「恵理と俊介」


序章

 俊介は、恵理のからだのあちこち... 二の腕、背中、平べったいお腹、腿やふくらはぎ、足のうらまで、慈しむように撫でまわした。恵理が不思議そうな顔をして、俊介に問いかける。
 「どうして、そんなにからだじゅう撫でてくれるの?」
 俊介は嬉しそうに笑って、
 「恵理の肌に触れるだけで嬉しいから。」
 彼女にほおずりしながら、あっけらかんと言う。
 「でも、くすぐったいよ...。私、ほんとは笑うのがまんしてるんだよ。」
 「がまんなんて、しなくていいのに。」
 彼がちょっと意外そうな声で言う。
 「でも、気分こわれるでしょ。男の子って、そういうの気にするっていうもん。」
 「そんなことないよ。」俊介はささやく。「恵理の笑い声なら、ずっと聞いていたいよ。」
 言いながら、彼女への愛撫を、わざとくすぐったいものに変えていく。恵理はこらえようとしても漏れてしまうくすくす笑いをはじめた。
 俊介が恵理をはがいじめにして、わき腹を揉むようにくすぐると、彼女は楽しそうな悲鳴をあげて手足をばたつかせた。ひとしきり彼女の乱れるのを楽しんでから放してあげる。彼女のからだはあばれたせいで上気し、香水と混ざった芳しい匂いを放っている。
 「もう...。」
 拗ねたふりして言いながら、声にあまえたトーンが混じっている。

 恵理と俊介は、同じ大学に通う学生だ。二人とも二年生で、まだ就職や院への進学も考えなくて済む、お気楽な身分だった。
恵理は服装や振る舞いも地味で、キャンパスで目立つ存在ではなかったが、整った可愛い顔立ちをしていた。年齢より幼く見られがちだが、実はけっこう大人びたところがある。親と同居していたが、オープンな両親は、大学生にもなった娘は大人だとして、わりと自由にさせていた。
俊介に至っては、親が節税対策に買ったマンションに一人暮らしだ。髪は流行の長髪ではなく、着ているものも結構上質だった。やや華奢に見られがちな体躯だが、意外にも高校時代に参加していたバスケ部ではエース級だったらしい。普段はコンタクトを着けているが、実はたまに掛けるロイド眼鏡の顔が、恵理はいちばん好きらしい。
俊介が恵理に出会ったのはゼミのオリエンテーションだった。彼らの学校には、教養過程からゼミがある。俊介は端正な美しさを持つ恵理にひと目惚れした。恵理も、育ちが良さそうなのに気取りがない俊介を好きになった。最初は一緒に研究発表をしていた二人が、個人的な話を交わすのに時間はかからなかった。
授業のない日は、恵理が俊介の家に遊びに行くことが多くなった。よほど相性が良かったのか、彼らのまわりではくっついたり離れたり、浮気したりされたりと五月蝿かったのに、二人はまるでずっと昔から一緒にいるのが普通だったみたいに、一緒に遊んだりTVを見て笑ったり、睦みあったりした。俊介の仲間たちから「老夫婦」と言われていたくらいだ。

