「翔子の借金生活」 第3話
     


-恭子と罰-

 翔子は大きくため息をつく。
 昼下がりの天気は快晴で、3階の教室の窓から見下ろすグランドでは、若さと体力があまり余っている生徒達がそれぞれの遊技を楽しんでいた。
 それを見つめる彼女の視線はどこか虚ろであり、外の景色など何一つ目に入っていない様にも見える。
 事実、今の彼女は目の前の光景を認識してはおらず、その意識は内側の思考に集中していた。
「何ぼんやりしてるのよ?」
「ひゃうっ!」
 そんな声と共に両脇腹を突かれた刺激に、翔子は思わず声を上げて身を捩らせると、外の世界への関心を取り戻した。
「恭子、いきなり何するのよ!」
 さらなる攻撃を警戒してか、両脇を腕でしっかりとガードしつつ翔子は言った。
「何って、何度も呼んでるのに気がついてくれないからじゃない。何、あっちの世界へ行ってるのよ。深刻な考え事?」
 恭子の親友、ふんわりとしたセミロングの少女、恭子は非難の視線を向ける親友に対し、少し呆れた表情をして見せた。
「深刻・・・・・と言えば深刻かもしれないけど・・・・・」
 親友の問いかけに翔子は返答に困った。まさか先日、憧れの人にくすぐりまわされたあげくイッてしまい、その事に思い悩んでいた・・・・・とは、言えるはずもない。
「はは~ん、さてはまたマスターの事ね」
 恭子もつき合いが長いだけに、彼女の考えは何となく分かった。それ以前に、彼女が最近考え込むテーマはそれしか存在しなかった。
「ううっ・・・・・」
 赤くなって絶句する翔子。だが、恭子もそれが意味する真実までは洞察してはいない。
「また、どうやって気を引くかとか、卒業後のプロポーズとか考えたんでしょ。それとも、プロポーズされる事を妄想してたのかしら?」
 今までの事柄を思い起こし、からかうように恭子は言った。
「ち、違うわよ」
「それじゃあ、妄想がさらにエスカレートして、抱かれるまでに至ったの?」
「違うわよ、今日は真剣に悩んでるのよ・・・・・」
 ちょっと強がって見せたが、その真剣な内容が内容だけに、言い返す迫力には欠けていた。
「でも、結局はマスターがらみよね?」
 からかう様に恭子は確信を得たように、笑んで見せた。
「う゛・・・・・・・」
 絶句をもって、肯定する翔子。
「ひょっとして進展があったの?デートに誘われたとか、プロポーズされたとか?」
「・・・・・・・ちょっと違う」
 わざわざ答える事もないのだが、根が正直な翔子はつい親友の質問に応じてしまっていた。この場合、進展があったと言う事を肯定していた。
 今までの親友の状況から、マスターがらみの事を推理するすると言っても、進展があったか、そうでないかのどちらかであり、このどっちつかずの反応は恭子に更なる疑問を抱かせた。
「?・・・・・それじゃあ何?あ、でも、そうだったら考え込まずに浮かれてるわよね・・・・・・だとしたら・・・・・・・・・・・え、ひょっとして、マスターにベットに押し倒されたとか?」
 恭子からしてみれば、些細な話題転化のつもりだったのだが、親友の反応は実に面白いものだった。
「ち、ちがっ・・・・・マスターが悪くなくて・・・その、私が責任を持って、自分から・・・・・でもでも、ベットは成り行きで、脱いでなくて、売ってなくて、マスターは・・・その、何もいかがわしくは・・・・・・・」
 顔を真っ赤にし、目をぐるぐる回し、両手を激しく振り回してゼスチャーを試みている翔子の姿は、これ以上ない肯定となった。言っている意味は分からなかったが、二人の関係が何かしらのステップに入ったのであろう事は予測できた。
「翔子、何狼狽えてるのよ。落ち着いて説明してくれるわよね?」
 恭子のこれ以上ない笑みを浮かべた問いかけに、自分が思いっきり墓穴を掘ったことに気づいた翔子は一瞬で血の気を引かせ、我に返った。
「そ、それは・・・・ちょっと・・・・・」
「あ、そんな事言うの?だったら、物量作戦に出るわよ」
「え?」
 意味が分からず、きょとんとなった翔子を見て、恭子はにんまりとした笑みを浮かべると、軽く息を吸い、大声で言った。
「ねぇ、みんな聞いてよ!翔子ったら、年上の彼氏とぉ・・・・・・・・・」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 慌てて悲鳴を上げ、恭子の口を両手で塞ぐ翔子だったが、遅かった。
