中庭。 朱夏が剣の鍛錬をしている。 前にも書いたが朱夏の武器は蛇腹剣と呼ばれる剣と鞭を合わせた特殊な武器である。 見た目以上に扱いが難しく、よほどの訓練を受けた者でなければ使いこなせない武器である。 が、本来真宮寺の家に生まれたはずである朱夏はなぜか居合切りではなく、蛇腹剣などを使っているのか。 それは長く彼女とチームメイトをしている玄冬ですらも知らないのである。 「……………………ふぅ、これ位にしておこうかしら。」 「相変わらず熱心ね。」 いつからそこにいたのか、マリアが話しかけてきた。 「あ、マリアさん。どうかしましたか?」 「ええ、フントに餌をやりに来たのよ。」 「そういえば、フントの世話は当番制で今週はマリアさんの番でしたっけね。」 「ええ………………ところで、朱夏?」 「はい。」 「あなた……お姉さんがいるって言っていたけど…………」 「ええ。故郷の仙台で道場を開いていますけど…………」 「この前ちょっと調べていたら、あなたのお姉さん、十二年前の戦闘で亡くなっているって書いてあったの。どういうことかしら?」 「…………………確かに、死んだも同然かもしれません。」 「え?」 「真宮寺朱雀……姉さんは北辰一刀流の達人で、荒鷹に認められたただ一人の人間でした。妹であるあたしは、他の武器を使う事で姉を超えようとしました。」 「そんなとき、蛇腹剣という武器があることを知りました。これだ。これを使いこなせば姉さんを超えられる。いや、越えられなくても認めてはくれるだろう。そう考えていました。」 「ちょうど蛇腹剣を手に入れたのがあたしが九歳の頃……今あたしは二十一だから、もう八年前のことです。それから四年間、血を吐くような思いで蛇腹剣を使いこなせるように特訓しました。」 「そしてようやく使いこなせるようになった頃、姉が降魔との戦闘で変わり果てた姿で帰ってきました。姉はもう、子供は産めない体になってしまったんです………………。」 「姉さんは傷が回復すると同時に家を出ました。当然、勘当とかそんなものではありません。置手紙には『私はもう真宮寺の者ではありません。どうか探さないで下さい。』とだけ書かれていました。」 「あたしはどうしても納得できなくて、自分の力で姉さんを探しました。そして、ようやく姉さんが開いている道場を探し当てました。」 「あたしは姉さんに試合を申し込みました。当然、姉さんは断りましたけどあたしがどうしてもと言うとしぶしぶ承諾してくれました。でも結果は、姉さんの圧勝でした。でも、姉さんはあたしを認めてくれました。姉さんはあたしを見送る時に………………」 『朱夏、私はもうあなたの知っている姉ではありません。だから、もう二度とここへは来ないで下さい。でも朱夏。あなたは私が認めたたった一人の人間であることを…………忘れないで下さい。』 「あたしは帰ってから部屋で一人、泣いていました。どういうわけか涙をぬぐうこともせず、流れるがままにしていました。もう姉は死んだ、そう心にいいきかせました。」 「そんな時、姉さんが戦っていた組織が再び活動を始めたのであたしがエレメンタルフォースの一員になったんです。」 「……………………………………」 (朱夏…そんなことが………………私にも兄のように慕っていた人間がいたから、あなたの気持ちがよく分かる……………。) 「マリアさん、どうかしたんですか?」 「ええ………私にも兄の様に慕っていた人間がいたから…………あなたの気持ちがよく分かるの。」 「そういえば、マリアさんは若くしてロシア革命に参加してたんですよね。」 「……………………実はね、この話はまだ誰にも話したことはなかったんだけど…この銃を改造したのは私一人じゃないのよ。」 「え、そうなんですか?」 「しかも、あとで分かったんだけど………彼、日本人だったのよね。」 「そ、それは驚きです…………。」 「あれは……十二月二十四日……クリスマスイヴのこと………。」 『ユーリー、この箱なに?』 『ああ、新しい武器だよ。エンフィールドっていうイギリスの拳銃だ。』 『なんでも、本国で不評だったからこの国に流れてきたらしいが………』 『だが、いいじゃないかバレンチーノフ。確かに扱いは難しいが慣れればかなり使えるぞ。』 『ま、そりゃそうだが…………。』 『その通りですとも!』 『ああ、紹介するよ。こちらは今度俺達の部隊の銃器の管理を受け持つことになった………』 『カズオ・トクミツです。よろしく。』 『俺はバレンチーノフだ。』 『私はマリア・タチバナです。』 『さて、カズオにこれからこの銃の整備のしかたを教えてもらう。カズオ、頼んだぞ。』 『はい。まず…………』 「その日本人…カズオは丁寧にこの銃の整備のしかたを教えてくれたわ。」 「へぇ…………」 「で、しばらくして私はカズオに銃を改造してくれる様に頼みに行ったの。」 『え?もっとこの銃を強化してくれって?』 『ええ……あなたほどの腕なら可能かと思って………。』 『確かに出来るが……かなりの時間はかかるぞ?』 『かまわないわ。』 『そうか………じゃあまずは弾丸をもっと大きくして…どの位がいい?』 『そうね……45口径でお願いするわ。』 『分かった。あとは、バレルを長くして…少しウェイトも付けるか。あとは………』 『…………で、どの位かかりそう?』 『まあ、一週間もあれば出来るだろう。その時にまた来てくれ。』 『分かったわ。とりあえず銃は予備があるからそれを使うわ。』 『じゃあな………。』 「そして一週間後…突然敵が奇襲をかけてきた…………。」 『政府の奴等、卑怯にもほどがあるぜ!』 『それだけ奴等も必死ってことだろう………。』 『おい、ユーリー、撃ってきたぞ!』 『よし、こっちも応戦だ!』 『あっ、エンフィールドが!』 『マリア!』 『お〜い、マリア〜!』 『カズオ!』 『来るな!殺されるぞ!』 『約束したものができた………』 ズキュ−ン! 『カズオ!』 『ま………り………あ……………』 『…………カズオの形見になっちまったな、この銃。』 『これは………』 『ほとんど別物だな……まったく、最後にいい仕事しやがって…………』 『カズオ……………』 「その時、私は泣いていたかもしれない…。結局、その戦いはなんとかしのいだけど……」 「その日本人がいなかったら、エンフィールド改はなかったんですね。」 「そうなるわね………。」 「マリアさん、お腹空きませんか?」 「あら、もう十二時…そろそろお昼にしましょうか。」 「はい!」 (カズオ……あなたのおかげで……今も生きてるわ……………。ありがとう……………。) 「マリアさーん、早くー!」 「ええ、今行くわ。」 (いつか、そっちに行ったときは……ちゃんとお礼を言うから……待ってて、カズオ………。) 空は、どこまでも青かった。 |