<引き継がれる魔王>負けた。
それを悟った直後、魔王の身体は甦った重力に従ったまま大地に激突した。
同様に落下していたキーンもまた重力に引かれて落下していたが、鎧の背部から即席の翼が生じ、その空気抵抗のおかげで減速し、ダメージを受けずに着地する事が出来た。
降り立ったキーンはすぐさま魔王の落下点へと移動し、大地に横たわったままの魔王の近くまで歩み寄った。
「見事・・・・・だったよ」
覇気は失われていたものの、しっかりとした魔王の眼差しがキーンに向けられた。
「どちらも本命だったとはな・・・」
気孔弾と剣撃。キーン一人によるこの同時攻撃に対し、魔王は気孔弾が牽制役で剣撃が本命と判断し、それに対応した。しかし結果は気孔弾が、自分と技を放ったキーンをも巻き込む形で炸裂し、その結果、彼の必殺の一撃を受ける事となった。
「あんたと俺・・・俺が確実に勝っているのはダメージの回復力だけだからな。それを利用するしかなかった」
今も鎧の助力によって回復していく傷口を見せてキーンは言った。
「これがなければ勝てなかった。魔族とルシアの助力を得ての辛勝では、1対1で闘ったら完敗だろうな」
それは、この勝利にキーンが満足していない心情を現していた。
「お前のその鎧・・・・・俺がハンデとして送った物じゃない。紛れもなくお前自身の力で手に入れたものだ。もっとも、呼び込みに際して、少しはちょっかいを出したがな」
「やっぱり、あの時の呪文詠唱はあなたが・・・」
「ああ、一言、二言が違うだけでも召喚される存在は異なる。だが、あんな強力な奴が出てくるとは思わなかったけどな。正直、あの時は、お前が倒されるんじゃないかと思って冷や汗をかいたよ」
痛みを堪えつつ、魔王が苦笑した。
「そして武器に関しても、その力を発揮させるのは所有者だ。名剣を持っただけで勝てるほど、闘いは甘くはない」
「・・・・・ルシアの力はそれだけじゃない」
キーンは魔王が若干誤解しているのに気づき、それを正した。
「これ、何だか解るか?これで俺には彼女の持つ忍者技能も備わっていたんだ」
「あの時の闘い方か・・・・」
キーンの見せた『魂の絆』を見て、ルシアと言う者の助力が剣の献上だけではなかった事を知り、魔王は納得した。
「あの女・・・だな。お前のその剣を渡す際に、気孔弾を放った・・・・」
それで合点がいく。危険を承知で彼等の闘いに割って入った理由と、気孔弾を放った、いや、放つ事ができた理由のつじつまが合う。
「楽しい・・・実に楽しい闘いだったよ。生涯最後の闘いがこれほど満足の行く物になるとは思わなかった」
天を見上げ、邪気の全く感じられない声で魔王は言った。
「ディオン様っ!」
聞き覚えのある声がキーンの背後で放たれた。新たな大地で甦ったドライアードの精霊であった。
ドライアードは無惨に横たわる魔王ディオンの姿を見て、複雑な心境となった。
死の運命から抗う術を与えてくれた恩人が、目の前で瀕死の状態となっており、その実行犯が、新たな大地を提供してくれた恩人のキーンであったのだ。
どちらも計りにかけて加担できるような存在ではなく、彼女にとっては二人が和解してもらう事こそが、最良の状況であったのだ。
「おう、本物の大地に根付けたんだったな。良かったじゃないか」
ドライアードの姿を見て、ディオンは自然な笑みを浮かべた。
「そんな・・私の事より、ディオン様のお怪我が・・・いま、回復を・・・」
「いいんだ」
回復魔法の類なのだろう、自分にかざされようとした手を、ディオンは拒んだ。
「正面切っての闘いの結果だ。このままでいい・・・・・このまま死なせてくれ」
「でも、でも、ディオン様は生きている限り抗って生きて見せろと言って、私に力を与えてくれました。なのに・・・なのに、貴方は諦めるのですか!」
「俺は十分生きたよ。それに向こうで待ってる奴に会いに行くのも悪くない」
ドライアードはそれでも、回復を行おうとした。だが、ディオンの眼差しの中に、言いようのない哀しみの光が宿っている事を察し、その手を止めた。
「ディオン・・・・・やっぱり貴方はディオン・ネビュラ・・・・伝説の傭兵がこんな所で何をしていたんですか!」
傭兵ディオン。傭兵連中の中には傭兵王と呼称する者もおり、生きた伝説と称された屈指の傭兵で、吟遊詩人の唄や伝承にもその名を登場させる有名人であった。
その実力は伝説に劣らず、歴史的な局面を左右する闘いにも大きく関与しており、彼の力によって歴史が動いた事は幾度もあり、傭兵家業で彼を知らない存在はいないほどであった。
「お前は・・・・どう聞いていた?」
「・・・・・・クーラン王朝内戦の闘いで急進派に雇われて参戦したものの、急進派の背後にいた隣国のメシャール国軍の裏切り的総進撃によって、行方不明となる・・・・以降、一度も姿を見せないため、戦死と認定・・・・」
「その通りさ・・・・」
「でも、あんたは今ここにいる・・・」
「死んだも同然さ・・・・今じゃなくて、あの闘いでな・・・・・・・」
「できれば、事情を聞かせてもらえるか?」
「無論だ。そう・・・・約束しただろ・・・」
ディオンの言葉に、キーンが僅かに眉をひそめた。傭兵王と呼ばれた勇士の行方不明と、この国での一件に接点がある事を、彼は暗に語ったのである。
「全ては、あのクーランの内戦時の敗戦から始まる・・・・・・・」
天を仰ぎながら魔王を称した、『人間』ディオンは語り始めるのだった。キーンは微動だにせずただ佇んでいた。
その足元には即席で作られた墓碑が無造作に置かれており、ディオンの着用していた僅かばかりの装備が、装飾のように置かれていた。
魔王ディオンは死んだ。
生死をかけて闘ったキーンではあったが、僅かの時間、二人は友として分かり合えた。魔王としてではなく、戦士として闘うことの望んだ彼は、好敵手でもあり友としても在って欲しい存在のキーンによって、人生の幕を閉じた。
『死』それは、ディオンが心底願った事だったのだろうとキーンは思った。彼はディオンから幾つかの物を残され、譲られた。
装着者の求める形状・サイズに変化する短剣『カイゼル・ブレード』、この国の王女が奪還を依頼した『秘宝』と『魔獣』、至高の宝『ブラッド・ストーン』そして、この国に対する命題とも言うべき物。
全てを聞いたキーンには、ディオンが魔王としてこの国を襲った心情が理解できた。だが、道理として選択していい判断かどうかは解らなかった。人には人の正義があり、自分と異なる判断が全て過ちである・・・とは思っていないだけに、何が正しいかと言う判断を容易に出せないでいた。
これは彼が長い傭兵家業で、色々な様相の『正義』を見てきた事にも原因があった。
何かの宗教や国家に属していれば、それが掲げる正義に付き従うことが出来ただろうが、生きるためにあらゆる陣営につく傭兵であったがために、色々な主張の存在を先ず受け入れる形がキーンには出来てしまっていたのである。
ともかくも、まずは請け負っている依頼を完遂させるのが先決と判断したキーンは、ディオンより譲り受けた『秘宝』を手に、王宮へと向かった。
王宮は彼が最初に来た時に比べて、実に賑やかになっていた。これは囚われの身となっていた者達が復帰した事が一番の理由である。
先の戦闘で、城にもかなりの被害が生じていたが、幸いにして謁見の間は被害が軽微で済んでおり、キーンと王女の対面はこの場で行われる事になった。
「思ったよりも遙かにハードだったが、仕事は終わった。魔王は・・・魔王ディオンは死んだよ」
あえて名を言うことで王女の反応を垣間見ようと試みたキーンであったが、王女はそれに何の関心も示さなかった。
「証拠はありますか?」
「あれだけの激戦の後で、ここに来たのが俺である事が何よりの証拠だと考えるが?」
そのくらいは判断できるだろう。と言うニュアンスを込めてキーンは言った。
「良いでしょう。それで、魔獣と秘宝に関してはどうしましたか?」
「魔獣は現在異空間に放置中。秘宝に関しては奪取に成功。期待されなかった傭兵にしては上出来でしょうに」
「では秘宝をここに・・・」
「その前に!」
結果を求める王女に対し、キーンは手を突きだして遮った。
「報酬に関して、先に話をつけておきたい」
「強欲な・・・ですが、働きを示したのも事実。どれほどの報酬の望む?」
「金や宝石はいらん」
言い切るキーン。
「その変わりに、この国の忍者ルシアを俺に譲ってくれ」
その名に周囲がにわかにざわめいた。