「え、何?何の話?おくての翔子に彼がいたの?」
 恭子の狙い通り、教室に残っていたクラスメイトが耳ざとく聞きつけ、興味津々で集まり始めたのである。
「詳しく聞きたいわねぇ~」
 全員がゴシップネタを求め、にんまりとした笑みを浮かべている。
「恭子!」
「こういう事はで聞き出すものなのよ。でも、逃れる道は一つあるけど」
 恨めしそうな表情で睨み付ける親友を後目に、恭子は意味ありげな笑みを浮かべてウインクした。
「わ、わかったわよ」
 拗ねたような声を出して、翔子は無言のまま出された条件を受ける意志を示す。
「みんな、この件はちょっと待ってて。翔子が聴取に応じたから、詳しく聞いて許可を取ったら公表するわ」
 許可なんてしない!と、心で叫びつつも、説得され各々の場所へ戻っていくクラスメイトを見てほっとする翔子だった。
「さて、それじゃあ、翔子ちゃん。お話を聞かせてね」
 満面の笑みを浮かべた親友の顔が目の前にあった。


「・・・・・・・・・・・・あなたも思い切ったことするわね。借金を体で返すなんて、あのマスターだからそれで済んでるけど、普通なら本番物よ」
 一通りの事情を聞き知った恭子は、親友の意外な大胆さに驚きを隠せないでいた。と、同時に、ベッドに押し倒された(?)と言う経緯を聞くに至って、ここまでの内容があった事にも興味を示していた。
「うん、でも、私・・・・マスターになら、本番でもいいの」
 軽くパックジュースを含んでいた時の一言に、恭子は思いっきりむせる。
「そ、そこまで言う・・・・・でもって、既成事実を・・・・・・・って所かしら?」
 これまた、親友のリアクションを期待しての発言だったが、今度は予想に準じたものには至っていなかった。
「それも・・・・・いいかも」
 頬を赤らめて呟く親友を目の当たりにして、恭子は額に大粒の汗を浮かべた。彼女は既に妄想モードに入っていたのである。
「でも、くすぐられるばっかりで、まだ、大人の関係としての肌の接触は無いんでしょ?」
 その一言に、たちまち翔子は現実に返り、両目からはらはらと涙を流した。その変化の激しさは見ていて飽きが無い。
「そ~なのよぉ。ねぇ恭子、くすぐりってH行為の部類なの?アレで感じてしまう私って、変なのかな?」
「一応、ビデオなんかではシチュエーションの一つに入ってる事もあるみたいだし、何かの本でそう言うのが好きな人もいるってあったけど・・・・・」
 持ち前の情報を思い起こし答える恭子。だが、自分の興味外だったので、確信は持てなかった。実感もないため、彼女は思わず問いかけた。
「でも、本当に感じちゃったの?ほら、この前読んだ本みたいに、好きな人に触られたら、それだけでいってしまう・・・・・ってのがあったでしょ。それと同じじゃない?」
「・・・・・・・分からないわよ、そんな事。他の人に触られた事って無いもの」
「それもそうね。それじゃあ、私がくすぐってみてあげましょう」
「ちょ、何でそうなるのよ」
 両手をわきわきさせて、くすぐり体勢を取る親友を見て、恭子は反射的に防御を固めた。
「だって、違う人にくすぐられてみれば分かりやすいじゃない」
「む、無理よ」
「何で?」
「だ、だって、きっと私、今くすぐられたら、マスターのこと思い出して・・・・・」
 そこまで言って翔子はまたも赤くなった。
「あ~あ、くすぐり一つでお熱いわね」
 流石にここもでのろけられると、その視線も冷たくなってくる。
「な、何よ、だったら恭子も好きな人にくすぐられてみて試したら良いじゃない」
「あ、確かにそうね」
「え?」
 半ばムキになって言った翔子だったが、親友の意外なリアクションに思わず言葉に詰まった。
「あなた、今日も返済を口実にマスターの所へ行くんでしょ?私も行くわ」
「え?何で・・・・・?」
「何でって・・・・・・私もマスター好きなのよ。知らなかった?」
「え、えぇ~っ!?う、嘘?」
「嘘じゃないわよ、あなたほどお熱じゃないけど、初体験だけはマスターと・・・・って、思ってるんだから・・・・・別に横取りなんて考えてないわよ。いつか一晩、貸してくれるだけでいいんだから・・・ね?」
「そんな!駄目駄目!!貸し出し厳禁!!!」