 「あのさあ、恵理...。」
 やっと、ふつうに抱かれるものだと思っていた彼女に、俊介が遠慮がちに言う。
 「縛って、くすぐらせてくれない?」
 「え?」あまりに意外なことばに、すっとんきょうな声を上げるのがせいいっぱいだった。
 「や、やあよ。そんなの!」
 「恵理だって、さっき結構嬉しそうだったじゃん。」
 「そんなことないってばっ!」ずばり指摘されて、彼女は少なからず狼狽した。そこにつけこむ俊介。
 「じゃ、そういうことで。」誉められた子どもみたいな、無邪気で得意満面な顔。恵理はどぎまぎして、思わずこくんとうなずいてしまった。
 「絶対にからだ、傷つけないから。」
 そう言うと、彼は器用に棚の上にあったTシャツを撚って、はだかの彼女の手と足首をベッドにかるく縛る。恵理が呆れるくらい、彼は嬉しそうだった。
 ほんとうのことをいうと、恵理もくすぐられるのが嫌いじゃなかった。女子高時代にクラスメートたちにふざけて床に組み敷かれ、からだじゅうくすぐられて感じた、快感の記憶が甦ってきた。すぐに先生に見つかって止められてしまい、級友たちはちょっと叱られていたけれど、恵理はほんとうは不満だった。止めてくれなくてもよかったのに...。もっとも、あのあとずっとくすぐられていたら、どうなっていたか考えると怖いけど。
 あの子どもじみた、無邪気な快感をまた体験すると思うと、恵理は期待にわくわくしてきた。まるで、ジェットコースターに乗る前のような期待と緊張。
 ... 俊介がベッドを見下ろすと、白いシーツの上のからだは、いつもよりちょっと可憐にみえた。自由を奪われたことで、そう見えるのかもしれない。彼女はちょっと不安げだが、彼を信じているのだろう、こわがってはいなかった。何をしてくれるのか、期待にどきどきしているのかもしれない。
 俊介は恵理に近づき、柔らかなわき腹をさっと撫でた。恵理の肌は、俊介の指が触れたところだけ一瞬やわやわと柔らかくたわみ、すぐに若々しい弾力を伴って押し返してくる。
 「きゃあーーっ!」
 身をよじって彼女が嬌声をあげる。肌にさっと鳥肌が立ち、触れたところの血色が一瞬引いて、それから前よりもっと赤くなる。
 「へへーっ。覚悟しろお。」
 彼は、彼女の肌をかわいがるような調子でくすぐりたてた。子どもみたいな声をあげて彼女がのたうつ。
 「うそつきーーーっ!」恵理が泣き笑いながら叫んだ。「傷つけないっていったじゃない!」
 「傷つけちゃいないだろ。」俊介は笑って、「こんなに優しく撫でてあげてるのに。」
 「お腹がよじれて痛いよー!」舌ったらずのあまえた声で彼女が叫ぶ。
 「そりゃかわいそうだ。」男は手をとめて、「いたいのいたいの飛んでけー。」
 彼女の平べったいおなかを撫で始めたからたまらない。彼女はひーひー言って手足をばたつかせる。彼女の白い肌の下で、筋肉のかたまりがよじれる。
 「さてと。」俊介がにっこり笑って、「次はどっしようかなぁ。」
 彼の手がわきの下を襲うと、彼女は全身の力を振り絞ってあばれた。
 「だめだってば!あーーーーーっ!」
 ひとしきり彼女に悲鳴をあげさせると、やっと満足した俊介が手をとめた。
 「...もう、いいかげんにしてよ!」
 ようやくひとごこちついた彼女がむくれるふりをした。男は、
 「じゃあ、こんなのどう?」
 柔らかな内腿をくすぐる。彼女がくすぐったがって身をよじると、白い、ふくよかな太腿がシーツの上でころんところがる。
 「気持ちいいだろ。」
 「うん...こそばゆいけど。」
 俊介は空いている手で、恵理の腹筋のあたりを、揉みほぐすように撫でた。
 「あっ...あん。」
 彼女が感じはじめたころ、男は彼女のお腹をもういっぺんくすぐる。彼女は混乱しながらも、くすぐったさが快感にかわっていくのを感じていた。