「ルシアを報酬にすると?」
「ああ、この国から出ていく手みやげ代わりだ」
「彼女はいません」
「何?」
端的に放たれた王女の言葉に、キーンは自分の耳を疑った。
「彼女はもう、王宮にいないと言ったのです」
「何故!?」
キーンは自分の鼓動が早くなるのを感じた。つい先程までここにいて、自分に剣を渡してくれたルシアがいない。自分の知らない僅かな時間で大きな変化が生じたことを彼は感じた。
「彼女はこの国の法を破った罪により、即決の後に追放となりました」
「法を破った?」
「そうです。あなたと言う『男』に心奪われ、私や国にではなく、『男』の為に命をかけました」
「たった・・・それだけでか!?」
「この国では重大な背信行為です」
「それで彼女をどうした!」
「国外追放として、樹海のどこかに魔法転移させました」
「こ・・・・この馬鹿野郎がっ!」
キーンの怒声に周囲の兵士達が身構えた。野蛮な男が、感情にまかせて王女を害するのではないかという判断に基づく行動であったが、当の男は、感情にまかせた行動ではあったものの、それは周囲の想像とは異なっていた。
「どこへ行くのです」
いきなり背を向け駆けだしていくキーンを見て、王女は言った。
「知れた事、ルシアを助けに行く」
「貴方には件の報告の義務がまだ残っています」
「無報酬となるなら話は別だ。先にルシアだ、あんたは待ってろ」
後は一目散に駆けていくキーンだった。キーンは闘気士・忍者、双方の技能をフル活用して走り続けた。
高い塀・家屋の屋根に飛び移り、構造の脆い部分を避けつつの全力疾走。忍者としての隠密性は皆無であっても、その進行速度は闘気士の力業により、他の忍者の追従を許さないものとなっていた。
キーンは焦燥感を感じつつも、忍者の技能が行使できる現状に安堵していた。『魂の絆』により忍者技能が使える限り、その源であるルシアの存命は保証されているのである。
『ドライアード!!!!』
結界の穴から森へ出たキーンは、先ず真っ先にこの周辺一帯の植物の中で、意志の疎通の出来る唯一の存在のドライアードの元へ赴いた。
「あら、どうしたの、そんなに慌てて?」
「説明は後だ、それより、この森の中に女が一人取り残されているんだが、判らないか?」
闇雲に探すより、同じ植物同士での情報が得られないかと思っての判断だった。
「その女って、貴方の大切な人」
「そう言う世間話は後だと言ってるだろう」
「余程、動揺しているようね・・・・」
「見て分かるだろ。こんな物騒な森に、女一人じゃ、死ねと言ってるようなものだ」
「冷静になって」
「探してくれたら冷静になる」
「だから、冷静になってって・・・・貴方、忘れてるわよ。私より遙かに頼りになるモノの存在を・・・」
「?」
「ディオン様のブラッド・ストーン!」
キーンの懐を指差し、ドライアードは言った。
「あ!」
思わずキーンは呆けた声を上げた。慌てるあまり、これ以上ない最短方法を失念していたのである。
キーンはすぐさま鎧の腰部の一部を変化させて形成していた収納場所に手を伸ばし、ディオンより譲り受けたブラッド・ストーンを手に取った。
「ルシアのもとへ!!」
何の躊躇いもなくキーンは願った。ブラッド・ストーンに対する願いとしては実に程度の低いものではあったが、当事者にとってはそれだけ急いでいたという事である。
どこかの魔剣や聖剣の様に、所有者を選り好みするような自己の判断を持たないブラッド・ストーンは、直ちに発動した。
キーンの身体がたちまち光に包まれ、魔法とも異なる空間転移を行った。
彼の視界が眩い光で覆われたのも一瞬の事で、次の瞬間には視界にルシアが現れた。ルシアが現れたのではなく、キーンが現れたわけだが、そう言う些細な違いはこの際どうでも良かった。
「ルシア!」
「キーン様!?」
キーンは歓呼の声をあげ、ルシアは不意に出現した彼に、まずは驚いた。
瞬間、互いは互いの存在に気を取られた。それが最悪の結果に結びついたのは、運命の悪戯でしかない。
「っくぅ!」
突如ルシアはか細い悲鳴を上げて身を小刻みに痙攣させた。彼女の腹辺りから、二本の鋭利な突起物が突き出ていた。
「!!!?」
背後からの攻撃による物だった。それに気づいた時には時既に遅く、彼女の身体から大量の血が流れた。彼女は今まで、この森に棲息しているジャイアント・レギアントと言う、大型のアリ種と闘っていたのである。大型昆虫のアリ種であればそう、珍しくはなかったが、この『レギアント』と称され区分されているアリは、形状も一般のアリとは大きく異なり、実に戦闘的な形態に進化したアリで、牙だけでなく六本の手足の前二本までもが攻撃の為の鋭い爪となっており、これが彼女を貫いたのである。
ルシアに固執する余り、周囲の、それもすぐ近くに存在した危険にすら気づかなかったキーンのミスも小さくはない。
「キー・・・ン様」
血の気の失せた表情で呟いた後、彼女の頭はがくりと垂れた。
「うああぁぁぁっっっ!!」
キーンが絶叫し、唐突に駆けた。新たな得物に気づいたレギアントが反応するよりも早く相手の側面に回り込んだ彼は、手刀に気を集中させて刃状にすると、ルシアを貫く爪を叩き斬り、昆虫独特の不気味な頭部に拳を叩き込んで粉砕した。
勝負は一瞬であった。いかに生命力が強く、多少の身体の欠損も意に介さないレギアントも、頭部を失っては生命体として活動はしなかった。
キーンは、もはや敵性体となり得ないレギアントには目もくれず、ルシアのもとへ駆け寄ると、彼女の身体を貫いている爪を慎重に引き抜き、抱き上げた。
「ルシア、ルシアっ!!」
必死の呼びかけに、既に生気を失っっているルシアの目がゆっくりと開かれ、キーンを捉えた。
「ルシア、迎えに来たぞ。王女の仕事も終わったし、一緒に外の世界に出るんだろ!」
長い間、戦場を駆けていた彼である。彼女の状態が深刻なのは判っていた。だが、闘気士でもある彼には、気をしっかりしていれば最悪の事態は回避できる・・・と言う精神論もあり、過去に自らそれを実践した事もある。そして少しでもその兆候が在ればあとはブラッド・ストーンで治癒は可能だった。それに望みを託していたキーンであったが、死神の釜は彼女に振り下ろされる事となる。
(ごめんなさい)
ほとんど聞き取れない声で語った後、僅かに笑んで、ルシアは瞼を閉じ、二度と開かれる事は無かった。
些細な生命の終演。傭兵として生きていた彼にとっては日常茶飯事と言っても過言ではない光景であった。だが彼女の死は、痛烈な衝撃を彼に与えた。それはかつて彼の故郷が壊滅した光景を目の当たりにした時以来であった。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
キーンは嗚咽した。腹の底から絶叫したかったのだが、上手く声が発声できなかったのである。
(俺のミスだ!あの時、俺が移動するのではなく、ルシアを自分のもとに呼び寄せればよかったんだっ!)
だが、基本的に(依頼を受ける形式で)他人の為に働くという彼の行動パターンが、自身の移動という手段を取った。
(今も、彼女の息のあるうちにブラッド・ストーンを使用すれば、彼女は存命したはずだ!)
しかしあの時、一瞬でも彼女から目を離せば、彼女は息絶えてしまうのではないかと言う危機感が彼に行動させる事を躊躇わせた。
「ルシア・・・・」
キーンは返事をする事もなくなった彼女の身体を抱きしめた。できれば生きているうちにしたかった包容。
「もっと話したい事があった・・・・もっと聞きたい事があった・・・・共に・・・・・外の世界を旅したかった・・・・・・・ルシア・・・」
もの言わぬ屍にただ呟くキーン。
(俺の判断が・・・)
彼女の死の原因の一つとなった自分の行為に、激しく後悔するキーン。そしてそれは激しい怒りと言う感情となって、彼の心を駆け巡った。
(ドクン)
キーンは気づかなかったが、この時、僅かに彼の鎧が脈動した。鎧の本体であるセイファートが、キーンから生じた最も好ましき『負』の感情に思わず反応してしまったのだ。
その感情は見る間に彼の心を支配した。その抑制役となっていた存在の死が原因でもあるため、歯止めが全くかからなかったのである。
沸き起こる彼の怒りは無論、自分自身に向けられていた。だが、今までの不満からか、あるいは自責の念に耐えきれなくなってか、あるいは必然的にか、それは在る方向へと集約されていった。
ガサッ!