 からかうような口調に、翔子はそれこそムキになって言った。まだ、彼女の所有となったわけでもないのに・・・・・・
「初体験の話じゃない、いまそんなにムキなってどうするのよ。今回はくすぐりの事が本題でしょ」
「そ、そうね・・・・・・・」
「話を戻すわよ。あなたと一緒で良いからくすぐられてみて、もし私が感じなかったら・・・・・」
「・・・・・・たら?」
「あなたが変だって事になるわね」
「何よそれぇ~」
 いきなり自分が変かもと言われてむくれる翔子。
「何ならみんなにアンケートしてみましょうか?」
「わ、わかったわよ・・・・・・」
 恭子はああ言ったものの、彼女の気持ちを知ってしまっただけにマスターを奪われるのではないかと、内心心配する翔子であった。


「こんにちは・・・・・」
 やや元気を欠いた声で、翔子は「水晶」の中へと入っていった。
「いらっしゃい」
 いつもと変わらぬマスターに見えたが、彼の方も営業スマイルの裏では、翔子に対し気負いを持っていた。当初、明言していたのにも関わらず、性的行為に入りそうになった昨日の一件で、今日は彼女が来ないのではと心配していたのである。
 結果、彼女は来たわけだが、同じ制服をまとった女生徒の存在にも気づき、今日はお預けか・・・・・と判断するのであった。
「マスター、おひさぁ~」
 陽気な声に引かれて、彼は改めて視線を翔子の同伴者に向け、それが記憶にある人物であることに気づいた。
「おや、恭子ちゃん。久しぶりだね」
「やっぱりマスターって凄いわね。ちょっと見ないうちに見たこと無い製品がいっぱいできてる・・・・・・・」
「ハンドメイドな上に、思いつきで作ってるからね。ニューモデルも出やすいんだよ」
 そう言っている今も、彼は親指サイズの鳥型細工の仕上げに入っていた。
「ふ~ん」
 恭子は一通り店内の物を眺め終わると、おもむろにカウンターに駆け寄り、作業中のマスターを覗き込む様な位置に立った。
「ねぇマスター、ちょっと聞きたいんだけど」
 この時点で彼は、恭子の意味ありげな口調に気づいてはいなかった。
「ん?何だい?」
「マスターって、くすぐりフェチな上に、それのテクニシャンって本当?」
「ぶっ!」
 あまりにも唐突で、予想だにしなかった問いかけに、彼は思わず吹き出し作業の手を狂わしてしまい、完成間近であった「鳥」の頭がその余波で削り取られて消失した。
「な・・・・な」
 翔子も、まさか親友がそこまで露骨に質問するとは思っていなかっただけに、同様は大きかった。
「キョウコ・・・ちゃん、一体何処でそんなネタを?」
 顔は笑顔だったが、声は裏返り、冷や汗たらたらにマスターは問う。
「当の本人から」
 実に楽しそうに恭子は言った。マスターが翔子の初々しい反応を楽しむ傾向があるのと同様に、彼女も親友とマスターの変化を楽しんでるかの様であった。
 親友とはいえ、あの事を他人に話す?どう言った心理からか?そんな思いでマスターは視線を移す。が、翔子の方も真っ赤になってあたふたしており、この事が唐突であったことを告げていた。
「・・・・・・・・なら、弁解は不可能だね。多分、フェチに近いだろうけど、上手いかどうかは知らないよ。で、それが何か?」
 ひょっとしたら脅迫の類かと思ったが、接客が多い彼の職業の経験からそれはないだろうと判断した。ただ、相手が何を求めているかは全く分からなかった。
「くすぐりって、普通、苦しいものでしょ?私はそう思ってるんだけど、なのにそれのテクニシャンってのがちょっと、違和感あるから実際どうなのか試してみたくて・・・・・」
「テクニシャンって言っても、くすぐり方が上手い・・・・・・・って事じゃないかい?試さなくても体験者に聞けば・・・・」
「ああ・・・・違うのよマスター、私が言うテクニシャンは・・・・・・・」
「ちょっ・・・・!恭子それ言っちゃ駄目ぇ!」
 突然翔子が大声を上げて親友の口を両手で塞いだ。自分がマスターにくすぐられただけで絶頂に達してしまった事を知られてしまう事を恥じたからである。
「こ、こら翔子、今更何を・・・・」
「駄目だったら駄目!そこまで言っても良いとは言ってない~!!」
「駄目とも言ってないじゃない」
 双方の自己を主張し合って二人はもみ合った。
「ちょっ、こら二人とも、こんな所で暴れたら棚が・・・・」
 ガッシャーン!!!!!
