえにかぶさって動けなくする。そのままお腹や、わき腹のあたりをくすぐってやると、
 「くすぐったぁい! きゃははは!」
 亜紀の... お姉ちゃんの手が触れたとたんに、おさない女の子は金切り声をあげてあばれた。それでもお姉ちゃんは余裕で妹のちいさなからだを押さえつけてくすぐりつづけた。顔を真っ赤にして笑い転げる妹に、
 「あやまる?」
 「あーーーん...あやまるってばあ。」
 やっと解放されると、妹は舌を出しながら「ごめん」ってつぶやく。
 「まじめじゃない!」
 亜紀が言って、もういちどくすぐる真似をすると、妹は笑いながら、もう一回「ごめんね」って、今度はちょっとしおらしく言う。今は高校2年生の妹のことが懐かしく思い出されて、ちょっとホームシックにかかったみたい。

 亜紀と佳奈は、自分たちの思い出を反芻しながら、幸せな眠りに落ちていった。ふたりの仲は、もっと親密になりそうな予感がした。

-3-

(執筆中)




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