その時、周囲の木々が僅かに唸った。
キーンが視線を向けると、彼の周囲に無数のレギアントが集まっていた。大型化しているとは言えアリの仲間である。基本的に集団行動は当然であり、先程の一匹が戦闘あるいは死の際に、仲間を誘引するフェロモンを放っていたのであろう。
その数はさすがに昆虫と言うべきか、かなりの数に達し、足場のない一部が木々に群がる程になっていた。
多勢に無勢と言う状況であったが、キーンに恐れた様子は一切見受けられなかった。それどころか、今までに無い冷たく乾いた笑みを浮かべていたのである。
レギアントが昆虫ではなく動物であれば、彼から放たれる異様な殺気に気づいて逃げ出していただろう。だが、フェロモンによって攻撃的になっていた昆虫にそのような判断力は備わってはいなかった。次の瞬間、森の一角が眩い光に包まれ、そして消滅した。
無礼にも王女との謁見を途中で放り投げた男が戻ってきたと言う報が成されたとき、城内では緊張が走った。
男の存在そのものがタブーであるこの国において、その男が、国の最高権力者との会見を一方的に中断した。その前代未聞の事態に、王女が気を悪くしたのは言うまでもなく、どの様なやりとりが行われるのか、皆、固唾をのんだ。
王女には面目を保つ意味でもキーンとの会見を拒否する事が望ましかった。だが、魔獣・秘宝の一件がはっきりとしていない以上、彼と会う必要があった。
「通しなさい」
自分の顔に泥を塗った相手と再会する事に不快感を感じながらも、王女は臣下に一言命じた。
そして程なくしてキーンが謁見の間に姿を現した時、その場にいた一同は思わず身震いした。彼から言いようのない不気味な殺気が漂っているのである。戦闘経験者は当然の事であり、侍女などの非戦闘員でさえ、その気に言いようのない不安と恐怖を本能的に感じていた。
ただキーンが小脇に小さな木箱を抱えているだけの、隙だらけな状態であったため、自分の本能が感じている感覚が何かを容易に理解することが出来なかった。
王女の玉座との形式的な位置まで来たキーンはそこで立ち止まり、王女を見やった。
「よく戻りました」
「そう約束したからな」
感情のこもらない言葉に、同様の口調で応じるキーン。
「では、そちらの用件が済んだのであれば、魔獣の報告と秘宝をここに・・・」
「済んではいない。永遠に済まない。ルシアは死んだ」
溢れる感情を最大限の努力で抑制してキーンは言った。
「それは残念です。では報酬に関しては相応する金品で応じるので、先に秘宝をここへ」
何の感慨もない王女の一言。その上、ルシアと金品を等価に見なす発言。これがキーンの感情を抑制していた最後の鎖を断ち切った。
「少し昔の話だ・・・・」
唐突にキーンは語りだした。
「二人の男女がいた。二人は傭兵であり恋人同士であり、常に共にあった。だがある時、所属していた側が戦争に負け彼等は敗者となった。敗走中の最中に、女の方が毒矢を受け瀕死の状態となった。男は愛する者を抱えて敵陣を抜け、山を越え、森を突き進み、とある秘境の国にたどり着いた。男は女が助けられると喜んだ。だが、国の連中は二人の入国を頑なに拒んだ。男がどんなに懇願しても誰も助けてくれず、結局女は男の腕の中で息絶えた。村の薬屋や回復魔法の使い手であれば簡単に処置できるはずの毒だっただけに男の落胆は酷かった。毒矢を放った相手を恨み、敵陣営を恨み、戦闘技術ばかりで回復魔法の一つも扱えなかった自分自身を恨み、そして古い慣習にしがみつき女を助けてくれなかったとある国を恨んだ」
「そして、それら全てに復讐する事のみが生きる目的となった。敵陣営と毒矢の使い手は一週間とおかずにこの世から消滅し、『国』も、男が組織したモンスターの軍団によって大混乱となり、最後に残った恨みの対象である自分自身は、より強い存在によって・・・・・今し方、この世を去った」
キーンの語りが何を示唆しているのか、誰もが容易に理解でき、周囲はざわめき始めた。露骨な非難や野次もあったが、彼は周囲の反応など一目もせず、ただ一人、王女の反応だけを見ていた。
「解るか?今回この国を襲った一連の一件。全てはこの国そのものが原因だったんだよ。たった一人の女を治療してやれば、こんな騒動は起きなかったんだ。すべては、この国が元凶なんだよ」
彼は最後に、個人的な意見を告げた。
「すべて、古くからの慣習に従ったまでです」
それに対し、王女は我関せずと言う態度を保ったままだった。
「慣習と人の命を天秤にかけて、そっちを選択するか!?そこまでして守るほどの慣習か?」
思わずキーンは問うた。彼の価値観は、王女のそれとは大きく異なる物である事がこれではっきりしたと言える。
「古くからのしきたりは守られるべきです」
「どんなくだらない内容でも・・・か・・・・頑固者が・・・もういい」
キーンは吐き捨てる様に言うと、左右に控えていた衛兵に、抱えていた木箱を投げ渡し、王女のもとへ持っていくように促した。
「秘宝の入っているのはこれだろ?確認を・・・・それと、魔獣の方は、塔の連中が作った異空間の檻に入っているから、こちらから無理にこじ開けない限り二度と出会う事はない」
キーンは『秘宝』が王女に届く前に、簡潔に『魔獣』に関する報告を行った。
王女は木箱を受け取ると、何ヶ所かをチェックし、箱がまだ開かないことを確認した。
「間違いなく『秘宝』の木箱です。やはりあの魔王もこの木箱の封印は解けなかったようですね」
自らの手を持ってしても開けることの適わない木箱を見て、王女は安堵の声をもらした。
「あ~・・・王女、いいか?」
その様子に水を差すように、キーンが言った。
「その『秘宝』に関して、あんたは全くと言っていいほど何も知らないだろ。俺の知り得た情報を教えようか?」
その何気なさそうに放たれたキーンの言葉に、周囲がざわめいた。
『秘宝』の秘密。王女すら知り得ない事。そしてそれをこの男が知っていると言う事態が、周囲の者達に衝撃を与えたのである。
「秘宝の秘密を貴方が知り得たというのですか?」
「そう言った。が、秘密にするほどのたいそうな事でもない。情報料は無料サービスしておくさ」
今まで王家にも知らされていない内容を軽く見られ、王女は気分を害したが、感情にまかせて彼を追い払う愚行は避けた。
「・・・・・・・・ならば、説明を・・・」
「なら、もう一度、その箱を貸してくれないか」
怪訝に思いながらも王女は侍女を促し、自分の持っていた木箱をキーンへと届けさせた。
木箱を受け取ったキーンは、コンコンと箱をつつきながら、少し考えた風な様子となった。
「さて、どういった順序で話すべきか・・・・」
「貴方の知り得る全てを話しなさい。我々にはそれを知る義務があります」
「義務ね・・・・・知らない方がいい事実もあるもんだがな・・・・それじゃ・・・」
そう言ってキーンは箱に手をかけると、何でもないようにそれを開けた。
「!!!!」
無言のうちに、それもさりげなく行われた行為に、王女を初めとする一同は大いに驚いた。
堅固な封印により、この国が建国されて以来一度も開けられたことのないはずの『秘宝』の木箱が容易く開けられたのである。ある意味、歴史的瞬間とも言える出来事に直面して驚くなと言う方が無理な話だろう。
「ふっ、封印が解けた?」
「そんな、そんなはずは、私が調べた時には確かに封印は機能して・・・・」
臣下の動揺に呼応するかのように王女のそれも大きくなった。確かに彼女が箱を開けようと試みたとき、鍵がかけられているかのように拒まれた。だが、その直後キーンによってそれは簡単に開けられたのである。
「確かに封印は機能している・・・今もな。今までこの国の連中の誰もが開けられなかったのは、封印の種類に原因があるのさ」
「封印の種類?」
「あんた達には無理で、俺には可能・・・・・分からないか?この国に張り巡らされた『結界』と同種で、条件が正反対だったんだよ」
「どういう意味ですか?」
「つまりだ、その『秘宝』の箱の封印は、『女』には開けられないようになっていたんだよ。『男』である俺には、全く関係のないものだから、ほら、この通り」
言って、何度も箱を開閉してみせるキーン。
「そ、それで・・・中は何なのです」
全てを否定したいと思う王女であったが、事実を目の前にしては逃れようもない。
封印の示す意味も知りたかったが、それよりも先に、永年の秘密であった『秘宝』の真実を知るべく、王女は問いただした。
「実物を知れば実につまらない俗物的な物さ」
言って木箱を放り投げるキーン。一瞬、全員の注意が木箱に集中したが、誰も受け取ろうという反応までには至らず、箱は乾いた音を立てて落ちて床を滑り、玉座の前まで転がった。
「!っ・・・どういう事です」
目の前に転がった箱の中には中身が存在していなかった。これに王女は不信感を憶えた。 木箱の中は宝石箱のような内装が施されており、卵程度の大きさの物体が2つ納められた事を物語る凹みが存在していたため、中身がなかったと言う訳ではなかった事を暗に示している。
「『秘宝』って言われているアイテムだけど、既に発動していたんだよ。塔に捕らわれていた連中の何人かはそれを目の当たりにしていたんだが、実体を知らなければ知りようはないよな」
「それはどう言う意味か?」
「率直に言うとな『秘宝』って呼んでいるこいつの正体は淫具だったのさ・・・それも女専用のな」
「い、淫具?」
予想もしていなかった言葉に、王女は思わず声を詰まらせる。
「そう・・・・あんた達の為にあるアイテムではあるが、あんた達が使うようには出来ていない・・・・男が女に使うアイテムさ。いわばこの国にとっては無用の長物だ」
「・・・・・・・・・・・・だから、俺が使わせてもらう」
明らかな悪意を持ってキーンは言った。その言葉の意味する事を一同は理解した。
「あなたにそのような権限はありません!」
「何も考えず、古い慣習に従ってしか生きていけず、その上で国の秘密すら知り得ていないあんたに、『これ』の所有権を主張できるのか!欲しければ実力で奪って見せろ」
言ってキーンは懐から掌サイズの宝玉を取り出した。形状・サイズから、秘宝の納められていた木箱の中身の一つであろう事は、誰もが予想した。
「奪いなさい!」