 マスターがその危険性を説くよりも早く、景気の良い響きと共に破滅の音が鳴り響いた。
「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」
 全員が全員揃って硬直した。完璧に横倒しになった陳列棚。そしてかつては見事な細工ぶりを誇っていたガラスの破片達。とある一個人の労力の結晶が一瞬でただの屑となり果てた瞬間だった。
「あ゛・・・・・・・」
 惨劇を目の当たりにして、翔子は事の発端となった事件(第一話)を思い起こした。
 あの時は高級品一点(未完成+レプリカ品)だったが、今回は複数(ALL完成品)、しかもかろうじて破損をまのがれた製品を見ると、彼女の知らない物が多かった。毎日訪れている彼女の知らない製品。それはすなわち、彼女が帰宅し今日ここに訪れるまでに作られた最新作達に他ならない。
 恭子はその事実を知りようもなかったが、棚一つ分の商品が一瞬で無に帰した事は理解していた。
「きょ・・・・・・恭子ちゃ~ん、翔子ちゃ~ん・・・・」
 倒れた棚を前に呆然となる二人の背後から低い声が響いた。
「ちょ~っと、悪ふざけがすぎるねぇ~・・・・・・・」
 表情は引きつりながらも笑ってはいたが、翔子にはマスターがいつになく怒っているのが感じられた。
 三桁万円の水晶を傷つけられてもあまり気にしなかった彼が、総額的には及びもつかないガラス材の作品を壊滅された事には、感情を揺るがしていたのだ。これは彼が根っからの職人で、完成品に愛着を持つ事を意味している。
「あ・・・・・あの・・・」
 恭子は翔子のようにマスターの心情を理解してはいなかったが、ただ単純に製品を壊した事に対し怒っている事は、肌で感じ取っていた。
「恭子ちゃん、君はさっき試してみたいって言ってたよね」
「え?・・・・・あ、あの・・・はい」
 この時点で恭子は自分が何を言っているか分かっていなかった。パニック状態とマスターの感情に気圧されて正確な判断力が失せていたのである。
「丁度良い・・・・翔子ちゃんも、今日は覚悟はいいね・・・・・」
 有無を言わせない妙な迫力を伴ってマスターは言った。
「・・・・・・・はい・・・・」
「え、何?丁度いいって・・・・?え?え?」
 この事態を既に経験済みの翔子は言われるままに、パニックに陥り状況が理解できない恭子は半ばマスターに引きずられるようにして店の奥へと連れて行かれた。
「あ、そうだ・・・・・・・」
 一度、奥に入った翔子が店内に戻り、出入り口のパネルをひっくり返し、「営業中」から「準備中」と変更し、ちゃんと鍵もかけた。これは、今から始まる事態に備えてであり、空き巣の心配と言うよりは、不意の来訪者に自分達の痴態を目撃される事を防止するための行為だった。


 二人が連れてこられたのは、この店の半地下室となっている別工房の中だった。ここは、マスターが珍しく集中して作業をする時に使用する工房で、基本的に用意されている工具類は店内の工房と何ら変わることはない。
 ただ、希に切羽詰まった期限での依頼を受ける事もあり、その際には時間を忘れて集中する必要があり、その為の設備として用意された物であったが、実際にここが使用された事はほとんどなかった。
 当然、用途上、完全防音なのは当然であり、その事を知る翔子はここで行われるだろう行為に妙な期待と不安が入り交じり、同時に状況が未だ理解できていない親友に同情の念を表した。
「ね、ねぇ、一体何をするんですか?」
 自分の全く知らないマスターを目の当たりにして、恭子は思わず不安げな声を上げた。
「平たく言えば、お・し・お・き。翔子ちゃんと同じパターンでね。何やら恭子ちゃんはそれに興味があるようだし、この際、思いっきり体験してもらおうと思うんだ」