 一週間後。待ち合わせに遅れた俊介を責める恵理。
 「まあそう怒るなって。あとでたっぷり、気持ちよくしてあげるからさ。」
平日でも結構人の多いカフェテリアで隣のカップルに聞こえないように、小声で俊介が囁く。
「もう...。」恵理は怒ったふりをして、
「最近の俊介、オヤジ入ってるぞ。」
「そうかもね。」恵理の手を取って、二の腕の内側を指ですーっと撫でる。
 「こらっ... !」
小さな叫び声をあげて、恵理が身をすくませる。後ろの客が振り返った。
カフェテリアを出て、初夏の原宿通りを歩く。これから訪れる夏への予感を感じさせる、この季節が恵理は好きだった。街路樹はまだ幼さを残す新緑で、匂いたつ草いきれが、微かに汗ばんだからだを包む感じも心地よい。
ひとしきり遊び歩き、遅い夕暮れが近づく。実は二人は、今日はちょっと冒険してみるつもりだった。雑誌に出ていた、奇抜なつくりのブティックホテルに入ってみるつもりだった。それもご休憩ではなく、宿泊である。
ドアを開けると螺旋階段があり、その先は球形の部屋につながっている。淡い闇のあちこちで、夜空の星のような光が瞬いている。写真で見る以上にシュールな光景だ。
「すっごーい!」
「だろ?こんなのがあるのって日本だけらしいよ。外国の観光客が見たがるのも判るよな。」
ドアを閉めるのも忘れて、子どものようにはしゃぐ。
「見て見て、このベッド。」
「ここから見ると、ドアがほら、あんなに下に見えるよ。」
このままだと、物珍しさだけでひと晩終わってしまいそうだ。俊介は恵理を抱き寄せようとしたが、彼女はジャグジーバスのほうに興味があるらしい。
 「一緒に入らない?」
「うん。」俊介は頷いて、「でもその前に... 、ちょっとくすぐらせてよ。」
 「へんなのぉ...。」
 彼女のお腹を抱えるように後ろから抱きしめて、その柔らかな胸やお腹をそっとくすぐる。途端に彼女はからだを弓のように反らせて笑いころげた。口から、押さえ切れぬ笑い声があふれだした。知らない者が聞いたら、高笑いのように聞こえるかも知れない。
 からだの表層、滑らかな肌にかるく触れるだけで、おもしろいくらい乱れさせることができる「くすぐり」という行為に、彼は惹かれていた。女の子を抱きしめてくすぐっていると、人間のからだが、液体の詰まった布袋だということが実感できる。触れられたところから起きた筋肉のこわばりが、波のように四肢につたわって、からだじゅうを揺れ動かす。指の動きにしたがって、彼女が悲鳴をあげてのたうつ。彼女のからだを乗っ取ったような気にさせてくれる。
 見ていると、恵理も悶えながら、どこか甘美な感覚でもあるらしい。酔っぱらっているときにはそれが顕著らしく、前に飲んでくすぐった時など、嬌声に近い声をあげていたっけ。くすぐりから解放されたあとに、虚脱しながらも、うれしさを隠しきれないような、にんまり笑いを浮かべることもあった。
対照的に俊介は、くすぐりにはかなり強いほうだった。恵理が反撃しても、平気な顔をしているか、マッサージでもされているように気持ちよさそうにしているだけだ。恵理はそれが悔しくてしょうがないのだけれど、それでも俊介の指がもたらしてくれる、今はすっかり快楽となってしまった感覚には勝てず、無抵抗に身を投げ出してしまうのだった。今はセックスよりも好きかもしれない。

第1章 機密解除(Declassified)