王女の合図と共に、周囲に控えていた戦士達が一斉に襲いかかった。結果的に塔から救い出された者もその中にいたが、王女の命令が優先されたのである。
魔王を倒した者と言う事実もあり、一同の攻撃はほとんど全力であった。そうでなければ倒せない事は誰もが認識している事であった。
魔法使い・精霊使い達の魔法攻撃が先行してキーンに襲いかかり、その攻撃がやんだ直後に前後左右からの剣と槍が振り下ろされ、突き出された。
全員の剣に手応えが感じられた。だが誰もが致命傷の一撃に至っていない事を目の当たりにする。
剣も魔法もキーンの肉体に命中はしていた。本来なら彼女達程度の攻撃など、全て魔鎧セイファートの防御能力で無効化出来たのだが、今回彼はあえてそれをせず、自らの肉体だけでそれを受け止めた。それは彼の怒りの現れでもあった。
「それだけか・・・・」
気により強化された肉体は魔法攻撃の衝撃を無効化し、剣の攻撃も数ミリ単位の傷しか生じさせなかった。
「それだけかぁー!!」
キーンの咆吼と共に彼の全身から気がほとばしり、攻撃を仕掛けた剣士達が吹き飛ばされた。
「魔王となったディオンの行動も、俺のこれからの行動も、全てはこの国の慣習が発端だ。これから起きる出来事も、あんたの支持する『慣習』による結果なら、本望だろうさ」
キーンから素人目にも分かるほどの圧倒的な怒気が放たれた。そしてそれに呼応したのか、彼の身につけていた鎧が脈動を起こして変貌し、よりまがまがしく、凶悪的な形状へとその姿を変えた。その姿は、人間であったキーンが悪魔に魅入られ変態したかにも見えた。
「何の真似だ?」
キーンは鎧の意志に語りかけた。
『我が主よ、貴方の内から放たれる生命力に、先の形態では耐えられぬ故、相応の形状をとらせてもらった。だが、ここまでせずとも、この程度の連中であれば制圧は容易いのではないのか?』
「そのつもりなんだがな、抑えようとしても抑えきれない感情もあるんだ、人間にはな・・・・・・ディオンが戦闘の最中に言っていた言葉の意味・・・・・全てがようやく分かったよ」
抑えてこれ程か・・・言葉に出さずセイファートは思い、つくづく人間は面白くもあり驚愕すべき存在であると言う事を再認識した。
「最後に・・・・・・ここにいる全員に、一度だけチャンスをやる。このまま、この国の慣習に殉じるか、俺の配下に下り、平穏に生きるか・・・だ。自分自身で判断し選択しろ」
周囲の一同を見回してキーンは言った。
少女達は例外なく迷った。ただ単純に勝つ側に組みするだけなら判断は容易であったが、それは即ち、今まで自分が信じていた生き方を否定する事にもなる。それは自分の国をも否定する事と同義でもあった。
幼児などならまだしも、その慣習に従い生きてきて、その象徴でもある王女に仕えてきた、王宮従事者に軽々しく結論を出せるものではなかった。
いや、判断だけなら誰にでも出来た。ただ、それを表だって行動に移すまでの勇気が、ほとんどの者に不足していたのである。しばらくの間、時が止まったような静寂が続いた。
誰もが自分の判断より他人の行動が気になる状況の中で、その緊張に耐えかねたかの様に、一人の少女が、キーンを取り囲む群の中から抜け出て、ゆっくりと歩みより彼の真正面に立ちはだかった。
「あんたは・・・・・」
すぐに名前を思い出せなかったが、キーンには目の前の少女に記憶があった。
「憶えていてくれた?貴方に悪戯されてイッた、ファーラよ」
そう言ってファーラは、挑発的とも思える笑みを浮かべて、腰に吊されていた細身のレイピアを抜いた。
「!?」
単独で勝負を挑むのか?キーンを含めた誰もがそう思った。
だがファーラは、笑みを浮かべたまま剣を垂直に構え、その手を胸の前に移動させた。敬礼等に部類される形式の型であった。
「思惑があっての事だけど、私は貴方に組みする・・・いえ、致します」
「「!!?」」
動揺が走った。遂に王宮の者から脱落者が生じたのである。
「俺の背中でも刺す機会を模索しての事か?」
周囲の動揺を全く意に介さず、キーンはファーラを値踏みするかのように眺めた。
「それが出来るような相手なら、とうの昔に塔の中で屍になっているんじゃないの?単純に言えば損得勘定ってところね」
「正直だな・・・・」
無条件で自分に従う存在など、ルシア以外には存在しないだろうと考えていたキーンには、この発言による心情の乱れは微塵もなかった。逆に、正直さと言う一面に好感を感じるほどであった。
「最初の一歩を踏んだ勇気も・・・・・それは評価しよう」
それは自分が異端な存在であるから故の共感であったかも知れない。それらを求め、失ったものを仲間という形で補かったのかもしれない。
「ありがと」
そんなキーンの心情を悟り得たのか否か。ファーラは、新たに選んだ主に促されるまま、彼の背後に回った。
慣習を破り、使えていた王女の目の前で裏切っただけに、彼女に対する周囲の非難の視線は強かったが、その前に立つ新たな主であるキーンの存在は、それを緩和するに足る力強さがあった。
異端とは言え、思想から行動へと『実例』が生じると模倣が生まれる。
この行為で意を決したのか、新たにもう一人の少女がキーンの前に文字通り「現れた」。
「忍者部隊下人 椿・・・・組みします」
長めの髪を後ろで簡単に縛り付けた少女が、片膝をついた形で頭を垂れた。
「忍者・・・・?君は記憶にはないな」
キーンは足元で跪く少女に見覚えがなかった。
「・・・・・・ルシアの、同僚でした」
顔を伏せたまま、緊張した面もちで椿は言った。彼の憤怒の原因がルシアである事を承知している彼女が、この名を口にすることは実に勇気が必要となる行為であった。彼の心情が如何ほどの物か見極めきれないこともあり、下手をすると逆鱗に触れ、八つ裂きにされる可能性も考えられるのである。
「ルシアの・・・・そうか・・・」
キーンは複雑な表情となった。椿は気が気でなかったが、結果は「最悪」には至らなかった。
「いつか・・・・」
「え?」
「いつか落ち着いたら、彼女の話を聞かせてくれ。一緒に修行した事でも何でも・・・・・俺は彼女の事をほとんど何も知らないから・・・・・いつか、本人の口から聞きたいと思っていたんだがな」
ほんの僅か、憂いの表情を見せてキーンは言った。この一瞬で椿はキーンに対する認識を若干改めた。
(この人は哀しみを紛らそうとしている・・・・・・・・)
「私も彼女の全てを知っているわけではありません・・・・ですが、共にいた時間は遙かに長く、貴方の知らない彼女を知っています。それでよろしければ」
「是非頼む・・・・・これで俺はいっそう負けられなくなったな」
そう言ってキーンは椿を自分の背後へさがらせた。
「さぁ、他に利口な女はいないか?」
キーンの挑発的な言葉が、室内に響き渡った。
それらか数分が経過し、結果がでたなと思うまでの間に、彼に組みした少女は全員で9人であった。この数は、絶対的な総数から言えば少ない物であったが、キーンの予測からすれば実に多いものであった。
キーンから見て、その面々に記憶のある者、ない者が混在しており、彼女達の組みした理由も様々であったが、ただ一つ、彼が勝利者になるだろうと言う認識だけは共通していた。
そうした認識は他の少女達にもあった。しかし、国の慣習に殉じる忠誠心故に闘う道を選んだのである。
中には、周囲の目を憚って、踏み出す事が出来なかった少女等も存在し、それがキーンの評価した『一歩を踏んだ勇気』の差であった。後日、敵対派の少女達は、その判断に至った理由に関わらず後悔することになる。「時間だ」
静寂の中、唐突にキーンは言って、この膠着状態の終了を宣告した。
キーン派、王女派に関わらず、少女達は身構えた。キーンの戦闘力は、それを目の当たりにした者でなくとも、今まで国を脅かしていた塔の一党を壊滅させた実績で理解はできた。故に王女派は、数による総攻撃が唯一の手段であり、その好機を掴むべく集中し、キーン派の少女達はその余波に巻き込まれないよう、自分の身を最優先に守るべく相手の動向を見守っていた。
この場でそんな緊張感と無縁なのは、当の本人であるキーンだけだった。彼は手にしていた秘宝の片割れである宝玉を手にしているだけで、剣を抜く素振りさえしなかった。
その余裕が不気味ではあったが、永遠にこうしているわけにもいかない以上、動かざるをえないのは当然であった。
先に動いたのは王女達の側であった。キーン達を取り囲むように分散していた彼女達は、王女の促しに呼応し、予め申し合わせていたかの様に構えだした。魔法・弓での先制の後、剣・槍等による直接攻撃を開始した。
先程と同じパターンではあったが、全員の攻撃力を一瞬に集中させるには、この手法が望ましかったのである。
だが、構えた彼女達が攻撃に移る事は出来なかった。
突如、彼女達の足元の石畳が、粘土のように軟質化したかと思うと、生き物の様に触手状の物体を何本も形成し、彼女達を絡め取ったのである。
この不意打ちに対処できた者は一人もいなかった。動きを封じられ、武器をもぎ取られた少女達は成す術もなく捕らわれた。
この触手に捕らわれたのは攻撃をしかけた者達だけではなく、この場にいるキーン敵対派全てであった。無論、予想もしなかった事態に当惑していた王女も同様であり、立ち上がる事すらできず椅子に縛りつけとなっていた。
「なっ・・・これは一体・・・・」
「こいつが『秘宝』の能力だ」
いつの間にか輝きだしていた宝玉を掲げて、キーンは言った。
「ひ、秘宝の?」
「秘宝って言われているが、こいつの正体は『フュージョン・エッグ』って言われていた古代アイテムの一つだ。こいつには、対になる球状物質があるんだが、こいつを無機物に接触させると融合を起こして定着する。一見、何の変化も無いように見えても、融合された部分は対になるこの宝玉の持ち主の意志に応じた形状に自在に変化する・・・・こんな風にな」
塔攻略の序盤に、キーンを不意に襲った床の変質現象はこれによる物だった。
「エッグの種類によって、その融合可能範囲や基本用途は変わってくるが、こいつは特別品だったらしく、かなりの許容範囲を持っていてな、多少時間はかかったが、今現在この城の全ては既に融合され、俺の意のままになっている・・・・・・・・・つまりは、城内は俺の手足の延長となっているわけだ」
「それでは、今までの事は・・・・」