 そう言っている間にも、マスターは恭子を抱きかかえ、まだ新品同様の作業用デスクの上に座らせると、引き出しを漁り主に荷造りで使用するテープ状のビニール紐を取り出した。
「そんなぁ、確かに私も悪かったですけど、こ、心の準備が・・・・・・」
 行為そのものを否定しない点から、体験してみたいと言う思いは今も変わらないようだったが、流石にこれは唐突であった。
「翔子ちゃんの時もそうだったけど、この手のはいくら待っても心の準備なんて出来ないものだよ。翔子ちゃん、手伝って」
 多少なりとも抗う恭子を押さえ、マスターはもう一人の罪人に声をかけた。根本的にマスターに逆らうことが無い翔子は、ほんの一瞬戸惑ったものの、少し思考した後すぐさま紐を取り、マスターが押さえている恭子の手足を縛っていった。
「しょ、翔子・・・」
 この場の唯一の味方と思っていた親友の行為に、恭子の不安感は一気に増大した。
「諦めて、私達はマスターの努力の結晶を壊しちゃった過ちを償わなくちゃいけないもの。でも、恭子はこうされたかったんでしょ?」
「でもでも、縛ってするなんて聞いてないわよ!」
「縛らないとも言ってないわ」
 先程の騒動と同じ理論で反撃する翔子。
「嘘!あなた、縛られてしてたの?」
「ううん、でも、今日は多分そうなるわ・・・・・」
 恭子は気づいた。親友の様子が少しおかしい事を。そして理解する。彼女が既に妄想モードに入りかけていることを。憧れのマスターになら何をされても良いと思う翔子は、この状況でややSMチックな関係を思い浮かべ、それに酔いかけているのであった。
 おそらく以前、自分が見せた若者向きアダルト情報誌に『SMは大人の男女の愛情表現』などと言う表題の記事があり、それをうのみにしているのであろう。
 マスターとそんな関係が持てると言う事実が、原因を無視して翔子に吹っ飛んだ解釈を与えているのだろう・・・・・と、恭子は判断した。
 それは的を得ていた。
(マスターとSM、マスターとエスエム、ますたーとえすえむ、マスターと大人の関係)
 翔子はそこに至る経緯を無視した結果のみを見てトリップを続ける。だが、それにはまず、親友の『お仕置き』が終わらなければ自分の番は回ってこない。そう考えると彼女の体は手慣れた動作となって、彼のアシストを勤める事となる。
 もとより、自分の責任を感じていた恭子も、さほど抵抗をする事もなく、いとも簡単にデスクに拘束された。
 さほど大きくないデスクは人一人の拘束台としては小さく、恭子は四肢をはみ出す形となっており、両腕はデスクの脚に並行する様に揃えて手首・二の腕部分でしっかりと固定され、両足も丁度デスクの横幅が彼女の膝辺りで終わっていたため、膝から下をデスクの脚に添え、足首をしっかりと固定した。しかもデスクの縦幅の関係上、結果として彼女の脚はおよそ直角に近い角度で開かれている。
 服は学校の制服のままだったが、これでどう見てもSMへGO!の状況が完成した。

「さてと、これで準備OK。早速始める前に聞いておきたいんだけど、恭子ちゃんは思いっきりくすぐられた経験はあるかい?」
 手にわずかに着いた埃をわざとらしくぽんぽんと払い、マスターは問いかけた。
「あ、あの、じゃれ合い程度で、長い間くすぐられた事は・・・・・・」
「ふ~ん、それじゃあ、じっくり味わっておくれ」
 だからせめてお手柔らかに・・・と言いたかった恭子だったが、それよりも早く無慈悲なマスターの責めが始まっっていた。
 恭子の両脇腹にマスターの手が回され、肩揉みのような手つきで左右の脇腹をゆっくりと揉み回した。
「はっ、はっ、はっ、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 突如として襲いかかる、未体験に等しい感覚に恭子は悲鳴を上げた。