 新しい愉しみに夢中になった二人は、怪しい情報に詳しい知人から、とびきりいんちき臭い情報を聞き出した。
 かつて冷戦華やかなりし頃には、国家機関は拷問としてくすぐりを用いており、くすぐりの特殊技能を持つプロをも抱えていた、という。そういう元プロ達が、今その技能を「民生転用」して、夫婦やカップルのカウンセリング、あるいはマニアの要望に応えるための研究所を開いているというのだ。
 くすぐりで拷問なんて冗談だろう、と俊介は反駁したが、彼によれば肉体的には傷つけずに、自白を引き出したいというニーズは結構あったらしい。とりわけ政情不安定な国には、その国の体制にとっては目障りでも、外国からはそれなりに注目されている人物がいる。剥き出しの暴力による威嚇を行えば、人権問題でその国の政府のほうが国際的に制裁を受ける怖れがあるわけで、そういう人物には結構有効なのだという。先だって身柄を確保する必要はあるものの、確かにくすぐられただけで虐待を主張するのは難しいだろう。
 二人の興味津々な様子から、足下を見られてしまったのかもしれない。それでも間近に迫った期末試験の情報を教えてやったり、代返を引き受けたりする約束をして、何とか知人から研究所の所在地を聞き出した。
とはいえ、実際に行ってみるかという話になると、二人の意見はいろいろ食い違うのだった。最初俊介は、恵理だけがくすぐられて笑いこけるのを見ていたいと思ったが、即座に恵理に却下された。自分が恥ずかしいところを見せるのだから、俊介にも乱れて欲しいと言う。そういえば知人も言っていた。いささか関係が冷えてしまったカップルや夫婦の回春剤には、二人が一度にくすぐられ、無力に笑いの発作に捉われるところを見せ合うほうがよいのだと...。
恵理と俊介のカップルは、別に仲が冷えてもいなかったが、そんなものかと押し切られた。恵理にとっても、たしかに一方的に俊介に忘我を観察されるのはきまりが悪いだろう、と思ったからでもある。
逆に、恵理のほうが積極的なところもあった。とりあえず、研究所の偵察に行こうという俊介に、恵理はいきなり飛び込んでいくことを提案した。このころの彼女は完全に「くすぐり」にはまってしまっていた。
 俊介は研究所に電話を入れ、恐る恐る「予約」を切り出した。受付の女性は俊介が拍子抜けするほどあっさりと、愛想よくビジネスライクに、3日後の午後1時を指定してきた。
地図を見ると研究所は○○市郊外、細い県道のわきにある。二人の住んでいるところからは結構遠かった。
「やっぱり、田舎にあるのね。」
「あんまり人目につくとまずいんじゃないか。」
そういうところへ行くと思うと、俊介もどきどきする。まるで子どもの頃、お化け屋敷に連れていってもらう前みたいだった。
その日、俊介は朝10時に家を出た。昨夜から泊まっていた恵理も、もちろん一緒だ。郊外に入ってしまえばほとんど一本道の県道だから、さして迷うこともなく到着できた。念のため、車は近くの小さなコンビニに停める。
 研究所はコンクリート剥き出しの、奇妙なファサードの建物だった。入ってしまえば、モダンなクリニック風の内装を持つ普通の部屋だ。カップルでそこを訪れて、くすぐってもらう人たちがけっこういるらしいという知人の言葉通り、それらしい男女が幾組かいた。
 待合室に通され、受付を済ませて一時間くらい待たされる。今は、俊介もかつて意志堅固な要人の口を割らせたという、究極のくすぐりを味わってみたい。それは恐怖と裏腹の好奇心だった。
俊介は相手をくすぐるのは好きだが、くすぐられてもあまり感じない。子どもの頃は誇らしかったのに、今はちょっと寂しかった。俊介にくすぐられて、すっかりグロッキーになりながらも、満ち足りたような恵理の表情を見ていると思うのだ。くすぐったくない自分は、実は大損をしているのではないかと。
 「失神したり、死んじゃったりしたらどうしよう?」恵理は不安げに俊介に言う。とはいっても、旺盛な好奇心のほうが勝っているらしい。子どものように目を輝かせている。
 「向こうもプロだし、大丈夫だろう。ほんものの拷問じゃないんだからさ。」
 俊介は完全に不安より、期待の方が大きくなっていた。
 ようやく診察室に通された。二人は1mくらい離れて並べられたベッドに、それぞれうつ伏せに横たわる。意外なことに四肢を拘禁する設備はない。あとは恵理と俊介に二人ずつ付く「施術師」-つまり「くすぐり師」だ-に揉みしだかれ、死ぬほど笑わされ、悶えさせられるという趣向らしい。お互いに無力に笑い崩れる姿を、恋人に見せなければならないということになる。