「取るべき道を選ばせた事か?・・・そう、味方を集わせる意味もあったが、半分はエッグの融合が城全体に行き渡るまでの時間稼ぎだったわけさ」
「卑劣なっ!」
「あんた達の護っていた『秘宝』の実体を知らず、よくそんな事が言えるな。こいつの実体を知っていれば、あんた達の事だ、きっと処分していたはずだ」
「何のことです」
「淫具だって言っただろ。実践して見せてやるから、それで悟るんだな」
キーン言葉に反応したかのように宝玉が輝き出す。話が事実であれば、所有者の意志に従っての反応であったが、王女達側にしてみれば喜ばしい輝きではなかった。
「はっ!はぁあぁあああああっ!!」
「やっ、あっ、あはっあはぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!」
「あっあ~~~~~~~~~~っっっっっ!!!」
周囲で十人十色の悲鳴が上がった。王女がその声にはっとなり、周囲の臣下達を見回すと、全員が様々な形で悶えていた。
床に磔にされた少女は身を激しく上下させて床を打ち、枝のように変化した床に四肢を固定されて宙づりになっていた少女はガクガクと痙攣したように身を振り回し、沼の様に腰から下を床に沈めていた少女は、自由な上半身を振り乱しては手で床を何度も殴りつけていた。
他にも様々な反応があったが、それら全て、身に加えられた刺激による反応によるものであった。触手状に変化した床が、身動きを封じた少女達の衣服や鎧の隙間から侵入し、その肢体の各性感帯を責め始めたのである。
王女も、直接見えているわけではなかったが、同じ女であるが故に発せられるその声から、何が起きているかは容易に想像がついた。そして程なくして、彼女にも同じ運命が訪れる。
王女の座している玉座の脇から、床から変質した何本もの触手が、徐々にその長さを増して、彼女の着衣の隙間から中へと侵入し、その裸体を撫で回しにかかった。
触手は元が床の石材とは思えないほど滑らかで、滑りのないタコの足の様に生物的脈動を見せていた。
「くっ・・・ふぅっ・・・・うっ・・」
王女は口から漏れそうになる喘ぎ声を懸命に堪えた。異質な物体に肌を触れられる嫌悪感よりも、それがもたらす刺激による快楽がそれに勝っていた。それに何より、王女は以前に魔獣の分体による責めを受けていた経緯もあり、その身体は十分に開発された状態になっていたのである。
「どうだ?結構、気持ちの良いものだろ」
「な、なにを馬鹿な・・・・はぅっ・・」
王女の反論は甘美な刺激によって遮られた。必死に抵抗する素振りを見せても、時折漏れる喘ぎ声と上気した顔が、彼女の示す否定が偽りである事を示していた。
衣類の各所に潜り込んだ細い触手の先端が乳房を撫で、乳首の上を滑り、背筋を上下し、尻の割れ目で踊り、下腹部でのたうつ都度、王女は懸命に閉ざしている口の隙間から声を漏らし、その身を震わせた。
「いくら強がってみても、身体は正直に反応しているくせに」
「ぶ、不気味な・・・あっ・・だけです」
「そうかぁ?女体を感じさせるのは、この『秘宝』の基本機能なんだがな・・・・・なら、もう少し激しくいってみようか?」
「な、何を・・・あっ、ふぁああああああああっ!」
キーンの言葉と同調したかのように動きを変化させた触手の動きに、王女は遂にはっきりとした喘ぎ声をもらした。彼女の身体にまとわりつく触手の全てがバイブレーションを起こして、微妙な力加減による振動の刺激を加えたのである。もちろん、従来の刺激はそのままに・・・である。
新たに加わった振動という刺激は、ギリギリの所で堪えていた王女の精神を快楽と言う甘い包容で包み込んだ。
男の前で痴態を見せてはならないと言う最後の抵抗とも言うべき思いも、全身に加えられる甘美な刺激に呑み込まれ、その姿を失った。
一度枷の外れた王女は、快楽の傾斜を止めようもなく転がって行き、触手はそんな彼女を弄ぶかのように巧みに動いてその性感を更に鋭敏にしていく。
「どうだ?もともと、あんた達の為にありながら、あんた達では使う事の許されなかった秘宝の味は?ここまでよがっていたら気持ち悪いなんて言えないだろ」
「はぁぁぁん・・・い、いやっ・・・ああぁ、あはぁああ!」
キーンの問いかけに王女は艶やかな喘ぎ声で応じた。自分を見下す男に対する反感も、断続的に駆け巡る快楽に押し流され、言葉として発することができないでいた。
「ほ~ら、気持ちいいだろ。女である限り、この秘宝の機能に抵抗することはできんよ。そしてその快楽の中で、あんた達は苦しむことになる」
その言葉が何を意味しているのか?王女を初めとして秘宝の触手に嬲られている全員が快楽に翻弄され、考える能力が欠如しいたため、疑問を感じてもその先まで思考するゆとりがなかった。
だが、例え予測が出来なくとも、それはやがて彼女達の身に降りかかる現実である事は、彼の言葉からして間違いはなかった。
『その時』は程なくして訪れた。
キーンの声もほとんど届かず、当初のプライドも忘れて身に加えられる刺激に悶え続け、一人の女となっていた王女は、徐々に焦燥感を感じ始めていた。
触手と言う人外の存在による未知なる愛撫は、彼女の身体にかつてない快楽を与え、心身を翻弄している。触手の一挙一動は身を貫く快楽を加え、その快楽が快楽を呼んで徐々に増大する傾向を見せていた。
だが、この快楽に終着点が訪れない事に、徐々にもどかしさを感じ始めていた。通常であればこれ程の快楽と刺激が続けば、あっと言う間に絶頂に至るはずであった。
だが、性感がその域に近づくと、まるで見越したように触手の動きが緩慢になり、爆発しかけた身体の勢いを衰えさせた。そして、身体が僅かに落ち着くと、触手は何事もなかったように動きを再開させ、絶頂に達する手前の状態を維持していたのである。
「う・・・ああ・・・ああぁん・・・」
王女は徐々に高まるじれったさを抑えきれず、身をくねらせ今まで閉じていた足を僅かに開いた。
そのドレスの内側では、今まで下腹部や太股の外側で蠢いていた大小の触手が、新たに出現した攻略ポイントであり、最大の効果を発揮する箇所に群がる・・・・はずだった。 少なくとも王女はそう考えていた。今まで内股や股間に潜り込もうとしていた触手に対して、硬く脚を閉じることで抵抗していたため、僅かな隙を見せればそれを狙って触手が殺到し、欲している新たな刺激と、終着点への架け橋になるだろうと考えたのである。
がだ、触手は極めて冷静に状況を把握していた・・・と言うより、辛辣な意志を持って、股間部分には一切触れようとはせず、その一歩手前である内股から足の付け根部分のみを行動範囲として、彼女に至福の一瞬を決して与えようとはしなかった。
「ん~王女、どうしたのかな?脚が開いていますよ。男の前ではしたない」
彼女の心情は十分悟りながら、意地悪くキーンは言った。
「っく」
嘲るようなキーンの言葉に、僅かに残ったプライドが王女に抵抗を促し、再びその脚を閉じさせ、気丈な目でキーンを睨み、決して屈していない自分を主張して見せた。
そんな抵抗も、波打ち際の砂の壁同様であり、触手が閉ざされた脚の間に潜り込もうと蠢いただけで、彼女の脚はその力を失い、触手を招き入れようとしていた。
だが彼女が、心の中でどの様に求めても、触手はその一線を維持して焦燥感を煽り続けた。
その現象は王女のみならず、周囲の臣下全員に言える事であり、時間の経過に伴って彼女達から切なげな喘ぎ声と、懇願する言葉が沸き上がり、やがてそれは謁見の間を満たす悲壮なBGMとなっていた。
キーンに組みした少女達は、そうした一見異様な状況をただただ見守るしかなかなく、想像も出来ない快楽に悶えるかつての仲間達を、生唾を呑み込んで見守っていた。
得体も知れないアイテムにより疑似生物化した床(触手)に嬲られるのは、客観的に見て不気味で、同性の心情としても同意しかねる状況であった。
にもかかわらず、誰一人として例外なく悶えているからには、相応の快楽が与えられている事は疑いなく、それを味わってみたいという好奇心が生じていたのである。
「お前達も欲情してしまったか?」
モジモジと内股をすり寄せ始めていた仲間の様子に気づいたキーンが、問いかけるように言った。
それに対する速答は誰からもなかった。だが、その様子から見て否定もあり得ないことを悟ったキーンは、手にした宝玉に新たな意志を送り込んだ。
「きゃっ!」
変化は唐突に起こった。キーン側についた9人の少女達が集っていたポイントの床が、何の前ぶれも無しに沼のように軟化し、彼女達の脚を捉えたのである。そして、彼女達が脚を抜こうとするよりも早く、軟化していた床は硬化し、膝から下を固めてしまった。
「な、何を・・・」
ファーラは身に起きた事態に不安を感じて唸った。
「心配するな。お前達の抱いている欲求不満を解消させつつ、周りの連中には自分達の選択を後悔させてやるのさ」
そう言うと彼女達の周囲の床が再び変化を始めた。まるで雑草の成長を早送りで見ているかのように、床一面から細い触手が伸び、彼女達の足元から上へと這い上がり始めたのである。
触手は彼女達の太股・内股をゆっくりと丁寧になぞりつつ、徐々に這い上がっていく。その一撫でごとに少女達はピクリと反応し身を捩ったが、床からの脱出は決して適うことは無かった。
「はっはぁんっ!」
内股を這い上がる刺激に最も過敏に反応していたのはファーラであった。彼女は塔にいた際、とあるトラブルから『穴』に下半身を引っかけてしまい自力での脱出が不可能な状態に陥った事があり、その時、身動きの出来なくなった下半身を嬲られ、悶え狂っていた事があった。その嬲りにキーンも加わっていたという事実もあったが、これによって彼女は下半身に対する刺激にかなり過敏に反応する体質になっていたのである。
「だ、だめっ」
ファーラは這い上がる触手の甘美な刺激に、たまらずその到達点となりつつあった股間を両手を使って前後から覆った。もともと彼女の着衣は、丈の短いチャイナ服のようなデザインで、太股も露わな姿をしており、責める側からしてみれば実に都合の良い格好であった。
触手達はいよいよ股間にさしかかり、女体を最も狂わす事の出来るポイントへの刺激を開始したが、硬く押さえつけられたファーラの手によって、目的を達することが出来ないでいた。