「はふっ!うっ!くくっ!ちょ、ちょ、ちょっと待って、待って下さい」
 体内から突発的に沸き上がるくすぐったさに、恭子の体がびくびくと痙攣を起こし反応する。
 恭子の懇願には耳をかさず、マスターはさらに責め続ける。先程まで一定だったくすぐりのリズムを左右で違った物にした上に、円を描くように範囲を広げてゆく。今の刺激でさえ限界だった彼女がそれに耐えられるはずもなかった。
「はぁっ!はぁぁぁぁぁぁぁっく、く、くくっ、くうぅっ・・・・・・んくくくっ・・・・!くひゃぁはははははははははははは!」
 あっという間に限界に達した恭子は、頭を激しく左右に振ってくすぐったいと言う苦しみから逃れようとした。
「はぁっ、はぅっ!くひゃはははははははははは!!お、お願い、くふふふふふふ、て、手加減、いひひひひひひ、手加減してよぉ!」
 恭子は必死に体を捩り、自分の脇腹に張り付くマスターの手から少しでも逃れようとしていたが、手足をデスクの脚にそって拘束されているため、体はしっかりと固定され、身を捩ることさえ難しい状態だった。
「あひゃ、あひゃ、きゃははははははははっ!!」
 マスターは恭子が身動きの出来ない事を良いことに、脇腹周辺を丹念に揉みくすぐりまわし、反応の激しかったポイントを見つけては、そこを色々な方法でくすぐった。揉み・突き・撫で回し・指圧・振動等。そして、それらの中からさらに良い反応をする責めを見極めては彼女が最も苦手とする責めを見つけ出していった。
「あはははははははは!く、苦しぃよ~!ひゃぁ~っははははははは!!」
「おね、おね、お願い、やははははははは、少し休ませてぇ~、あっあっ、あ~っははははははは!」
「そんな、ひゃはははは、そんな、くふぅふふふふふふ、そんなぁ~あはひゃははははははははは!!」
 自分ですら知り得なかった弱点を次々と見つけられ、責められ、そして開発されていく恭子は、ただただ笑い悶えるしかしかなかった。
 通常、脇腹周辺という限定箇所ばかり責められていると、くすぐりといえど、ある程度の慣れが出来るのが通例なのだが、恭子自身が意外にもくすぐりに弱い上に、マスターの方もひっきりなしに責め方を変化させていたため、とても慣れる間が無かったのである。「どう、恭子ちゃん。少しは懲りたかな?」
 くすぐりの手は全く休めることなく、マスターが尋ねた。
「はははは、はいぃ!はい!じゅ、十分懲りました。あははははははっ!」
「反省しているかい?」
「反省、反省してますぅ!だから、だからぁ!あ、あ、あはははははははははは!!」
 今の彼女でなくても殆どの人間は、この苦しみから解放されるのであれば、どんな事でも肯定するに違いない。くすぐったさに歪む彼女の表情を眺めつつ、マスターはそう思った。お仕置きと言う名目で行われる行為で、これ以上効果的な手段もないだろう。
 そして同時に、責め側が普段以上にサドっ気を出してしまう行為も無い。
 マスターに限らず大半の責め者が、拘束された状態で髪と服を色っぽく乱し、顔を上気させている恭子を目の当たりにして、これで彼女を解放してやろうと思うはずがない。
「ふ~む、反省すると言う割には、全然そんな様子じゃないね・・・・・・・これじゃ、まだまだ許せないね」
 くすぐり行為の魔道に陥ったマスターが実に意地悪く言った。
「やははははは、そんな、そんな事・・・・く~っふふふはははあはははははぁ!!」
 マスターに許す気が無いと言う事より、まだ責めが続くという事実に恭子は絶望感を感じたが、それに浸る余裕も無かった。
「翔子ちゃん、君もお仕置きを手伝って」
 それだけで意志は通じた。自分もくすぐりに加われと言ってるのである。