恵里につく「くすぐり師」は、ひとりは妙齢の女性だった。最初は日本人だと思ったが、日本語の訛りから中国系らしい。もう一人は小柄で、まるで少女のように内気な含羞みを見せる。かつて闇のビジネスについていたとは、とても思えなかったが、ああいうタイプは歳がわかりずらいし、意外とキャリアは長いのかもしれない。
俊介についたのは、もちろん俊介にそういう趣味はなかったけれど、東洋人と西洋人のハーフっぽい男性が一人。なかなかの美形だった。もう一人は、これもまだ幼さを残す少年っぽい男だった。どちらかといえば、可愛い顔立ちだ。
「それでは、失礼いたします。」
二人の男は爽やかな笑顔を浮かべ、丁寧に一礼すると、すらりとした指を俊介の腰や背中のあたりに伸ばしてきた。恵理のベッドでも、さきほどの女性が同じことをはじめている。
はじめは、街中でよくあるマッサージのような、軽く擦るような触れ方だった。こんなのならぜんぜん大丈夫だぞ。俊介は意外な思いで、触れられているあたりに神経を集中しながら、恵理のほうをじっと見ていた。
「あ...れ?」
無害だと思っていたタッチは、実はからだに着実に蓄積されていたのだろう、いきなり全身の筋肉がよじれるような、強烈なくすぐったさが襲ってきた。
「あーーーーっはははははぁ... 助けてくれぇ」
裏返った悲鳴をあげながら、俊介は恵理のほうを見た。彼は目近で、大切な彼女の伸びやかな肢体が、彼女と同性の... 女性の愛撫で真っ赤に上気し、ぷるぷる震えながら弾むのを見ていなければならない。それは魅惑的で奔放な動きだった。
 「恵理ぃ... 。」
 過剰な笑いに肺の空気を絞り出されてしまっている俊介が、ともすればかすれる声を絞って呼びかけてみても、恵理はみずからのからだそのものがもたらす、感覚の嵐に翻弄されていて、答えることもできない。整った顔立ちをくしゃくしゃの笑いにくずし、甲高い悲鳴をあげているだけ。器具による拘禁がないわけもわかった。巧みなくすぐりが、麻酔のように運動神経を麻痺させてしまっていて、のたうつのすら難しいくらいだった。
 恵理をくすぐる手が、すこし手かげんをはじめる。俊介のベッドのほうを見やる余裕ができる。恵理の目にうつったのは、ふだん頼りになる優しい彼が、身も世もなく笑いころげ、情けない悲鳴をあげる姿。それは男の子が友だちとじゃれあっているようにも見えた。
 ほどなく恵理の肌にはふたたび、優しいくすぐりがあたえられて、恵理は悲鳴をあげて身悶えしはじめる。全身が真っ赤に染まっていく。彼のほうも、腎臓のあるあたりの下腹部を後ろから揉みしだかれて、無我夢中で笑いころげた。「くすぐり師」たちはほとんど気づかないくらいの微笑を浮かべながら、二人のからだに魔法のような技巧を施し続けていた。
 そのとき、恵理と俊介の心に、理由のわからない、ものすごい愛情が沸いてきた。それが彼女から彼への、彼から彼女へのものだということに気づくのにさえ、かなり時間がかかった。無力にくすぐられ、どうかなっちゃいそうな恋人を、可能なら今すぐ抱きしめたかった。でも今はせいぜい、悶えて柔らかいベッドに頬ずりするくらいしかできない... 。汗で柔毛を輝かせた恵理は、いまの俊介のかすんだ視界に、天使のようにみえた。
 ...どれくらい時間がたったのか、彼らにはわからなかった。...4人の「くすぐり師」は、彼らに気づかれないように微笑んだ。今施している技法は、ほんらい拷問に使うよりもかなり甘口の、快楽に振ったくすぐりかただ。愛撫に近いものだった。それでもふつうの人を忘我に追いやってしまうのには十分だった。
 やっと甘美な暴力から解放されても、ふたりは1時間ちかく立てなかった。痺れてしまった体。震える心。そのまま仰向けになって、ぼうっとしているのが何よりも心地よい。
 それからふたりはゆっくり、お互いのほうをみた。まるで初めてデートした高校生みたいな、はにかんだ笑顔。「くすぐり師」たちはもう部屋にはいない。
 彼がようやく起きあがると、彼女も身を起こした。彼はなかば腰が抜けてしまった彼女をかばい、支えようとするのだけれど、自分のほうも腰がくだけたようになっていてうまくいかない。転びそうになるのを、逆に彼女に支えてもらう始末。恵理も転びそうになりながらも、俊介のからだの重みを感じられて、それが嬉しかった。

第三章 迷宮

(執筆中)




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