「くぅっ・・くふぅ・・っっぅ・・・」
触手は脚の付け根や内股をソフトに撫でたり、手の隙間から潜り込もうと試みたが、ファーラは歯を食いしばって快楽に耐え、触手の進行を阻み続けていた。
最終的な持久戦となれば、ファーラに勝ち目がないことは誰の目にも明らかであった。だが、そこまで気長なことをしたくないと判断した触手は、短期で事が済む戦法を開始した。
触手は一旦、股間への責めを断念し、更にその長さを増すと、下腹部から腰、更に胸回りにと分散して行き、股間のガードで手一杯である彼女の上半身をくすぐりにかかった。
「あひゃっ!あ~っっはははははははははっははああはあっはははは!いや~~~っははははははははは!」
ファーラはたまらず上体を振り回して触手を振り払おうとしたが、その場からの脱出が出来ない以上、何の解決にもならなかった。
「あはっ、あはっ、あぁっっはははははははははっははっはあははははははは!」
彼女は出来うる限り身体を暴れさせて触手から逃れようとした。出来ることなら両腕も振り乱して触手を払い除けたかったが、それこそが相手の狙いだと解っていた彼女は、くすぐったさに身悶えながらも、股間のガードだけは離そうとはしなかった。
それでも触手は根気よくくすぐりを続けた。普通に近づいても、振り回される身体によって定着できないことを悟った触手は、動きを制されている足元から這い上がり、アサガオの蔓のように上体に巻き付き、彼女の身体に絡みついてから、そこから更に細い触手を伸ばして全身の表皮をソフトに撫で回した。
「はひひゃははははははは、あっあっ・・ぁっあ~~~!」
触手が絡みついた部分から徐々にくすぐったさが広がり、ほとんど全身に広がろうとする感覚に、ファーラの身体は可能な限りの動きで乱れたが、自身に絡みついた柔軟性のある蔓を振り解くことは出来なかった。
蔓は無駄な抵抗は諦めろとばかりに彼女の身体を責めながら、数本の蔓を束ねて2本の触手を作り出すと、それを脇の下に差し込み、先端をブルブルと震わせた。
「はぁっ!はぁ~っっっははははははははは!!だ、だめぇっ!!!」
不意に生じた強烈な刺激にファーラが悶絶した。力一杯身体を左右に振ったが、脇の下に潜り込んだ触手は、貼り付いたように定着し刺激を持続させた。
ガクガクと身体を震わせながらもその手の位置だけは離すまいと堪えていたファーラも、遂に耐えきれなくなり、たまらず腕を振り乱して身体に貼り付いた蔓や触手を振り解いた。
これによって、瞬間、彼女はくすぐったさから解放された。だがこの瞬間こそを待っていた細い触手が彼女の股間に殺到し、そこを覆う布地の上から、あるいはその隙間から中に潜り込み、最も敏感な一帯を責め始めた。
「はぁっ!!あっ、あっ、はぁああああああああぁぁぁぁん!!」
必死に拒みながらも、心の奥底では待ち望んでいた刺激を受け、ファーラは歓喜の喘ぎ声を上げた。想像していたより遙かに強烈な快感が股間から背筋を突き抜け脳を直撃し、彼女の身体はガクガクと痙攣した。
「やっ・・だめぇっ」
たまらず手を戻そうとしたファーラであったが、それよりも早く展開した触手が彼女の両腕に絡みつき、ガードする事を許さなかった。
抵抗の術を完全に失った彼女は、疲れを知らない触手に絶え間なく甘美な刺激を加えられ、尽きる事のない快楽の大波は理性を押し流し、ついには全く堪える事もままならぬ勢いで絶頂へと押し上げられた。
「あっ!あっ!あっ!!あああぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!!」
一際高い悲鳴を上げ、身体を弓なりにしたファーラは、そのままピクピクと打ち震え、気を失った。
甘美な悲鳴は彼女だけに止まらなかった。
同じように捕らわれていた他のキーン派少女達も、ほぼ同時に触手の巧みな責めによって悶絶し、次々と気絶していった。
一見すると痛々しいようにも見える状況であったが、王女派の少女達の目には至福の一瞬に映った。両者とも秘宝による強烈な快楽の責めを受けた点では同じであるものの、王女派には到達点である絶頂に至った者は一人もいなかったのである。
強烈な快楽に嬲られながら、最後まで到達できない状況はまさに地獄であり、同じスタート地点から始まったキーン派少女達と比較すると、その差は対極にあったと言える。
「はっ・・はぁん・・・・わ、わたっ・・・私もイかせてっ・・・イかせてよぉ~~!!」
散々焦らされ苦しんでいる自分達の目の前で、『絶頂』と言う祝福を受けた、かつての同僚の姿を見て、遂に極限状態になった王女派の少女の一人が、悲鳴を上げて懇願し、刺激を欲する腰を妖しく揺らした。
堅固な意志を持って、キーンに対峙する道を選んだ少女が、その意志をかなぐり捨てて哀願した。ここで彼女の切実な要望を受け入れれば、墜ちて配下になるだろう。
だが、彼の慈悲を受け入れてもらえるチャンスは既に終わっていた。
「お前達に祝福を与える義理はない」
妖しく乱れ、一心不乱に快楽を求めている少女の姿は、男の本能を存分に刺激するものであった。だが、そんな艶姿を前にしても、キーンの『敵』に対する態度は軟化しなかった。
「気が向いたら望みを適えてやる。それまでは全員悶えていろ」
痛烈な宣言に、王女派から悲痛な悲鳴がおきた。
「お前達の選んだ道の結果だ。本望だろう?」
痛烈だ・・・と、言う認識はキーン派の少女達の共通認識であった。
自分達は絶頂へと導かれ、今も余韻に浸っていたが、そこに至る強烈な快楽は味わっている。その刺激を受けつつ、イク事が出来ないつらさは、同じ女であり、体験者だから判る事であった。
それでも、かつての仲間に恩赦を求める発言をする者はいなかった。
キーンが、「男を必要としない」とするこの国の有り様に、どれほど怒っているかが判っていたからである。
もちろん、その本当の怒りは当事者にしか判らない事ではあったが、ある程度察することは出来たのである。
それに、キーンに従うと宣言した以上、彼の意志に反することはしない。更に言うと、今し方味わった快楽を得る機会を放棄する事は避けたいと思ったのも事実であった。
その快楽を知ったが故に、それを味わえないかつての仲間達を心底気の毒に思うキーン派の少女達であった。
「王女、気分どうだ?男ごときには判らない苦しさかも知れないが、あんたが今、切実に求めている感覚へ誘うのは、男の行為なんだが・・・・・それを必要としないとはな」
触手に弄ばれる王女に歩み寄ったキーンは、身悶えしながらも辛うじて自意識を維持していた王女に、皮肉っぽく言った。
この状態であれば、王女に対し男の『存在』を快楽を伴わした方法で認識させれば、容易に価値観を変え、快楽という縛鎖によって支配する事が出来たであろう。
だが彼は、それを実施しようとはしなかった。もはやそれで済ませられる程、穏やかな心境では無かったのだ。
『国』と言う広大な視点から見れば、些細とも言える一人の少女の死が、その運命を大きく変えてしまったのである。
これから彼女達には、これまでよりも過酷な運命が訪れる事となる。
あの日、一夜にして女性国家「フルーツフィールド」は滅んだ。
とは言え、国一つが焦土と化した訳ではない。
復讐心に駆られたキーンには、それも容易い事ではあったが、そのような単純な『制裁』で済ませようとは思わなかった。死はむしろ解放・祝福に類する物とする認識する傾向が、彼にはあったのだ。
死に至った者は何も出来ない、何もしない。死はこの世の生物の唯一避けられない絶対的な『運命』であり、終着点でもある。
前世・来世など、死後の世界の思想も存在したが、キーンはそれを信じてはいなかった。心の底では僅かにそれを期待する心情もあったが、その真偽を知る事ができるのは『死』の瞬間だけであり、生きている内に知り得ることは無い。
それ故、殺さないまま『制裁』を加え続ける手法を取ったのである。キーンは、支配した国の『王』・・・否、『魔王』として君臨し、配下につかなかった者達を日夜責め立て、女である事を十二分に理解させ、そして悔やませていた。
彼の操る『秘宝』の侵蝕は城内に止まらず、今や国全体へと広がりを見せ、玉座にいながら国内の全ての少女達を襲うことが出来るに至っていた。
少女達は完璧に魔王の監視下にあり、気まぐれに襲ってくる『壁』や『床』に怯えていた。
中には国外へ逃亡を図る者もいたが、もともと隠れ里の様な地形に存在していたこの国は、侵入だけでなく脱出も困難である上に、鬱蒼と繁った森は、キーンの信頼が厚いドライアードが支配し、迷い込んだ者を餌食にしていた。
今や状況は、魔王を名乗ったディオンの時よりも過酷となったと言える。
「はぁっ・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁん」
今日も城内の各所で切なげな悲鳴が響き渡る。『秘宝』の力によって変質した壁や床に四肢を呑み込まれ、無抵抗状態となった少女の身体に無数の触手が絡みつき、敏感なポイントを責め立てていた。
城内・国内において、国民である少女達は監禁や奴隷の様な拘束はされてはいなかった。しかし国中に広がった『秘宝』はいつでも彼女達を捕らえる事ができ、その上、国外逃亡もほぼ不可能な環境であるため、実質的には監禁状態と言っても良かった。
そして彼女達は、毎日何人かが気まぐれに襲われ、死ぬ寸前の責めを受けていた。いや、当事者の心境からすれば、死んだ方が良いと感じる者もいたであろう。
その最たる者が、かつての王女だっただろう。
他の少女達は、少なくとも責めの後に解放され、火照った体を自ら慰める機会があった。
しかし、彼女だけは完璧に自由という物を与えられず、キーンの直接の監視下におかれていた。
今も彼女は、玉座に鎮座したキーンの左側にある大理石の柱に背中をつけるようにして拘束され、柱から生じた『触手』に全身を嬲られ悶絶していた。
「あひっ・・・あはぁ・・はぁっっっっっぁぁ~!!!」
毎日続けられる刺激によって、王女の身体はかなりの過敏体質となり、僅かな刺激にも敏感に反応した。かつては笑い悶えていたくすぐりに対しても、ソフトタッチであれば淫靡な声を上げ、笑うどころか感じてしまい、そこから徐々に激しくしても、快楽の方が勝り、よがり狂う様になっていた。