 翔子は一瞬、親友を責める事に躊躇したが、今日、ここに来るまでに主導権を握られ、良いようにからかわれた事を思い出し、その仕返しをしてやろうと思い至った。
 だが、おそらくこれは口実で、翔子も又身動き出来ず良いようにくすぐられ悶える親友を見て、自分もやってみたいと思ったのが本音だと言えた。彼女もまた、魔道にはまったのである。
「恭子、ごめんね」
 ちょっと負い目があるような表情で、でも実にわくわくした表情で、それでいて全く遠慮なく、翔子は親友のがっしりと固定されている両足へと手を伸ばした。
「あっあっ、いやはははははははははははは!きゃははははははははは、翔子、あはっあはっやめてお願い!あはははは、よしてよ~!!」
 翔子と言う全く異質のくすぐったさが加わり、恭子はさらに甲高い笑い声を上げ体を震わせた。弱点である足の裏を触れるか触れないかのタッチでくすぐってくる親友の指から逃れようと、必死で脚を動かそうとするが、しっかりと結ばれた紐はそれを許さず、結局自由となる足首から下がくねくねと動くだけでしかなかった。しかもその動きは、端から見ていると、もっとくすぐってと言って求めているかの様にも見え、よけいに責め側二人を興奮させた。
「翔子ちゃん、彼女がちゃんと反省して、笑わずに謝罪するまで、徹底的にお仕置きをするからね」
「はい」
 それは、無制限に他ならない。
「そ、そんな、ひゃはははは、い、いひひひひひひひ、意地悪!鬼!悪魔!」
 首を仰け反らせ、笑い苦しみながらせめての抵抗として悪態をつく恭子。だが、この状況での抵抗はさらなる責めへの口実にしかならなかった。
「あ、まだ、そんな事を言うの?」
 そう言って、マスターが翔子に視線を送ると、彼女もこくんと頷き、意志を理解した。
 途端に二人のくすぐりが一層の激しさを増した。
 脇腹を徘徊していたマスターの指は、その行動半径を広げ一気に脇の下まで行くと双方4本の指を揃えてぐりぐりとこね回しながら、ゆっくりと腰まで行っては戻る動作を何往復も続け、翔子も両足の裏・甲・膝頭・内股を撫でるようにくすぐりながら不規則に移動し続けた。
「!!!!!!!!」
 その刺激は今までの行為がお遊びでしかないと思えるほどの激しいくすぐったさとなって恭子の体を直撃した。
「きゃあははははははっははははあっははははははははっははははっはは!!だ、だっ、だぁっははははははははははっはははははは!!こ、こうさ、ひゃははははははあははははっはははははは!」
「ほれほれ、悪魔のくすぐりはどうかな?」
「反省しない人はお仕置き地獄よ」
 恭子はそれこそ死にものぐるいでこのくすぐり地獄から抜け出そうと試みたが、激しく振り回される頭とは裏腹に、拘束された体は申し訳程度にしか捩ることしか出来なかった。
「ぎゃはははははははは!あははははははははっ!!あ~っはははははははははは!!!」
 もう、何を言おうとしても笑い声しか出なかった。口が開けば無理矢理笑いが引き出され、恭子は一気に酸欠へとおちいった。
「も、もう、もう、くふふふっふふふふふふふふ!」
「恭子、気絶してこの状況から逃げたら、気絶している間に服を脱がしてエッチな格好にして記念写真撮っちゃうわよ」
「ん~~~!!んふふふふふふふふ!!」
 笑い悶えながらも翔子の言葉を理解し、抗議の意志を笑い声混じりで放つ恭子。
「でも、気絶してくれていいわよ。そしたら、私も恭子の弱みを握れるから、お合いこだものね」
 翔子の言う「お合いこ」とは、自分がくすぐられて絶頂に至ってしまったと言う痴態を恭子に知られてしまっている事を示している。
「ん~!!ん~!!きゃははははははあはあははははは!」
 激しく左右に首を振って拒否の意志を示す恭子。例え条件は同じとなっても、「知る」のと「知られる」のでは事情が違う。