キーンはその様子を常に眺めていたが、さんざん焦らしたあげくに楽しむと言う分けでもなく、その眼差しには何の感情もこもっていなかった。
「うぁあああああ!はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
もはや淫らに反応する身体を抑える事もできず、プライドをかなぐり捨てたかのように悶絶し続ける王女であったが、決して彼による責めで絶頂に達する事はなく、一度ならずも懇願もしたのだが、その願いが適えられる事はなかった。
「あと何年・・・・保つかな?」
まるで物を見定めるかのようにキーンは言い放つ。それは今後もその状態が続くことを宣告していた。悠久に続く快楽の地獄。それが彼なりの復習であった。
死ではなく生き地獄。その選択は魔王を名乗ったディオンと同じ物であった。彼もこの国の女達を殺そうとはせず、辱め、そのプライドを崩壊させようとしたのである。
特に慣習に凝り固まり、多の存在を許さないほどに高慢になった彼女達にはそれが相応しいと考えたのであろう。
あるいは殺すには忍びないという考えもあり得たが、そうではないだろうとキーンは思う。
『殺す』事はキーンにもディオンにも簡単なことだった事であった。だが、それで済ます程、彼等の心の奥底にたぎる暗い感情は小さくはなかったのである。
愛する者を失った悲しみ、失う原因となった存在と経緯、何より守りきれなかった自分。それらの感情が重なり、もはやどうしようもない現状がその感情を増幅させ、はけ口を唯一の関係者に向けたのである。
こうなっては、失われたルシアが生き返りでもしない限り、彼は今の状態のままであろう。
『ブラッド・ストーンで生き返らせる事はできないのですか?』
以前、彼の配下となった少女の一人が訪ねた事があった。
それは彼も考えた事ではあった。
しかし、ルシアは死んでしまったのである。万能の力を発揮するブラッドストーンは死者を蘇らせる事も無論、可能であった。だが、それはブラッドストーンの力が持続するまでの時間だけであり、燃焼しきって消失すれば、力の恩恵を失ったルシアは再び骸となる。
死んでさえいなければ助ける事もできたのだが、消え去った物を完璧に呼び戻す事は、この世の力では到底不可能であったのである。
それでも、一時的な時間であってもルシアに会いたいと言う感情は、常に彼を誘惑していた。その度に彼は強固な意志でその誘惑を振り払っていた。仮初めの再開の後に訪れる不可避の悲しみを考える事で・・・・
「キーン!!」
僅かながら意識が死者に傾いていたキーンを、挑戦的な怒声が呼び覚ました。
彼が視線を向けると、玉座の前に一人の女戦士が立っていた。自分の体格を考慮したバランスの良い剣を片手にした女戦士は、少し息を荒げて殺気を放っていた。
「ここまで来れたか・・・・・そこそこは腕が立つな」
キーンは玉座に至る回廊に、塔の崩壊から生き残ったモンスターを説得(懐柔)して、配置していた。
自分の配下となった少女達が少ないと言う事もあり、知能・人語を理解するタイプの多いモンスターは彼に重宝にされた。
モンスターも、かつての主を倒した者を敵とする事を得とは考えず、すんなりと配下に入った。その見返りに、彼らは城内・国内で秘宝の定期的な陵辱の場に立ち会った場合、一緒に楽しんでよいと言う許可を得ていた。
その為、国内の少女達は秘宝による触手状の物体の責めだけでなく、モンスター達の独特な責めにも遭遇する事もしばしばあった。
当然ながら、その楽しみ分の仕事として、城内外の警護の任務があるわけであり、この女戦士はそれを撃退してここに至ったと言う事になるのである。
モンスターの平均的な実力を考えれば、かなりの手練れと言えるだろう。
「名前を聞いておこうか?挑戦者よ」
「戦士マチュア!王女を・・・・解放させてもらう!」
剣を構えて女戦士マチュアは言った。
「布告は聞いたのだろう?そうして欲しければ、ここに来るだけでなく、俺に一矢報いて見ろ」
玉座に腰を下ろしたまま、キーンは言い放った。
「もとよりっ!!」
吐き捨ててマチュアが跳躍した。実力差が歴然であるため、勝てる見込みはない。だが、一撃で良い。ダメージを与えれば、王女を含め、全員を解放するとキーン自身が公言していたのである。この言葉に希望を抱き、大勢の少女がそれに挑み、破れていった。
彼女も、決死の覚悟で挑み、今、この瞬間、キーンが立ち上がる前にと先制攻撃を仕掛けたのである。
マチュアはこの瞬間に持てる全ての力を剣に注いだ。自分がどの様なダメージを受けようと、キーンに一撃を加えれば、この国は救われるのである。それを考えれば、自分の命を捨てる覚悟であった。
「意気込みは買うがな・・・・」
キーンは上段より繰り出される剣の軌道に合わせて左手の人差し指を突き出した。
(それで受けるつもり!?)
マチュアは一瞬躊躇したが、それならそれで指を切断し、絶対的な一矢を報いてやろうと決意した。その位ならできるだろうと言う自身が彼女にはあった。
目標をキーンの指にした剣が、一気に振り下ろされる。
ガキィッ!!
「!?」
その想像以上の手応えにマチュアは目を見開いて驚愕した。キーンの指先に僅かに集中していた気が、剣の直接的な接触さえ遮ってたのである。今し方の衝撃は、指の周りに集まっていた気の障壁の接触によるもので、無論の事、指にはかすり傷一つ生じていなかった。
そればかりは、衝撃に耐えかねた彼女の剣が亀裂を生じさせ、ゆっくりと砕けたのである。
「そ、そんな・・・・・」
もはや武器として機能しなくなった剣を見つめ、マチュアは放心したように呟いた。
「ぁぁっ!ああっ!!あああああああああ~~~~~~!!!」
その放心状態を、切羽詰まったような王女の悲鳴がうち破った。
王女は狂ったように身を捩らせ、断続的な喘ぎ声をあげていた。絶頂に達する為のあと少しの刺激を欲しての悲鳴であった。
「おやっ?いよいよ限界かな?」
狂気にも似た悲鳴に、キーンは他人事のように言った。実のところ、こうした限界に近づいた際の悲鳴は日常茶飯事であった。だが女体責めの巧みさを基本機能としている秘宝は、狂う寸前のポイントを心得ており、捕獲対象を壊すことを極力避けるようになっていた。
だが、そんな事は知らないマチュアには、王女の悲鳴は切実な物だった。
「やめっ・・・やめろ・・・王女が、王女が狂ってしまう・・・・・」
「敗北者がそんな事を要求できるとでも思っているのか?」
「・・・・・わ、私が身代わりになる・・・・だから・・・・・」
「一介の戦士と王女が比較対象になるとでも思っているのか?おまえのその献身でできるのは、せいぜい王女に休む時間を与える程度だ」
キーンの無慈悲な発言にマチュアは怒りを覚えたが、敗者である事や自分と王女が等価値では無いと言う指摘は認めざると得なかった。
「・・・・・・・・・・・・わかった・・・では、どのくらいの猶予がもらえるのだ?」
「それは、おまえの忠誠心しだいだな」
そう言ってキーンは玉座の右側を促した。そこには王女の責められている柱と対になる大理石の柱があった。
「お前には、こっちで秘宝の責めに耐えてもらおうか」
キーンの言葉に、と言うより意志に呼応して、柱がぐにゃりと軟化し、イソギンチャクの様に無数の触手を無数に伸ばした。その様相は獲物を待っている様にも見えた。
「あの柱に、背を付けて耐えてもらおうか。その耐えている時間分だけは王女の責めは中断する。王女に出来るだけ時間を与えたいのなら、せいぜい耐える事だ。もちろん嫌なら帰ってもらってもいっこうに構わないがな」
「・・・・わかった」
マチュアは役に立たなくなった剣を捨て、妖しくうごめく触手が群がる柱へと近づいた。
王女に対する忠誠心に凝り固まっている彼女に、王女を見捨てる選択肢は存在しない。キーンは敢えてそれを指摘し、完璧に彼女の退路を断ったのである。
柱の前まで来たマチュアは、うごめく触手の群を見て、たまらず生唾を飲み込んだ。この秘宝によって変化した柱から伸びる触手の責めを受ければどの様な事になるかが分かっているため、躊躇いもした。
しかも今回は、突如として床や壁から襲いかかられ、捕らわれて責められるのではなく、自ら進んでその場に足を踏み入れなければならないのである。
「どうした?前に立つのではなく、身を委ねなければ始まらないんだが?」
「わかっている!」
そう怒鳴る事で自らを言い聞かせたマチュアは、意を決して柱に背を向けると、そのまま後ろ向きに歩を進め、触手の待ち受ける柱へ背中を押しつけた。
接触と同時に、柱は獲物の接触を察知し、素早く触手を絡みつかせ、マチュアを大の字に拘束した。
そして触手は手慣れた動きで彼女の全身に展開し、衣服や鎧の隙間から中へと潜り込み、その素肌を直接刺激し始める。
「うくっ・・・やぁっ・・・あくっ・・・んんんんん~~~~~~~~」
途端にマチュアは歯を食いしばり、こみ上げる感覚を堪えた。
だが、この城内に解放され国全体に展開した秘宝は、数多くの女を何度も責め続ける事によって経験を積み重ね、僅かな時間で的確に対象の弱点を見つけられるようになるまでに成長していた。
触手は数秒でマチュアの大まかな弱点を把握し、所有者のキーンの意志に従い早々に攻撃を開始した。
「はぁうっ・・・はぁ・・・はうぅっっっっく・・・・」
触手はソフトに蠢きながらも実に的確に彼女の弱点を刺激し始める。特に脇の下を責める触手は、1本のミミズ程度の細さでありながら、的確なポイントを的確な力加減で刺激し、彼女の決意を容易く崩壊させた。
「あぁっ!あはっ!、ああぁぁあ~っっっははははははははははははは!」
たまらずマチュアは身体を捩り、頭上に掲げた両腕を下げて脇の下をガードした。
不思議な事に、彼女の四肢に絡みついていた触手は大した拘束力を持っておらず、彼女は簡単に身体を庇うことが出来た。
「!?」
自分に自由はないと思いこんでいたマチュアは、この事態に驚いた。だがその疑問は瞬時に判明する事になる。
「はぁぁぁぁぁぁん!あん、やぁぁはぁ~~~~ぁぁぁっっ!!」
彼女の抵抗の直後、王女が切なげな悲鳴を上げだしたのである。触手による責めが再開された事が原因であることは、王女の身にまとわりつく触手の隠微な動きで一目瞭然だった。
(何故!?)
と問いかけるよりも先に、マチュアは理解した。
全てはキーンの悪意ある笑みが物語っていた。これは、自分が身を庇ったペナルティーであると言う事を・・・・・・・・
今まで『秘宝』の触手に捕らわれた者は、自由を奪われた上で良いように身体を嬲られた。だが、彼女の場合は自ら触手に身を委ねた上、自分の意志で耐える事を強要しているのである。それを拒めば、彼女が救おうと思っていた王女が餌食になる。
逃げ場があるにも関わらず逃げることが許されない。彼女を『縛る』のは触手の拘束ではなく、王女に対する忠誠心であり、逃げることは彼女にとって最大の背信行為に繋がるのである。
彼女の立場上、それは絶対に許されない事であった。
「くぅっ!」
マチュアは歯噛みして、キーンを睨みつけたが、当の相手は、自分の好きにさせてやる。お前の自由意志が尊重されるんだと言わんばかりに涼しい顔をしていた。
彼女は状況を恨んだ。キーンのやりようもであったが、刺激に耐え切れない自分自身の不甲斐なさに対しても言い様のない悔しさを感じた。だが、束縛の元凶となっている王女に対しては、そんな感情は生じなかった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
結局彼女は王女のため、本当の限界に至るまで何度も触手に身を委ね、身代わりとなり続け、最後には悶絶して気絶した。
流石の忠誠心も、極度に疲労した心身を突き動かす事が出来なかった。最初から結果は分かりきっていた事であったが、その耐久時間だけはキーンを感心させるに至った。
「いくら頑張ろうと、王女に対する行為が先伸びになっただけだという事も判らなかったのか?」
逃げる自由があったのだ。ならば再び体勢を立て直して再び挑みかかるという選択肢もあったにも関わらず、無駄な選択肢をした彼女に、キーンの評価は冷たかった。
彼は気絶して倒れ、時折痙攣しているマチュアの身体を眺め、軽く太腿を指先で撫でてみた。
「うっく・・・・はぁぁぁぁっ!!」
気を失ったままの身体が、その僅かな刺激で反応した。もともと女体責めのための『秘法』である。直接的な快楽は当然である上に、性感開発能力も優れている。一度でも秘法に接すれば、その身体の感度は格段に上がる。
「誰か」
『はっ』
キーンは誰もいないはずの玉座で呟くと、まるでそばに控えていたかのように返事が返り、正面の大扉の脇にある小さな扉から3匹のワードックが姿を現した。
「潜入者だ」
キーンは倒れているマチュアを無造作に指差す。それだけで意味は通じた。
「失礼致します」
ワードック達は新たな主に近づき、そのまま玉座の脇を通り過ぎ、柱の下で倒れているマチュアを3人がかりで抱えた。
「そいつにはもう闘う力はない。そいつにやられた連中で生きているのがいたら、好きにしろと言っておけ。もちろん、お前達も好きにすればいい」
「はっ、有難うございます」
ワードックは、抱え上げていた相手の様子を見て、獲物が上質そうである事に満足し、舌なめずりをした。
ワードックが姿を消すと、キーンは眠りにつくかのように目を閉じた。
傍らの柱には王女が囚われたままで、今も再開した秘法の責めを受けていたが、今はその悲鳴や喘ぎ声がうるさいとして、口にはマスクのように変形した触手が、呼吸の邪魔にならないようにしながら、発声のみを押さえ込んでいた。
結局、『秘宝』は、この国が女だけの国になる以前、権力を誇っていた好色な王が所有していた物だった。入手経路は定かではないが、王はそれを規格通り、即ち女との淫行に、積極的に用いていた。権力によってハーレムを所持していた王にとって、それは重宝するアイテムだったに違いない。
ところが王は、女達を快楽の虜にする秘宝を使用するうちに、それが自分以外の者に渡る事を恐れた。女達を繋ぎ止めているのが、秘宝の力によるところが大きい故に、それを失うことを恐れたのである。
王は、その対策として、自分以外の男の入室を禁じたハーレム内に、秘宝を設置した。女には開けられない封印を施した収納ケースに保管した上に、自らもハーレム外での秘宝使用を止めると言うかたちで。これは秘宝のコントロール宝玉をどこかで紛失、あるいは奪われるという事態をも恐れた結果の判断であった。
その上、余計な欲望を家臣に持たせないために、死ぬまで秘宝の存在をほとんど公言しなかった。
その結果、秘宝の存在は自然と機密事項となり、今に至る謎の存在となったのである。
『魔獣』もほとんど同様の理由で召喚されたモンスターであった。
それらを全く知らないまま、この王女を初めとした連中は、後から出来たしきたりに当てはめ、神聖化していたのである。
(馬鹿げた話しだ・・・・)
秘宝と魔獣、これらを思いおこす度にキーンは、この国の連中を哀れんだ。そしてその後は決まってルシアの存在を思い起こし、最愛の人物・・・・あるいはそうなるはずであった人物に会いたいと言う最短ルートの誘惑を堪えていた。そんな時、キーンの身体、正確には身体を覆う鎧の一部が僅かに震え、彼の脳に独特の刺激が加えられた。
『我が主よ・・・・』
それはテレパシーによる刺激であった。久しく忘れていた『鎧』の声がキーンの心に響いたのだ。
「どうした、飢えたか?」
鎧となっている悪魔にキーンは問うた。
『それを満たす糧が国境近くに来ているようだ。我が使い魔が伝えてきた・・・・・数からして軍勢だな』
その報告にキーンは目を伏せ、ほんの数舜思考した。
「久々の獲物・・・・・・か。その中に強大な力の持ち主はいるか?」
『個々に特出した力は感じられない』
「そうか・・・・・なら全てお前にやる。存分に喰らえ」
『わかった』
大量の糧を得て嬉しいのか、片手間仕事を押しつけられ不満なのか、そう言った感情をはっきりとは見せる事無く、キーンの鎧に擬態していた悪魔セイファートは、主の身体から分離し、本来の悪魔らしい姿に変貌して、王宮の天窓から出ていった。
間もなくすれば欲に目が眩んだ主の命を受けて侵攻してきた連中は、文献のや絵画でしかお目にかかった事のない上級悪魔と遭遇し、これまでにない恐怖を味わって死を迎える事になる。その絶対的な敵に対する恐怖心は、セイファートの格好の糧となるのだ。
そして、軍勢を派遣してきた国は、報復を口実とした戦をしかけられ、滅ぶこととなる。過去幾つもの国や村がそうして滅んでいった。
既にキーンの存在は『魔王』として近隣諸国に知れ渡り、今まで世間から隠れていた「」は、誰もが知る国となっていた。
「今度の連中は何を目的にしてたのやら・・・・・」
キーンの自問に答える者はいない。
後年、『魔王軍』なる物を組織し、世界を震撼させる事になるキーンであったが、この時点では自分から戦を仕掛けてはおらず、『報復』のみに止まっていた。
それでも彼の周囲から、戦いの火種が消えることは無かったのである。
飢えた狼に手を差し出すような危険を承知で侵攻してくる者達には、それぞれの思惑があった。
実のところ、純粋に魔王を名乗る悪の存在を討伐し、世界を救わんと考える者達だけでは無かったのである。
最も多いと思われるのが、魔王の所持している特大サイズのブラッドストーンの奪取であった。それこそ目の色を変えて軍勢を組織する国や、侵入を試みる冒険者や盗賊が後を絶たなかった。その価値を考えれば、多少のリスクを侵してでもと考えるのは当然であろう。
その他の理由としては、滅ぼした国や村からキーンが略奪した財宝を目的とする者、あの国は男に飢えた女達ばかりであると言う話を聞きつけハーレムを求める者、魔王を倒せば、全てが引き継がれると言う噂を信じた者・・・・などが挙げられた。
全ては当人の欲望が拡大させた話であったが、ブラッドストーンの存在を含めた、それらの噂を最初に広めさせたのはキーン本人であった。
その話を聞きつけ危険と欲を天秤にかけ、賭けに出た相手を、彼はことごとく返り討ちにし、その数が増えるにつれ、流した噂は自然に広がりを見せ新たな犠牲者を呼び込んだのである。
彼は待っていたのである。
かつての魔王ディオンの様に、自分をルシアの待つ世界へと誘う存在が、これらの中から現れる事を・・・・
そして時は変わらず流れ続ける。
その流れの中で世界は色々な動きを見せ、大きな出来事が『歴史』と言う形で残される。
後年、孤独な覇王として全世界に驚異を轟かせたキーンは、その『歴史』全てが闘いに血塗られていた。
私欲・義務・使命・私怨・・・・個々にそれぞれの使命を背負った者達が彼に挑み、そして敗れていった。
世界を震撼させたキーンは、没後も伝説の存在となり、畏怖の対象となった。だが、そこに至る経緯は、全くの謎となり、真実が語られる事はなかったと言う。
-完-
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