 抵抗しようにも、四肢は自由を奪われており、今すぐに脱がされても抵抗は出来ない状況である以上、彼女の方が圧倒的に不利な立場といえるだろう。
「翔子ちゃん、弱みって何?」
 マスターが当然気になる疑問をなげつけた。むろん、その間もくすぐりの手は休めない。
「な、内緒です」
 事実を本人に語れるはずもなく、真っ赤になって翔子は言った。
「ふ~ん、じゃあ恭子ちゃん、教えてくれないかい?でないと、ずっと、くすぐっちゃうぞ」
「駄目!恭子、言っちゃ駄目よ!喋ったらずっと、くすぐってやるから!」
 それは恭子にとってはどちらも同じ結果にしかつながらなかった。
「そ、そんなぁ!あはははははははは、きゃはははははははは、ど、どうしてぇ~!!どうすれば、いやっはははははははは!どうすればいいのぉ!」
「喋ったら許してあげよう」
「喋ったら許さないから」
 二人が同時に言った。
「喋らなかったらずっとこうだよ」
「喋らないって言うなら許したげる」
 本来のお仕置きという口実から離れていたが、三人とも、そんなことは綺麗さっぱり忘れていた。マスターと翔子はくすぐる行為に夢中のため、恭子は当然、それどころでは無いためである。
 特に、恭子は一刻も早くこの地獄から抜け出したい一心だったが、彼女に突きつけられた選択は過酷と言う言葉だけでは表現できないものだった。
 翔子ににしてみれば自分の秘密を守りたい一心の行為だったであろうが、マスターに至っては状況を利用した辛辣な意地悪でしかない。
「やはははははは!あはっはははははははは!あ~はははははははははは!!あっあっ!ああっ~!!」
 どちらの選択も選べるはずもなく、笑い悶える恭子に、第三の選択が迫りつつあった。
 すなわち気絶。翔子に言わせれば「お合いこ」であった。
 だが、自分の痴態を目撃されるのではなく、写真として記録される事をよしとしなかった故に今まで耐えて来たのである。目前に迫ったその感覚を恭子が素直に受け入れるはずもなかった。
「くふふふふふうふふ!、ほ、本当に、あははははは!もう駄目、きゃああっはははは!!お願いだから、あはあははっ、許してぇ!」
 最後の力を振り絞って恭子は懇願した。
 翔子はその姿に自分のそれをだぶらし、思わず僅かに勢いを落とした。だが、マスターはその口調から、恭子が限界近い事を悟り一層くすぐりの手を強めた。
 それは今までの責めで知った、彼女の弱点に対する最も効果的な責めの集中攻撃だった。
「ひあっ!!!あ!ああ!あああっ!あ~~~~!!!!!!!!!」
 気が狂わんばかりの刺激を受けた恭子は、激しく体を痙攣させると、意識が真っ白になってついに気絶してしまった。


「恭子・・・・・・・」
 気絶するまでのくすぐり。今までそこまで至った事がない翔子は、いきなりそれに達した親友の姿を見て、同情と羨望と嫉妬とが混じった感情を抱いていた。
 ともかくも、拘束を解いてあげようと伸ばした手をマスターの手が遮った。
「マスター?」
「人の心配より、今度は翔子ちゃんの番だよ。まず、お仕置きにするかい?それとも借金返済?それとも・・・・・・・・・・・・さっきの弱みって話の件について尋問しちゃおうか?」
 ハイになったままなのか、意地悪っぽい口調で出された選択肢に、翔子は今までの関係が今日を境に微妙に変化するだろう事を予感した。
 それが彼女にとって良い方向なのか悪い方向なのか、知る者はまだいない。

 翔子の本日の借金返済
 ・・・・・・・・・・・・本日の借金返済については、被害総額の追加に伴う金額の算出が終了していないため、計上不能。



  つづく



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